学位論文要旨



No 114313
著者(漢字) 宮崎,英敏
著者(英字)
著者(カナ) ミヤザキ,ヒデトシ
標題(和) スパッタリング法による金属酸化物薄膜の材料の設計及び制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 114313
報告番号 甲14313
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4439号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安井,至
 東京大学 教授 工藤,徹一
 東京大学 教授 藤嶋,昭
 東京大学 助教授 岸本,昭
 東京大学 講師 亀井,雅之
内容要旨

 薄膜が科学技術の注目を集め、薄膜自体で新しい分野が形成されているが、これにはいくつかの理由がある。膜の一方向の長さが無視できる、比表面積を大きくすることが可能、ミクロンまたはサブミクロンの微細なパターンからなる薄膜が比較的作成しやすい、重量や体積を小さくできる、等々という事実である。このような点から、薄膜はエレクトロニクスや集積光回路等、様々な応用に適していると考えることができる。現在では様々な応用に用いられている。TFT、ECウインドウ、集積回路、MOS-FET、CPU等電子部品からウインドウまでと用途は多彩である。

 スパッタリング法は、ドライプロセス法の一つであり、薄膜作製法のうち注目されている方法の一つでもある。この成膜プロセスの利点は、作製される薄膜に対しての緻密化、物性への期待である。また、再現性に関しても、ウエットプロセスに比べてかなりよいし、基板に作製された膜が剥がれにくいという利点もある。本研究では、スパッタリング法を用いて様々な金属酸化物薄膜を作製するにあたり、得られる材料の構造、組成、物性等の制御を、成膜時に様々な方法を併用することで可能であるという知見が得られた。以下に、本論文に書かれている内容を示す。

 第1章は序論であり、本研究を行うにあたっての背景、すなわちスパッタリング法の利点及びヴァナジン膜、特にVO2及びV2O5のアプリケーションについて述べ、その中で本研究の意義及び目的について記述した。

 第2章では、本研究で用いたスパッタリング装置の諸特性、及び諸条件の変化に対するプラズマの特性について述べた。

 通常のスパッタリング法においては、キャリアーガスにアルゴンを用いているが、これに励起,イオン化エネルギーの高いヘリウムガスを混合すると、プラズマの電子温度を上昇させる、つまりプラズマをより活性化させることが可能である。電子温度を上昇させるには、全圧を下げることもまた有効である。また、このキャリアーガスに酸素が混合されている場合、酸素がより活性化され、酸素イオンや酸素ラジカルが発生する。これらは、プラズマ発光測定により確認した。

 スパッタリング法において成膜を行う場合は、通常は磁場のバランスが取れた、つまりプラズマが基板近傍へ拡散しない磁場下において成膜を行う。これに対して、アンバランス磁場と呼ばれる、磁場が基板近傍へ拡散している磁石を用いると、よりプラズマを拡散させることが可能であることがわかった。

 第3章では、第2章で調べた効果を基にして、実際にヴァナジウム酸化物薄膜を作製した。

 スパッタリング法によって薄膜を作製する際に、キャリアーガスにヘリウムを混合することで、プラズマが活性化されることがわかった。また、磁場をアンバランス化することで、プラズマが基板近傍へ拡散することも判明している。そこで、これらの条件下でヴァナジン膜を作製したところ、通常ではヴァナジウム原子と酸素原子(分子)が反応しない条件下でも、これらが反応してVO2薄膜が作製されることがわかった。つまり、活性化されたプラズマを基板近傍へ拡散させることで、基板近傍、すなわち膜成長表面の反応性が上がったことが示唆された。第2章で行ったスパッタリング法で、ヘリウム混合という方法と、磁場の拡散、具体的にはアンバランス磁場を用いる方法を併用することで、膜成長表面の反応性を上げることに成功した。

 第4章では、様々な条件下でV2O5薄膜を作製し、この得られたV2O5膜について、電気化学的測定を行った。

 スパッタリング法を用いてV2O5薄膜を作製する際、酸素分圧を変化させるだけで、配向性の異なるV2O5薄膜が得られることが判明した。具体的には、酸素分圧が低いときにはb軸配向の、酸素分圧が高いときにはa軸配向のV2O5が得られた。これは、2つの原因が考察される。一つは、酸素流量比を増やした場合に、V2O5の様々な面のうち、最も酸素充填率が高い面が形成されやすくなるということ、もう一つは、この条件ではa軸に垂直な面の成長速度が速くなるということである。

 V2O5は電池材料としても着目されている。そこで、得られた配向の異なる薄膜に、実際にリチウムの電気化学的な挿入を行った。このとき、b軸配向の試料よりもa軸配向をした試料の方が、化学拡散係数が2桁大きいことがわかった。これは、リチウムの拡散パスがb軸に垂直な面間であると考察した。

 第5章では、成膜時にイオン衝撃を併用してヴァナジン膜を作製した。

 反応性スパッタリング法により酸化ヴァナジウム薄膜を作製したが、このときに基板にバイアスをかけて成膜を行った。基板にかけるバイアスを大きくするに従って、得られる薄膜の価数が小さくなることが判明した。バイアススパッタリングによる化学両論組成の制御、特に酸化数を減少させるにあたり、酸化ヴァナジウムの系だけでなく、他の複合酸化物や窒化物系にも応用できると考えられる。本実験ではDCバイアスを膜成長表面に印加したが、RFバイアスをかけることが可能な装置であれば、複合系の化合物の薄膜をいかなる基板上に作製させる際にも、自在に価数を制御することができることが示唆された。

 基板温度を400度とし、バイアスを-50〜-80Vとしたときに、VO2が得られた。この方法で得られたVO2の金属-半導体転移温度は通常報告されている値よりも転移温度が低く、これはイオン衝撃による格子の歪みのためであると考えられる。また、イオン衝撃によるエネルギーは、1mW/sec・cm2あたり転移温度を約0.15℃下げることが示唆された

 第6章は、様々な金属をバッファー層として用いて、ヴァナジン膜を作製した。

 Cu上にヴァナジン膜を作製した場合、ガラス基板上ではV2O5が得られる条件でも膜厚によってV3O7やV2O3が得られた。これは、バッファー層を用いることによって核形成エネルギーが変化したこと、及びCuのサーファクタント効果によって、VとOの反応が阻害されたことが考えられる。

 金属V及びWをバッファー層として、これらの上にヴァナジン膜を作製した場合、ガラス基板上ではV2O5が得られる条件でもVO2が得られた。また、得られた試料の組成は膜厚によらず変わらなかった。金属W上に作製されたVO2膜は、バッファー層であるWが試料中に拡散,固溶したために、転移温度の低下が観察された。

 様々な金属バッファー層の上にヴァナジン膜を作製したが、VO2が得られるものと得られないものがあった。これは、バッファー層の融点の違いによるものと考えられた。すなわち、バッファー層上にヴァナジン膜が作製されるとき、融点が低いバッファー層は蒸発しやすく、膜成長表面に拡散してサーファクタント効果を起こし、結果的にVO2膜の成長を阻害していると考察した。

 また、反応性スパッタリングだけでなく、V2O5ターゲットを出発原料として成膜を行った場合でも、バッファー層の存在で酸素をキャリアーガスに加えることなくVO2が成膜された。つまり、V2O5ターゲットに任意の量のWO3を混合することで、得られる膜の転移温度の制御が可能であることが示唆された。

 第7章では、反応性スパッタリング法を用いて、特にアモルファスタングステン酸化物薄膜及びそのブロンズ体を作製した。

 蒸着の条件を変えて成膜を行ったところ、ブロンズ体のタングステン酸化物膜が得られた。通常の方法では還元体のWO3は得られない。この試料を用いて電気特性を調べたところ、温度変化による電気特性は温度の-1/4乗に比例することがわかった。つまり、ノンドープの状態で、WO3ブロンズ体の試料中の電子はアンダーソン局在をしていることがわかった。これらを結晶化させて同様の測定を行ったところ、低温部では電気特性は温度に逆比例し、通常の半導体的な物性を示した。また、光学特性から、アモルファスWO3ブロンズ体は結晶WO3ブロンズ体に比べて着色時の吸収が大きいことが観察された。これは、電気特性から併せて考察すると、アモルファスWO3ブロンズ体は電子が局在しており、共鳴吸収が起こるのに対し、結晶WO3ブロンズ体は電子が遍歴しており、共鳴吸収が起こらないためである。

 以上の研究結果より、スパッタリング法に様々なアシストを加えて金属酸化物薄膜を作製するにあたり、得られる試料の組成、構造、物性を制御する事が可能であり、目的とする材料の設計を行うことも可能であるという知見を提供した。

審査要旨

 本論文は、「スパッタリング法による金属酸化物薄膜の材料設計及び制御に関する研究」と題し、反応性スパッタリング法という薄膜作製法を用いて、ヴァナジウム及びタングステン酸化物薄膜の作製、評価及びこれらの薄膜の材料設計についての研究をまとめたもので、8章より構成されている。

 第1章は序論であり、本研究を行うにあたっての背景、すなわちスパッタリング法の利点及びヴァナジン膜、特にVO2及びV2O5のアプリケーションについて述べ、その中で本研究の意義及び目的について記述した。

 第2章では、本研究で用いたスパッタリング装置の諸特性、及び諸条件の変化に対するプラズマの特性について述べた。通常のスパッタリング法においては、キャリアーガスにアルゴンを用いているが、これに励起,イオン化エネルギーの高いヘリウムガスを混合すると、プラズマの電子温度を上昇させる効果や、ヘリウムのラジカルの発生により、プラズマをより活性化させることが可能であることがわかった。スパッタリング法において成膜を行う場合は、通常は磁場のバランスが取れた、つまりプラズマが基板近傍へ拡散しない磁場下において成膜を行う。これに対して、アンバランス磁場と呼ばれる、磁場が基板近傍へ拡散している磁石を用いると、よりプラズマを拡散させることが可能であることがわかった。

 第3章では、第2章で調べた効果を基にして、つまり、アンバランス磁場を使用し、キャリアーガスにヘリウムを混合して、実際にヴァナジウム酸化物薄膜を作製した。この時、通常ではヴァナジウム原子と酸素原子(分子)が反応しない条件下でも、これらが反応してVO2薄膜が作製されることがわかった。つまり、活性化されたプラズマを基板近傍へ拡散させることで、基板近傍、すなわち膜成長表面の反応性が上がったことが示唆された。

 第4章では、スパッタリング法を用いてV2O5薄膜を作製する際、酸素分圧を変化させるだけで、配向性の異なるV2O5薄膜(a軸及びb軸配向)が得られることについて調べた。

 また、V2O5は電池材料としても着目されている。そこで、得られた配向の異なる薄膜に、実際にリチウムの電気化学的な挿入を行った。このとき、b軸配向の試料よりもa軸配向をした試料の方が、化学拡散係数が大きいことがわかった。これは、リチウムの拡散パスがb軸に垂直な面間であると考察した。

 第5章では、成膜時にイオン衝撃を併用してヴァナジン膜を作製した。反応性スパッタリング法により酸化ヴァナジウム薄膜を作製したが、このときに基板にバイアスをかけて、プラズマ中のアルゴンイオンのダメージを促しながら成膜を行った。基板にかけるバイアスを大きくするに従って、得られる薄膜の価数が小さくなることが判明した。基板温度及びバイアスの調整を行うと、VO2薄膜が得られた。この方法で得られたVO2の金属-半導体転移温度は通常報告されている値よりも転移温度が低く、これはイオン衝撃による格子の歪みのためであると考えられた。

 第6章は、様々な金属をバッファー層として用いて、ヴァナジン膜を作製した。金属V及びWをバッファー層として、これらの上にヴァナジン膜を作製した場合、ガラス基板上ではV2O5が得られる条件でもVO2が得られた。また、得られた試料の組成は膜厚によらず変わらなかった。金属W上に作製されたVO2膜は、バッファー層であるWが試料中に拡散,固溶したために、転移温度の低下が観察された。酸化物バッファー層の上に同様に成膜を行った場合には最高酸化数である膜しか得られなかったことから、金属バッファー層は得られた試料からの酸素の引き抜きを起こす効果も考えられた。

 第7章では、反応性スパッタリング法を用いて、特にアモルファスタングステン酸化物薄膜及びそのブロンズ体を作製した。蒸着の条件を変えて成膜を行ったところ、ブロンズ体のタングステン酸化物膜が得られた。通常の方法では還元体のアモルファスWO3は得られない。この試料を用いて電気特性を調べたところ、温度変化による電気特性は温度の-1/4乗に比例することがわかった。つまり、ノンドープの状態で、WO3ブロンズ体の試料中の電子はアンダーソン局在をしていることがわかった。これらを結晶化させて同様の測定を行ったところ、低温部では電気特性は温度に逆比例し、通常の半導体的な物性を示した。

 以上の研究結果より、本研究では、スパッタリング法に様々なアシストを加えて金属酸化物薄膜を作製するにあたり、得られる試料の組成、構造、物性を制御する事が可能であり、目的とする材料の設計を行うことも可能であるという知見を提供した。つまり、スパッタリング法を、これまでの既成概念の如く、単なる物理的蒸着法として扱うのではなく、同時に化学的手法として応用することが出来ることを示した。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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