学位論文要旨



No 114330
著者(漢字) 孫,金華
著者(英字)
著者(カナ) スン,ジンファ
標題(和) 浮遊鉄粒子群中の火炎の伝ぱ機構
標題(洋)
報告番号 114330
報告番号 甲14330
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4456号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 平野,敏右
 東京大学 教授 田村,昌三
 東京大学 助教授 津江,光洋
 東京大学 助教授 土橋,律
 東京大学 講師 三好,明
内容要旨 1まえがき

 可燃性粉じんによる粉じん爆発事故は、種々の産業の粉じんを取り扱う工程中において発生している。粉じん爆発はひとたび発生すると被害が広範囲に及びやすく、一度に多くの犠牲者及び巨大な経済損失を出した粉じん爆発の事故も少なくない。そのため、粉じんを取り扱う工程では粉じん爆発に対する十分な防御をする必要がある。これまでに、多くの研究者が粉じん爆発について、種々の研究を行ってきた。これまでの主な研究内容は、粉じん爆発の発生しやすさを評価する最小着火エネルギー、爆発の上下限濃度、爆発限界酸素濃度及び爆発の激しさを評価する最大爆発圧力、爆発圧力の上昇速度、火炎の伝ぱ速度、温度などの測定である。これらの研究により得られたデータは、粉じんを取り扱う工程の設計、運転及び管理において重要な役割を果たしている。しかしながら、粉じん雲中を伝ぱする火炎の伝ぱ機構や火炎の構造に関してはあまり研究されておらず、不明な点が多い。特に、融点と沸点が高い、蒸発しにくい金属の粒子群中を伝ぱする火炎の構造、火炎の伝ぱ機構に関する研究はほとんどされていない。そのため、金属粉じん爆発に関する事故防止の根本的な対策を講じるのが困難である。本研究では、浮遊鉄粒子群中を伝ぱする火炎の構造、火炎の伝ぱ機構の解明を目的として、実験研究に取り組む。

2実験装置及び実験方法

 本研究の目的を達成するために、従来の粉じん爆発に関する研究でしばしば用いられた密閉型の燃焼容器と異なる開放空間で火炎伝ぱを観察できる燃焼室を設計した。実験装置は図1に示すように、燃焼室、記録装置、空気供給装置、着火装置、コントロール装置及びレーザー光源から成り立っている。燃焼室は、空気噴出ノズル、試料皿、分散傘、着火電極、移動できるカバーなどで構成されている。

Fig.1 Experiment system.

 実験で用いた試料は粒径の異なる二種類の鉄粉(以下鉄粉Iと鉄粉IIと呼ぶ)で、純度は両方とも99.5%である。鉄粉Iと鉄粉II粒子の形はほぼ球形であることが電子顕微鏡写真により観察された。粒子の粒径分布を測定し、その結果を図2に示す。実験する時、まず、一定量の鉄粉を試料皿に載せて、燃焼室をほぼ密閉の状態にする。ノズルから吹き込んだ空気は分散傘により反射し、鉄粉を吹き上げ、粉じん雲を形成する。容器の影響を受けない状態での火炎伝ぱをガラス窓等を通さずに観察するために、カバーを移動し、着火位置周囲を開放空間とする。形成した鉄粉粉じん雲は燃焼室に設置した対向する2本の放電電極(直径1.5mmのタングステンロッド、先端は針状、電極の間隔5mm)の間に発生させた電気火花で点火する。伝ぱする火炎は高速度ビデオカメラで記録する。実験の条件は次の通りである。

Fig.2 Distribution of iron particle diameter.

 噴射空気の圧力:0.105±0.05Mpa(ゲージ圧力);電極の放電時間:0.03s;放電電圧:15,000Volt;着火エネルギー:4.8J;高速度ビデオカメラの記録速度:主に1,000frames/s。

3実験結果及び考察3.1火炎の構造

 図3は高速度ビデオカメラで撮った浮遊鉄粒子群中を伝ぱする火炎の拡大画像の代表的な例である。この画像は、着火位置からほぼ球状に伝ぱする火炎の上方に伝ぱする部分を拡大観察した様子である。実験において照明は行っていないので、白く点状に写っているのは発光領域の中で、燃焼している高温粒子であると考えられる。これらの白い点のなかでも、点の輪郭がはっきり見えるものとぼやけて見えるものが存在する。ぼやけて見えるのは、観察用光学系のピント位置から前後にずれた位置に高温粒子が存在しているためと考えられる。火炎の伝ぱや構造を調べるためにはピント位置に存在する粒子だけを観察すればよい考えられるので、輪郭のはっきり見える点のみを観察した。発光している粒子の存在する範囲は3〜5mmの厚さがあり、時間とともにほぼ一定の速度で画面の上方に移動していることが分かる。発光の始まりは画像上でかなりシャープな線状の境界として観察され、発光の開始がかなり急激におこることを示唆している。発光領域の先端から1〜2mmの範囲内では、種々の大きさの粒子が発光していることが観察されるが、それより後方の位置では小さい粒子の発光が観察できなくなり、大きい粒子の発光のみが観察される。発光領域の終了部分では、この大きな粒子が突然見えなくなる。これは、燃焼反応終了後も大きな粒子が残っていることを示していると考えられる。つまり、発光領域終了部分で、粒子が小さくなって燃え尽きるという状況が発生していないことを示しており、火炎の伝ぱ機構や火炎構造を解明する上で重要な結果であると言える。

Fig.3 Series of photomicrographs of flame propagation through an iron particle cloud.Sample:iron particle(II):particle concentration:l.05kg/m3
3.2火炎近傍での粒子の挙動及び粒子濃度分布

 浮遊鉄粒子群中を伝ぱする火炎の伝ぱ機構を解明するために、火炎近傍での粒子の挙動、粒子濃度分布の解明は非常に重要である。本研究では、浮遊鉄粒子群中を伝ぱする火炎近傍での粒子のレーザー散乱光画像を撮影した。図4に示した各写真の上の部分にある緑の発光点は粒子のレーザー散乱光画像で、下の部分にある黄色の発光点は燃焼している鉄粉粒子である。これらの写真により、火炎近傍の粒子の運動状態を詳細に解析した。得た結果を図5に示す。図5の横軸は粒子の移動速度("-"の意味は粒子の運動方向は下向き、火炎の伝ぱ方向と逆)で、縦軸は粒子から発光領域の先端までの距離(発光領域先端の前方は"+"、後方は"-"とする)である。図5により、次のことが分かる。粒子群濃度は0.93kg/m3の鉄粉Iに対して、発光領域先端までの距離が12mmより大きいと、粒子の移動速度はほぼ一定で、-12.5cm/sの速度で大炎に向いて移動している。約12mmのところで、粒子が加速され、その加速度の方向は火炎の伝ぱ方向と一致する。約6.5mmのところで粒子の移動方向は下向きから上向きに転向し、この時の粒子の加速度は最大になる。その後、粒子は発光領域と違う速度で同一方向へ移動し、発光領域に入る直前にその移動速度は最大になる。発光領域に入った後すぐ燃焼し始め、強く発光し、その移動速度はだんだん低下していく。発光領域の先端から約-5mmのところで、粒子の移動方向は上向きから下向き転向する。この条件では、火炎の伝ぱ速度は約30cm/sで、粒子の最大移動速度は約19.5cm/sである。鉄粉II対してもほぼ同じ傾向の結果を得た。

Fig.4 Photomicrographs of laser scattering images representing flame propagation through an iron particle(II)cloud; Framing rate: 1,000frames/s;Particle concentration:1.05kg/m3.Fig.5 Particle velocity changes with the distance x.The particle concentrations are 0.93kg/m3 for iron particle(I)and 1.05kg/m3 for iron particle(II).

 火炎近傍での粒子の速度分布により、粒子の濃度分布が生じた。本研究では、図4の粒子の高速度レーザー散乱光画像により、火炎近傍での粒子の数密度Nを測った。図6に示したのは浮遊鉄II粒子群中を伝ぱする火炎近傍での粒子数密度の比N/Nmと発光領域先端までの距離の関係である(Nmは発光領域先端から遠く離れた場所x>11.0mmのところの粒子数密度である)。図6より、次のことが分かった。発光領域先端までの距離が11.0mmより遠い場合には、粒子の濃度は距離xに依存せず一定である。距離x=11.0mmのところで、粒子の濃度が増加し始め、発光領域に入る直前で粒子の濃度が最高になる。一方、火炎近傍での粒子の速度分布の測定値を用いて火炎近傍での粒子の数密度の比を計算した。測定した結果と計算した結果はほぼ一致することが図6により分かった。

Fig.6 Relationship between the distance x and the ratio of number density N/Nm of iron particle.
3.3火炎近傍の温度分布及び火炎の伝ぱ速度

 火炎の伝ぱ速度は発光層の先端の移動速度として測定することができる。測定した浮遊鉄粒子群中を伝ぱする火炎の速度と鉄粉の粒径、濃度との関係を図7に示す。図7より、粒径が小さいほど、火炎の伝ぱ速度が速いということが分かった。粒子の大きさにかかわらず、鉄粒子群の濃度が低い時、その増加につれて火炎の伝ぱ速度が増加し、ある濃度で最大となる。その後、鉄粒子群の濃度の増加につれて、火炎の伝ぱ速度はだんだん減少する。本研究で測定した火炎の伝ぱ速度が最大になる時の鉄粒子群の濃度は、粒子の大きさによって少し差があり、鉄粉Iの場合では約1.02kg/m3で、鉄粉IIの場合では約0.90kg/m3である。対応する火炎の最大伝ぱ速度は約35cm/sと27cm/sである。また、火炎が伝ぱできる鉄粒子群の下限濃度も鉄粉の粒径によって違う。平均粒子の大きい鉄粉IIの方は火炎が伝ぱできる下限濃度が高かった。実験で得た下限濃度の値は、鉄粉Iでは約0.47kg/m3で、鉄粉IIでは約0.56kg/m3であった。

Fig.7 Relationship between flame velocity and concentration of iron particle.

 発光領域近傍での温度分布及び気相の最高温度はR型の熱電対(Pt/Pt-Rh13%、素線の直径は20mである)を用いて測定した。測定した発光領域近傍での温度分布を図8に示す。図8の中の実線は実際に測定した温度分布のデータで、破線は熱電対の時定数を考慮して補正した後の温度分布である。図8より、次のことが分かった。気相の温度は発光領域の前方約6mmのところで徐々に上昇し始め、約3mmのところで温度が急に上昇する。発光領域が熱電対の接点のところに到着する時、気相の温度は約900Kである。発光領域に入っても気相の温度が引き続き上昇し、発光領域終了のところで、気相の温度が最高となる。その後気相の温度は熱損失により徐々に下がっていく。

Fig.8 Temperature distribution near the luminous zone.

 図9に示したのは測定した最高温度と火炎の伝ぱ速度の関係である。両者の間に直線関係が存在することが分かる。この結果より次のことが推定できる。浮遊鉄粒子群中を伝ぱする火炎に対しては燃焼領域及び既燃領域から未燃領域への熱輸送は伝導伝熱が支配的であると考えられる。つまり、この場合では、熱輻射はあまり効いていないということが分かった。

Fig.9 Relationship between flame velocity and flame temperature.
4 まとめ

 本研究では、浮遊鉄粒子群中を伝ぱする火炎の高速度拡大自発光画像、粒子の高速度レーザー散乱光画像及び火炎近傍での温度分布により、火炎の詳細構造、粒子の挙動、火炎の伝ぱ機構等を詳細に検討した。以下の結論を得た。

 ・ 火炎伝ぱは幅約3〜5mmの発光粒子が存在する領域の移動として観察された。この領域の先端の境界はシャープである。先端から1〜2mmの範囲内では、種々の大きさの発光している粒子が存在するが、2mmを越えると大きい発光粒子しか存在しない。

 ・ 火炎は火炎近傍での粒子の動きに大きな影響を与える。粒子の運動状態はその粒子から発光領域の先端までの距離により変化する。距離が約12mm以上の場合では、火炎はほとんど粒子の運動状態に影響を与えない。粒子は約-12〜-14cm/sの速度で移動している。約12mm以内では、粒子が加速され、発光層に入る直前に移動速度が最大となり、移動方向は火炎の伝ぱ方向と一致する。粒子は発光層に入った後、すぐ燃焼を開始し、強い光を発し、移動速度がだんだん落ちていく。最後には、速度はマイナスになる。

 ・ 火炎近傍での粒子の速度分が変化することにより粒子の濃度分布が生じる。粒子の濃度は発光領域の先端までの距離に依存する。距離が役11.0mm以上の場合では、粒子の濃度は距離に依存せず一定である。距離が11.0mmのところで、粒子の濃度が上昇し始め、発光領域の先端のところで、粒子の濃度が最大になる。

 ・ 測定した火炎伝ぱ速度は、鉄粒子群濃度の増加につれて増加し、ある濃度で、最大となり、その後、濃度の増加につれて減少する。また、平均粒径が小さい鉄粉の方が火炎伝ぱ速度が速く、火炎が伝ぱできる下限濃度も低い。

 ・ 燃焼及び既燃領域から未燃領域への熱輸送は伝導伝熱が支配的である。

審査要旨

 本論文は、「浮遊鉄粒子群中の火炎の伝ぱ機構」と題し、空気中に浮遊する鉄粒子群中での火炎の伝ぱ機構を明らかにするための基礎研究の結果をまとめたもので、8章からなっている。

 第1章は「序論」で、本研究を必要とする社会的背景ならびに浮遊可燃性微粒子群の燃焼と爆発に関するこれまでの研究の進展と問題点について述べ、本研究の位置づけを行っている。

 空気中に浮遊する可燃性微粒子群中に形成される火炎に関する知識は、噴霧あるいは粉塵の爆発、大型燃焼器における微粒化した液体あるいは微粉化した固体燃料の燃焼を理解し、災害防止やエネルギーの有効利用にとって、不可欠である。しかし、そのような火炎に関する知識は、必ずしも、爆発や燃焼現象を理解するのに十分とは言えない。特に微粒子が金属である場合には、これまで研究が少なく、利用できるデータが限られており、火炎構造や火炎伝ぱ機構について議論する状況にはなかった。このような背景のもとに、本研究では、金属粒子としてよく利用されている鉄粒子をとりあげ、空気中に浮遊させ、その中を伝ぱする火炎について詳細に調べ、鉄粒子を扱うプロセスで発生する爆発の防止に不可欠な、火炎の伝ぱ機構を明らかにすることを目的とした。

 第2章は、「鉄粒子の物理的性質の測定」で、本研究に用いた2種類の鉄粒子の物理的性質を測定する手段の選定ならびに測定結果について述べている。

 この種の実験では、試料の性質を把握しておくことは不可欠である。そこで、測定対象に適した測定装置を選び、試料として用いた鉄粒子の粒径、その分布、比表面積を、測定し、本研究での種々の検討に役立てる資料としてまとめた。

 第3章は、「実験装置と実験方法」で、本研究に用いた実験装置および計測方法の概要と特徴について述べている。

 従来のこの種の実験では、着火エネルギーや圧力上昇を測定することを目的としていたが、本研究では、火炎伝ぱ機構を解明することを目的としている。そこで、本研究に適した実験装置を考案し、そこでの現象の観測に適した計測装置を選定した。燃焼容器内で鉄粒子を浮遊させた後側壁を動かし、伝ぱする燃焼帯の観測を容易にし、高速撮影とレーザ・トモグラフィを組み合わせることにより、伝ぱする燃焼帯付近の鉄粒子の挙動を効率よく観測できるようにするなど、多くの新しい試みを成功させている。

 第4章は、「浮遊鉄粒子群中を伝ぱする火炎の構造」で、浮遊鉄粒子群中を伝ぱする火炎の構造とその説明に必要な鉄粒子の燃焼挙動を調べた結果について、述べている。

 浮遊鉄粒子群中を伝ぱする火炎は、燃焼している多くの鉄微粒子が構成する層である。本研究で試料として用いた鉄粒子の場合、この層の厚さは、3〜5mmである。シュリーレン写真によると、この層の1.5〜2.0mm前で温度が上昇し始める。また、個々の鉄粒子に着目すると、燃焼時間は、粒子が小さい場合には、粒子径に比例するが、粒子が大きい場合には、指数的に大きくなる。

 第5章は、「火炎近傍での粒子の挙動」で、火炎近傍での粒子の挙動を調べた結果について、述べている。

 火炎を構成するのは燃焼中の鉄粒子であるが、その粒子群の燃焼により温度が上昇し、気相部分では膨張が起こる。その結果として、火炎前方の鉄粒子群は、火炎の伝ぱ方向と同じ方向に動く。しかし、粒子の動きは、気体の動きとは一致せず、両者の間には滑りが生ずる。このような粒子の動きと予混合気中を伝ぱする火炎付近における気体の動きとを対比させて、浮遊鉄粒子群中を伝ぱする火炎の特徴を捉えている。

 第6章は、「火炎近傍における粒子の濃度分布」で、前章で述べた、気体と粒子の動きにおける滑りに起因する、粒子濃度の不均一化を調べた結果について、述べている。

 従来、浮遊微粒子群の燃焼において、燃焼下限界濃度が低下するということが、実験事実として知られてはいたが、その機構については、解明されていなかった。計測値の分析及び理論的検討により、火炎前方では、粒子の加速が気体の加速に遅れるため、粒子の密度の増大が起こり、この粒子密度の増大が、浮遊鉄粒子群中を伝ぱする火炎の燃焼下限界濃度の低下につながることを示している。

 第7章は、「火炎伝ぱ速度及び温度の測定」で、火炎伝ぱ速度と伝ぱ火炎付近の温度との関係を調べた結果について、述べている。

 この論文で述べてきたことを確かめる意味で、温度場を知ることは重要なことである。ここでは、熱電対を用いて温度測定を行い、火炎伝ぱは、気相からの対流熱伝達によって維持されていることを推定している。

 第8章は、「総括」で、本研究で得られた結果をまとめている。

 以上要するに、本研究は、空気中に浮遊する鉄粒子群中を伝ぱする火炎を詳細に調べた基礎研究の結果をまとめたもので、防災ならびにエネルギー有効利用に有用な基礎知識の蓄積に寄与したものである。本研究の結果は、鉄粉を利用する機器を設計する際に必要な資料の作成に役立つものであり、燃焼学ならびに化学システム工学に貢献するところ大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認める。

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