審査要旨 | | 本論文は,テレオペレーション環境として,視覚情報に基づいた作業の制御,蓄積と支援を行うシステムを,双方向行動メディア(Bilateral Behavior Media)と呼ぶ新しいパラダイムに基づくものとして提案している。この環境は,1.視覚センサから得られる作業の状況(論文中では「ステータス」と呼んでいる)によって作業を教示し実行する制御方法であるステータスドリブン制御法,2.作業環境からの視覚入力情報とロボットの制御出力情報に基づいて操作情報をコンピュータへ入出力するデータ表現・インタラクション手法であるビヘービアサンプリング,3.貯えられた操作情報を利用するステータスオンデマンドの機能による作業支援手法とから構成されている。 論文においては,双方向行動メディアの具体的な応用例として,細胞操作システムを実現し,細胞の分離・収集作業のように,人間の持つ日常行動の経験がなかなか生かしにくい微細作業を対象として,提案する新しいテレオペレーション環境の有効性を検証している。具体的には,最近の生物学研究においてとみに重要性を増している細胞一つ一つの分析において,何度かの手動によるマニピュレーションの経験の試行錯誤が有効に生かせるような,テレオペレーション法を目指し研究を進めている。細胞内に蓄積する顆粒物質が老化に関係するといわれている脳内血管中に存在するマトウ細胞をとりあげ,その顆粒物質を分析するに十分な量を収集するための作業を対象としている。 この論文のテレオペレーション法は、マスターマニピュレータでスレーブマニピュレータを操るというマニピュレータ情報に基づくロボットの制御ではなく、コンピュータスクリーン上で操作者が視覚センサから得られる情報に基づく作業状況(ステータス)を指示することによって作業を教示し実行する方法である。ステータスは、センシングポイントと呼ばれる点の集合の関係(位置と角度関係)によって指定される。そのような初期のセンシングポイントが、どのセンシングポイントとどういう位置関係になって欲しいのかを指定することにより,作業が指定され実行される。センシングポイントは、いったん指定されると対象物や環境が視覚システムに対して移動しても対象物や環境と一定の位置を保つようにシステムにより自動的に視覚追跡される、環境変動に強い制御手法となっている。 遠隔作業においては、このステータスドリブン制御が提供する即応的な制御機能とともに、比較的時間スパンの長い一連の作業実施や記述・蓄積機能が求められる。ビヘービアサンプリングはそれを可能とする情報表現法であり、視覚制御のためのデータ表現とその実施、実施した一連の制御の記録と蓄積メカニズムを実現している。具体的には、映像データや制御データからなる制御シーケンスの生データから情報を抽出し記録するメカニズム(情報抽出レベル)とともに、その情報を構造化して整理するメカニズム(構造化レベル)と人間が必要とする場合には意味情報を付加するメカニズム(抽象化レベル)が具現化されている。 ビヘービアサンプリングによって蓄積された作業情報は、ステータスオンデマンド機能によって再利用され遠隔作業の支援が実現される。ステータスオンデマンド機能では、操作者が過去の作業のシーケンスを理解できる形でみられるようにするために、映像やグラフィックス、テキストによってステータスの変遷が表示される。操作者は、表示情報を参考にしながらそれを作業の再実行に利用する。ステータスオンデマンド機能には、3つのレベルの機能がある。下位のレベルの短期機能としては、作業の一部を修正して実行を支援したりすることを可能としている。中間のレベルの機能としては,作業の編集を可能としている。例えば作業のパラメータの編集や意味情報の付加を行う。上位のレベルの長期機能では、実施した作業の分析や、以前の作業手続きの新しい環境での再実行を可能としている。 光学顕微鏡下に並進3自由度の作業台と並進2自由度を有するマニピュレータシステムを構築し,1.ステータスドリブン制御とジョイスティックによる手動制御を比較した場合,作業時間が約三分の一に短縮されること,2.マトウ細胞の周辺を削りとる作業の記録がビヘービアサンプリングによって構造的に可能なこと,3.マトウ細胞の最初の削り取り作業のデータを修正再利用が可能になるなどステータスオンデマンド支援が有効に機能することを,実験により示している。 このように,この論文では,双方向行動メディアの考え方を提案し,それが視覚情報に基づいたテレオペレーション手法として有効であると結論づけている。審査の結果,この論文が,これまでのテレオペレーション手法において課題となっていたセンサ情報を本質的に取り込む使いやすいシステム構築法のあり方について新しいパラダイムを提案・実現していることが認められた。また,この考え方が,ロボット工学にとどまらず,情報処理,知能工学,マルチメディアといった幅広い分野においてキーとなる技術のベースとなりうるということも評価された。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |