超伝導体における磁束の量子化現象を利用した単一磁束量子(SFQ)論理回路は、その高速性・低消費電力性からポスト半導体回路システムとして大いに注目を集めている。特に最近では数10[GHz]程度の論理回路動作に加え、スイッチング動作の確認だけならば、実に770[GHz]という高速での動作も確認されている。しかし現在のSFQ回路は、磁束量子の移動に伴うSFQ電圧パルスがビット情報を有するパルス論理のため、必然的に論理ゲート単位で同期を取る必要が生じてくる。その結果、同期システムではクロック遅延による誤動作を引き起こす。これを克服するために非同期システムが提案されているが、これは素子数の著しい増大を招き、回路設計の非効率化が懸念される。私はこのような問題を克服するには、論理ゲートレベルでは半導体と同様に、非同期で動作する素子が必要不可欠と考え、本論文において、新たな論理ゲートの提案と検証を、解析・実験の両面から行った。 半導体的論理素子とは、レベル信号の高低により論理を構成することと等価である。従って、これをSFQ回路において実現するには、磁束量子をSQUIDループに保持し、その磁束がインダクタンスを通じて外部に作り出す磁場を次のゲートの駆動力とする方式以外にはありえない。この点に着目して、まず超伝導ループ中にジョセフソン接合を1つ含むrf-SQUIDを基本ゲートにした方式を採用した。rf-SQUIDは、安定動作を求めてLIc積を大きくするとラッチをしてしまい、交流バイアス、すなわち同期を必要とする。そこでLIc積の値を制限することで直流バイアス回路を実現する方式を提案し、これを非ラッチ単一磁束量子論理回路(NSFQ)と命名した。NSFQにおける信号伝播は、ゲート間のインダクタンスを直接結合する方式を用いている。 この方式による回路動作をシミュレーションした結果が図1である。結果が示すように、半導体回路と全く同様の入出力関係を有したすべての基本論理に加え、順序回路を構成する際に必要不可欠なD-フリップフロップが構成可能である。この方式では論理素子を実現するための素子数が他のSFQ回路に比べて著しく少ないのが大きな特徴である。さらにANDとOR、さらにはD-フリップフロップが、全く同じ回路で素子のパラメーターの値を変更するだけで実現できる。このような特徴は回路設計を著しく効率化し、SFQ回路が抱えている問題を克服する。この他にもNAND論理が構成できることも示し、NSFQ方式を用いることで、半導体回路で培われたテクノロジーを利用して回路システムを構成できることを明らかにした。 図1:NSFQのシミュレーション(a)OR論理(b)AND論理(c)NOT論理(d)D-FF NSFQは非常に優れた方式であるが、唯一の短所は動作マージンがRSFQほど大きくないことである。この原因を追求していった結果、磁気結合の信号伝播に課題があることが推測できた。そこで、磁気結合回路における信号伝送特性を求めるために、最も基本的な回路である単純な磁気結合伝送路における信号伝播を理論的側面から検討した。解析は01遷移(セット)における伝送特性と10遷移(リセット)における伝送特性に分けて行った。 解析の結果、図2に示すように、セット信号もリセット信号もともに伝送はするものの、両者をともに満足するようなパラメーターは存在せず、ラッチ動作をすることが示された。このことは、磁気結合回路において非ラッチ動作を可能にするには、極めて詳細なパラメーターの最適化が必要であり、大規模システムの構築は困難であることを意味している。この原因を検討した結果、磁気結合回路では入出力の分離が困難で、信号の一方向伝搬性が保証されないことが原因であることが明らかになった。 図2:磁気結合回路における信号伝播条件 以上の結果を踏まえ、確実な信号伝送を行う方式を検討した結果、RSFQにおいて用いられているジョセフソン伝送路を用いたパルス伝送以外にないとの結論に達した。そこで、「パルス伝送・レベル論理演算」という観点から新たな方式を考案した。新方式は、レベル信号の微分がパルスであることに着目して、SFQパルスにはビット情報を持たせるのではなく、遷移情報を伝送するものである。01遷移を表すパルスをセットパルス、10遷移を表すパルスをリセットパルスとして用い、各ゲート間の伝送はパルス上で行い、必要に応じて磁束レベル信号に変換する方式を採用した。これにより、RSFQにおいて確立された種々の回路も利用できることは有効である。 このような方式を実現する為には、磁束レベル信号からセット・リセットSFQを作り出すDC/SFQコンバーターが必要不可欠であるが、従来のRSFQで使用されているコンバーターはセットパルスのみを発生するコンバーターであるので、新たなコンバーターを提案した。このコンバーターは、シミュレーション及び実験から動作の検証が行われ正常動作を確認した。結果は図3に示すとおりである。また、このコンバーターは多重閾値素子であるため、入力信号を増大させると、図4に示すような結果を得た。このような閾値性を利用すると、AND、OR、NOTによる回路では構成が複雑化する機能論理なども容易に実現できる可能性がある。 図3:DC/SFQコンバーター(a)シミュレーション結果(b)実験結果図4:DC/SFQコンバーターの多重閾値特性 提案した新型コンバーターを用いて、「パルス入出力・レベル演算」を実現する基本論理素子を提案し、この方式をブール型単一磁束量子論理回路(BSFQ)と命名した。BSFQではNOTは初期状態の設定を適切に行えば、セットとリセット交換することで実現可能であり、構成は極めて容易である。またORとANDについても、シミュレーションと実験の両面から検証を行った。シミュレーションの結果は図5に示すが、比較的高いマージンでそれぞれ動作することが確認された。また、実験結果は図6に示す通りであるが、半導体回路と全く同様の入出力関係を有したAND動作を確認した。この結果は、ANDの出力のセットとリセットを交換することでNAND論理が実現できたことも意味している。 以上まとめると、半導体と同様の、レベル情報に基づいた論理ゲートの実現を様々な角度から検討した結果、BSFQ方式により従来のSFQ回路が抱える同期問題、及びそれに起因する設計の煩雑化の問題を克服することに成功した。 図5:BSFQ方式のシミュレーション(a)OR論理(b)AND論理図6:BSFQ方式におけるAND論理の実験結果 |