学位論文要旨



No 114320
著者(漢字) 飯野,福哉
著者(英字)
著者(カナ) イイノ,フクヤ
標題(和) 都市ゴミ焼却炉からのダイオキシン類生成機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 114320
報告番号 甲14320
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4446号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 定方,正毅
 東京大学 教授 田村,昌三
 東京大学 教授 白石,振作
 東京大学 助教授 松村,幸彦
 東京大学 助教授 新井,充
内容要旨 1.ダイオキシン類について

 一般に総称されているダイオキシンとはFig.1に示すような75種類の異性体をもつダイオキシンと135種類の異性体のフランのことである。それぞれの異性体で毒性は異なり、2,3,7,8-T4CDDの毒性が最も強い1)。国内での年間推定総排出量(およそ4-8kg-TEQ)の8割から9割程度を占める2)都市ゴミ焼却炉からのダイオキシン類(PolyChlorinated Dibenzo-p-Dioxins & DibenzoFurans:PCDD/Fs)の生成経路はFig.2の様に考えられている。既往の研究においては特に、クロロフェノールなどの前駆体を経由した生成について調べられてきた3)。しかし、未燃炭素を経る反応経路(DeNovo合成)は存在することはわかっているが、それがどのような機構で、かつ、どの程度ダイオキシンの生成に寄与しているのかが依然として不明確である。

Fig.1Dioxin’s chemical structure and the abbreviationFig.2Formation paths of CDD/Fs in municipal waste incinerators
2.クロロナフタレンについて

 Polychlorintaed Naphthalenes(PCNs)のある一部の異性体は、PCDD/Fsと同時に生成する芳香族塩素化合物の中でコプラナPCBと同様に有害性をもつものとしてスクリーニングされた。異性体は75種類あり、国内では塩素数3以上のPCNsが蓄積性および慢性毒性を有するとして1970年代に特定化学物質に指定されている。1978年にEicemanら4)により廃棄物焼却炉からPCNsが生成してることが指摘されたが、その生成機構についてはあまり関心が持たれてこなかった。その理由の一つとして、各異性体のGC/MSによる分析の知識が蓄積されていなかったことがあったが、今川らにより各異性体のリテンションタイムの同定が完了した5-9)。そこで、本研究においても生成機構を手始めに都市ゴミ焼却炉から排出されているPCNsに関する研究に取り組んできた。

3.研究目的

 1977年にK.Olieら10)によって都市ゴミ焼却炉からダイオキシン類が排出されていることが指摘され、また1987年にL.Stieglitzら11)とH.Hagenmaierら12)によって未燃炭素から新規合成経路の存在が明らかにされて以来、DeNovo合成経路について多くの研究報告がなされてきた15-19)

 しかし、それらの研究で使用された炭素源は活性炭、カーボンブラック、char coalなど、その炭素構造が不明なものばかりであった。唯一、炭素源の出発構造について言及した研究13)では、12C,13Cの炭素を用いることで生成したPCDD/Fsがどちらに由来するのかを調べ、PCDFsの99%、PCDDsの75-90%が同じ炭素構造由来であることを明らかにした。ただし、ここでもその生成機構の詳細については述べるに至っていない。このような現状において、本研究では多環芳香族からのPCDD/Fsの異性体パターンを調べることで、その生成機構についてのより細かい情報を得ようとしてきた14)

4.多環芳香族からのダイオキシン類生成機構

 多環芳香族(Fig.3)を0.1%、塩化銅を1-5%、マトリックスとしてグラファイト、シリカゲルなどを混合し、それを石英管に詰め、300-500℃、10%-50%O2(N2 Balance)などの条件で実験を行った。得られた試料中のT4CDFs、P5CDFsの異性体分析を行った結果、coroneneから1,2,8,9-T4CDFsが非常に特異的に生成していることがわかった。また、peryleneからは2,4,6,7-、2,3,4,6-、そして3,4,6,7-T4CDFsの3種の異性体が選択的に生成していることがわかった。これらの異性体パターンから導き出したそれぞれの場合の反応機構をFigs.4,5に示す。

Fig.3Polycyclic atomatic hydrocarbons used in this studyFig.4The examples of the formation mechanisms of T4CDF directly formed from coronene.(a)The incorporation of oxygen occurs from the outside of coronene to result in 1,2,8,9-T4CDF and (b)from the inxide to form 1,4,6,9-T4CDF.Fig.5The examples of the formation mechanisms of T4CDF directly formed from chloroperylenca.

 特に、coroneneには1,2,8,9-T4CDFを与えうるビフェニル基を含む前駆構造が対照的に6組内包されていることが、このように特異的にある異性体だけを生成し得た原因であると考えている。また、peryleneからの異性体については、流動層実機炉からの特徴的なT4CDFsパターンと一致することがわかった。

5.多環芳香族からのクロロナフタレン生成機構

 上と同様の多環芳香族からのPCNsの異性体分布を調べた結果、生成したPCNsの塩素化位置が出発物質の多環芳香族の構造に由来していることがわかった。

 特に、benzo[ghi]peryleneから生成した異性体には、1,2,8-TriCNなど1,8-位を含む異性体や1,2,3,4,5-PeCNなど連続した位置に塩素化が起こっている異性体が多く生成していることがわかった。

Fig.6 An example of possible main reaction paths to the resulting PCNs from benzo[ghi]perylneneFig.7T4CDFs isomer pattern from EP inlct and outlet of a fluidized bed incinerator
6.都市ゴミ流動層炉からの特異的な異性体パターンとの相関

 本研究で得られた多環芳香族からの異性体パターンのうち、特にperyleneなどからのT4CDFsのパターンが一部の実機の流動層からのものに酷似していることがわかってきた(Fig.7)。このことは、多環芳香族からの生成経路が実機レベルでも存在する可能性を与えるものである。では、この推測を確認するにはどんな方法があるだろうか?一つには各多環芳香族からのPCDFs生成速度を比較することである。peryleneが他の多環芳香族に比較して大きい生成速度を与えるのかどうか調べることで、その寄与がどの程度なのかを明らかにできる。もう一つの方法としては、もし多環芳香族からの直接的なPCDFsの生成が起きているのならそれに関連したPCNsの異性体分布も得られるはずである。したがって、同じ試料中のPCDD/FsとPCNsの分析を行い、双方の異性体分布に何らかの相関が現れるかどうか調べることである。

Fig.8Formation rate of PCDD/Fs from PAHs(PCDDs from Benzo[b]flouranthene and Benzo[e]pyrene are not zhown.)10%O2,0.1%PAHs,1.7%CuCl2・2H2O,30min reaction

 まず、0.1%各多環芳香族、活性炭、フェノールを炭素源として、1%CuCl2、マトリックスとしてシリカゲルを用いて生成速度を調べた結果をFig.8に示す。まず、多環芳香族からはPCDFsが主に生成することがわかる。そして、そのうちperyleneとbenzo[e]pyreneからのPCDFsの生成速度が他の多環芳香族や、また、活性炭やフェノールと比較しても非常に大きいことが示された。特に、活性炭と比較を行う場合にはperyleneとbenzo[e]pyreneの蒸気圧が300℃では高いことから、それらの反応管内での滞留時間が短いことを考慮するとその生成速度は相対的により大きなものになることが容易に推測される。peryleneと同じT4CDFs異性体パターンを示す多環芳香族として、11種類の代表的な多環芳香族について調べた結果benzo[b]fluorantheneとbenzo[e]pyreneが挙げられることが本研究により明らかにされている。このことから、流動層炉内で生成しているPCDFsがこのようなperylene構造をもつ多環芳香族などから生成している可能性が示唆された。また、PCDDsについてはフェノールからの生成量が多環芳香族に比較して圧倒的に多く、縮合反応がPCDDsの生成に大きく寄与していることがわかる。

 次に、流動層実機炉からの試料についてPCNsの異性体を調べた結果、1,8、4,5位などの上下の位置や、1,2,3,4,5位などの連続した位置が塩素化された異性体が多いことがわった。そして、このパターンは3塩素化クロロナフタレンの場合に1,2,8-TriCNが主生成物であり、5塩素化の場合には1,2,3,4,5-PeCNが主生成物であるというbenzo[ghi]peryleneからの異性体パターンに一致する。したがって、PCNsについてもperyleneと同様の構造をもつ多環芳香族がその生成に大きく関与している可能性が示唆された。

7.結論

 本研究において、以下の事項を明らかにすることができた。

 ・多環芳香族を出発物質とすることによりPCDFsのde novo生成機構の一つについて明確に示すことができた。

 ・流動層からのT4CDFsの異性体パターンがperyleneからのパターンに類似していることがわかった。

 ・そして、その生成速度を比較した結果、peryleneとbenzo[e]pyreneからのPCDFsの生成が活性炭やフェノールよりも大きいことがわかった。このことで、実際の流動層内におけるPCDFsの生成がperyleneのような構造をもつ多環芳香族から生成している可能性が示唆された。

 ・同じ流動層でサンプリングしたPCNsからの異性体パターンを調べた結果、benzo[ghi]peryleneからの生成パターンに類似していることを示すことができた。

 ・PCDDsに関しては、多環芳香族の寄与が小さいことがわかった。したがって、実機炉においてもPCDDsはフェノールなどの前駆体から生成していることが示唆される。

・参考文献1.http://www.asahi-net.or.jp/〜xj6t-tkd/env/env.html2.環境問題連絡会ダイオキシン対策検討会第二次中間報告について、通産省環境立地局、1998年11月.3.Addink R.;Olie K.,Environ.Sci.Technol.1995,29,1425-1435.4.Eiceman G.A.;Clement R.E.;Karasek F.W.Anal.Chem.1979,51,2343-2350.5.Imagawa T.;Tanaka T.Pollution Control 1988,23,277-284(in Japanese).6.Imagawa T.;Tanaka T.;Miyazaki A.Pollution Control 1989,24,159-168(in Japanese).7.Imagawa T.;Yamashita N.;Miyazaki A.J.Environ.Chem.1993,3,221-230(in Japanese).8.Imagawa T.;Yamashita N.Chemosphere 1997,35,1195-1198.9.Imagawa T.;Takeuchi M.Organohalogen Compd.1995,23,487-490.10.Olie K.;Vermeulen P.L.;Hutzinger O.Chemosphere 1977,6,455-459.11.Stieglitz L.;Vogg H.Chemosphere 1987,16,1917-1922.12.Hagenmaier H.;Kraft M.;Brunner H.;Haag R.Environ.Sci.Technol.,1987,21,1080-1084.13.Hell K.;Stieglitz L.;Zwick G.;Will R.Organohalogen Compd.1997,31,492-497.14.F.lino et al.,Environ.Sci.Technol.,received.
審査要旨

 本論文は「都市ゴミ焼却炉におけるダイオキシン類生成機構に関する研究」と題し、ダイオキシン類生成機構のうち未解明である新規合成経路(de novo経路)の反応機構について、多環芳香族化合物化合物を出発炭素源として用いることによりその詳細を明らかにすることを目的とした研究の成果をまとめたもので6章からなる。

 第1章は序論で本論文の研究の背景と目的および既往の研究を示している。

 第2章は、塩化銅の存在下でグラファイトやフェノールから生成する有機塩素化合物の分布を調べた。その際のグラファイトからのpolychlorinated dibenzo-p-dioxines/furans(PCDD/Fs)は8塩素化物が多く、さらに、polychlorinated dibenzo-p-dioxines(PCDDs)よりもpolychlorinated dibenzofurans(PCDFs)のほうが多く生成することを示している。

 第3章は対称的な前駆構造をもつcoroneneからのPCDFsの異性体パターンを調べることで、PCDFsのde novo合成における塩素化、酸素の挿入の機構を明らかにしている。この結果は、あくまでde novo合成機構の一つであるが、詳細な生成機構を示した最初の証拠と言える。また、peryleneからは3つの特徴的な異性体、2,3,4,6-、2,4,6,7-そして3,4,6,7-T4CDFsが生成することを示した。さらに、このペリレンパターンを示す他の多環芳香族化合物としてbenzo[b]fluorantheneとbenzo[e]pyreneがあることを示している。

 第4章は、polychlorinated naphtalenes(PCNs)に関しても多環芳香族化合物から直接生成する経路があることを示している。また、その際にperyleneやbenzo[ghi]peryleneから生成した異性体は、1,8-位が塩素化された異性体、もしくは1,2,3,4,5-位などのように連続した位置が塩素化された異性体が特異的に生成していることも示している。

 第5章は都市ゴミ流動層炉からのPCDFsの異性体パターンがperyleneからの異性体パターンに類似していることを示している。実機炉内においても多環芳香族化合物がPCDFsの生成に関与していること、そして特にperyleneのような構造をもつ多環芳香族化合物の寄与が大きい可能性があることを示している。さらに、そのペリレンパターンを示すperyleneとbenzo[e]pyreneからのPCDFsの生成速度が、他の多環芳香族化合物だけでなく活性炭と比較しても充分に早いことを示している。PCDFsの生成と相関のあるPCNsの異性体パターンについても流動層炉からの試料について分析した結果、peryleneと構造上類似しているbenzo[ghi]pervleneからの異性体パターンに類似していることを示している。

 フェノールについては、PCDDsの生成速度が大きいのに対して、PCDFsについてはpervleneなどと比較して生成が遅いことから、実機炉においてもPCDDsはフェノールなどの前駆体からの縮合反応経路が主であり、PCDFsについては多環芳香族化合物が主な出発炭素物質となり、分解反応が支配的である可能性を示している。

 第6章は本論文の総括を行っている。

 以上要するに、本論文はこれまで主なダイオキシン類の出発炭素物質として捉えられていなかった多環芳香族化合物が、ダイオキシン類の主な生成経路の一つに大きく関わっている可能性を示すことにより現在停滞しているダイオキシン類の全生成経路解明の手がかりを与えたものであり、化学システム工学の発展に寄与するところが少なくない。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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