本論文は、「NOxによる芳香族ニトロ化反応に関する研究」と題し、NOxとしてNO2およびN2O5に着目してそれらによる芳香族ニトロ化反応の機構解明を試み、近年環境問題として話題となっているニトロ多環芳香族化合物生成の抑制や特徴的なニトロ化合物合成への応用に資する基礎的知見を得ることを目的として行った研究成果をまとめたもので、5章から成る。 第1章は序論であり、本論文の研究の背景および既往の研究を概説し、本論文の目的と方針を明らかにしている。 第2章は、芳香族基質としてアルキルベンゼン類を用いて、NO2による環ニトロ化反応の機構について検討した結果を述べている。ニトロ化速度およびニトロ化物の生成物分布におよぼす置換基効果についての検討結果は、部分速度因子と基質のニトロ化位置の電子密度との間に相関があること、また、基質相対反応速度と基質のイオン化ポテンシャルとの間に相関があること、さらに、Galliの方法による検討結果は律速段階が芳香族基質からNO2への一電子移動過程を示すことから、芳香族基質からNO2への一電子移動によりラジカルカチオンを生成する過程を律速段階とする機構を提案している。 第3章は、N2O5による置換ベンゼン類の四塩化炭素溶媒中での環ニトロ化反応について検討した結果を述べている。低温領域ではN2O5によるニトロ化反応は、その反応速度がNO2による場合に比較して極めて大きく、Hammettプロットの値から典型的な求電子置換反応であることを示していることから、N2O5の均一分解から生成したNO3を主な攻撃活性種とする求電子反応が支配的であるとしている。一方、環ニトロ化物の収率および生成物分布は反応温度により顕著な影響を受け、高温領域では特異的な環ニトロ化物の収率および生成物分布を示しており、N2O5の分解により生成したNO2を主な攻撃活性種とする求電子反応が重要になるとしている。このことはN2O5とN2O4の混合ニトロ化剤を用いたニトロ化の場合のN2O4の割合を増すと環ニトロ化物の収率および生成物分布が変化することからも支持される。 第4章は、N2O5による置換ベンゼン類の環ニトロ化反応におよぼす溶媒効果について検討した結果を述べている。環ニトロ化物の収率と生成物分布およびHammettの値におよぼす溶媒の影響についての検討結果から、ジクロロメタン溶媒中では四塩化炭素溶媒中と同様にNO3を攻撃活性種とするニトロ化機構、アセトニトリル溶媒中では、硫硝混酸中でのニトロ化と同様にNO2+を攻撃活性種とするニトロ化機構、ニトロメタン溶媒中ではニトロニウム塩によるニトロ化に近いニトロ化機構がそれぞれ関与している可能性を示している。また、アセトニトリル溶媒、ジクロロメタン溶媒および四塩化炭素溶媒について、溶媒の極性および反応温度の変化によりニトロ化反応の攻撃活性種がNO2+からNO3へ変化する様子を明らかにしている。一方、各種溶媒中でのN2O5のラマンスペクトルによる解析結果から、提案したニトロ化反応の攻撃活性種が妥当であることを示している。さらに、N2O5によるニトロ化反応は反応条件の適切な選択により反応の操作が可能であり、目的とするニトロ化を行う上で有用であるとしている。 第5章は、総括であり、本論文の成果をまとめている。 以上要するに、本論文はNOxによる芳香族ニトロ化反応について系統的な検討を試み、その機構を明らかにする上で貴重な知見を与えたもので、大気環境化学ならびに化学システム工学の発展に貢献するところが少なくない。 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |