学位論文要旨



No 114363
著者(漢字) 種田,貴徳
著者(英字)
著者(カナ) オイダ,タカトク
標題(和) 新しいマウス腸管リンパ組織"クリプトパッチ"におけるTリンパ球の発達分化
標題(洋)
報告番号 114363
報告番号 甲14363
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1971号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上野川,修一
 東京大学 教授 清水,誠
 慶應義塾大学 助教授 石川,博通
 慶應義塾大学 助教授 戸田,護
 慶應義塾大学 助教授 八村,敏志
内容要旨

 腸管免疫系は外界と生体内部の境界に位置し、食品成分や外来細菌、腸内細菌などさまざまな抗原にたえずさらされている。この腸管免疫系は系統発生的には最も古くから存在する免疫系であり、胸腺を中心とする全身免疫系とは異なる性質をもっていることが指摘されてきた。小腸上皮間Tリンパ球(IEL)のほとんどは胸腺外分化することが知られているが、実際体のどの部位で発達分化しているのかは推測の域を出なかった。1996年に石川らはマウスの腸管の陰窩部にc-kit陽性細胞に富む小リンパ球小集積が多数存在することを見い出し、クリプトパッチ(cryptopatches)と名付けた(1)。クリプトパッチは直径約100mであり、小腸あたり約1,500ヶ存在する。クリプトパッチ細胞はc-kitのほかにIL-7RやThy-1分子を発現しているが、T細胞受容体(TCR)や表面抗体の発現はみられず、T前駆細胞ではないかと考えられた。さらに、クリプトパッチからc-kit陽性細胞を調製し、放射線照射したSCID(severe combined immunodeficient)マウスに静脈内移入すると成熟IELが再構成されることを観察し、クリプトパッチ細胞がIELの前駆細胞であることを示した(2)。本研究ではクリプトパッチにおけるTリンパ球の発達分化の過程を解析することを目的とした。

1.マウス腸管上皮間T細胞の局所分化の解明

 全身免疫系が未発達なマウスにおいても腸管にT細胞マーカーであるCD3のmRNAを発現する細胞が存在するかどうかをCD3に対する半定量的RT-PCRで解析した。胸腺を先天的に欠くヌード(nu/nu)マウスにおいて離乳直後では腸管膜リンパ節細胞にはCD3 mRNAの発現はみられないが、クリプトパッチ細胞およびIELではCD3 mRNAの発現がみられた。このことはIELが胸腺非依存的に分化することを改めて示している。離乳直後のヌードマウスのIELには成熟したIELが多数存在するが、これは腸管以外で胸腺外分化したT細胞が成熟したのち腸管にホーミングしてきた可能性も考えられる。そこでIELの発達分化が腸管局所で起きていることを示すため、次にTCR遺伝子再構成に欠損があるためT細胞分化が途中で停止しているRAG-2欠損(RAG-2-/-)マウスにおけるCD3 mRNAの発現を調べた。RAG-2-/-マウスにおいても末梢リンパ組織からの細胞にはCD3 mRNAの発現はみられず、胸腺細胞とIELにだけCD3 mRNAの発現がみられた。さらに、RAG-2-/-マウスに存在するCD3 mRNA陽性IEL前駆細胞が胸腺由来でないことを証明するため、RAG-2-/-マウスと同様TCR遺伝子再構成に欠損のあるSCIDマウスに胸腺を欠くnu/nuマウスをかけあわせることにより作製したnu/nuSCIDマウスでもCD3 mRNAの発現を調べた。nu/nuSCIDマウスにおいてもIELにのみ強いCD3 mRNAの発現がみられ、腸管にT前駆細胞が存在することを示した。また、nu/nuSCIDマウスのクリプトパッチにおけるCD3 mRNAの発現はIELと比較し1/100程度であり、クリプトパッチ細胞が未熟なリンパ球であるという免疫組織化学の結果と一致した。これらの結果は腸管局所においてT細胞の発達分化が起きていることを示唆している。

2.クリプトパッチ細胞およびIELにおけるT細胞発生初期マーカーの解析

 胸腺におけるTCR T 細胞の発達分化に関しては詳しく調べられている。遺伝子再構成にはRAG(recombination activating gene)-1/RAG-2タンパク質が必要不可欠であり、またTdT(terminal deoxynucleotidyl transferase)タンパク質は遺伝子再構成時にランダムに塩基を付加しTCR遺伝子に多様性を与えている。TCR遺伝子の再構成はTCR locusに先立ちTCR locusにおいてみらる。TCR遺伝子の再構成を終えた細胞のうちTCR遺伝子のリーディングフレームが適合してプロダクティブな場合のみTCR鎖がpre-T cell receptor (pT)と適切なpre-TCR複合体を形成し、生存シグナルを受けることができるようになる。これらのRAG-2やTdT,pTなどのT前駆細胞に特異的マーカーのmRNAの発現がクリプトパッチ細胞やIELにおいてもみられるかどうかを半定量的RT-PCRで探索した。BALB/cマウスのクリプトパッチ細胞に胸腺細胞よりは弱いものの末梢リンパ節細胞よりは強いTdT,RAG-2,pTのmRNAの発現がみられた。また、IELにおいてもクリプトパッチと同程度のこれらのmRNAの発現が観察された。また、胸腺を欠くnu/nuマウスにおいてもクリプトパッチ細胞およびIELにTdT,RAG-2,pT mRNAの発現がみられた。これらの結果はクリプトパッチにおいてT細胞分化が起きていること、またIELにおいてもこの分化進行中のT前駆細胞が含まれることを示している。

3.クリプトパッチ欠損マウスの探索とクリプトパッチ欠損マウスにおけるIELの解析

 ある組織の役割を調べるために組織摘除を行いその影響を調べることは有用である。しかしながらクリプトパッチの場合は肉眼では観察不可能な約100mという大きさと、腸管あたり約1,500ヶという膨大な数のため外科的な摘除は不可能である。そこでクリプトパッチを欠失するマウスを検索し、このマウスのIELの性質を明らかにすることによりクリプトパッチの役割を考察した。IL-2R(receptor),IL-4R,IL-7R,IL-9R,IL-15R共通サブユニットであるCR(cytokine receptor )鎖を欠損する(CR-/Y)マウスではクリプトパッチは見い出せず、CR-/Yマウスではクリプトパッチを欠失していると結論した。CR-/Yマウスには胸腺非依存性のCD8+-IELや-IEL、あるいはTCR+Thy-1-IELは存在しなかった。一方、少数のCD4+-IELやCD8+-IELは存在した。このCD4+-IELやCD8+-IELは胸腺を欠くnu/nuCR-/Yマウスでは消失しており、これらのサブセットが胸腺依存性であることが示された。nu/nuCR-/YマウスIELはTCRを発現していなかったが、一部はCD4やB220、CD8、CD8を発現していた。クリプトパッチが存在するnu/+CR+/Yマウス、nu/nuSCIDマウス、nu/nuマウスのIELはCD8+細胞が高割合で存在したが、クリプトパッチが存在しないCR-/Yマウス、nu/nuCR-/YマウスのIELではCD8ホモダイマーを発現する細胞はほとんど存在せず、CD8ヘテロダイマーを発現する細胞が少数存在していた。クリプトパッチが存在しないnu/nuCR-/YマウスのIEL、クリプトパッチが存在するnu/nuSCIDマウスのIELはともにTCRを発現しておらず、同程度の強度のpT mRNAを発現していた。一方、CD3 mRNAの発現は大きく異なりnu/nuSCIDマウスIELはCD3 mRNAを強く発現していたが、nu/nuCR-/YマウスIELではCD3 mRNAの発現はみられなかった。またnu/nuSCIDマウスIELのほとんどがE7integrinを発現していたのに対しnu/nuCR-/Yでは少数が弱く発現しているだけであった。nu/nuCR-/YマウスのIELはTCR遺伝子再構成がおきていなかった。これらの結果はCD8+IELの発達分化にはクリプトパッチは必須の存在であり、CD3 mRNAの発現誘導、E7integrinの表面発現、TCR遺伝子再構成はクリプトパッチにおいて起きているあるいは運命付けられることを示している。nu/nuCR-/YマウスのIELはクリプトパッチを通過しないまま小腸上皮間に移動してきたもっとも幼弱なT前駆細胞であると考えられる。

 以上の研究により、IELが腸管局所で発達分化すること、クリプトパッチがIELの発達分化の初期の場であること、そしてクリプトパッチ依存的なIELのサブセットはCD8+IELであることが示された。

(1)Kanamori,Y.,Ishimaru,K.,Nanno,M.,Maki,K.,Ikuta,K.,Nariuchi,H.,and Ishikawa,H.(1996).Identification of novel lymphoid tissues in murine intestinal mucosa where clusters of c-kit+IL-7R+Thy1+lympho-hemopoietic progenitors develop.J.Exp.Med.184,1449-1459.(2)Saito,H.,Kanamori,Y.,Takemori,T.,Nariuchi,H.,Kubota,E.,Takahashi-Iwanaga,H.,Iwanaga,T.,and Ishikawa,H.(1998).Generation of intestinal T cells from progenitors residing in gut cryptopatches.Science280,275-278.
審査要旨

 末梢二次リンパ組織に存在するT細胞は胸腺おいて成熟したものである。しかしながら小腸上皮間に存在するT細胞(IEL)は、その他のリンパ組織ではみられない特徴的な表現系を示すサブセットを含むことや、遺伝的に胸腺を欠くヌードマウスにおいても一部のサブセットが存在することから、胸腺非依存的に発達分化するIELが存在することがいわれてきた。IELの生理的機能についてはほとんどわかっていないが、クローン病、潰瘍性大腸炎、セリアック病などの腸管局所にみられる免疫疾患においてIELが深く関わっているのではないかと考えられている。従って、IELの機能とともに分化発達の過程を解明することは、これらの疾患の治療法を確立する上で重要であると考えられる。しかしながら、この胸腺非依存的なIELの発達分化がどこにおいて起きているかの情報は近年まで欠けていた。1996年に腸管陰窩部に未熟なリンパ球の表現型を持つリンパ球小集積の存在が報告され、クリプトパッチと命名さた。このクリプトパッチがIELの発達分化の場ではないかと推測された。実際、クリプトパッチ細胞を免疫不全SCIDマウスに移入すると成熟IELが再構成されることが報告されている。本論文においてはこのような背景に基づき、クリプトパッチにおけるIELの発達分化の過程を明らかにするため、クリプトパッチ細胞の分化段階を解明し、またクリプトパッチから生成するIELのサブセットの同定を行ったものであり、三章よりなる。

 第一章では、T細胞マーカーであるCD3に注目し、ある種の免疫不全マウスにおいてはクリプトパッチ細胞とIELにおいてのみCD3転写物が存在する状態が存在すること、すなわち、T細胞分化が腸管局所で起きるていることを明らかにした。これはクリプトパッチがIELの発達分化の場あることを支持するものである

 第二章では、T細胞が発達分化するに途上でおこなうTCR遺伝子の再構成に関わる分子の発現がクリプトパッチにみられるかどうかを半定量的RT-PCR法により解析し、RAG-2,pT,TdTなどのT細胞分化系譜において一過的に発現する分子の転写物がクリプトパッチ細胞とIELにおいてみられることを示した。これは正常マウスのみならず、胸腺のないヌードマウスでも観察されたことから、これらの分化途上にあるクリプトパッチ細胞が、胸腺非依存的に発生していることが明らかとなった。このことより、第一章とあわせ、IELの発達分化がクリプトパッチにおいて起きていることを証明した。

 第三章では、クリプトパッチを欠損するマウスをスクリーニングし、このマウスのIELを解析することにより、クリプトパッチのIELの発達分化における役割を考察した。IL-2,4,7,9,15レセプターの共通鎖であるCR鎖を欠損するマウスにはクリプトパッチが存在しないことを見い出した。このCR鎖欠損マウスのIELを解析すると、胸腺外分化するCD8+IELが失われており、このIELサブセットの発達分化にクリプトパッチが必要であることが明らかとなった。さらに、CR鎖欠損マウスに胸腺のないヌードマウスをかけあわすことにより、胸腺依存性IELを完全に排除した状態でCR鎖欠損マウスのIELの性質を調べた。この状態においてもIELは存在したが、その表現型はTCR陰性で、またpT転写物の発現がみられるものの、CD3転写物はみられなかった。またTCR遺伝子の再構成も起きていなかった。このことから、胸腺を欠くCR鎖欠損マウスのIELは、クリプトパッチが存在しないために、IEL前駆細胞が発達分化を停止した状態であることを示した。このIEL前駆細胞は、IELに特異的な接着分子であるE7インテグリンを発現しておらず、IELとしての形質を獲得するにはクリプトパッチを通過する必要があることも判明した。

 以上本論文は、近年新しく同定されたクリプトパッチがCD8+IELの発達分化の場あることを示したものであり、胸腺を中心に行われてきたT細胞の発達分化の研究に新しい方向性を与えるものである。また、腸管局所にみられる免疫疾患、食物に端を発する食物アレルギー等の解明・治療法の確立といった応用面も期待される。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認める。

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