強誘電体は自発分極を有し、電圧印可により分極方向を一方向にそろえること、およびその方向を反転させることができる。この特性により、不揮発性メモリ、電気-機械信号変換など幅広い分野に応用されている。強誘電体の多くは単純ペロブスカイト構造や層状のペロブスカイト構造をとるが、強誘電性は結晶構造、構成元素に加え、多結晶体微細構造、マクロ構造(薄膜、繊維形状など)にも大きく影響を受ける。そのため、これらの制御が強誘電物性の制御には大変重要である。ゾル-ゲル法は、有機または無機の金属化合物を加水分解・重合反応によりゾル化、さらにゲル化させ無機固体を形成する方法であり、均質な元素分布、比較的低温での化合物形成、多様な材料形状の作製が可能という特徴を持つ。 本研究では、ゾル-ゲル法により元素分布、各種構造の制御を行いつつ強誘電性酸化物を作製し、強誘電物性の向上と制御および構造-物性の相関の解明を試みた。具体的には、(1)代表的強誘電体であるPbTiO3、Pb(Zr,Ti)O3(PZT)の繊維の作製とその焦電特性・強誘電特性の評価。(2)ビスマス層状構造のPbBi4Ti4O15(PBT)、Pb2Bi4Ti5O18(P2BT)薄膜の作製とメモリ用材料としての強誘電性評価。(3)新規層状構造のPbBi4ZrxTi4-xO15(PBZT)、SrxBi4+2xTa2xTi3O12+9xの合成とその構造と電気物性の評価、を行った。 第一章では研究背景と研究目的について述べた。 第二章では、ゾル-ゲル法によるPbTiO3及びPZT繊維の作製とその電気物性について述べた。セラミックス繊維の中でも電気的な機能を持つセラミックス繊維の作製は、その極めて特殊な形態を利用した新しい微細デバイスへの応用のため活発に検討されている。たとえば、PZTバルクセラミックスは作製が比較的簡単であり、高い圧電、焦電、強誘電特性を持っているが、バルクセラミックスのハイドロフォンや焦電センサーなどのマイクロデバイスへの応用には限界がある状態である。繊維の形態では比表面積が増加し熱容量は減少するため、バルクセラミックスよりも優れた電気的特性を引き出すことができると思われる。まず、Pb-acetate,Ti/Zrアルコキシドを用いてPbTiO3及びPZTゾルを作製し、ゾルの安定化剤としてtriethanolamine(TEA)を添加した。前駆体ゾルを数日間濃縮して粘性ゾルにした後、ノズルを通じて連続紡糸し、ゲル繊維とした。700℃と1000℃で焼成したPZT繊維の破断面の観察により、粒径が700℃焼成体の0.1-0.3mから1000℃焼成体の0.5-0.7mに増加していることを確認した。PZT繊維のX線回折(XRD)分析結果から、700℃、1000℃焼成体ともにペロブスカイト単一相であり、結晶配向性はないことが分かった。1000℃焼成体で観測された室温での比誘電率は約1100、Tcでの誘電率maxは7290であり、報告されているPZT53/47組成のセラミックスの値とほぼ同じであった。±140kV/cmの電界範囲で測定されたPZT繊維のヒステリシス曲線を観察した結果、典型的な強誘電性を示しているがまだ完全には飽和していない形状であった。一般のPZT(53/47)バルクセラミックスの抗電界Ecは20kV/cm程度であるが、1000℃焼成体のEcは約55kV/cmと大きい値であった。この差も粒径と緻密性のちがいによると思われる。分極処理した1000℃焼成繊維の焦電流測定した結果、焦電ピークは398℃で観測され、誘電率の温度依存性から得たTc=396℃とほぼ一致した. 第三章では、第二章で得られたプロセス制御の知見をもとに、ゾル-ゲルスピンコーティングによりPbBi4Ti4O15(PBT)及びPb2Bi4Ti5O18(P2BT)薄膜を作製し、電気的特性を調べた結果について述べた。3-1節では、PBT薄膜の強誘電性の組成依存性を調べるために、出発物質としてBismuth acetateと酢酸を用いてPBT薄膜を作製した。DEAの添加によってゾルの安定性の増加が観察された。XRD分析の結果、Bismuth成分の増加によってpyrochlore相の減少及びPBT相の増加が観察された。しかし、過剰のBiを含む組成でのpyrochlore相の減少とPBT相の発達にも関わらず、観測された残留分極値(2Pr)と抗電界(2Ec)はBi組成の増加とともに減少した。Pb成分の増加の場合は、pyrochlore相の減少及びPBT相の増加に伴い、2Pr及び2Ecは大幅に増加した。10%過剰のPbを含んだ組成で強誘電性が最大値を示していることから、PZT薄膜で知られているようなPbの蒸発による組成のずれがPBT薄膜でも影響していることが分かった。PBT単一相の薄膜は、基板側の白金電極とPBT薄膜の間にBi40%過剰のbuffer層を入れることで得られた。走査型電子顕微鏡(SEM)による表面観察の結果、buffer層を持つPBT薄膜の場合、組成を調節してないPBT薄膜に比べ均一な粒径分布が観測された。しかしbuffer層を持つPBT薄膜の場合でも高い漏洩電流値が観測された。 3-2節では、複合アルコキシドを用いてPbBi4Ti4O15及びPb2Bi4Ti5O18薄膜を作製しその強誘電特性を比較した。複合アルコキシドを用いてPt/Ti/SiO2/Si基板上にPbBi4Ti4O15(PBT)とPb2Bi4Ti5O18(P2BT)薄膜を作製し、その電気的特性を調べ、PBT及びP2BT単結晶の結果と比べた。焼成した薄膜のX線回折法(XRD)による分析の結果、PBT及びP2BT単一相薄膜であることが確認された。複合アルコキシドを用いたPBT及びP2BT薄膜はBi-nitrateと酢酸を用いて得た薄膜に比べ、少ない有機成分含量による低い漏泄電流密度と低いc軸配向性を示した。P2BT単結晶での2Pr及び2EcはPBTと比べa(b)軸方向で約2倍に増加し、c軸方向にもPBTでは存在しない自発分極を持つことが今までの研究で知られている。今回作製したP2BT薄膜でもPBT薄膜に比べ2Pr値がおよそ2倍増加し、単結晶での強誘電性測定結果とよく一致している。9Vの両極パルスを用いて測定した薄膜の分極疲労特性の測定では、109回の分極反転に対しPBT、P2BT薄膜ともに-1%程度の優れた耐疲労特性を示した。 第四章では、ゾル-ゲル粉末から合成したPbBi4ZrxTi4-xO15(PBZT)セラミックスの構造評価と電気的特性について述べた。 PBTは既存のPZT、SBT(SrBi2Ta2O9)などのFRAM(Ferroelectric Random-Access Memory)材料に比べ抗電界(Ec)が大きく、実用化に問題がある。そこで本研究ではPBTのperovskite構造内の酸素八面体を構成するTi4+イオンをZr4+に置換し、その電気的特性の向上を求めた。 Ti4+をZr4+で12.5at%置換したPbBi4Zr0.5Ti3.5O15の場合、一般的な酸化物粉末からではP2BTと他の酸化物の混合相となるのに対し、ゾル-ゲル法で得た粉末を用いた場合はPBT構造が維持されていることが分かった。PbBi4ZrxTi4-xO15(PBZT)(x=0-4.0)の組成のセラミックスをゾル-ゲル法で得た粉末を用いて作製し、その構造の変化及び電気的特性を観察した。高いZr組成(x=3.0,4.0)の場合は層状構造を失い、混合相を示した。これはm=4構造に対するSubbaraoらのtolerance factorの限界と一致している。XRD分析結果、PBTの斜方晶層状構造はx=2.0まで維持されていることが分かった。x=0.0-0.5の範囲ではすべての格子定数及び単位体積が直線的に増加し、Ti4+(0.68Å)サイトのZr4+(0.79Å)による置換を裏付けている。x=0.6-1.0の範囲ではc軸の格子定数だけが減少を示した。xが0から1.0まで増加することによってキュリー温度は551℃から563℃に増加し、誘電率は減少している。PBZTセラミックスの分極値はx=0.5で最大値を示した。x=0.5で観測された2Prと2Ecは±40kV/cmの電界で、常温ではそれぞれ2.4C/cm2と18.4kV/cm、120℃では9.9C/cm2と28.1kV/cmを示した。 第五章では、本研究の結論及び得られた新たな知見からの展望についてまとめた。ゾル-ゲル法を用いて元素分布と構造の制御を行い、微細電子デバイス用強誘電性酸化物繊維及び薄膜を作製した。単純ペロブスカイト構造を持つPbTiO3、Pb(Zr,Ti)O3(PZT)の繊維をゾル-ゲルプロセス上の各種の変数制御を通じて作製し、その強誘電特性、特に焦電特性を初めて評価できた。ビスマス層状構造のPbBi4Ti4O15(PBT)、Pb2Bi4Ti5O18(P2BT)薄膜を作製して単結晶との物性比較を行った結果、単結晶での差異と一致していることが確認できた。メモリ用材料としての強誘電性評価を行い、優れた耐疲労特性を持つことが分かった。ゾル-ゲル法によるPBT構造制御を行った結果、新規固溶体のPbBi4ZrxTi4-xO15(PBZT)の存在を発見し、強誘電性の特異的な増加を確認した。ゾル-ゲル法は分子レベルでの元素結合を利用することによって繊維、薄膜などの微細デバイス素子の作製だけでなく、酸化物粉末の混合では得にくい新規材料の合成にもその価値があることが明らかになった。 |