学位論文要旨



No 114317
著者(漢字) 孫,仁徳
著者(英字)
著者(カナ) スン,ルンドゥ
標題(和) 酸化亜鉛薄膜を利用した新規機能材料の開発 : 基礎と応用
標題(洋) Development of New Functionalized Materials Using Zinc Oxide Thin Films : Fundamentals and Applications
報告番号 114317
報告番号 甲14317
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4443号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤嶋,昭
 東京大学 教授 工藤,徹一
 東京大学 教授 橋本,和仁
 東京大学 教授 北森,武彦
 東京大学 講師 藤岡,洋
内容要旨

 古くて新しい材料である酸化亜鉛(ZnO)は、ウルツ構造を有する酸化物半導体であり、生体機能、電気的機能(圧電効果、導電効果など)、光学的機能(発光効果、光応答性など)、触媒および光触媒機能などいろいろな特性を持つため、広範囲に研究され、応用されている。ZnO薄膜は、表面弾性波素子、透明導電膜、光電表示素子ならびにガスセンサーなどへの応用が期待されている。

 本研究では、ZnO薄膜に基づく新しい機能および材料の開発を目的として、ZnO固有の基本物性(溶解性と光応答性)に着目し、それらの無電解めっきおよびZnO表面濡れ性の制御への展開を検討した。まず、当研究室で開発したZnO薄膜を中間層として用いた新しい無電解めっき法をさらに展開するために必要ないくつかの基礎的研究を行った。例えば、ZnO薄膜上でのパラジウム触媒種の形成機構、および析出した銅膜の密着機構、とくに、本方法におけるZnOの腐食作用(corrosion effect)の独特な働きを詳細に検討した。また、析出した金属膜の黒化現象を発見し、黒色パターン作製への応用展開を試みた。その他、ZnOの光応答性によりその表面の濡れ性が変化することも本研究により初めて見い出され、さらに、ZnO薄膜表面の濡れ性(親水性と疎水性)の光制御を検討した。

1.ZnO薄膜の無電解めっきへの応用

 セラミックス、ガラスなど基板表面の全面あるいは一部に金属膜を密着性高く形成させることは、高集積回路基板など次世代の高機能化材料を得るための基本的な技術として重要である。金属化の方法の一つに無電解めっき法がある。この手法は、複雑な形状のものに対しても均一な金属膜を容易に形成できる優れた特徴を有する。しかし、これまでの無電解めっき技術は素材と金属の接合強度が弱いという欠点を持っている。接着性向上をはかるために、素材表面を粗化するなど多種の技術的制約を受けねばならず、現在ところ一部に利用されているに過ぎない。

 近年、上記の問題点を解決する全く新しい無電解めっき法が当研究室で開発された。この方法の最大の特徴は、金属膜とセラミックス基材の間に"糊"としての働きをするバインダー層(ZnO薄膜)を挟み込むをおこなったことにある。これにより、素材表面を粗化するなどの基板の前処理は全く必要でなく、基板種類に依存せず、ガラスのような平滑な表面でも極めて密着性よく金属膜を析出できるようになった。この方法は、以下のような3段階から成り立つ:1)基板上でZnO薄膜の成膜;2)PdCl2酸性溶液(1.0mM,pH2.5)中に浸漬することにより触媒化;3)無電解金属めっき(たとえば、銅めっき)。

 本研究では、この新しい無電解めっき法をさらに進めるために、これまでまだ明らかにされていないパラジウム触媒種の形成機構および銅膜の密着機構について詳細に検討した。また、ZnO薄膜をコーティングしたガラス上に無電解めっき銅膜を成膜すると、その裏面が黒化する現象が見出された。この黒化現象の可能な機構を検討した上で、この現象とZnOの光触媒特性を併用することによって、新しい黒色金属パターンの形成法を提案し、実際にパターン作製に成功した。後述するように、この黒色パターン形成技術はカラー液晶ディスプレイに不可欠なブラックマトリックス(black matrix)の作製に適用できると考えられる。

1.1.ZnO薄膜上でのパラジウム触媒種の形成過程

 無電解めっき反応は触媒活性を有する表面でのみ起こる。また、触媒種の形成過程は、触媒活性や析出した金属の性質に大きな影響を与える。したがって、ZnO薄膜上でのパラジウム触媒種の形成過程を解明することは、この新しいめっき法をさらに理解し、活用するために重要となる。

 従来法では、基板に物理吸着したSn2+によりPd2+を基板表面上にPd(0)として還元析出させる。

 

 一方、ZnO薄膜を用いた本手法では、Sn2+がない状態で反応を行う。基板をPdCl2酸性溶液に短時間(〜2分間)浸漬しておくと、ZnO表面が無色から黄色になった。この黄色の種がパラジウムであることはXPS測定により分かったが、触媒処理前後にPdCl2溶液のpHが変化しなかったので、パラジウムがイオンの形(Pd2+)でZnO上に吸着されていると予想されていた。しかし、本研究により、パラジウムはコロイドのPd(OH)2としてZnO表面に吸着していることが下記の研究より明らかになった。すなわち、ZnO薄膜の代わりに、ZnO粉末をPdCl2溶液に加えて撹拌すると、ZnOの溶解反応により溶液のpHが10分間内2.5から6.0以上に変化した。それと同時に、もともと黄色の溶液が無色になり、ZnO粉末の表面が黄色になった。この時、溶液中のパラジウム種がZnO粉末表面に転移したことがICP測定により分かった。一方、PdCl2溶液をNaOH(0.01M)で滴定したところ、溶液のpHが4.5以上に達すると、不透明な濁りの状態になることが分かった。これが、PdCl2溶液の加水分解に起因するコロイドのPd(OH)2の生成を示唆している。さらに、ZnO粉末に吸着した黄色のパラジウム種がPd(OH)2であることはXPS測定により明らかになった(図1)。

Fig.1.XPS spectra in the Pd 3d region:a)PdO;b)PdCl2;c)Pd adsorbed on ZnO powder at pH2.5;d)Pd adsorbed on ZnO powder at pH6.5;and e)Pd adsorbed on ZnO thin film at pH2.5.

 また、ZnO薄膜表面に吸着したパラジウム種の3dピーク(図1、曲線c)がZnO粉末上でのPd(OH)2の3dピーク(図1、曲線cとd)と同じことから、パラジウムはZnO薄膜の表面でもPd(OH)2の形で吸着していることを推測できる。これは、ZnO薄膜表面のすぐ近くのpHの上昇(ZnO部分溶解により)に起因することが図2の実験から確認された。PdCl2溶液全体のpHが上昇しなかったのは、溶解したZnOの量が非常に少ない(およそ10-6M,ICP測定により)ためと考えられる。

Fig.2.Schematic diagram of an experiment used to detect the local pH incrcase due to the partialdissolution of the ZnO film by means of a pHindicator[2,5-dinitrophenol,with a pH-color change range from below 4.0(colorless)to 4.0(slightly yellow)to 5.8(yellow)].The localincrease of pH was detected by the color changefrom colorless to yellow in the vicinity of the ZnO thin film.

 ZnOのPdCl2酸性溶液中の溶解反応はPd(OH)2を生成させるのみならず、Pd(OH)2のZnO薄膜表面上への吸着にも影響をおよぼす。異なるpHに調製したPdCl2溶液での、Pd(OH)2のZnO薄膜上への吸着量をICPにより測定したところ、吸着量がpH上昇に伴って減少することが分かった。これがZnOの溶解性と対応していると考えられる。また、Pd(OH)2の形成および吸着におけるZnOの溶解作用の働きは、酸化チタン(TiO2)との比較実験からさらに明らかになった。すなわち、酸化チタン薄膜をコーティングしたガラス基板を同じのPdCl2溶液で触媒化処理し、無電解銅めっき液に浸漬したとき、金属銅の析出が起きなかった。触媒化時間を長くして、PdCl2溶液のpHを変化させても、同様であった。これはTiO2の酸性溶液中での安定性に帰因できる。以上の実験から、ZnOの溶解作用はPd(OH)2の生成およびそのZnO薄膜上への吸着に必須であることが分かった。

 以上をまとめると、Pd(OH)2を吸着した基板を無電解銅めっき液中(pH〜13.0)に浸漬すると、次式により触媒核となるPd(0)が表面に析出し、無電解銅めっき反応を進行させる。

 

1.2.ZnO薄膜上で析出した銅膜の密着機構

 ZnO表面に無電解銅めっきにより生成したサンプルでは、二つの界面(Cu/ZnOとZnO/基板)がある。ZnO/基板の界面の密着力がCu/ZnO界面より強いことがすでに密着強度の実験および界面分析から分かった。密着強度実験では、Cu/ZnO界面(あるいは基板自身)が常に解離することから、本手法により生成したCu膜の密着性はCu/ZnO界面での密着力に左右されることが分かった。また、この界面では、主にファン・デル・ワールス力が働くので、銅膜の密着性がZnO薄膜の表面状態に強く依存すると考えられる。そこで、本研究では、ZnO薄膜の成膜条件(基板温度、溶液組成、膜厚など)を変化させることによって異なる表面状態を有するZnO薄膜を作製し、それらの表面状態と銅膜の密着性との関係を調べた。この結果、強い密着力はより荒く、ポーラスな表面で得ることが分かった。ポーラスな表面は大きい表面積を持つため、Cu/ZnO界面で作用するファン・デル・ワールス力を向上させる。また、XPSの深さ方向の分析結果から、よりポーラスなZnO表面には、銅粒子がより深く入り込む。この結果、強いアンカー効果が生じることにより銅膜の密着性がより向上されたと考えられる。

 また、銅膜の強い密着力がZnOの溶解作用とも密接に関係している。まず、ZnOの溶解作用により、触媒核が深く吸着できる。これにより強いアンカー効果が可能となる。つぎに、ZnOの腐食作用がZnO薄膜表面をよりポーラスにさせることにより、アンカー効果を増強できる。また、TiO2薄膜表面との比較実験から、ZnO溶解作用が触媒核のZnO表面への強い吸着に必須であることも分かった。

1.3.光機能性ZnO薄膜上でのブラックマトリックスの作製

 カラー液晶ディスプレイの重要な構成要素の一つにカラーフィルターがある。カラーフィルターにはブラックマトリックス(black matrix,BM)と呼ばれる50m幅程度の黒線パターンが形成されている。BMには、コントラストの向上、色材の混色の防止、-Si膜に対する遮光の三つの目的がある。これまでのところBMの製造法としては、金属クロムをスパッタリング法で成膜する製造法が主流である。しかし、この製造法では、以下のような二つの欠点が存在する。1)スパッタリング法はコストが相対的高い。2)この方法で作製したクロム膜の反射率が高い。最近、BMのコストを低下させるために、低コスト材料の検討が行われている。

 一方、本研究では、ZnO薄膜を成膜したガラス上に無電解めっき銅膜を成膜すると裏面が黒化する現象が見出された。ZnO薄膜の成膜条件をコントロールすることによって、裏面が真っ黒の銅膜が容易に得られた。ZnO薄膜の表面状態と銅膜の黒さの度合との間の関係を調べたところ、真っ黒の銅膜と優れる密着性を有する銅膜が同じZnO薄膜上で得られることが分かった。カラー液晶ディスプレのイメージが透明のガラスを通して観察されるので、この裏面の黒色が有効である。そこで、本研究では、この黒化現象をZnOの光触媒反応によるパターン形成法との併用することによって、全く新しいBM作製法を提案した。

 本方法は次の5段階から成り立っている(図3):1)透明ガラス上にZnO薄膜の成膜;2)ZnO上へのPd(OH)2の吸着;3)Pd(OH)2の選択的光還元によるPd(0)のパターンの作製;4)未照射部Pd(OH)2の除去;5)選択的無電解銅めっき。

Fig.3.Schematic diagram of the metal black pattern formation process.

 従来のスパッタリング法に比べ、本方法はいくつかの利点を持っている。1)伝統のフォトレジストが必要せず、フルーアディティブ(full-additive)で高解像度の黒色パターンを作製できる。2)無電解めっき法はスパッタリング法に比べコストが低い。また、この黒化現象は銅にのみならず、他の貴金属(例えば、銀)および非貴金属(例えば、Co、Ni)にも観察されたので、材料を選択する自由度が大きくコストを低減することが可能となる。3)作製した黒色銅パターンの反射率(〜1.6%)がクロムパターンの反射率(〜7%)より低い。実際の応用としては、より低い反射率が望まれる。

 また、この黒化する現象(可視光領域の光吸収)の可能な機構を検討したところ、この現象はCu/ZnO界面での広い粗さ分布に起因する表面プラズモン励起と関連していると考えられる。

2.ZnO薄膜表面の光誘起親水性

 酸化チタン表面に紫外線を照射すると超親水化する現象、すなわち水に対する接触角が下がり0度近くになる現象がすでに見出され、防雲や防滴などの新しい用途への応用が期待されている。この現象は、光照射することにより、表面に酸素およびTi3+欠陥サイトが生成し、そこに水が容易に解離吸着することに起因することと考えられている。一方、酸化亜鉛は酸化チタンと同様に、光応答性を有する光半導体であり、かつ光溶解(photocorrosion)という特性を持っているため、紫外線を照射すると表面欠陥サイトが生成するので、光誘起親水化現象も起こると考えられる。そこで、本研究では、ZnO表面での光誘起親水性変化を検討し、TiO2と比較した。ZnOとTiO2の薄膜はスプレーパイロリシスの方法で成膜し、親水性は水の接触角で評価した。

 ZnOとTiO2表面の紫外線照射時間に伴う水接触角の変化(図4)から、光誘起親水化現象はTiO2表面のみならず、ZnO表面でも起こることが分かった。この時のZnOの親水化速度は、TiO2と比べてほぼ同程度であり、0.1mW/cm2程度の光照射でも顕著な親水化が認められた。TiO2と同様、ZnOが光励起親水化を呈するから、両者が類似な親水化機構を有することが推測される。ZnOはTiO2とほぼ同じバンドギャプ有する半導体であり、UV照射により励起し、h+とZn+を生成することが知られている。TiO2表面では、H2OがTi3+サイトに解離吸着しやすいことが知られているが、Zn+サイト上には類似な報告がされていない。しかしながら、長時間照射したZnO表面をXPSによって分析すると、TiO2と同様に、化学吸着水に相当するO(1s)ピークの増大が見られた。この結果から、水の吸着は表面欠陥の生成により促進されたものと考えられる。

Fig.4.Time dependence of the water contact angles of ZnO and TiO2 films upon UV illumination.

 また、親水化した膜を暗室中で保存した場合、接触角の回復速度は酸化チタンより酸化亜鉛の方が顕著に速いことが分かった(図5)。特に、数日間保存すると、酸化亜鉛の表面は高い親水性から水接触角が100°以上の疎水性に転化した。このような顕著な疎水化が生じる原因としては、酸化亜鉛表面の酸素に対する吸着のし易さと関係していると考えられる。

Fig.5.Typical reconversion curves from hydro-philic to hydrophobic of ZnO and TiO2 films with storage time in the dark.

 さらに、熱処理およびAr+スパッタリングによるZnOとTiO2表面の濡れ性変化も初めて観察された。200℃以上の温度で熱処理すると、水の接触角が著しく下がり、10°以下に変化したことが分かった。同じ現象は短時間のAr+スパッタリングの場合でも観察された。真空中で熱処理あるいはAr+スパッタリングしたTiO2サンプルをXPSで測定したところ、Ti3+サイトの生成が確認された。この結果から、表面欠陥サイトの生成がZnOとTiO2+表面の濡れ性変化に重要な役割を働いていることが分かった。

3.結言

 本研究では、ZnO固有の易溶解性および光応答性を着目し、それらの新しい無電解めっきおよびZnO表面濡れ性の制御においての独特な作用を解明した上で、新しい現象を発見し、新規機能材料作製への応用展開を試みた。ZnO薄膜を用いた新しい無電解めっき法におけるZnO溶解作用のユニークな働きから、普段はできるだけ避けたい物性でも、うまくコントロールすれば、素晴らしい機能を発揮できることが分かった。また、この無電解めっき法の機能の多様性は様々な応用展開の可能性を示した。さらに、ZnO表面での光誘起親水性の発見は、この現象の本質の研究に新しい方向を提示した。

審査要旨

 本論文は、六章から構成されており、ZnO薄膜に基づく新しい機能および材料の開発を目的として、ZnO固有の物性(易溶解性と光応答性)に着目し、それらの新しい無電解めっきおよびZnO表面濡れ性の制御における独特な作用を検討した上で、新しい現象を発見し、新規機能材料作製への応用展開を試みられている。

 第一章は序論であり、ZnOの基本的物性(溶解性、光応答性など)、無電解めっきの原理および固体表面濡れ性に関する基本的な概念、濡れ性制御の重要性などが概観されている。また、ZnO薄膜を利用した新しい無電解めっき法の特徴、利点が述べられている。その他、光によるZnO表面の濡れ性(親水性と疎水性)を制御する可能性も説明されている。

 第二章では、ZnO薄膜に基づく新しい無電解めっき法における重要なパラジウム触媒種の形成機構が詳細に検討されている。その結果、ZnO薄膜表面に吸着した黄色のパラジウム種はPd(OH)2であることがZnO粉末上での吸着実験およびXPS測定により明らかにされている。これは、PdCl2酸性溶液(pH2.5)におけるZnOの部分溶解によりZnO薄膜表面近傍のpHの上昇に起因することが確認されている。また、ZnOの酸性溶液中の溶解反応はPd(OH)2を生成させるのみならず、Pd(OH)2のZnO薄膜表面上への吸着に必須であることもパラジウムの吸着量のpH依存性および酸化チタンとの比較実験から明らかにされている。吸着したPd(OH)2が無電解めっき液中の還元剤(例えば、HCHO)により還元され、高分散、高活性の触媒核(Pd0)になることはXRD測定より検証されている。また、触媒核が無電解Cu、Ni、CoおよびAgめっき反応を効率よく進行させることも、この事実を裏づけている。

 第三章では、ZnO薄膜上で析出した銅膜の密着機構が銅膜の密着力のZnO表面の状態依存性から検討されている。その結果、強い密着力は、より荒くポーラスな表面で得ることが解明されている。ポーラスな表面は大きい表面積をもつため、Cu/ZnO界面で作用するファン・デル・ワールス力を向上させると考えられている。また、XPSの深さ方向の分析結果から、よりポーラスなZnO表面には、銅がより深く入り込む。この結果、強いアンカー効果が生じることにより銅膜の密着性がより向上されたと考えられている。また、銅膜の強い密着力のZnOの溶解反応との密接な関係も述べられている。

 第四章では、ZnO薄膜を成膜したガラス基板上に無電解メッキ銅膜を成膜すると、裏面が黒化する現象が見出されている。この黒化現象をZnOの光触媒反応との併用することによって、全く新しい黒色パータンの形成法を提案され、実際にパータンの作製に成功している。この黒色パータン形成技術はカラー液晶ディスプレイに不可欠なブラックマトリックス(black matrix)の作製に適用できると述べられている。従来のスパッタリング法で作製したクロムパータンに比べ、本方法は低コスト、低反射率、高解像度などいくつかの利点を有することが報告されている。また、この黒化現象(可視光領域の光吸収)の可能な機構を検討したところ、この現象は、Cu/ZnO界面での広い粗さ分布に起因する表面プラズモン励起と関連していると考えられている。

 第五章では、ZnOの光応答性によりその表面の濡れ性が変化することが本研究により初めて見出され、さらに、ZnO薄膜表面の濡れ性の光制御について、TiO2の場合と比較し、検討されている。疎水性のZnO表面(水接触角>100°)が紫外線照射することにより高度な親水性(水接触角<10°)状態になることが観察されている。また、親水化した膜を暗室中で保存すると、もとの疎水性状態に戻ることから、UV照射および暗中保存によりZnO表面の親水性と疎水性をスイチッングすることが実現されている。さらに、光誘起親水化機構をXPSなどの手法で検討したところ、この現象は、光照射により生成した表面欠陥サイト(Zn+、Ti3+など)における水の解離吸着に起因することが分かった。その他、熱処理およびAr+スパッタリングによるZnOとTiO2表面の濡れ性変化も初めて観察されている。真空中で熱処理あるいはAr+スパッタリングしたTiO2サンプルをXPSで測定したところ、Ti3+サイトの生成が確認されている。この結果は、表面欠陥サイトの生成が表面濡れ性変化に重要な役割を働いていることを示唆している。

 第六章は全体の総括と本研究の位置づけおよび将来の展望とが述べられている。

 本論文では、ZnO薄膜に基づいた新しい無電解めっき法の基礎と応用およびZnO表面の光誘起親水性についての先駆的研究がなされている。得られた結果は、関連分野に重要な知見を与えるものであり、基礎・応用いずれの見地からもこれらの分野の今後の発展に寄与するものと認められ、高く評価できる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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