本研究では、結晶性ポーラスマテリアルとして知られるゼオライトとハイドロタルサイトに着目し、それらの活性点とその触媒作用に関して検討を行った。ゼオライトは数Å程度の均一な細孔をもち、反応の形状選択性を発現させることが知られている。また、様々な金属を骨格へ導入することが可能であり、TiやV等の遷移金属を含んだメタロシリケートは新規触媒として期待されている。しかし、導入した金属の環境や、反応機構はまだ解明されてはいない。一方、ハイドロタルサイトは、正電荷を帯びたブルーサイト層とイオン交換可能な層間アニオンから形成されている。ハイドロタルサイトについては、既に塩基触媒として様々な研究が行われているが、層間に活性種を導入することで新たな触媒機能と、限られた空間である層間を反応場とすることによる形状選択性の発現が期待される。 第1章は序論であり、ゼオライト、ハイドロタルサイト研究の歴史的背景とこれまでの研究状況を要約し、本研究の意義について述べた。 第2章では、ハイドロタルサイトを触媒とした炭酸エチレンとメタノールを原料とするエステル交換による炭酸ジメチル合成について以下のように述べた。複水酸化物層構造を保有したMg-Al系のハイドロタルサイトでは非常に高い活性が得られたが、焼成により層構造を破壊して得られた酸化物では活性は低下する。層を形成するMgとAlの比を変えたり、層間に含まれるアニオンの組成を変化させることで活性が大きく変化する。具体的には、Mg/Al比と層間アニオンとしての水酸化物イオン含量を大きくすることにより高い炭酸ジメチル収率を達成することが出来た。 第3章では、TS-1を触媒として第2章と同じ炭酸ジメチル合成について議論した。これまでの研究で、メタロシリケートには、IRスペクトルで960cm-1付近に吸収を示すことが報告されている。この吸収は、金属導入量が多くなるほど強くなるという傾向が知られている。しかし、その帰属についてはまだ明らかとなっておらず、TS-1の場合には、Si-O-Tiによるものとする説、或いは、骨格に導入されたTi原子近傍のシラノール基(Si-O-H)によるものとする説が唱えられている。しかし、塩化アンモニウムで処理することで960cm-1付近の吸収は強くなり、炭酸カリウムで処理することにより吸収は弱くなった。この様に、吸収強度がTi含有量のみに左右されるのではないということを見出した。TS-1にSi-O-Hが存在することは、IRスペクトルの3740cm-1に吸収が見られることからも、明らかである。TS-1を炭酸カリウム水溶液で処理したところ、この3740cm-1の吸収は弱いものとなった。炭酸カリウム処理により、TS-1上のSi-O-HがSi-O-Kへと変化していると考えられる。この時同時に、960cm-1付近の吸収も弱くなっていることから、この吸収は、主にSi-O-Hによるものと考えることが出来る。この様に、炭酸カリウム処理によりシラノールサイトにSi-O-Kとしてカリウムを導入したTS-1は、カリウムをカウンターカチオンとして有するアルミノシリケートK-ZSM-5よりも、炭酸ジメチル合成において高い活性を示した。この炭酸カリウム処理の効果は、Tiを含まないsilicalite-1では非常に小さなものであり、TS-1に特徴的なものであった。 第4章では、ハイドロタルサイトに酸化能を有するヘテロポリ酸アニオンを導入した触媒を用いてアルケンのエポキシ化反応について述べた。これまで層間に導入困難であるとされた低電荷のSiW12O404-を有するハイドロタルサイトの合成を試みた。得られた層間化合物とSiW11O398-含有ハイドロタルサイトとの比較を環状アルケンのエポキシ化反応により行った。はじめに、ヘテロポリ酸のカリウム塩を触媒として使用したとき、過酸化水素を酸化剤とした場合にはK8SiW11O39が高活性を示し、アルデヒド共存下で分子状酸素を酸化剤とした場合にはK4SiW12O40が高い活性を示すことを見いだし、ポリ酸アニオンを層間で導入した触媒においても同様の傾向を観察した。そこで、SiW12O404-の構造が保持されたまま層間への導入が達成されていると結論づけた。また、過酸化水素を使用した反応において、単純な塩であるK8SiW11O39は反応系内で構造が破壊され失活するのに対し、層間に導入されたSiW11O398-は繰り返し使用することが可能であり、固体触媒として優れた性質を示した。ヘテロポリ酸アニオンを層間に存在させることで安定性が向上したものと考えられる。また、基質の大きさを変えて反応を行ったところ、ヘテロポリ酸導入ハイドロタルサイトでは、基質が嵩高くなるほど酸化は抑制された。これは、活性点であるヘテロポリ酸アニオンが限られた空間であるハイドロタルサイトの層間に存在するため、かさ高い基質ほど活性点へ接近するのが阻害されたためと考えられ、形状選択性が発現したと考えられる。 第5章では、メタロシリケートのうち、Vを含みMEL構造を有するゼオライト、VS-2についてTS-1、TS-2と比較しながら議論した。VS-2では、Vが骨格に導入されていると考えられているが、金属の状態とその周辺環境については明らかとされていない。第3章で述べたようにTS-1と同じく、VS-2でもIRスペクトルで960cm-1付近に吸収が観察された。バナジウムは5価でゼオライト骨格内に存在し、バナジル(V=O)を有していると報告されており、バナジルの伸縮振動が960cm-1付近に吸収が現れると考えられている。そこで、VS-2を炭酸カリウムで処理したり、酸で処理してIR測定を行い、960cm-1付近の吸収について、詳細に検討を行った。その結果、この吸収は複数のピークで形成されており、970、974、978cm-1のピークはそれぞれV=O、Si-O-H、Si-O-Kに帰属するものと結論づけた。過酸化水素を用いた酸化反応においてVS-2は末端炭素の酸化を進行させるが、TS-1では末端炭素の酸化は進行しないということが知られている。この酸化能の違いについて、スピントラップ剤を使用してESR測定を行い、それぞれの酸化機構の解明を試みた。その結果、金属と酸素間に二重結合を有するバナジル(V=O)を持つVS-2では、反応過程でラジカルが生成していることを観察した。反応がラジカル的に進行するために末端炭素の酸化が進行したと結論づけ、反応スキームを提案した。 メタロシリケートを触媒とした酸化反応は過酸化物を酸化剤として使用するのが一般的であるが、第6章では、TS-1を気相で分子状酸素を酸化剤とする反応に適用した。具体的には、貴金属担持TS-1によるメタンの部分酸化反応と硝酸塩担持TS-1によるプロピレンの直接酸化による酸化プロピレン合成反応を行った。貴金属担持TS-1によるメタンの部分酸化では、メタン、酸素に水素を添加することで転化率は低いものの高選択的にホルムアルデヒドを合成することが出来た。しかし、水素、酸素の大部分は水の生成に消費され、メタン酸化には有効には利用されなかった。プロピレンのエポキシ化反応では、TS-1やTi-MCM-41等のチタノシリケートと硝酸塩を組み合わせた触媒が酸化プロピレン合成に最も適した触媒であった。TS-1を担体と使用したとき、担体を酸洗浄することで活性の向上が観察された。これまで液相酸化反応において観察されたのと同じく、不純物としてシラノール基に存在するアルカリ金属が反応を抑制していると考えられる。 第7章は、本論文の総括であり、本研究を要約し、得られた研究成果をまとめた上で、今後の展望について述べた。 |