本論文の目的は、まず、日本の航空環境の現状を明らかにするとともに欧米の航空を比較することである。日本と比較して、欧米の航空においては規制撤廃政策や自由化政策の下で利用者の利便性が重視され、多空港、航空機小型化、多頻度が潮流となっている。第一に、この点を明らかにする。 つぎに、国内において、羽田空港とその他空港の利用状況を比較することである。1994年9月に関西国際空港が開港して関西では欧米に近い航空環境が整ったのに対して、羽田空港に関する空港容量制約の問題は抜本的な解決に至っていない。そこで第二に、事業者にとって羽田路線の運航効率の良さを他路線との比較において明らかにし、かつ羽田空港の利用者が強いられている不便益の大きさを明らかにする。 交通・通信はこの10年間にめざましい技術革新を遂げた。それにともない、首都東京は国内では政治経済の中心としてばかりではなくて、情報機能の集積中枢拠点としてもその重要性が従来に増して大きくなっている。そこで、第三にこの点を交通流動量とその変化および電話通話量のデータから検証し、いわゆる東京一極集中の進行に航空が深くかかわっていることを明らかにする。 以上の事実から、地方と東京を結ぶ航空交通の玄関口である羽田空港において、その利用者は将来にわたって増え続けることが予想される一方で、航空や空港政策が現状のままでは利用者に強いる航空不便益は今後一層増大すると考えられる。わが国の航空は21世紀に向けてこれらの問題を解決すべきであり、最後にその問題解決について提言する。 本論文の構成はつぎのとおりである。 第I章「わが国の航空輸送市場と世界の航空の動向」 日本の航空と欧米の航空には顕著な違いがある。それは、わが国では使用航空機に大型機志向が強いことである。92年の航空旅客輸送実績と空港離着陸回数から1便当り平均旅客数をみると、羽田空港の218人に対して米国JFK91人、オヘア75人、英国ヒースロー116人、フランスCDG86人である。そして、わが国では運航頻度が少ない。 日本が大型機・少頻度運航をしている理由は首都圏空港が羽田1つであること、その唯一の空港が長らく満杯状態にあるからである。一方、欧米では航空規制緩和の推進によって事業者間競争が起こり、使用航空機が小型化し多頻度運航が実現された結果、利用者の利便性が高まっている。しかも、首都周辺に大小の空港が多く配置されている。 第II章「航空政策と規制緩和の歴史」 日本における航空行政の規制緩和は86年に航空事業者の路線新規参入基準が設定されたことから始まった。参入基準はその後引き下げられ、97年には基準そのものが撤廃された。その結果、96年度までの10年間に、1つの路線に2社以上の事業者が運航する複数社路線は路線数の11%から24%に、旅客数では46%から74%に増えた。すなわち、今日では全航空旅客の7割以上の人が航空会社を選択することができるようになり、利用者側の利便性がそれだけ向上した。しかし他方で、規制緩和は事業者にとって羽田空港発着枠の需要を一層高めた。 規制緩和の前後10年間における事業者の運航実績をみると、規制産業であり不採算路線も内部補助で運航されていた(76年度)状態から、旅客需要の増加と規制緩和による初期の部分的競争によって、事業者が運航効率性を上げる方向に変化(86年度)し始め、旅客需要の増加と航空機の大型化が一層進展した。そして、事業者間競争が厳しくなるにつれて、採算性のとれる運航に移行(96年度)したことが明らかになった。 第III章「空港容量の制約下における航空市場の供給・需要分析」 航空需要推計モデルを不均衡分析手法により構築する既発表の研究によれば、空港に容量制約がある路線では、座席利用率は高く推移する。また参入基準の緩和によって事業者が受ける影響をシミュレーションした既発表の研究によれば、一般に路線の複数社化によって起こる供給量の増加から座席利用率の低下が起こる。羽田路線が前者、大阪路線が後者の事例である。この10年間に、羽田では運航回数が30%増えて座席供給量が倍増するとともに座席利用率は65%を維持しているのに対して、関西国際空港の開港によって伊丹の空港満杯状態が解消した大阪2空港では、運航回数は50%増え座席供給量が倍増した結果、座席利用率は低下傾向を辿った。これは羽田空港の容量満杯の結果であり、羽田路線の旅客需要市場の大きさを表すものである。 つぎに、羽田路線とその他空港路線について、旅客需要と便当り費用比、運航回数を86年度、96年度とで比較したところ、事業者は羽田路線ではその他空港路線より大型航空機を投入し、運航回数を抑制して旅客需要を拡大することによって、より費用逓減を意識した運航をしていることがわかった。事業者にとって羽田路線が一層ドル箱路線となっていることが明らかになった。 羽田には顕在化していない潜在旅客があると考え、2つの推計方式から96年度の航空需要を試算して、いずれも顕在化していない潜在旅客が2百万人いるという結果を得た。これは羽田全旅客の4%に相当し、その最大区間は東京-大阪である。ビジネス利用者が国内全空港平均よりも9ポイント多い65%を占める羽田空港において、ビジネス利用者が「乗りたいのに乗れない」「乗りたいときに乗れない」ことを意味する。羽田利用客の旅客不便益がその他空港利用客のそれよりも大きいことは明らかである。 第IV章「空港容量制約がない地方都市間路線の需要分析」 地方間不定期航空における規制緩和によって、1987年西瀬戸で3つの地方都市をつなぐコミューター航空(西瀬戸エアリンク)が就航した。しかし、これはわずか4年間で挫折した。その原因の1つとして就航前の過大な需要予測とその後の実績との大きな乖離があると考え、需要予測モデルにおける説明変数の是非を検討した。その結果、2地点間の旅客需要を規定する要因として運賃・所要時間や各都市の産業力以外に、社会的・経済的な距離(社会的距離)に注目する必要があることを指摘した。 第V章「都市間の社会的距離の変化と航空の役割」 社会的距離の指標として、まず実績データそのものが2地点間の関係を表す総旅客流動量とNTT電話通話量を取り上げた。総旅客流動量では10年間の変化を社会的距離の変化としてみた。そして3番目の社会的距離として、膨大なNTT電話通話量データを縮約して相互比較が可能な尺度として、多変量解析MDS(多次元尺度)分析を用いて2地点間(2県間)の社会的距離の具体的な数値、すなわち「親近性」の数値を算出した。この3つの社会的距離を相互検証したところ、かなり高い程度の一致が認められた。 これらの社会的距離を用いて広島を中心としたケーススタディを行い、航空路線開設が遠隔2地点間の社会的距離を縮め、「親近性」の関係を強めることを明らかにした。富山のケーススタディからは、日本海側諸都市間における「親近性」の数値はそれぞれと東京との「親近性」の数値より大きく、日本海諸都市間における社会的距離は、それぞれと東京との社会的距離より遠いことを明らかにした。これらの距離や関係は、10年間の社会的距離の変化とあわせて、社会的距離が遠く関係が弱い2地点間は一層遠く弱くなる傾向があることがわかった。これが西瀬戸エアリンクが失敗した理由であった。最後に、東京の「親近性」と10年間の社会的距離の変化のケーススタディから、東京と全国各都市のように近くて強い2地点間の距離や関係は、一層近くて強くなる傾向があることがわかった。つまり、東京と全国各都市との考察から、いわゆる東京一極集中が進展していることを明らかにした。 図は東京および富山を中心とした全国の「親近性」のレーダーチャートである。太線は「親近性」、細線は地理上の(100kmを単位とした)直線距離の平方根を表す。左側の東京では太線が中部近畿を除いてすべて細線の内側に位置して小さい輪であるのに対して、右側の富山では大部分の太線が細線の外側に位置し、東京より一回り大きい輪をなしている。この図は東京が全国各地から社会的距離で非常に近いところにいることを示している。 東京(左側)と富山(右側)を中心とした「親近性」レーダーチャート 「親近性」の数値をモデル式の説明変数に用いて、第IV章でみた空港容量制約がない近距離地方都市間路線の需要予測を行ったところ、少なくとも地理的距離が100km以上の2地点間については精緻な需要予測を得ることができた。 第VI章「社会的距離の短縮化と羽田空港-まとめと課題」 東京との社会的距離を一層短縮したい46道府県にとって、社会的距離を縮める高速交通手段としての羽田路線のもつ重要性は大きく、地方都市が望むだけの羽田路線(あるいは首都圏路線)の開設や増便が満たされる必要がある。しかし現在、羽田空港は容量満杯の状態にあり、その利用客は他の空港利用客より交通不便益を蒙っている。本来、羽田空港を利用する旅客に対しても、欧米並の利用者利便性を確保する必要があるはずである。そのために、いま首都圏空港の大幅な容量拡充が求められている。 その緊急対処案として、(1)航空広域管制による離着陸処理能力の向上と東京輻輳空域の解決、(2)羽田空港平行滑走路の同時並行使用、(3)東京周辺に点在する既存空港施設の活用、(4)欧米型コミューター航空の再評価とコミューター空港の確保を提示した。 本論文では、既発表のデータや諸研究成果を随時参照応用しつつ、第IV章から第V章において独自のデータ解析を行いながら研究を展開した。ことに、日本の各都市間における社会的距離すなわち「親近性」の考察は、航空と関連づけた研究事例としてこれまでになかったものである。そして、社会的距離すなわち「親近性」の数値をコミューター航空や小型ジェット機の就航前における旅客需要予測の説明変数として取り込み、潜在需要を規定する要因として活用することを模索して、社会的距離すなわち「親近性」の有効性を実証した。また、これをマクロに用いることによって、東京一極集中と地方間疎遠化の実態を示した。 本論文が今後に残した課題は、社会的距離すなわち「親近性」の精度をあげることである。そのうえで地理的距離が100km以内の2地点間についても精緻な需要予測を構築することである。 |