学位論文要旨



No 114319
著者(漢字) 青木,憲治
著者(英字)
著者(カナ) アオキ,ケンジ
標題(和) エネルギー物質の圧力発生挙動に関する研究
標題(洋)
報告番号 114319
報告番号 甲14319
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4445号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田村,昌三
 東京大学 教授 越,光男
 東京大学 助教授 新井,充
 東京大学 助教授 齋藤,猛男
 東京大学 助教授 茂木,源人
内容要旨 第1章 序論

 エネルギー物質とはエネルギーに富んだ物質であり、その特徴であるエネルギーを活用してこれまで発破、ロケット推進薬、花火、爆発火工等種々の分野で用いられてきた。これらエネルギー物質は、目的に応じてそのエネルギーをコントロールすることが必要であるが、コントロールを誤ると発火や爆発等の事故を起こしてしまうという潜在危険性を持っている。エネルギー物質は従来の火薬類、ロケット、花火への用途のみならず、今後、エアバッグ用ガス発生剤、高性能燃料添加剤、衝撃起爆合成、医療用火工品、爆発発電等種々の分野で物質あるいはデバイスとして活用されていく方向にあり、エネルギー物質の原料および組成物とエネルギー発生挙動や効果との関係を科学的に理解しておくことは、エネルギー物質を有効かっ安全に活用していく上で重要である。

 潜在的エネルギー危険性を有するエネルギー物質を安全に取り扱いかっ新分野への応用を考慮すると、エネルギー物質の持つエネルギー特性を十分に把握する必要がある。本研究では、エネルギー物質の持つ圧力発生特性に着目し、エネルギー物質の特性評価つまりエネルギー特性の把握とそれに基づいた制御と応用を目的とした。前者については、密閉条件下で自己反応性物質の加熱分解の激しさをその圧力発生挙動を測定することにより定量的な評価試験法の確立を試みた。後者は、エネルギー物質の急速なガス発生能を救命に利用したエアバッグ用ガス発生剤の開発を目的とした。

第2章 試験法と再現性2.1はじめに

 本章では密閉型圧力容器を用い、電気炉を用いた均一加熱方式により密閉条件下で自己反応性物質の加熱分解による圧力発生挙動から、自己反応性物質の加熱分解の激しさに関する危険性の定量的評価を試みるとともに、試験結果の再現性について検討を行った。

2.2実験

 圧力容器試験装置はFig.2.1に示すように圧力容器、加熱装置および計測装置からなる。圧力発生挙動測定のため、圧力センサーが設置できるように設計した。Fig.2.2に内容積30および100mlの圧力容器の概略図を示す。自己反応性物質としては、加熱分解による圧力発生挙動が異なる有機過酸化物およびアゾ化合物を用いた。

 内容積30mlまたは100mlの密閉型圧力容器を用い、充填率0.02g/mlまたは0.05g/ml、加熱速度2K/minまたは10K/minの各種条件下で、密閉下での自己反応性物質の加熱分解に伴う圧力発生挙動を各3回づつの繰り返し測定して再現性を評価した。

2.3結果と考察

 Fig.2.3より、加熱速度、圧力容器サイズ、試料量によらず、BPZの密閉下での加熱分解による圧力発生挙動はすぐれた再現性を示しているといえる。また、Fig.2.4より、各種試料の圧力発生挙動の再現性は試料により若干異なるが、比較的良好であるといえる。以上のことから、密閉型圧力容器を用いた本試験法は試料の種類、加熱速度、圧力容器サイズ、試料量によらず、再現性のある圧力発生挙動を示す方法といえる。

第3章 圧力発生挙動に及ぼす影響因子3.1はじめに

 本章では、本試験法による自己反応性物質の加熱分解による圧力発生挙動に影響を及ぼす重要な因子と考えられる加熱速度、試料量および圧力容器サイズ(充填割合)の影響について検討を行った。

3.2実験

 8、30、100ml圧力容器を用い、試料量1〜12g、加熱速度2〜10K/minで実験を行った。

3.3結果と考察

 ○ 加熱速度の影響

 Fig.3.1より、BPZおよびAIBNの場合は加熱速度の増大とともに条件によってはPmaxは若干の増大傾向を示すが、Pmaxにおよぼす加熱速度の影響はいずれの場合も圧力容器サイズおよび試料量によらず、ほぼ一定といえる。一方、dP/dtについては、TCP、ADCAおよびAIBNは加熱速度により顕著な影響を受けないが、BPZは加熱速度を大きくすると、dP/dtは増大する傾向を示した。

 ○ 試料量および容器サイズの影響

 Fig.3.2より、PmaxおよびdP/dtは試料量が増加すると、それに比例していずれの場合も増大する傾向を示す。試料量の増加によるPmaxの増大の程度は熱分解後のガス発生量と系の温度が大きく関与していると考えられ、アゾ化合物であるADCAおよびAIBNともに大きな値を示した。

 Fig.3.3より、BPZ、ADCAおよびAIBNは充填率が一定であるにも関わらず、容器サイズが大きくなるにしたがってPmaxおよびdP/dtは増大傾向を示した。

第4章 有機過酸化物の圧力発生挙動に及ぼす溶媒の影響4.1はじめに

 本章では密閉型圧力容器を用いて有機過酸化物の溶媒希釈物の圧力発生挙動を定量的に評価し、半密閉型測圧式圧力容器試験結果との比較検討を行った。

4.2実験

 半密閉型測圧式圧力容器試験は消防法第五類危険物の分類試験である内容積200mlの容器の側面に1mmまたは9mmのオリフィス板を取り付け、従来型容器の破裂板取り付け位置に圧力センサーを設置したものを用いた。

 有機過酸化物としてt-ブチルペルオキシベンゾエート(BPZ)を用いた。有機溶媒としては沸点の異なるベンゼン、クメンおよびn-デカンを選択した。

4.3結果と考察

 Fig.4.1より、オリフィスを用いた半密閉型圧力容器試験では、BPZ(TDSC126℃)がベンゼンのような低沸点溶媒で希釈されている場合、BPZの熱分解開始前に加熱によるベンゼンの蒸発が起こり、オリフィス孔から容器外部に流失したことにより、溶液の濃縮が起こったためであると考えられる。また、クメンおよびn-デカンのように高沸点溶媒希釈で見られた濃度変化によるPmaxの著しい減少は、BPZの加熱分解による発熱を溶媒によって吸収され、熱分解を抑制されたためであると考えられる。

 Fig.4.2より、溶媒の種類により多少異なるが、低濃度になるにしたがってPmaxは減少し、dP/dtは40wt%に希釈すると著しく減少していることがわかる。Fig.4.3より、Pmaxは溶媒の種類に関わらず濃度に対して一定の割合で比例していることがわかる。さらに、この比例関係は、実際に溶媒に溶けているBPZ量(2g,3gおよび4g)での実験結果とほぼ同等であった。つまり、Pmaxに関して密閉型圧力容器試験では溶媒の種類に関わらず、実際に溶媒に溶けている物質そのもの自体を評価しているといえる。また、dP/dtは溶媒希釈により著しく減少していることがわかる。

第5章反応計算による圧力発生挙動解析5.1はじめに

 自己反応性物質の熱分解機構および反応に関与する化学種の熱力学データを用い、反応計算プログラムSENKINにより、密閉容器内での圧力発生挙動を計算し、実験結果との比較検討を行った。

5.2反応計算

 計算を行ったADCAおよびBPZの熱分解機構および各反応の反応速度定数は文献値を用いた。ADCA、BPZおよびそれらの分解反応生成物の熱力学データは、SENKINの熱力学データベースの値およびデータがないものについては半経験的分子軌道法計算プログラムMOPAC93のPM3法とグループ加成性則を用いた計算プログラムTHERMにより算出した値を用いた。初期条件としては体積一定、1気圧、断熱系とした。ADCAについては初期温度を変化させて発生圧力についての計算を行った。また、BPZについてはベンゼン希釈条件下での発生圧力について計算を行った。

5.3結果と考察

 Fig.5.1より、計算結果は実験結果と類似の挙動を示し、反応温度が高くなるにしたがって圧力発生速度が増大する傾向を示す。自己反応性物質の熱分解機構に関する知見が得られれば、その熱分解による圧力発生挙動は反応計算プロクラムSENKINを用いて、予測できる可能性があることが示された。

 Fig.5.2より、濃度変化によるPmaxおよびdP/dtの変化は実験結果と類似の挙動を示した。このことから、自己反応性物質の溶媒希釈条件下における圧力発生挙動についても予測できる可能性が示された。

第6章 エネルギー物質の圧力発生特性の応用6.1はじめに

 本章ではKBr添加により、相変化を無くした相安定化硝酸アンモニウム(PSAN)を調製し、PSANを酸化剤として用いた場合の圧力発生挙動について検討を行った。また、エアバック用ガス発生剤として要求される圧力発生速度を得るための手法についても検討を行った。

6.2実験

 PSANの調製は飽和水溶液中の硝酸アンモニウムに対し、KBrを5wt%を添加したものを室温で再結晶化させたものを用いた。ガス発生剤として5-アミノテトラゾール(HAT)を用いた。圧力発生挙動は当研究室の小型爆燃性試験装置(Fig.6.1)を用い、圧力発生挙動をデジタルストレージスコープにより測定した。

6.3結果と考察

 Table6.1より、PSANを酸化剤として用いた場合、KClO4およびKNO3を酸化剤として用いた場合と比較してPmaxは大きな値を示した。従来のアジ化系ガス発生剤と比較しても条件によってはPmaxは約2倍の値を示した。このことは、エアバッグ用ガス発生剤としての用途を考えた場合、インフレータの小型、軽量化につながるといえる。dP/dtはアジ化系ガス発生剤と比較して小さな値を示したが、燃焼面積を大きくすることおよび粒子径を小さくすることにより約30%の増加を示した。

Fig.2.1Pressure vessel test systemFig.2.2Pressure vesselFig.2.3Time-Pressure profiles due to thermal decomposition of BPZ in closed pressure vesselFig.2.4Time-pressure profiles due to thermal decomposition of self-reactive materials in closed pressure vessel Pressure vessel:100ml Sample weight:2g Heat rate:2K/minFig.3.1Effect of heat rate on pmax and dP/dt due to thermal decomposition of self-reactive materials □TCP ◇BPZ ○ADCA △AIBNFig.3.2Effect of sample weight on Pmax and dP/dt due to thermal decomposition of self-reactive materials □TCT ◇BPZ ○ADCA △AIBNFig.3.3Effect of Pressure vessel size on Pmax and dP/dt due to thermal decomposition of self-reactive materials Filling factor:0.05(g/ml)Heat rate:2K/min □TCP ◇BPZ ○ADCA △AIBNFig.4.1Effect of concentration of BPZ in solvent on Time-pressure profile(Fire Defense Law Pressure Vessel Test) Orifice;9mmFig.4.2Effect of concentration of BPZ in solvent on Time-pressure profile (Closed Pressure vessel test) Pressure vessel:100ml Heat rate:10K/min Sample weight:5gFig.4.3Effect of concentration of BPZ in solvent on Pmax and dP/dt Pressure vessel:100ml Heat rate:10K/min Sample weight:5gFig.5.1Observed and calculated time-pressure profilesExperiment Pressure vessel:100ml ADCA:5g Heat rate:2K/min Calculation Constant volume Adiabatic conditions Initial pressure:1atmFig.5.2Observed and calculated results of Pmax and dP/dtExperiment Pressure vessel:100ml Heat rate:10K/min Sample weight:5g Sample:BPZ Solvent:Benzene Calculation Constant volume Adiabatic conditions Initial pressure:1atmFig.6.1Schematic diagram of small tank testTable6.1Experimental results of 1HT/PSAN and HAT/PSAN
審査要旨

 本論文は、「エネルギー物質の圧力発生挙動に関する研究」と題し、エネルギー物質の有するエネルギー発生特性のうち圧力発生挙動に着目し、エネルギー物質等自己反応性物質の加熱時における分解の激しさを定量的に評価する試験法について検討するとともに、新規エアバッグ用ガス発生剤として期待されている相安定化硝酸アンモニウム(PSAN)-テトラゾール系組成物の着火爆燃時の圧力発生挙動について検討した成果をまとめたもので、7章から成っている。

 第1章は序論であり、本論文の研究の背景および既往の研究を概説し、本論文の目的と方針を明らかにしている。

 第2章は、試作した密閉型圧力容器内のガラス製試料容器に入れた自己反応性物質を電気炉を用いた均一加熱方式により加熱分解させた場合の圧力発生挙動を各種条件下で調べ、圧力発生挙動の再現性について検討した結果を述べている。本試験は密閉型の圧力容器を用いており、また、電気炉を用いた均一加熱方式を採用しているため、容器内部の温度差が比較的小さく、熱分解が一様に起こるため、従来の国連で採用されているオランダ式およびアメリカ式圧力容器試験と比較して自己反応性物質の種類、加熱速度、試料量、圧力容器サイズによらず、熱分解時の圧力発生挙動について再現性の良い結果が得られることを示している。

 第3章は、自己反応性物質の密閉下での加熱分解による圧力発生挙動に及ぼす自己反応性物質の種類、加熱速度、試料量および圧力容器サイズの影響について検討するとともに、標準試験条件および評価特性値について検討した結果を述べている。自己反応性物質の熱分解による圧力発生挙動に及ぼす上記各要因の影響を明らかにするとともに、圧力発生速度(dP/dt)は物質の分解熱および系の熱収支による影響を受けることを示し、試験の標準条件としては安全性の点からも小型容器を用い、試料の充填率は〜0.05g/mlが適当であることを提案した。また、自己反応性物質の加熱分解時の激しさを圧力発生挙動から評価する場合の評価特性値としてはdP/dtが適切であることを提案した。

 第4章は、密閉型圧力容器を用いて溶媒希釈した有機過酸化物の加熱時の圧力発生挙動を調べ、従来のオリフィス付半密閉型圧力容器試験の場合と比較検討した結果について述べている。本方法では密閉型圧力容器を用いているため、溶媒希釈状態での熱分解の激しさに関する情報が得られるが、従来のオリフィス付半密閉型試験法では、有機過酸化物等の自己反応性物質が低沸点溶媒で希釈した場合、加熱によりまず溶媒の蒸発が起こり、次いで、濃縮された状態で熱分解が起こるため、溶媒希釈状態での自己反応性物質の熱分解の激しさを正しく評価できないことを示し、本試験法の有用性を述べている。

 第5章は、いくつかの代表的自己反応性物質の熱分解機構を提案し、素反応の速度データを用い、反応計算プログラムSENKINにより、密閉容器内での圧力発生挙動のプロファイルを得て、実験結果と比較検討した結果について論じている。自己反応性物質の熱分解による圧力発生挙動は熱分解機構に関する知見が得られれば、反応計算プロクラムSENKINを用いて、予測可能であることを明らかにした。また、自己反応性物質の溶媒希釈状態での熱分解による圧力発生挙動についても同様に予測できることを示している。

 第6章は、相安定化硝酸アンモニウム(PSAN)を酸化剤とするPSAN-テトラゾール系新規エアバッグ用ガス発生剤組成物の着火爆燃時の圧力発生挙動について検討した結果を述べている。PSAN-テトラゾール系組成物は従来のアジ化系ガス発生剤組成物に劣らないガス発生量を有しており、また、粒子径の制御や燃焼促進剤の添加等により、圧力発生速度を向上させることができることから、有用なガス発生剤組成物であるとしている。

 第7章は、総括であり、本論文より得られた成果をまとめている。

 以上要するに、本論文はエネルギー物質等自己反応性物質の熱分解時の圧力発生挙動から熱分解危険性を評価する有用な方法を提案するとともに、新規エアバッグ用ガス発生剤組成物に関して新たな知見を加えたものであり、エネルギー物質化学ならびに化学システム工学の発展に寄与するところが少なくない。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク