学位論文要旨



No 114358
著者(漢字) 立入,郁
著者(英字)
著者(カナ) タチイリ,カオル
標題(和) 中国北東部乾燥地における環境情報を用いた砂漠化のモニタリングとモデル化
標題(洋)
報告番号 114358
報告番号 甲14358
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1966号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生産・環境生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武内,和彦
 東京大学 教授 石井,龍一
 東京大学 教授 佐藤,洋平
 東京大学 教授 柴崎,亮介
 東京大学 助教授 恒川,篤史
内容要旨

 人間の生産活動の増大などに起因する土地荒廃は世界各地で起こっているが,乾燥地で起こる砂漠化は土地の生産性がほぼゼロになること,景観的にも不毛の裸地になってしまうこと,などからとくに注目され,区別して扱われることが多い。砂漠化被害地域としてはとくにアフリカに注目が集まっているが,実際にはアジアはアフリカと並ぶ被害地域である。砂漠化進行を防止するためには,自然条件をよく理解した上で適切な土地利用をおこなうことが重要であるが,自然条件を理解する際には,条件の違う地域の現象を系統だてて理解するための広域的なデータと,対象地域の特性を理解するための細密なデータの両方が必要である。また,異なる時間スケールでの考察による現象の総合的な理解と,複数の要因のそれぞれがどのような寄与度をもち,条件の変化によってどのような変化が起こるのかを予測することも重要である。

 本研究では以上の視点から,まずアジアにおける砂漠化地域の環境特性を確認した上で,砂漠化が問題となっている中国北東部の乾燥地を対象として,既存のデータベース,衛星画像,現地の統計資料などを含む環境情報をおもに用いて,現地調査でそれを補完するという手法で砂漠化のモニタリングとモデル化をおこなうことを目的とした。

 本研究の構成は以下の通りである。

 第1章では,国際社会や研究者の砂漠化への取り組みを考察した上で,砂漠化の現状を示し,本研究の位置づけを示した。

 第2章では,砂漠化および砂漠化地域を位置づけるためにアジアの土地荒廃とその要因について調べた。アジアは他に例を見ない自然条件の多様性をもち,また非常に土地利用圧の大きい地域を抱えており,あらゆる種類の土壌荒廃がみられる。ここでは自然条件,土地利用,土壌荒廃の関係を既存のデータセットを用いて調べた。まず,気候,植生,標高,土壌タイプに関するデータセットを用い,緯度1度×経度1度を単位としてアジア地域の土地区分をおこなった。土地区分は対応分析とよばれる数量化手法を用いて3次元空間に各メッシュをプロットし,クラスタ分類にかけることでおこなった。区分結果には降水量と気温の分布が大きく反映された。平均耕作面積率にみる農業的土地利用圧と家畜によるメタンの排出量にみる牧業的土地利用圧は,ほとんどの土地区分で対応が見られ,双方とも土地区分ごとに大きく変化していた。また,砂漠化地域では水食と並んで風食が強度,被害面積の大きなものであることが示され,環境条件と土地利用圧の効果の兼ね合いから降水量100-400mmの地域で風食による被害が極大になることが示された。

 第3章では事例対象地を設定し,砂漠化のモニタリングとモデル化をおこなった。アジア地域の砂漠化のなかでも,中国北東部の砂地草原における砂丘再活動による被害は典型的な例である。砂地とは植物の生長に十分な降水量がありながら,なんらかの理由で砂が露出している地域であり,表層の下には堆積などによって砂質土壌が多量に存在する。過度の土地利用が表面の植被をはがしてしまい砂地が露出する現象は,不適切な土地利用が土地の回復困難な荒廃を招く例として近年注目を集めている。ここでは特にこのような種類の砂漠化の進行が激しいとされる内蒙古自治区奈曼旗を対象地域として選び,異なる時間スケールでの砂漠化地域の面積変動のようすをしらべた。モニタリングの際には,土地条件によって奈曼旗を区分し,そのカテゴリごとに時間変化を調べた。土地区分においては,地形図・土壌図に合わせて,現地調査によって得た推定地下水位分布図を利用した。

 1930年代の旧日本軍作成の地形図を用いたモニタリングでは,砂漠化の被害を受ける地域は1980年代までの50年間にあきらかに拡がっていた。1980年代に中国科学院が作成した砂漠化類型図の砂漠化進行地域,強度砂漠化進行地域,重度砂漠化地域をあわせると1930年代の地形図の砂地面積から約1.8倍に拡大していた。

 Landsat/MSSのデータを用いた20年スケールのモニタリングでは降水量の変動に影響を受けながら初秋の推定裸地面積が大きく変動していた。その変動のようすは土地条件ごとに大きく異なっていた。また農業地域では植被の回復がみられたが,放牧地域では砂漠化の進行が見られた。

 もっとも短い期間のモニタリングとして,NOAA/AVHRRの衛星画像を用いて植生量の季節変動を地形区分ごとにわけてしらべた。その結果,5月から徐々に植生量が増え,8月末から9月初めにピークを迎えその後急激に落ち込むようすがみられた。

 つぎに砂漠化モデルの構築とその応用について述べた。ここでは自然条件モジュールと社会条件モジュールからなり,裸地面積の20年スケールの変動を説明するモデルを構築した。考慮するべき条件のうち自然条件としては土地条件と気候条件がある。土地条件としては地形,土壌,地下水位を用いておこなった土地区分を単位として見ていくことで考慮した。気候条件としてはモニタリングの際,裸地面積の変動に影響与えることが示唆された降水量をまず考慮した。さまざまな期間の降水量,当年春季と夏季の降水量の残差和平均,時間に比例する項,増加率一定の項を説明変数の候補,初秋の砂地の面積を被説明変数としてステップワイズ重回帰分析により変数とその係数を決定した。多くの土地区分では正の係数をもつ項として夏季の降水量,負の係数をもつ項として春季の降水量が因数として採用された。その際相関係数が極めて高かった(ほとんどでR2>0.7)ことから,この地域の砂地面積変動においては降水量が支配的な気候条件だと考えられたため,これを自然条件モジュールとした。

 社会条件モジュールは,モニタリングの際に放牧地域の砂漠化進行と農業地域の回復という顕著な結果を得たため,それを考慮した。定式化の際の単位は旗の下部の行政組織である郷をもちいた。放牧地域における砂漠化の進行は,砂質土壌の表面の植被に過度の放牧圧がかけられたために砂地が露出したと考えられるため,社会経済条件として1975年から1994年までの放牧圧の変化を考慮した。なお,ここで風積砂土土壌地域の面積率も同時に考慮した。ここで放牧圧の変化は,単位面積あたりではなく単位牧養力あたりで計算した。これによって家畜数の上昇がひとしい場合は条件の悪い地域ほど土地へ与えるインパクトの上昇が大きいということを考慮できる。単位面積あたりの牧養力は,現地の土地分類基準および土壌に関する資料,ならびに既往の土地生産力分類図を用いて推定した。ここで郷ごとの耕地面積を,面積あたり生産力の大きい土地へ優先的に配分し,残った土地が放牧地になると仮定した。また,家畜数は近似羊単位をもちいてスカラ量になおした。つぎに農業地域,とくに鉄道や幹線道路に近い地域で人間による砂漠化防止対策の効果が顕著に見られたためこれを考慮する項を導入した。この項は,郷の中央を鉄道や幹線道路を通る場合には1,郷の端を通る場合は0.5,郷を通らない場合は0をとる関数とし,社会基盤項となづけた。各郷について単位牧養力あたりの放牧圧変化,風積砂土土壌面積率および社会基盤項を説明変数,1975-94年までの単位面積あたり裸地増加を被説明変数として一本の重回帰式を決定し,社会条件モジュールとした。

 これらを統合して得られたモデルを用いて,20年を一つの単位として予測をおこなうことができる。変数を操作することによって,降水量,放牧圧,回復手段の分布などの条件を変化させた場合の砂地面積の予測をおこなうことができた。

 第4章では以上の結果をもとに総合考察をおこなった。本研究でおこなった砂漠化のモニタリングとモデル化の結果は以下のように要約できる。

 (1)アジアの風食は,降水量が少ないにもかかわらず比較的土地利用の進んでいる降水量100-400mmの乾燥地において顕著であり,その強度は人間による土地利用の強度から説明可能である。

 (2)1930年代から1980年代までの50年間に奈曼旗の砂漠化は急激に進み,砂地の面積は約1.8倍に拡大した。土地利用が適正かどうかは短期間のモニタリングでは判断が難しいため,数十年というスケールでの変化にも注意する必要がある。

 (3)1975年から1994年までの20年間の裸地面積の変動は,主として降水量の変動によって説明される。この間に砂漠化進行のトレンドがあったかどうかは判別が困難であった。

 (4)植被の季節変動も土地条件ごとに異なるが,春から初秋までかなり大きな増加を示しその後急激に減少する。

 (5)どの時間スケールにおいても,砂漠化面積変動のようすは土地条件によって大きく異なる。

 (6)家畜を舎飼いにすることで砂漠化面積は大幅に減少することが予測される。

 (7)本研究で構築したモデルによると,放牧圧が同じで降水量が平均値であったとすると,2014年の裸地面積は1994年の値をを大きく上回り,1993年なみとなった。

 またこれらの結果から,以下のような考察が得られた。

 (1)土地利用の決定には広範囲をカバーするデータベースなどを利用した広域的な土地条件の理解が重要である。この際にはグローバルな気候や地形の理解なども必要となるし,数十mを単位とした土地条件の変化も含まれる。

 (2)モデルの入力変数を変化させて将来予測をおこなうことで,土地利用の妥当性を定量的に議論することができる。

 (3)降水量の予測が可能になれば乾燥地の土地利用の決定に非常に大きな寄与をすることが予想される。短期の予測であっても,短時間で計算できるモデルが構築されていれば状況の変化に応じて将来予測も刻々と変化させうるので,干ばつに対する災害対策システムへの利用も可能性がある。

審査要旨

 本研究では半乾燥・乾性半湿潤地域のなかで、土地利用圧の高まりによって古砂丘が再活動する地域に注目し、砂漠化のモニタリングとモデル化をおこなった。対象地域としてはアジアの乾燥地を取りあげた。まずアジアにおいて環境情報を用いた解析をおこない、環境条件と土地荒廃の関連性を把握することで乾燥地における風食の卓越性を確認した。事例対象地が含まれる中国では最近50年間にもつとも砂漠化が進行したといわれること、高密で経時的なデータが取得できる衛星画像が利用可能になるのは最近20年間であることから、50年スケールと20年スケールでモニタリングをおこなった。さらに20年スケールの解析結果を用いて自然条件と社会条件を統合したモデルを構築し、将来予測を試みた。

 まず、アジアの土地荒廃と環境条件や土地利用圧との関連について既存のデータセット(気候、植生、標高、土壌タイプ)を用いて、緯度1度×経度1度を単位としてアジア地域の土地環境区分をおこなった。土地環境区分では対応分析とクラスタ分類をもちいた。最終的には10の土地環境区に区分されたが、それには降水量と気温の分布が大きく反映された。風食がおもにおこっているのは乾燥地に対応する土地環境区であり、これらの地域では土地利用圧も高かった。また乾燥地の中では、降水量・土地利用圧がともに大きい土地環境区と、ともに小さい土地環境区が区別できた。

 つぎに乾燥地の中の降水量・土地利用圧が大きい地域に含まれる中国内蒙古自治区奈曼旗を事例対象地として、モニタリングとモデル化をおこなった。ここでは奈曼旗において異なる時間スケールでの砂漠化地域の面積変動のようすを調べた。モニタリングの際には、土地条件によって奈曼旗を区分し、得られた土地環境区ごとに時間変化を調べた。土地環境区分には、地形図、土壌図ならびに現地調査によって得た推定地下水位分布図を使用した。

 1930年代の旧日本軍作成の地形図を用いたモニタリングの結果、砂漠化の被害を受ける地域は1980年代までの50年間にあきらかに拡がっていた。1980年代に中国科学院が作成した砂漠化類型図の砂漠化進行地域、強度砂漠化進行地域、重度砂漠化地域を合計すると1930年代の地形図の砂地面積から約1.8倍に拡大していた。20年スケールのモニタリングでは、Landsat/MSSの衛星画像を用いて1975年から1994年までのうち10ヶ年のデータから算出した植生指数の変化を追った。その結果、降水量の変動に影響を受けながら初秋の推定裸地面積が大きく変動しており、またそのようすは土地条件ごとに異なっていた。また農業地域では植被の回復が、放牧地域では裸地の増加がみられた。もっとも短い期間のモニタリングとして、NOAA/AVHRRの衛星画像を用いて植生量の季節変動を地形区分ごとにわけて調べた結果、5月から徐々に植生量が増え、8月末から9月初めにピークを迎えその後急激に落ち込むようすがみられた。

 つぎに20年スケールのモニタリング結果を用いてモデルを構築した。モデルは自然条件と社会条件を別途考慮して重回帰式を決定し、最後に統合した。自然条件としては降水量変動と土地条件(地形、土壌、地下水位)を用いた。社会条件は放牧圧の変化と人為の回復効果を考慮した。その際、風積砂土面積率も同時に考慮した。ここで構築したモデルでは自然条件モジュールに比べて社会条件モジュールの決定係数が小さかった。さらに得られたモデルを用いて予測をおこない、降水量、放牧圧、回復手段の分布などの条件を変化させた場合の裸地面積の予測値を得た。

 本研究では、乾燥地の現象である砂漠化を他の土地荒廃現象と同列に分析することで、グローバルな土地荒廃現象のなかに位置づけることができ、複数の時間スケールでモニタリングをおこなうことで砂漠化現象の長期的・短期的動向をより客観的に把握することができた。モニタリングの結果を用いてモデルを構築することができたが、その精度の向上にはとくに土地の生産力や土地利用圧の分布の推定を可能にするデータの取得が重要である。これには現地調査が最重要であるが、衛星画像の蓄積もモデルの向上に寄与すると思われる。全体の精度および有用性の向上には社会条件モジュールの精度を上げることが重要であり、そのためには衛星画像の利用できる1970年代以降に土地利用圧が急激に高まった結果砂漠化が進行した地域で同様の試みをおこなう必要がある。

 以上要するに本研究は、複数の時空間スケールで砂漠化を解析し、砂漠化の定量的モニタリングとそれを用いたモデル構築の手法を提示したものとして評価できる。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値のあるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54072