大規模プール火災において火炎からの放射熱を知ることは、実在石油貯蔵タンクの火災時の危険性を評価し、安全対策を構築する上で、また、火災時の消防活動への指針を与える上で重要である。燃焼槽の直径が数十mを超えるような大規模なプール火災では、煙が大量に発生し、火炎プルーム表面はほぼ黒煙に覆われる。この時、発光の強い輝炎はリム近傍の定在火炎と、上方の煙の間から間欠的に出現する輝炎のみとなる。このような火炎の様子は小規模の場合とは大きく異なる。このことが、従来の放射推定モデルを大規模の場合に適用した場合の信頼性を低下させ、放射熱の推定を困難にしている。大規模プール火災の火炎からの放射熱を推定するためには、輝炎及び煙の挙動を正確に理解し、その放射特性を明らかにする必要がある。そこで本研究では、大規模プール火災実験の映像を基に、周囲への放射熱と密接な関係がある輝炎及び煙の挙動を詳細に解析してこれを明らかにし、また、その放射特性を詳細に検討することで、火炎からの放射熱を推定する上で有益なデータを獲得することを目的とする。さらに得られたデータを用いて、放射熱の推定を試みる。 実験の映像を用いて火炎の挙動を解析するにあたり、本研究では独自の画像解析手法を用いた。輝炎及び煙の挙動を調べるためには、まず画像上でそれらを識別する必要がある。本研究ではそれらの色の違いに着目し、まず実験映像を一連のカラー画像としてコンピュータ上に取込んだ後、画像上の輝炎及び煙の色を表すR、G、B値を調べ、R、G、B値を用いてそれらを識別する条件を決定した。この識別条件を用いて大量の画像を連続処理し、輝炎及び煙に関する時間的、空間的な情報を獲得した。本研究の画像処理法を用いれば、従来の目視による抽出のばらつきを低減し、大量の画像を短時間で処理することができる。 まず、風の影響の少ない場合の火炎に対して、実験映像からその挙動を解析した。解析対象とした大規模実験は、1981年に安全工学協会の主催により御殿場で実施された、直径30m及び50mの燃焼槽を用いた灯油燃焼実験と、1998年に北海道苫小牧で行われた原油燃焼実験のうち、直径20mの燃焼槽を用いた実験である。御殿場実験の解析には1方向から記録されたビデオ映像を用い、また、苫小牧実験において多方向から記録された映像を用いて詳細な解析を行った。また、大規模との比較のために、ヘプタンを燃料とした直径0.8m及び6mの小規模プール火炎についても、実験映像を基に解析を行った。 6m以下の場合と20m以上の場合とで、輝炎の出現の仕方が大きく異なった。代表的な結果の一つである輝炎の出現確率分布から、6m以下の小規模の場合では、リムからかなりの高さまで定在の拡散火炎が連続的に存在し、この時火炎高さを決定することが可能であり、また、火炎を円筒と見なすことが出来る。一方、20m以上の場合では、定在火炎による高出現確率領域はリム近傍のごく狭い範囲に限られ、それ以外では出現確率の極大領域が上方のある高さを中心に存在するようになる。この極大領域は上方に出現する間欠輝炎によるものであり、したがってリム付近よりも出現確率がかなり小さい。大規模では火炎高さを決定することはほぼ不可能であり、火炎プルームの平均的な形状は円筒に近いものの、輝炎及び煙の出現傾向は特徴的な空間分布を有する。大規模プール火災の火炎からの放射熱を推定するには、このような輝炎の空間的、時間的な出現傾向を考慮する必要がある。 上方に出現確率の極大領域を持つ傾向は、異なる方向に共通してみられ、上方の間欠輝炎は火炎プルーム表面上にランダムに出現するのではなく、ある高さを中心として、火炎プルームの中心軸付近から出現する傾向にあることが示唆された。間欠輝炎はプルームが中心軸に向かって大きくくびれた辺りからよく出現する。火炎プルームの息づきにより基部で形成されたプルームの膨らみが上昇するにつれ、その外表面の下側への巻き込みとともに、膨らみの下側ではくびれが中心軸に向かって成長する。この時くびれの位置では周囲空気のプルーム内への取込が盛んに行われ、プルーム内の未燃の燃料ガスと空気とが混合し、これに着火して輝炎が出現するものと考えられる。 プルームの膨らみ(または括れ)の形成には、息づきが大きく関与しており、従って、間欠輝炎の出現頻度は息づきの周波数に依存する。また、リム近傍の定在火炎も、息づきに応じてその火炎高さ(面積)を周期的に変動させており、その挙動は息づきに支配されている。 火炎プルームの息づきの特性周波数は、燃焼槽の直径の増大に伴い低下する傾向にあることが本研究においても確認されたが、20mと30mとでその傾向が逆転していることから、その傾向は厳密には同種の燃料でのみ成り立つ。 次に、苫小牧における直径20mの燃焼槽を用いた実験において形成された、風の影響が少ない場合の火炎について、実験で得られた熱画像データを用いて、その放射特性を詳細に検討した。火炎の見かけ温度分布として出力される熱画像データから、本研究で提案された簡単な計算により放射量に変換し、計算された放射量を基に解析を行った。計算の妥当性は、実験で直接測定された放射熱のデータとの比較により確認された。 火炎プルームからの放射熱は平均的には定在火炎の存在する火炎プルーム低部からの寄与が大きく、高さ0.3Dまでで全体の約40%を占める。また、その範囲からの放射熱の時間的な変動は小さい。一方、間欠輝炎が出現する範囲からの放射熱は、間欠輝炎の出現に伴い大きく変動し、瞬間的にかなり大きい放射熱を与える。火炎プルーム表面の放射輝度の空間分布は、平均的にはリム付近で最大値をとり、それよりは放射輝度は低いが、上方に間欠輝炎によると思われる極大領域を持つ。この放射輝度分布の傾向は、映像から求めた輝炎の出現確率分布と類似している。周囲建物などへの延焼を考えた場合は放射熱の平均値が問題になるが、それを推定するためには、このような放射輝度の空間分布を考慮する必要がある。 平均的には定在火炎域の放射輝度は大きいが、出現する火炎の放射輝度の最大値は、定在火炎域が約55kW/m2/srであるのに比べて、間欠火炎域では85kW/m2/srに達する。これは上昇する過程で周囲から予熱された燃料ガスが、上方で周囲空気と混合し、激しく燃焼反応を起こすために、出現する輝炎の火炎温度が定在火炎よりも高くなるためであると説明される。消火活動などを考えた場合には、それに携わる人々の安全を考えると、瞬間的な放射熱が問題となる。したがって、間欠輝炎からの放射熱を考慮に入れて、放射熱の瞬間的な最大値を推定する必要がある。 火炎形状を記録したビデオ画像とその瞬間の放射輝度分布との比較により、画像上で輝炎と見える領域は、放射輝度分布上で20kW/m2/sr以上の領域にほぼ含まれる。そこで20kW/m2/sr以上を輝炎、20kW/m2/sr以下を煙と考え、定在火炎、間欠輝炎及び煙からの放射熱を個別に計算した。その結果、それぞれから射出される放射熱は、平均的に全体の21%、15%、64%を占めると計算され、煙の寄与が最も大きくなった。大規模の場合、煙の占める面積は大きく、煙の放射輝度は低いが、放射熱としてはかなり大きくなる。大規模のプール火炎からの放射熱を推定する際は、煙からの放射熱を正しく見積もる必要がある。 また、本研究では風がある場合についても解析を行った。苫小牧における、直径5m、10m及び20mの燃焼槽を用いて有風時に行われた実験の映像から、風の影響を受けたときの輝炎の出現の仕方を解析したところ、やはり規模が大きくなると、煙の発生のために輝炎の出現確率は全体的に小さくなることが分かった。10m以上の大規模の場合では、無風時の時とは異なり、風に対する方向によって輝炎の出現の仕方が異なる。特に風横から風下側へ巻き込みながら上昇する一対の煙の渦のために、風下側ではその一対の渦に挟まれた領域に火炎が高い頻度で出現する。火炎プルームが傾いていることと併せて、風下では周囲への放射熱がかなり大きくなることが予想される。20m実験の2Dの位置での放射熱の結果から、風下では他の方向に比べ4倍近い放射熱が検出され、輝炎の出現の傾向から予想される通りであったが、燃焼槽から遠くなると、必ずしも風下側で放射熱が大きくならなかった。風下側に流される煙のために、遠いところでは火炎が遮蔽されることがその原因として考えられた。大規模プール火災において、有風時の火炎からの放射熱を推定するには、風に対する方向によって輝炎の出現の仕方が異なり、特に風下側では特徴的な出現の仕方をすることを考慮しなければならない。 最後に、熱画像の解析から得た結果を基に、画像解析の手法を応用し、ビデオ画像から放射熱を試算した。画像解析で輝炎または煙と識別した部分の放射輝度を、熱画像から計算した放射輝度分布との比較により調べたところ、画像解析で輝炎と識別される部分の放射輝度は約33kW/m2/sr、煙と識別される部分の放射輝度は、約6kW/m2/srで代表させることが出来ると推定された。この値を用いて、ビデオ画像を基に火炎からの放射照度の時間変化を計算したところ、熱画像から計算した放射照度とほぼ一致した。このことから、輝炎及び煙に対する放射輝度を仮定し、ビデオ映像から火炎の放射熱を推定することが可能であることが分かった。この実際的な応用としては、火災が発生した場合に、火災の様子を写した映像から放射熱を推定し、その危険性を判断し、消防隊の進入方向や消火活動を行う位置などについての指針を与えるなどに利用できるものと考えられる。 |