学位論文要旨



No 114362
著者(漢字) 魯,暁云
著者(英字)
著者(カナ) ロウ,シャオユン
標題(和) Wheat yellow mosaic virus(WYMV)およびwheat spindle streak mosaic virus(WSSMV)の分類学的研究
標題(洋) Taxonomic study of wheat yellow mosaic virus(WYMV)and wheat spindle streak mosaic virus(WSSMV)in the genus Bymovirus
報告番号 114362
報告番号 甲14362
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1970号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生産・環境生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 難波,成任
 東京大学 教授 小林,正彦
 東京大学 教授 石井,龍一
 東京大学 教授 日比,忠明
 東京大学 教授 白子,幸男
内容要旨

 コムギ縞萎縮病は、菌類を媒介者として土壌伝染する桿状ウイルスによって引き起こされ、世界中のコムギ生産に大きな被害をもたらしている。コムギ縞萎縮病は1927年、日本で最初に報告され、1969年に病原としてコムギ縞萎縮ウイルス(wheat yellow mosaic virus;WYMV-J)が同定された。その後、これと似た性状を有するwheat spindle streak mosaic virus(WSSMV-C)が1957年、カナダで報告された。

 両ウイルスはPolymyxa graminis菌により伝搬され、Triticum spp.を唯一の宿主とする。またウイルスはいずれも二種類の長さの異なる桿状粒子よりなり、そのゲノムは2種類のRNAより構成されている。それらはいずれも3’末端にpoly-Aを持つ一本鎖RNAである。RNA1はWYMV、WSSMV共に分子量2.6×106、RNA2はWYMVでは1.5×106、WSSMVでは1.4×106である。

 WYMVとWSSMVはその粒子形状及び血清学的性状からbarley yellow mosaic virus(BaYMV)、barley mild mosaic virus(BaMMV)、oat mosaic virus(OMV)、rice necrosis mosaic virus(RNMV)と共にBymovirus属に分類されている。コムギに発生するbymovirusesは中国、フランス、イタリア、インド及び米国において発生が知られており、いずれもWSSMVとWYMVのいずれかに分類されているが、血清学的性状などから両者は同一ウイルスの異なる系統であろうと考えられるようになった。

 しかし、血清学的にはWYMVやWSSMVともに生物学的性状の大きく異なるBaYMVとも血清関係があることから、両ウイルスの異同関係を詳細に比較する必要がある。そこで、WYMVとWSSMVのゲノム構造を解明し、系統関係を解析した。

WYMV-J及びWSSMV-Cの遺伝子構造の解析

 WYMV-JのRNA1は7636塩基で269kDaのpolyproteinをコードしており、C末端に外被タンパク質(CP)を、残りの部分にはN末端から順にP3、7K1、CI、7K2、NIa-VPg、NIa-Pro、NIbの7つの非構造タンパク質をコードしていた。一方、RNA2はP1及びP2よりなる101kDaのpolyproteinをコードしていた。またWSSMV-CのRNA1の3’末端領域について解析したところ、NIbの一部とCPを含むpolyproteinをコードしていた。WYMV-J及びWSSMV-Cの解析したゲノムの構造は他のbymovirusのそれと一致した。

 WYMV-JのP3(他のbymovirusのP3との相同性は36-70%)にはpotyvirusのP3のモチーフ(EPYx7SPx2LxAx2NxGx2Ex5W)が認められた。7K1及び7K2は他のbymovirusと疎水性アミノ酸領域において高い相同性が観察された。CIにはヘリカーゼモチーフがあり、他のbymovirusesとグリシンがバリンに代わっているほかはほぼ一致した。NIa-VPgにはチロシン残基を含む保存モチーフ(NFY)が存在し、他のbymovirusやpotyvirusと高い相同性が認められた。NIa-Proにはproteinasedomainが存在し、Comovirus、Nepovirus、Potyvirusの各属及びBymovirus属の他のウイルスのNIa-Proに保存されている活性中であるH、D/E及びC/Sが認められた。このタンパク質はheptapeptideを切断するプロテアーゼ活性を有すると考えられる。NIbにはモチーフ(T/S)-GXXXTXXXN(T/S)及びGDDが認められ、Potyvirus属、Macluravirus属及びBymovirus属の他のウイルスの複製酵素のモチーフと相同性が高かった。WYMV-JのCPは293aaで、WSSMV-CのCPは294aaであった。これらのCPは、WYMV-Chi(中国株)のCP(293aa)、WSSMV-F(フランス株)のCP(294aa)及びBaYMV-J(日本株)及び-G(西独株)のCP(297aa)とほぼ同じサイズであるが、BaMMV(Ka1とNa1株)のCP(251aa)よりかなり大きい。WYMV-CPはWSSMV-CPと77%の相同性があり、この値はWYMV-CPとBaYMV-CPの相同性(68%)、及びWSSMV-CPとBaYMV-CPの相同性(74-76%)とほぼ同じであった。これはBaMMV-CPとWYMV、WSSMV、BaYMVのCPとの相同性(33-35%)と比較すると高い値であるが、Bymovirus属の同一種の分離株間の相同性(WYMV-J及び-Chi,97%;WSSMV-F及びC,100%;BaYMV-J及びG,96%;BaMMV-Ka1及びNa1,95%)よりは低い。CPの変異領域はN末端及びコア領域に散在していたが、コア領域のAFDFモチーフは保存されていた。また、BaYMV、BaMMV及びpotyvirusのCPに存在する共通配列NGTSは、WSSMVではNGASに、WYMVではSGASであった。P1とBymovirus属及びPotyvirus属のHC-ProのP1との相同性は23-55%であった。P2のN末端には"pseudo-capsid protein domain"が存在し、二つモチーフRFPとFEが見出された。また中央領域にはQRが存在し、菌類伝染に関与するreadthroughタンパク質領域があった。P2のC末端領域は他のbymovirus同様Leu-richであった。

5’末端非翻訳領域(5’UTR)

 Potyvirus属及びBymovirus属の5’末端非翻訳領域(5’UTR)には塩基対形成可能な一対の配列が保存されている。Potyvirus属の5’UTRにはbox’a’とbox’b’と呼ばれる保存配列が存在する。BaYMVの5’UTRではこの配列は7塩基しか保存されていなかった。WYMV-JではこれらのモチーフにおいてRNA1とRNA2が数ヌクレオチドしか一致していなかったのに対して、他のbymovirusでは5’UTR間にはある程度の相同性が存在している。

3’末端非翻訳領域(3’UTR)

 Potyvirus属及びBymovirus属においては、それぞれ同種ウイルスの異なる株間では3’UTRが高度に保存されているのに対して、WYMVの3’UTRの塩基配列はWYMV-Chiのそれとの間に高い相同性を示すことが明らかとなったが、BaYMV、BaMMV、RNMVや同種ウイルスと言われるWSSMVのRNA1の3’UTRの塩基配列と43-74%の相同性がしか示さなかった。これはWSSMV-Cと-F、BaYMV-Jと-G及びBaMMV-Ka1と-Na1のRNA1の3’UTRの塩基配列の相同性と比較して非常に低い値であるが、WSSMV-Cと-F及びBaYMV-Jと-Gの相同性とほぼ同じであり、またWSSMV(-C及び-F)とRNMVの相同性よりは高い値であった。

WYMV及びWSSMVのBymovirus属における系統学的位置づけ

 3’UTRの塩基配列を基に系統樹を作成したところ、WYMVとWSSMVは極めて近縁であることが明らかとなった。また、BaYMVはこれと同じclade上に位置していたが、WYMVとWSSMVのクラスターはBaYMVのクラスターとは別であった。また、BaMMVはこれらとは異なるcladeを形成した。

 NIb領域のアミノ酸配列を基に系統樹を作成したところ、WYMVとWSSMVはBaYMVと同じクラスター上に位置したのに対して、BaMMVは別のクラスターに位置することが判明した。これによってWYMVとWSSMVは非常に近縁であることが示唆された。さらに、CPのアミノ酸配列を基に系統解析を行ったところ、WYMVとWSSMVの進化距離は、他のウイルスの異なる株間の距離より大きかった。また、5’UTRの塩基配列を基に作成した系統樹はCPのそれと相同であった。P3、7K1及び7K2のアミノ酸配列を基に作成した系統樹では、WYMV、WSSMV及びBaYMVが一つのcladeを形成したが、WSSMVとBaYMVはWYMVとは別のクラスターを形成した。NIa-Proの系統樹では、WYMVとBaYMVで一つのクラスターを形成した。NIa-VPgとCIの系統樹は5’UTR、NIb及びCPの系統樹と相同であった。

 また、Furovirus属のウイルスのCP-RTタンパク質とBymovirus属のP2タンパク質を用いて系統樹を作成したところ、WYMV、BaYMVとbeet necrotic yellow vein virus(BNYVV)はsoil-borne wheat mosaic virus(SBWMV)、potato mop-top virus(PMTV)、beet soil-borne virus(BSBV)及びbroad bean necrosis virus(BBNV)と同じクラスター上に位置するのに対して、BaMMV-Gはpenut clump virus(PCV)、Indian peanut clump virus(IPCV)及びtobacco mosaic virus(TMV)とともに異なるクラスターに位置した。このことから、CP-RT遺伝子とP2遺伝子が水平伝搬した可能性が示唆された。

 以上を要するに、本研究によりWYMVとWSSMVのゲノム構造を解明し、それをもとに両ウイルスのBymovirs属における系統学的位置を明らかにした。その結果、Potyvirus属とBymovirus属とは同一の祖先ウイルスから進化したものと考えられるが、BaMMVが早い段階で分岐したのに対してWYMVとWSSMVが分かれたのは比較的最近であると考えられる。またこれらの知見から、WYMVはWSSMVとは近縁ではあるが異種のウイルスであると考えるのが妥当である。さらに以上の分子生物学的解析からWSSMVはカナダ、フランスで発生し、WYMVは日本及び中国において発生することが明らかとなったが、コムギに発生するbymovirusの系統や発生分布をより深く理解するためには、さらに多くの分離株を用いて解析する必要があろう。

審査要旨

 コムギ縞萎縮病は、コムギの根に寄生する菌類Polymyxa graminisにより媒介される土壌伝染性のウイルス病で、世界中のコムギ生産に大きな被害をもたらしている。特に中国ではコムギ病害の主因とされている。本病は1927年、わが国で最初に報告され、その後、これと似た性状を有するwheat spindle streak mosaic virus(WSSMV-C)が1957年、カナダで報告された。そして1969年に病原としてコムギ縞萎縮ウイルス(wheat yellow mosaic virus;WYMV-J)が同定された。両ウイルスはコムギを唯一の宿主とする。また長短二種類の桿状粒子よりなり、2種類の一本鎖RNAをゲノムとする。WYMVとWSSMVは粒子形状及び血清学的性状からbarley yellow mosaic virus(BaYMV)、barley mild mosaic virus(BaMMV)、oat mosaic virus(OMV)、rice necrosis mosaic virus(RNMV)と共にBymovirus属に分類されている。コムギに発生するbymovirusは日本のほか中国、フランス、イタリア、インド、カナダ及び米国において発生が知られており、いずれもWSSMVとWYMVのいずれかに分類されているが、血清学的性状などから両者は同種ウイルスの異なる系統とされている。しかし、WYMV、WSSMVともに別種のBaYMVやRNMVとも血清関係があり、両ウイルスの異同関係には疑問も多く残されている。そこで、WYMVとWSSMVのゲノム構造を比較し、系統関係を解明する目的で本研究を行った。

1.WYMV-J及ぴWSSMV-Cの遺伝子構造の解析

 WYMV-JはRNA1(7636nt)および-RNA2(3659nt)よりなり、RNA1は269kDaのpolyproteinをコードし、C末端に外被タンパク質(CP)を、残りの部分にはN末端から順にP3、7K、CI、14K、NIa-VPg、NIa-Pro、NIbの7つの非構造タンパク質をコードしていた。また、RNA2はP1及びP2よりなる101kDaのpolyproteinをコードしていた。一方WSSMV-CのRNA1(1722nt)の3’末端領域について解析したところ、NIbの一部とCPを含むpolyproteinをコードしており、WYMV-Jを含むbymovirusのそれと相同であった。

2.コードされる各タンパク質の比較解析

 P1、P3、7K、14K、CI、NIa-VPg、NIa-Proについてはそれぞれ既報のPotyvirus科のPotyvirus属やBymovirus属の当該遺伝子と高い相同性が認められた。WYMV-CPはWSSMV-CPと77%の相同性で、両ウイルスと異種ウイルスとされるBaYMV-CPとの相同性(68-76%)と同レベルであった。これはBymovirus属の同一種の分離株間の相同性(95-100%)よりは明らかに低い。CPの変異領域はN末端及びコア領域に散在していたが、コア領域のAFDFモチーフは保存されていた。また、bymovirus及びpotyvirusのCPに存在する共通配列NGTSは、WSSMVではNGASに、WYMVではSGASであった。P2にはfurovirusのCPおよびそのreadthrough(RT)領域に類似したモチーフが見いだされ、BaMMVのCP-RTと同様菌類伝搬に関与するものと思われる。

3.非翻訳領域(UTR)

 potyvirusやbymovirusでは同種ウイルスの異なる株間でも3’UTRは高度に保存されており、WYMV-J、WYMV-Chiでも3’UTRには高い相同性が認められたが、WSSMV-3’UTRとの相同性は43-74%でBaYMV-3’UTRとの相同性とほぼ同じであった。

4.WYMV及びWSSMVのBymovirus属における系統学的位置づけ

 CPのアミノ酸配列を基に系統樹を作成したところ、WYMVとWSSMVは近縁であるが、その進化距離は、他のウイルスの異種分離株間のそれより大きかった。WYMVとWSSMVのクラスターはBaYMVとは別のクラスターを形成していたが、同じcladeに位置していた。しかし、BaMMVはこれらとは異なるcladeを形成した。また、3’UTR、5’UTR、CI、NIa、NIb、P1を基に作成した系統樹はそれぞれCPのそれと相同であった。さらに、Furovirus属のCP-RTとBymovirus属のP2(pseudo CP-RT)を用いて系統樹を作成したところ、両属のウイルスはそれぞれ混在して異なるクラスターに分散した。このことから、CP-RTとP2は同一起源のタンパク質から分化した可能性が示唆された。

 以上を要するに、本研究によりWYMVとWSSMVのゲノム構造を解明し、それをもとに両ウイルスのBymovirus属における系統学的位置を明らかにした。その結果、Potyvirus属とBymovirus属は同一の祖先ウイルスから進化したものと考えられるが、BaMMVが早い段階で分岐したのに対してWYMVとWSSMVが分かれたのは比較的最近であると考えられる。また、WYMVとWSSMVは近縁ではあるが異種のウイルスであると考えるのが妥当である。以上の結果は従来の概念を覆すものであり、学術上・応用上の価値もきわめて高く、特に防除や検疫の面でも今後非常に役立つ知見となろう。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めるものである。

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