栽培植物のもつ形態は、農業生産における量と品質に直接関連する重要な形質である。栽培植物の形態は、環境条件および遺伝子型による変動が大きく、また生長段階によっても変化する。形態についての品種改良や栽培制御を行うには、形態を定量的に評価し解析する有効な方法が必要である。植物の果実などの器官の形態では、従来、直径/高さ比など単純な指標に解析が限られてきた。最近、情報科学と計測技術の急速な進展に伴い、定量的形態解析手法が開発されつつある。楕円フーリエ解析と多変量解析を統合した方法を用いて、ダイズ、ダイコン、オオムギなどの作物の粒形や葉形などの射影による2次元形態の解析と遺伝的解明が進められている。それらの研究により、先端部の尖りの程度や尖りの左右へのぶれなど従来の計測では評価できなかった形質を抽出することが可能となった。また、尖りの程度の遺伝率は比較的高いが、尖り左右へのぶれの程度はほとんど遺伝しないことなどが明らかにされてきた。ところで、栽培植物の形態は、粒、果実、花など本質的に3次元形態をもっていて、射影などによる2次元形態では形態情報を充分に引き出せないと考えられる。 本研究では、植物の3次元形態の計測システムを構築し、計測された形態情報を球面調和記述子により定量的に評価する方法の開発を目的とした。また、この方法をいくつかの栽培植物器官の3次元形態の解析に応用し、形態情報の指標となる成分別に遺伝様式の解明を行った。 計測システムは、CCDレーザ変位センサ、精密軸パルスステージ、Z軸パルスステージおよびパンコンで構成される。これを利用して、対象物を軸ステージ上に置き、上下動するZ軸ステージにとりつけたセンサヘッドによって形態を測定した。すなわち、Z軸ステージの位置をある高さに固定して、対象物を回転させながら、センサヘッドから対象物までの距離を測定した。これを予め測ったセンサヘッドから軸ステージの回転軸までの距離から差し引いた値を求めて、データとして保存した。このようにしてある特定の高さでの対象物の一周の形態情報を取り込み、つぎにZ軸の位置を変え、そのつど一周の形態情報を得た。このようにとり込んだ幾周かのデータを、対象物全体の3次元形態情報として記録した。以上の計測過程は一貫して自動的に行なえるようコンピュータソフトを開発した。この計測システムでは、対象物を回転させたり、センサヘッド自身も移動できる、従来法と比較に、取り込んだ形状の情報が完全である。また、従来法で形状データの得るにはカメラで撮影した画像から認識する段階が必要であるが、今回のシステムでは形状のデータを直接に変位センサで取り込むので、測定精度を向上させた。だたし、計測時間が長いという短所があります。 3次元形態の記述には、さまざまな形状を取り扱えることと、全体的な特徴と局所的な特徴を共に評価できることが必要である。球面調和関数は、これらの条件を満たす形態記述子である。計測システムによりとり込んだ形状表面データは、経度と緯度の関数として、球面調和関数で展開される。展開して得られた係数を統計分析することより、品種間格差の大きな形質、遺伝率の高い形質が浮き彫りになってくる。 開発された評価方法をいくつかの栽培植物の器官の3次元形態の解析に応用した。まず1996年果樹試験場興津支場で栽培されているカンキツ属の58品種の果実形態を解析した。各品種から3個体をランダムに選び、上記の方法で果実形態の情報をとり込んだ。これらのデータを標準化し、7次までの球面調和関数による展開を行い、62個の2次標準化された係数を得た。得られた62個の球面調和係数の分散共分散行列に基づいて主成分分析を行った。寄与率が1/62を越えた主成分は、第7主成分までであった。第1から第7までの主成分による累積寄与率は91.3%に達した。第1主成分は果実の幅/長さ比、第2主成分は果実の底部の鋭さ、第3主成分は上部におけるX軸正方向への凸状性の度合いを表わしていることが認められた。さらに、主成分別に品種を要因とする1因子の分散分析を行った。品種効果が第1と第2主成分では1%有意、第3主成分では5%有意となった。第4以下の主成分では、どれも有意ではなかった。 つぎに1997年果樹試験場興津支場で栽培されているカンキツ品種およびF1の果実の形態を測定し、球面調和関数による量的特徴を抽出し、3次元形態の遺伝解析を行った。カンキツ11品種および清見を母親としてその11品種を交配したF1について、各3個の果実の3次元形態を測定した。F1の3果実については、それぞれ異なる個体から採った。主成分分析における第1主成分による寄与率は38.7%であり、第1から第7までの主成分による累積寄与率は91.5%に達した。第1主成分は果実の幅/長さ比と果実の両端の鋭さ、第2主成分はY軸に直交する方向の歪み、第3主成分はX軸に直交する方向の歪み、第4主成分はX軸正方向への凸状性の度合いを表わしていたが、第5主成分と第6主成分はそれぞれに複雑な3次元的な歪みに対応していた。主成分別に品種を要因とする1因子分散分析を行った。第1、第5、第6主成分では、品種効果が1%で有意になり、他の主成分では、どれも有意ではなかった。また、広義の遺伝率は、第1主成分で0.67であったが、第2以下の主成分ではいずれも低かった。さらに、親子相関を調べるために、主成分別に父親11品種の各3個体の平均値とそれぞれに対応するF1の3個体の平均値との相関係数を求めた。相関は第1、第6主成分では1%有意であった。 つぎに、1997年果樹試験場カキ・ブドウ支場で栽培されているカキ品種およびそのF1の果実を供試した。11品種に同一品種太秋を交配したF1について、各3個体の果実をランダムに選んだ。果実を横向にステージ上に置いて計測した。対象物全体の形態情報として、45周、各周ごとに360ポイントのデータをとり込んだ。7次までの球面調和関数によって展開し、62個の標準化された係数を形態を記述する特徴量として解析に用いた。係数の分散共分散行列に基づいて主成分分析を行った結果、寄与率が1/62を越えた主成分は、第7主成分までであった。第1主成分による寄与率は50%を越え、第1から第7までの主成分による累積寄与率は90%に達した。第1主成分は果実の幅/長比、第2主成分はY軸に直交する方向の歪み、第3主成分はX軸に直交する方向の歪み、第4主成分は果梗の凸状性の程度、第7主成分は3次元的な歪みの度合いを表わしていることが認められた。つぎにカキの果実の品種間差を調べるために、主成分別に品種を要因とする1因子の分散分析を行った。その結果、第1、第3、第4および第7主成分で1%有意、第5および第6主成分で5%有意になった。また、広義の遺伝率は、第1主成分で高かった。さらに、親子間の相関を調べるために、主成分別に母親11品種の各3個体の平均値とそれぞれに対応するF1の3個体の平均値との相関係数を求めた。相関は第1および第4主成分では1%有意、第7主成分では5%有意になった。 さらに、高精度の新しい計測システムを構築の上、ダイズの粒形の3次元形態の測定を行なった。1998年長野県中信農業試験場で栽培されたペキン、タマホマレ及びそれらのF1,F2の粒形及び体積を遺伝的に解析した。球面調和関数と主成分分析により、第6主成分までの主成分の累積寄与率は95%を超え、それぞれの形態学的意味を解明した。そのうち、寄与率が74.8%である第1主成分は、幅/長比を意味し、広義の遺伝率が0.553に達した。また、体積の広義の遺伝率は、0.772であった。 以上、栽培植物器官の3次元形態を計測・評価するシステムを構築し、それを用いてカンキツ果実、カキ果実、ダイズの粒などの植物の器官の3次元形態を計測し、球面調和形態記述子と主成分分析の併用により、標識点の少ない形態についても情報損失の少ない正確な評価が可能であることを示し、さらに形態が主成分別に特徴的な遺伝様式を示すことを明らかにした。 |