本論文は、「浮遊鉄粒子群中の火炎の伝ぱ機構」と題し、空気中に浮遊する鉄粒子群中での火炎の伝ぱ機構を明らかにするための基礎研究の結果をまとめたもので、8章からなっている。 第1章は「序論」で、本研究を必要とする社会的背景ならびに浮遊可燃性微粒子群の燃焼と爆発に関するこれまでの研究の進展と問題点について述べ、本研究の位置づけを行っている。 空気中に浮遊する可燃性微粒子群中に形成される火炎に関する知識は、噴霧あるいは粉塵の爆発、大型燃焼器における微粒化した液体あるいは微粉化した固体燃料の燃焼を理解し、災害防止やエネルギーの有効利用にとって、不可欠である。しかし、そのような火炎に関する知識は、必ずしも、爆発や燃焼現象を理解するのに十分とは言えない。特に微粒子が金属である場合には、これまで研究が少なく、利用できるデータが限られており、火炎構造や火炎伝ぱ機構について議論する状況にはなかった。このような背景のもとに、本研究では、金属粒子としてよく利用されている鉄粒子をとりあげ、空気中に浮遊させ、その中を伝ぱする火炎について詳細に調べ、鉄粒子を扱うプロセスで発生する爆発の防止に不可欠な、火炎の伝ぱ機構を明らかにすることを目的とした。 第2章は、「鉄粒子の物理的性質の測定」で、本研究に用いた2種類の鉄粒子の物理的性質を測定する手段の選定ならびに測定結果について述べている。 この種の実験では、試料の性質を把握しておくことは不可欠である。そこで、測定対象に適した測定装置を選び、試料として用いた鉄粒子の粒径、その分布、比表面積を、測定し、本研究での種々の検討に役立てる資料としてまとめた。 第3章は、「実験装置と実験方法」で、本研究に用いた実験装置および計測方法の概要と特徴について述べている。 従来のこの種の実験では、着火エネルギーや圧力上昇を測定することを目的としていたが、本研究では、火炎伝ぱ機構を解明することを目的としている。そこで、本研究に適した実験装置を考案し、そこでの現象の観測に適した計測装置を選定した。燃焼容器内で鉄粒子を浮遊させた後側壁を動かし、伝ぱする燃焼帯の観測を容易にし、高速撮影とレーザ・トモグラフィを組み合わせることにより、伝ぱする燃焼帯付近の鉄粒子の挙動を効率よく観測できるようにするなど、多くの新しい試みを成功させている。 第4章は、「浮遊鉄粒子群中を伝ぱする火炎の構造」で、浮遊鉄粒子群中を伝ぱする火炎の構造とその説明に必要な鉄粒子の燃焼挙動を調べた結果について、述べている。 浮遊鉄粒子群中を伝ぱする火炎は、燃焼している多くの鉄微粒子が構成する層である。本研究で試料として用いた鉄粒子の場合、この層の厚さは、3〜5mmである。シュリーレン写真によると、この層の1.5〜2.0mm前で温度が上昇し始める。また、個々の鉄粒子に着目すると、燃焼時間は、粒子が小さい場合には、粒子径に比例するが、粒子が大きい場合には、指数的に大きくなる。 第5章は、「火炎近傍での粒子の挙動」で、火炎近傍での粒子の挙動を調べた結果について、述べている。 火炎を構成するのは燃焼中の鉄粒子であるが、その粒子群の燃焼により温度が上昇し、気相部分では膨張が起こる。その結果として、火炎前方の鉄粒子群は、火炎の伝ぱ方向と同じ方向に動く。しかし、粒子の動きは、気体の動きとは一致せず、両者の間には滑りが生ずる。このような粒子の動きと予混合気中を伝ぱする火炎付近における気体の動きとを対比させて、浮遊鉄粒子群中を伝ぱする火炎の特徴を捉えている。 第6章は、「火炎近傍における粒子の濃度分布」で、前章で述べた、気体と粒子の動きにおける滑りに起因する、粒子濃度の不均一化を調べた結果について、述べている。 従来、浮遊微粒子群の燃焼において、燃焼下限界濃度が低下するということが、実験事実として知られてはいたが、その機構については、解明されていなかった。計測値の分析及び理論的検討により、火炎前方では、粒子の加速が気体の加速に遅れるため、粒子の密度の増大が起こり、この粒子密度の増大が、浮遊鉄粒子群中を伝ぱする火炎の燃焼下限界濃度の低下につながることを示している。 第7章は、「火炎伝ぱ速度及び温度の測定」で、火炎伝ぱ速度と伝ぱ火炎付近の温度との関係を調べた結果について、述べている。 この論文で述べてきたことを確かめる意味で、温度場を知ることは重要なことである。ここでは、熱電対を用いて温度測定を行い、火炎伝ぱは、気相からの対流熱伝達によって維持されていることを推定している。 第8章は、「総括」で、本研究で得られた結果をまとめている。 以上要するに、本研究は、空気中に浮遊する鉄粒子群中を伝ぱする火炎を詳細に調べた基礎研究の結果をまとめたもので、防災ならびにエネルギー有効利用に有用な基礎知識の蓄積に寄与したものである。本研究の結果は、鉄粉を利用する機器を設計する際に必要な資料の作成に役立つものであり、燃焼学ならびに化学システム工学に貢献するところ大である。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認める。 |