学位論文要旨



No 114365
著者(漢字) 渡邊,裕之
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,ヒロユキ
標題(和) 微生物の生産するテルペノイドの生合成研究
標題(洋)
報告番号 114365
報告番号 甲14365
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1973号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 瀬戸,治男
 東京大学 教授 北原,武
 東京大学 教授 山口,五十麿
 東京大学 助教授 作田,庄平
 東京大学 助教授 早川,洋一
内容要旨

 テルペノイドは、C5化合物であるイソペンテニル2リン酸(IPP)の縮合により生成される化合物である。IPPの縮合およびそれに続く環化パターンは多様であり、現在までに報告されている化合物は22,000以上にも及ぶ。これらは生体の構成成分として、あるいは生理活性物質などとして多様な役割を果たしており、近年ではプレニル化はある種のタンパク質の生理活性の発現に必須であることも判明している。これらのテルペノイドの生合成には興味深い問題が多く、その解明は学術的に重要であるとともに、様々な分野における物質生産の基礎ともなるものである。本研究は、特に多様性に富み、産業的応用など広範囲の可能性を有する微生物の生産するテルペノイドの生合成について、研究を行ったものである。

1.アセチルグルコシルアゴノミン酸の生合成研究

 アセチルグルコシルアゴノミン酸(WF11605)は、糸状菌の生産するロイコトリエンB4の特異的拮抗物質である。その構造は、中央部にC=C2重結合を含む4個の6員環をもつ特徴的な骨格を有している。この化合物の生合成経路を明らかにする目的で実験を行った。13C標識された酢酸の添加により調製したサンプルのNMR解析によって、アセチルグルコシルアゴノミン酸はスクアレンを経て下図のような経路により生合成されることが明らかになった。また、13CH313CO2Naで標識されたサンプルのTANGO-HMBCスペクトルから、メチル基の転位反応を直接証明することにはじめて成功した。

 

2.放線菌の生産するテルペノイドの生合成研究[1]Streptomyces aeriouvifer(CL190)の生産するテルペノイドの生合成研究

 テルペノイドを生産する微生物として放線菌に注目すると、いくつかの興味深い事実が挙げられる。放線菌がテルペノイドを生産する例は極めて少ないが、イソプレノイド側鎖を持つ1次代謝産物であるメナキノンは放線菌に普遍的に存在している。また、ペンタレノラクトンは多くのStreptomycesにより生産されるセスキテルペンであるが、酢酸は取り込まれず、グルコースを前駆体として得られたサンプルの標識パターンにはメバロン酸経路と矛盾する部分が見出されていた。しかしながら、近年Rohmerらにより提唱された非メバロン酸経路によって、この標識パターンが矛盾なく説明できることから、ペンタレノラクトンは非メバロン酸経路(non-MV)で生合成されると考えられる。一方、ナフテルピンなど放線菌の生産するいくつかのテルペノイドは、メバロン酸経路(MV)で生合成されることが標識実験により明らかにされている。従って、Streptomycesには、メバロン酸経路と非メバロン酸経路の2つの異なるIPP生合成経路が存在することになり、この両経路のStreptomycesにおける分布や生育条件等によるその発現の制御について非常に興味が持たれる。

 そこで、ナフテルピンの生産菌であるStreptomyces aeriouviferに13C標識された酢酸とグルコースを添加培養し、一次代謝産物であるメナキノンと二次代謝産物であるナフテルピンの標識パターンの解析を行った。その結果S.aeriouviferには上記の2経路が存在していることが明らかとなった。さらに、生育初期に生産されるメナキノンは非メバロン酸経路で、後期に生産されるナフテルピンはメバロン酸経路で主に生合成されるという、興味深い事実が判明した。

 

[2]放線菌におけるテルペノイドの生合成

 ナフテルピンは培養後期に主にメバロン酸経路で生合成されることから、ナフテルピンの生産はメバロン酸経路の発現とリンクしていると考えられる。また、数種の放線菌の生産するテルペノイドは、メバロン酸経路で生合成されることが報告されている。放線菌がテルペノイドを生産する例が少ないのは、メバロン酸経路の分布がごく限られているためと考えられる。そこで、下記のような方法により、放線菌におけるメバロン酸経路の分布を調べた。

 HMG-CoAレダクターゼはメバロン酸経路の鍵酵素であり、これを有する菌株はメバロン酸経路を利用していると考えられる。そこでまず最初に、テルペノイドを生産する放線菌のうち、標識実験によりメバロン酸経路の有無が判明している菌株について、S.aeriouviferのHMG-CoAレダクターゼ遺伝子をプローブとして、サザンハイブリダイゼーションによる解析を行ったところ、標識実験と一致する結果が得られた。従ってこの方法は、菌株がメバロン酸経路を有するか否かを判断するための効率的な手段であると言える。次に、放線菌から広範囲に36種の菌株を選択して同様な解析を行ったところ、2菌株のみにメバロン酸経路の存在が示された。このことから、予想通りメバロン酸経路を持つ放線菌は稀であることが明らかとなった。

3.非メバロン酸経路の解析[1]2-C-メチル-D-エリスリトール4-リン酸の生合成

 非メバロン酸経路では、まず、ピルビン酸とグリセルアルデヒド3-リン酸が縮合して1-デオキシ-D-キシルロース5-リン酸(DXP)が生成する。次いで、DXPは分子内転位により仮想中間体2-C-メチル-D-エリスロース4-リン酸となった後、さらに還元されて2-C-メチル-D-エリスリトール4-リン酸(MEP)に変換されると考えられていたが、この反応に関する情報は全く得られてぃなかった。そこで、この反応機構を明らかにするために、MEPの合成に関与する遺伝子の取得を行った。まず、ランダムに変異を導入した大腸菌から、合成した2-C-メチル-DL-エリスリトール添加時のみ生育できるMEP合成遺伝子欠損株をスクリーニングした。次いで、大腸菌のゲノムライブラリーから、この変異を相補する遺伝子のクローニングを行った。さらに、この遺伝子産物の機能を明らかにするため、この遺伝子の大量発現を行って得られたタンパク質をMn2+とNADPHの存在下、DXPと反応させ、生成物を精製して解析したところ、その反応物はMEPであることが判明した。この結果から、このタンパクは、DXP骨格の分子内転位と同時に還元反応をも触媒し、一段階でDXPからMEPを合成する酵素であることが明らかとなり、DXPレダクトイソメラーゼ(DXR)と命名した。

 

[2]MEP以降の非メバロン酸経路の解析

 MEP以降のIPPに至る非メバロン酸経路は現時点では全く明らかにされていないが、筆者は下図のようなA、B2つの経路を予想した。そこで、A、Bいずれの反応経路を通るかを調べるために、DXR遺伝子破壊株に合成した[1,1-2H2]2-C-メチル-D-エリスリトールを添加培養して解析したところ、MEPの1位の2つのプロトンは完全に保持されてIPPに取り込まれることが判明した。この結果から、経路Bの可能性は否定された。また、経路Aの予想される生合成中間体3、4、5、6の遊離アルコール体を合成してDXR遺伝子破壊株に添加したが、生育回復は認められなかった。これら予想中間体が利用されなかった理由は、これらの化合物がリン酸化されないか、あるいは予想経路が異なっているためと考えられ、現在検討中である。

 

審査要旨

 テルペノイドは、C5化合物であるイソペンテニル2リン酸(IPP)の縮合により生成される化合物であり、生体の構成成分として、あるいは生理活性物質などとして多様な役割を果たしている。これらのテルペノイドの生合成には未解決な問題が多く存在し、その解明は学術的に重要であるとともに、様々な分野における物質生産の基礎ともなるものである。

 本論文はこのような背景に基づき、特に多様性に富み、産業的応用など広範囲の可能性を有する微生物の生産するテルペノイドの生合成研究を行って、様々な新事実を明らかにしたものであり、3章よりなる。

 第1章は、アセチルグルコシルアゴノミシ酸(WF11605)の生合成研究について述べている。13C標識された酢酸の添加により調製したサンプルのNMR解析によって、本物質はスクアレンを経て生合成されることを明らかにした。また、13CH313CO2Naで標識されたサンプルのTANGO-HMBCスペクトルから、メチル基の転位反応を直接証明することにはじめて成功した。

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 第2章は、放線菌の生産するテルペノイドの生合成に関するものである。まずナフテルピンの生産菌であるStreptomyces aeriouviferにおけるテルペノイドの生合成研究について述べている。13C標識された酢酸とグルコースを添加培養し、一次代謝産物であるメナキノンと二次代謝産物であるナフテルピンの標識パターンの解析を行った。その結果S.aeriouviferにはメバロン酸経路および非メバロン酸経路の両方の経路が存在し、生育初期に生産されるメナキノンは前者で、後期に生産されるナフテルピンは後者で主に生合成されるという、興味深い事実を明らかにした。

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 本章の後半では、放線菌におけるメバロン酸経路について述べている。S.aeriouviferのHMG-CoAレダクターゼ遺伝子をプローブとするサザンハイブリダイゼーションによる解析法を開発し、この方法がメバロン酸経路の存在の証明に有用であることを示した。また、本方法の応用により、メバロン酸経路を有する放線菌の分布が稀であることが明らかとなった。

 第3章では、非メバロン酸経路の解析について説明している。まず最初に2-C-メチル-D-エリスリトール4-リン酸(MEP)の生合成機構に関して記述している。ランダムに変異を導入した大腸菌から、合成した2-C-メチルエリスリトール(ME)添加時のみ生育できるMEP合成遺伝子欠損株をスクリーニングした。次いで、大腸菌のゲノムライブラリーから、この変異を相補する遺伝子のクローニングを行った。さらに、この遺伝子産物の機能を明らかにするため、この遺伝子の大量発現を行って得られたタンパク質をMn2+とNADPHの存在下、1-デオキシキシルロース5-リン酸(DXP)と反応させ、生成物を精製して解析したところ、MEPであることが判明した。この結果から、このタンパクはDXP骨格の分子内転位と同時に還元反応をも触媒し、一段階でDXPからMEPを合成する酵素であることが明らかとなり、DXPレダクトイソメラーゼ(DXR)と命名した。

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 ついでMEP以降の非メバロン酸経路について説明している。DXR遺伝子破壊株に合成した[1,1-2H2]2-C-メチル-D-エリスリトールを添加培養して得られたメナキノンを解析したところ、MEPの1位の2つのプロトンは完全に保持されてIPPに取り込まれることが判明し、反応機構に付いての重要な情報が得られた。

 以上本論文は、微生物の生産するテルペノイドの生合成研究を行い、様々な新事実を明らかにしたものであって、学術上、応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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