学位論文要旨



No 114333
著者(漢字) 佐賀,佳央
著者(英字)
著者(カナ) サガ,ヨシタカ
標題(和) レチナールタンパク質の光電気化学特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 114333
報告番号 甲14333
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4459号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡辺,正
 東京大学 教授 荒木,孝二
 東京大学 教授 小宮山,真
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 教授 軽部,征夫
内容要旨

 高度好塩菌Halobacterium salinariumのレチナールタンパク質であるバクテリオロドプシン(bR)とハロロドプシン(hR)の光電気化学特性はタンパク質の動的挙動や光デバイス応用の観点から多くの興味を集めているが、その光電応答のメカニズムは明らかではない。本論文は、レチナールタンパク質の光電流発生機構の解明とそれに基づいた光電流応答の利用を目的とし、物理化学的にその光電気化学特性を解析したものであり、全7章から成る。

 第1章は序論で、研究の背景と目的を述べた。bR、hRの基本特性と光電応答に関する研究を概観したのち、応答の発生機構が明確でなく、その解明には物理化学的なアプローチが必要であることを示した。

 第2章では、bRの光電流応答の発生機構について検討した。第1節では、従来bRの固定化に使用されてきた酸化物電極の代わりに金電極を用い、その電位を制御することによりpH変化に応答する電極表面の酸化被膜量を厳密に制御し、bRの光電流応答との対応を調べた。その結果、光電流応答は金電極表面の酸化被膜形成とともに増加し、bR分子のプロトン放出・取り込みに依存した電極近傍のpH変化に由来することを新たに示した。

 第2節ではbRの光電流応答に対するバッファーの影響を検討した。バッファー濃度依存性、バッファー存在下でのpH依存性から、緩衝能の増加によって光電流強度は小さくなることを明らかにし、その結果を詳細に解析することにより発生する光電流の大きさはpH変化量と直接対応することを示した。また、従来の報告で光電流応答がbRのプロトンポンプ活性と必ずしも対応しない理由として、バッファーが大きな要因を占めていることを新たに示した。

 第3章では、bRの光電流応答のpH依存性を検討し、bRの光反応サイクルとの対応を明らかにした。酸性でその極性が逆転し、アルカリ性では光照射をやめた瞬間の光電流が著しく小さくなる特徴的な光電流応答がbRの光反応サイクルでのプロトン放出・取り込みの過程から解釈できることを示すとともに、光電流応答がbRのプロトンポンプ活性に関する有用な情報を与えうることを示した。

 第4章では、bRに結合している金属イオンの役割を解明するために、前章の解析結果をもとに金属イオン交換bRの光電流応答のpH依存性について検討した。光電流応答が逆転するpHは金属イオンの価数の増加にしたがって酸性側にシフトすることを明らかにした。この結果から、金属イオンがbR分子のプロトン放出口付近に存在するアミノ酸残基の解離定数を調節している可能性を新たに示した。また、アルカリ性での光電流応答の挙動から、ランタンイオンがbRのプロトン取り込み速度を遅くすることを直接示した。

 第5章では、bRを用いたデバイス作製で重要なポイントとなる配向制御固定化と光電流応答との関係を検討した。光電流応答の極性はbR分子の配向には依存せず、発生する光電流はbR分子内部の電荷移動過程に由来するものではないことを示した。また、配向制御がbRの光電流応答の高感度化に大きく寄与することを明らかにした。

 第6章では、前章までに得られた知見に基づき、通常はクロライドポンプとして機能するハロロドプシン(hR)に対し、電解質溶液中にアジドイオンを存在させることにより、新たにhRの光電流応答を観測した。この応答は、hRのプロトン輸送を促進するアジドイオン濃度に依存して大きくなること、電解質溶液中のバッファー濃度の増加によって小さくなることから、アジドイオンの共存効果によるhRのプロトン輸送に由来することを明らかにした。

 第7章では以上の結果を総括するとともに、本論文で示したbRのプロトン放出・取り込みに依存したpH変化に由来するbRの光電流応答を、従来の研究でのbR分子内部の電荷移動による応答と明確に区別する必要性を指摘し、この光電気化学特性が、レチナールタンパク質に関する有用な情報を与えうるとの結論を得た。

審査要旨

 本論文は,高度好塩菌Halobacterium salinariumのレチナールタンパク質であるバクテリオロドプシン(bR)とハロロドプシン(hR)について,光電応答のメカニズム解明とその工学応用を念頭に置き,光電気化学特性を解析したもので,全7章から成る。

 第1章は序論で,研究の背景と目的を述べている。bR,hRの特性と光電応答に関する過去の研究を概観し,応答メカニズム解明の重要性と,物理化学的なアプローチの必要性を指摘している。

 第2章では,bRの光電流応答の発生機構を詳細に検討している。第1節では,従来bRの固定化に用いられてきた酸化物電極に代えて金電極を用い,電位を制御することによりpH変化に応答する電極表面の酸化被膜量を制御しつつbRの光電流応答との対応を調べた結果,光電流応答は金表面の酸化被膜形成とともに増加し,bR分子のプロトン放出・取り込みに起因する電極近傍のpH変化に由来することを初めて明らかにしている。

 第2節はbRの光電流応答に対するバッファーの影響に関する。バッファー濃度依存性と,バッファー存在下でのpH依存性から,緩衝能の増加により光電流強度が低下することを見出し,結果の詳細な解析を通じて,光電流の大きさがpH変化量と直接の相関をもつ事実を明らかにしている。また,過去の報告で光電流応答がbRのプロトンポンプ活性と必ずしも対応しない理由のひとつがバッファー効果である可能性をつきとめている。

 第3章ではbRの光電流応答のpH依存性を述べ,bRの光反応サイクルとの対応を議論している。光電流の極性が中性→酸性で逆転し,アルカリ性では光照射をやめた瞬間の光電流が著しく小さくなる特徴的な応答をbRの光反応サイクルをもとに説明するとともに,光電流応答がbRのプロトンポンプ活性に関する有用な情報を与えうることを示している。

 第4章では,bRに結合している金属イオンの役割を解明すべく,前章の解析結果をもとに金属イオン置換bRの光電流応答のpH依存性を検討している。光電流応答が逆転するpHは金属イオンの価数の増加に伴って酸性側にシフトすることを明らかにし,この結果から,bR分子のプロトン放出口付近に存在するアミノ酸残基の解離定数を金属イオンが調節している可能性を明らかにしている。また,アルカリ域での光電流応答挙動から,ランタンイオンがbRのプロトン取り込みを著しく抑える事実も示している。

 第5章では,bRのデバイス化で重要となる分子配向制御と光電流応答の関係を検討している。光電流の極性がbR分子の配向にはよらないことより,光電流の原因がbR分子内部の電荷移動ではないことを明らかにしている。また,配向制御がbRデバイスの高感度化に大きく寄与する可能性を示している。

 第6章では,前章までに得た知見に基づき,通常は塩化物イオンポンプとして機能するハロロドプシン(hR)について,電解液にアジドイオンを存在させることにより,新たにhRの光電流応答を観測している。この応答は,アジドイオン濃度とともに増大すること,および電解液中のバッファー濃度とともに減少することより,アジドイオンの共存効果によるhRのプロトン輸送に由来する事実を明らかにしている。

 第7章では,以上の結果を総括するとともに,励起時のプロトン放出・取り込みに依存したpH変化に由来するbRの光電流応答を,過去の研究で混同されがちだったbR分子内部の電荷移動による応答と区別する必要性を指摘し,また,光電気化学特性がレチナールタンパク質に関する有用な情報を与えうることを結論づけている。

 以上要するに本論文は,工学応用の期待されるレチナールタンパク質の光応答メカニズムを新規なアプローチを通じて解明し,従来の諸研究の不備を指摘するともに多くの有用な知見を得たものであり,光生物学,光電気化学,生体機能化学の分野に資するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54698