最近、環境問題は、特に貿易、投資、産業成長、及び消費者厚生一般への影響に関して、世界的に注目を集めている。現在行われている最も重要な議論の中には、貿易・環境・競争力問題がある。汚染産業移動仮説に基づくそのような一つ考え方によれば、環境負荷が高い産業は環境管理体制が緩やかな場所へ移動する。したがって、国家はより緩和された環境基準を採用することにより、競争力優位を獲得することができ、それはいずれ地球的規模における環境厚生の低下に繋がることになる。残念ながら多くの実証研究は、主に実際に即した理論的な議論と方法論的な枠組みを欠いたために、この問題に対する説得的な取り組みができなかった。 したがってこの研究では、貿易・環境・競争力問題、より具体的には汚染産業移動仮説を、しばしば用いられる古典的な比較優位の貿易理論に比べて、動的な新技術・貿易理論から分析を行った。我々はこの理論的な枠組みに基づき、汚染産業移動仮説は強い実証的また概念的な正当理由はないとする一方、投資決定(したがって、国際的な産業配置)は、労働、天然資源の入手可能性、緩い環境基準などの比較優位の要素よりも、むしろ技術進歩のような動的な要素によってますます動かされているという仮説を提唱する。 我々は、この仮説を実証するため、様々な分析的手段を貿易、投資、技術移転の理論のような多くの関連した分野に応用する「政策科学」の研究方法論を採用した。その主な焦点は、最近の傾向として(一般的には「pollution-heaven」と考えられている)発展途上国への海外投資はますますより汚染の少ないハイテク産業になされているという、顕在化しつつある国際的な技術移転の軌跡(児玉ら、1994)をさらに探求することである。 我々は第一に、多くの先進国、および発展途上国に対して、(産業の移動を表わす)海外直接投資の流れを各々の産業分野の汚染度と相関させることにより、「汚染産業移動」仮説を実証的に検証した。分析は、海外直接投資データを用いて、各国の全製造業について行った。発展途上国における分析においては、決定係数が極めて低いという回帰結果が得られ、「汚染産業移動」仮説を支持するいかなる証拠も示さなかった。そこで我々は、この現象に対して新技術・貿易理論から説明を与えた。典型的なテレビの部品構造及びカメラの製造方法の事例分析により、製品、および製造方法における技術革新は、ハイテク産業の相対的な「移動性」を増大させ、したがって越境運動を促進させることを示した。加えて、電器産業の緻密な定量分析により、製造設備の配置を決定づける重要な要因を分析した。その結果、付加価値や、その延長としての緩い環境基準のような比較優位よりも、むしろ技術進歩が国境を超えた産業配置における決定的な要因であることを実証的に示した。 さらに、厳しい環境規制により環境コストが増大した3つのケース・スタディーを通して、企業行動を実証した。一つ目のケーススタディは、マレーシアの石鹸産業に属する多国籍企業の事例で、地域の環境規制では、より安価であるが環境負荷の高い物質を使うことが許可されているにも関わらず、環境にやさしい物質を使った企業の事例である。二つ目の事例は、日本における事例で、水銀汚染に対する厳しい規制が日本の製造業において、より効率的かつ環境に優しい苛性ソーダの製造技術に関する発明と技術革新を促した事例である。三つ目の事例は、国際的な事例であり、技術革新を通じて、産業界がモントリオール議定書に基づくフロンガス廃止を加速させ、発展途上国も環境に優しい物質を採用した事例である。これらの事例は、環境負荷を与える産業を環境管理体制が緩やかな国へ移動させるよりも、環境に優しい製造・管理技術における技術革新を促すことがビジネスセンスに適合することを示している。 我々は結論として、政策決定者と産業界は、貿易と環境に関する多国間、および国内の議論において、誤った汚染産業移動仮説に基づいて現在広く行われているよりも、より積極的な立場を取ることを提案する。自由貿易と公開された投資の流れは、環境に優しいハイテクの製造・管理工程を発展途上国に移転させ、すなわち、よりクリーンな産業に産業構造を転換させることを支援することになる。さらに、厳しい環境規制は、より環境に優しい製造・管理工程という競争優位を得ることを企業に促す強い傾向があるのである。 |