学位論文要旨



No 114339
著者(漢字) 金広,文男
著者(英字)
著者(カナ) カネヒロ,フミオ
標題(和) 人間型全身行動ロボットシステムの発展的構成法
標題(洋)
報告番号 114339
報告番号 甲14339
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4465号
研究科 工学系研究科
専攻 情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 稲葉,雅幸
 東京大学 教授 井上,博允
 東京大学 教授 田中,英彦
 東京大学 教授 武市,正人
 東京大学 教授 中村,仁彦
内容要旨

 本研究の目的は人間型ロボットを実現するための,段階的に発展可能な全身行動実行システムとその発展支援環境,全身基本・複合行動の記述法からなる人間型全身行動ロボットシステムを実現し,その構成法を提案することにある.

 従来のロボットは特定の用途を持ち,その目的作業を迅速かつ正確に実行する単機能ロボットとして実現されてきた.従ってそのシステム開発の方法は目的機能実現のためのアルゴリズムを検討し,そのアルゴリズムにとって最適な構造を持ったハードウェアを開発するというものであり,異なる機能毎に新たなシステム開発が行なわれてきた.

 一方,人間共存型ロボットの具象化された形態の一つとして近年注目の集まっている人間型ロボットは,様々な用途に利用可能な汎用ロボットであり,人間用に整備されたインフラストラクチャ上で人間とともに活動するために,そのボディは人間と類似した構造を持つ.従って人間型ロボットでは,構造が決定されているボディ上で様々な機能を実現しなければならないため,従来とは異なるシステム開発のアプローチが必要となる.このような特徴を持つ人間型ロボットを実現するには,人間が長い時間をかけてその能力を成長させてゆくのと同様に,何代も世代交代を繰り返しながら多数の発展段階を刻むことで機能を積み重ね,洗練し,全体機能を充実させてゆくような発展的なシステム構成法が必要である.

 本論文は全7章から構成される.以下に各章の概要について述べる.

 第1章「序論」では,本研究の背景と目的,および本論文の構成について述べる.

 第2章「人間型全身行動ロボットのシステム開発」では,近年注目を集めつつある人間型ロボットの社会応用や技術的課題等について考察し,人間型ロボットシステムの発展的な構成法を検討する.

 人間型ロボットシステムは特定用途に最適化されたシステム設計によるものではなく,段階的な機能の追加が容易に行なえる拡張性の高い行動実行システムとそのシステムを外部から支援し育てる発展支援環境から構成されなければならない.

 本研究で提案する発展のための環境と基本技術は,(1)ボディのデザインから行動の実現までの全てのプロセスを支援する環境と(2)ハードウェア,ソフトウェアの両面にわたって徹底的にモジュール化された拡張性の高い行動実行システム,(3)ボディの構造変化に対応可能な全身基本行動の記述法,(4)複数の全身基本行動を組み合わせて実現される全身複合行動の記述法にある.

 第3章「ロボットモデルを中核としたソフトウェア統合型発展支援環境」では(1)ボディのデザイン支援,(2)ブレインの記述支援,(3)行動の生成支援,(4)行動アルゴリズムの検証支援を行なう発展支援環境について述べる.

 これらの支援を行なうためには,ソフトウェア上でのボディのプロトタイピングや,行動のシミュレーションによるデザインや行動アルゴリズムの検証,行動実行中のロボットの内部状態の可視化等に利用できるロボットのボディに関連する全ての情報を集約したロボットモデルが必要である.アクチュエータやセンサの特性情報から,環境との接触をシミュレートするのに必要な形状までの全ての情報を持ったロボットモデルを幾何モデラを持つオブジェクト指向LispであるEusLispを用いて記述した.ロボットの発展に必要な機能を全て一つのソフトウェア上にに集約する方法はソフトウェアの規模が大きくなるために効率的ではないため,各支援機能はこの仮想ボディを中核としてCADソフトウェア,機構解析ソフトウェア等の特定の機能に特化したソフトウェア群と統合することで実現した.

 また,ロボットのブレインは幾何モデルの演算や大容量記憶の操作,画像処理,音声認識などを行なうために多大な計算機資源を要求し,感覚系や運動系の処理を行なうデバイスは計算機のアーキテクチャに依存するため,一台の計算機だけでなく複数の計算機にわたってブレインのソフトウェアを展開することができる記述言語が必要となる.ブレインを機能的,時間的,空間的に分割した処理単位を独立に実行可能な並列計算モジュールとし,それらを複数の計算機上に分散,接続する並列分散ブレイン記述言語BeNetを開発した.

 第4章「モジュール交換による構成変更が可能な階層型全身行動実行システム」では人間型全身行動ロボットのボディを中心とした全身行動の実行システムについて述べる.

 システムを流れる情報のレベルと,その処理のレベルの観点からロボットシステムをブレイン層,自律神経層,ハードウェア抽象化層,ボディ層の4階層に分割し,それぞれの階層内をモジュール化することで各発展段階における世代交代がスムーズに行なえる構造とする.

 本研究では,現在の技術レベルとハードウェアのメンテナンス性や,実験時の取り回しとの兼ね合いを考慮し,一人でも取り扱うことが可能な程度の小型ボディの開発を行なった.リモートブレインアプローチに基づいてボディの小型化,軽量化をはかり,ボディの構成パーツには極力商用のパーツを用いて開発や修理の時間短縮を行う.それらのアクチュエータ,センサモジュールは体の各部に埋め込んだプロセッサノードで構成される体内神経系ネットワークに接続され,センサの拡張や様々な自由度配置の検討が容易に行なえる構成となっている.各発展段階において開発された人間型ロボットの構造と行動を図1に示す.

図1:Developed Humanoid Robots:Apelike,Hanzou,Sasuke,Haru and Saizo

 ボディのコントローラ等が技術発展によって変更になった場合にも,それに伴うシステムへの変更が最小限ですむようにするためには,ハードウェアを抽象化し,それらの違いを吸収するレベルを介して上位と接続することが必要となる.このようなレベルを設けてボディのハードウェアを仮想化することで,ハードウェアの変更に対応できるだけでなく,シミュレーション世界に作られたソフトウェアボディすらも実際のボディと全く同一のソフトウェアで制御する事が可能となる.

 自律神経層やブレイン層のソフトウェアはともに記述言語BeNetによって記述されるが,必要とされる実時間性や計算負荷等に応じて実装する層を区別する.

 第5章「制約による概略の調節表現に基づく全身基本行動の記述法」では,人間の行動の計測によって得られる行動の概略と行動に付随する制約条件によって全身行動を記述し,適切な調節機構を用いてロボットの個々のボディに合わせて記述を適応化することで運動を獲得する環境について述べる.

 全身行動の記述方法は,ボディのハードウェアの変更による自由度数の増減やウェイトのバランスの変化によって無駄にならない再利用可能な形式でなければならない.そのためには,運動の記述は個々のロボットのボディ上ではなく,全ての人間型ロボットの規範である人間のモデル上で記述するのが適当である.人間のモデル上で記述した人間の動作を手本として用いることは,全身行動の実現における問題点である(1)自由度が多く,地面に固定されないという特徴から探索的手法で行動を獲得するには探索空間が広い,(2)多数のパラメータで構成される全身行動を一意に決定するような制約条件を設定することが困難であるという問題を解決することにも繋がる.

 本章では人間の動作の観察やモーションキャプチャといった概略記述の取得方法,記述対象である全身行動のレベルの発展に応じた調節機構の解析的手法,探索的手法等に基づく実現例についても述べる.

 第6章「障害回復機能を持つ状態遷移表現に基づく全身複合行動の記述法」では,全身基本行動を構造化し,必要に応じて複数の全身基本行動を連続的に呼び出すことのできる全身複合行動の記述法について述べる.

 人間型ロボットの持つ多機能性を実現するには,前章で得られた要素的な全身基本行動の集合を構造化して蓄積し,必要に応じて複数の全身基本行動を連続的に呼び出すことが出来なければならない.

 全身基本行動をロボットの持つセンサやアクチュエータに対する入出力情報で定義される行動空間に存在する軌道として表現することで,ロボットの状態をノードとし,それらのノード間を結ぶ全身基本行動をアークとした状態遷移グラフの形で全身複合行動は記述される.このグラフのノードやアークに記録されているロボットの状態と,行動の実行時に得られるロボットの状態とを比較することで,明示的に障害回復処理を記述することなしに転倒等の障害を自動的に検知しパスファインディングによって回復処理を行なうことができる.このような障害回復機能を持った記述法により,行動がより抽象化された上位レベルの行動記述との接続性が向上する.

 第7章「結論および考察」では,これまで各章で述べた内容をまとめて本研究を総括し,これまでに行なわれた人間型ロボットの発展と,今後行なわれるべき発展について考察する.

審査要旨

 本論文は,「人間型全身行動ロボットシステムの発展的構成法」と題し,人間のように二脚二腕を持ち全身の動きを考えた行動をとらねばならない人間型全身行動ロボットシステムの構成法として,その対象が発展段階を繰り返さざるを得ないものであることから,身体自由度数と機能レベルの異なる複数の人間型ロボットシステムの開発を行い,発展的な構成が可能となる方式を実際のシステム実現を通して明らかにしてきた研究をまとめたものであり,7章からなる.

 第1章「序論」では,本研究の背景と目的,および本論文の構成について述べてある.

 第2章「人間型全身行動ロボットのシステム開発」では,近年注目を集めつつある人間型ロボットの社会応用や技術的課題等について考察し,社会的にも広い応用が求められる人間型の全身行動可能なロボットシステムでは,発展的な構成法が重要であるとし,発展的構成法とはどうすることであるかを述べている.ロボットの運動機能,感覚機能,行動の実現方法を発展対象とし,人間がそれを発展させるためにシステムをいかに構成するか,システムの世代交代を前提とした要素機能をいかに実現するか,単発的な開発の繰り返しではなく,成果を積み重ねられるようにするための提案手法の全体を概括している.

 第3章「ロボットモデルを中核としたソフトウェア統合型発展支援環境」では,発展支援環境をどのように設計したかについて述べ,オブジェクト指向型Lisp言語Euslisp上のロボットモデリング環境内での仮想ロボットボディを中核としたソフトウェア統合環境と,発展を繰り返す行動記述のための並列分散記述言語BeNet/eusについて述べている.その仮想ロボットモデルを持ったシステムを中核におき,ボディデザイン,性能予測,製作,行動実験,プレゼンテーションといった開発サイクルにおいて,各段階に必要なソフトウェアシステムとの相互データ交換・通信が行える形の発展支援環境を設計し,その実現法を述べている.

 第4章「モジュール交換による構成変更が可能な階層型全身行動実行システム」では,人間型の全身行動ロボットのボディを中心とした全身行動の実行システムについて述べている.システムを流れる情報のレベルとその処理のレベルの観点から,ロボットシステムを,ブレイン層,自律神経層,ハードウェア抽象化層,ボディ層の4階層に分け,それぞれの階層内をモジュール化することで各発展段階における世代交代がスムーズに行える構造としている.各層のモジュラリティをどのように実現し,操作するかについて具体的に述べている.

 第5章「制約による概略の調節表現に基づく全身基本行動の記述法」では,概略的な運動記述とそれに付随する制約条件によって調節可能な表現として基本行動を記述するという方法を提案し,それによって基本行動を実際のロボットボディに適応化させることで動作を獲得するという方式について述べてある.人間の動作の観察やモーションキャプチャといった概略記述の取得方法,記述対象である全身行動のレベルの発展に応じた調節機構の解析的手法,探索的手法等に基づく実現例についても述べている.

 第6章「障害回復機能を持つ状態遷移表現に基づく全身複合行動の記述法」では,ロボットの行動空間をロボットの姿勢をノードとし,基本行動をそれらを結ぶアークとした状態遷移グラフの形で構造化し,必要な要素行動を連続的に呼び出すことのできる複合行動の記述法について述べてある.このグラフのノードやアークに対してその動作時において満たすべき制約条件を設定することで,明示的な障害回復処理記述がなくとも転倒等の障害時にその自動検知と回復処理を行う方法を示している.

 第7章「結論および考察」では,各章の内容をまとめ,本研究でなされた発展とそこにある発展的構成法について総括し,今後行われるべき発展についての考察を行って,本研究の結論を示している.

 以上,これを要するに本論文は,今後の発展がますます期待されている全身行動可能な人間型ロボットの構成法として,ある段階のシステム構成法の論述ではなく,現在できあがっているシステムもその後発展をさらに続けられる形で構成することが重要であるとの立場から,発展が可能なシステムの枠組みとそれを支援する発展環境の実現法を示す形で人間型全身行動ロボットシステムの発展的構成法を提案したもので,情報工学上貢献する所少なくない.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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