メタロチオネイン(MT)は、重金属の生体内での作用の研究の過程で馬の腎臓より1960年に単離された重金属結合タンパク質である。MTは、低分子量タンパク質であり、Cys-X-Cys、Cys-X-X-Cysと特徴的に配列されたシステイン残基を多く含む。哺乳動物、酵母などでは、MTが、システイン残基のSH基で重金属を結合し、過剰重金属の解毒に機能することが知られている。また、重金属耐性以外にも、哺乳動物のMTに関しては、重金属を活性の維持に必要とするタンパク質(酵素やZnフィンガーなどの転写因子)への重金属の供給を調節することで生体内の重金属の代謝、利用に機能することが示唆されている。このように、過剰重金属に対する耐性や必須重金属の代謝調節などを研究していく上で、MTの機能の解析は非常に興味深いものであると考えられる。 我々の研究室では、高等植物(ダイズ、シロイヌナズナ)より、アミノ酸配列の相同性からMTであると予想される遺伝子を単離し、機能の解析を試みてきた。現在までに、他の多くの高等植物からもMTであると予想される遺伝子が単離されている。しかしながら、これらのMTが植物体内で重金属耐性に機能することは明らかにされてはいない。また、高等植物にはファイトケラチンという重金属結合ポリペプチドが存在し、主として高等植物の重金属耐性に機能していることが知られている。これらの事から、植物MTは、重金属耐性以外に主たる機能を持つ可能性も考えられる。 そこでまず、植物MT遺伝子と重金属との関連を理解するために、シロイヌナズナ、ダイズ、大麦のMTについて、変異酵母を用いて酵母MTの機能を相補することを確認した。次に、高等植物MTの植物体での機能を明らかにするために、シロイヌナズナMTに関する形質転換体、及び変異株を用いて機能解析を行った。 1)銅過剰感受性パン酵母変異株を用いた高等植物MT遺伝子の機能解析 パン酵母(Saccharomyces cerevisiae)では、染色体上のCUP1座位にMT遺伝子がコードされており、この遺伝子座を欠く変異株である55.6Bは、25Mの銅を含む培地で生育できない。また、パン酵母では、銅、銀によって、MT遺伝子が転写レベルで誘導される。そこで、植物MT遺伝子と重金属との関連を理解するために、55.6Bを利用して、植物MT遺伝子の機能解析をおこなった。 酵母MT遺伝子プロモーター領域の下流に高等植物(シロイヌナズナ、ダイズ、オオムギ)、酵母、サルのMTcDNAをつないだ融合遺伝子を作成した。これらに加えて、MTcDNAを持たない融合遺伝子を、酵母内で多コピー数に保持されるシャトルベクターに組み込み、55.6Bに導入した。これらを、銅濃度の異なる培地上で生育を指標として耐性を検定したところ、酵母、サルのMTcDNAを導入した株に加えて、高等植物MTcDNAをもつ株も、銅耐性を示した。獲得した銅耐性の程度は、発現しているMTcDNAの種類により異なっていた(表)。これらの結果は、高等植物MT遺伝子が、酵母のMTと同様の機能をもつ可能性を示唆すると共に、植物種によりMT遺伝子産物の性質が異なる可能性も示している。 図表2)シロイヌナズナMT2aに関する形質転換シロイヌナズナの解析 以下の解析は、シロイヌナズナMT2aに関して行った。シロイヌナズナには、遺伝子配列から予想されるアミノ酸配列上の相同性から少なくとも、4つのタイプに分類されるMTがゲノム上に存在している。このうち、我々が用いたMT2aは、中央領域にスペーサーと呼ばれるシステイン残基を全く含まない領域を持つ高等植物に特有のMTである。このタイプのMTには、MT2aとMT2bの2種があることが報告されている。 カリフラワーモザイクウイルス(CaMV)35SRNAプロモーターの下流にMT2a遺伝子のcDNA領域をアンチセンス方向に連結し、MT2aの発現抑制を目的としたアンチセンス形質転換体を作成した。同時にMT2aの過剰発現を目的とし、ヒートショックプロテイン81-1プロモーター領域の下流にMT2a遺伝子cDNA領域を連結した融合遺伝子を導入したセンス形質転換シロイヌナズナを作成した。独立に得られた形質転換体で、過剰量の銅に対する感受性を新鮮重を指標に確認したところ、野生型株に比べて有意な違いは観察されなかった。しかしながら、アンチセンス植物の独立した7ライン中2ラインと、センス植物の1ラインにおいて、花柄基部に突起状の細胞塊が発達する共通の形態異常が観察された。この表現型は、表現型の観察されたラインにおいても全ての植物個体でみられるわけではなく、ある頻度(5〜15%)でのみ観察された。また、アンチセンス、センス植物において、MT2a、及びb遺伝子に関するノーザン解析を行った。その結果、表現型が観察されたアンチセンス植物及びセンスラインにおいて、MT2a mRNAの葉での蓄積量が減少していた。センス植物でのMT2a mRNAの蓄積量が減少している理由は、この形質転換植物でコサプレションが起こったためだと考えている。MT2b mRNAの蓄積量に関しては全てのラインで有意な変化はみられなかった。これらの観察よりシロイヌナズナMT2a mRNA蓄積量の減少が花柄基部の形態異常を引き起こす可能性を示した。 3)花柄基部に形態異常を生じるシロイヌナズナ変異株の単離、及び解析 花柄基部で形質転換体と似た表現型を示す変異株の単離、解析は、形質転換体の解析からは得られない情報(MTの発現を制御する因子やMTの影響を受ける因子など)を与えると考えた。そこで、EMS処理した約5000のシロイヌナズナM2植物に関して、花柄基部の突起状の細胞塊を基準にスクリーニングを行ったところ、2ラインの変異株が単離された。表現型は、2ラインとも全ての植物では観察されなかった(約30%)。また、これらの変異株について、M4世代と戻し交雑を2回行った後のF4世代についてMT2a、及びb遺伝子のノーザン解析を行った。その結果、2ライン中に1ラインでのみ、MT2a mRNAの蓄積量が減少していた。MT2b mRNAの蓄積量に関しては両ラインとも変化はみられなかった。そこで、MT2a mRNA蓄積量が減少していた変異株をrmt1-1(reduced MT2a mRNA accumulation)となずけ、以下の解析に用いた。 rmt1-1ではMT2a mRNA蓄積量が減少していた事から、MT2a遺伝子の転写、または転写後制御に異常があると予想された。そこで、rmt1-1のMT2a構造遺伝子、及び約1kbの5’上流プロモーター領域の塩基配列のシークエンシングを行った。しかしながら、これらの領域に変異は存在しなかった。次に、rmt1-1にMT2aプロモーター領域(約1kb)の下流にレポーターとして-グルクロニダーゼ(GUS)を連結した融合遺伝子を掛け合わせにより導入した。表現型を示し、かつGUS遺伝子がホモとなった植物の解析を行ったところ、葉、及び根のGUS活性が、rmt1-1では掛け合わせ親株の約1/2に減少していた。過剰の銅、亜鉛に対するGUS活性の相対的な上昇は、rmt1-1においても掛け合わせ親株と同様に観察された。得られた結果は、先の形質転換体の解析と同様、MT2a mRNAの蓄積の減少と形態異常の相関を示唆するものであった。更に、rmt1-1においては、MT2a遺伝子の発現を維持する機構に異常をもつ可能性が明らかとなった。 4)MT2a mRNAの減少がZn結合型DNA結合因子に及ぼす影響 以上の実験から、MT2a mRNA蓄積量の減少と花柄基部の形態異常との相関を示唆してきた。しかしながら、MT2a mRNA蓄積量の減少が如何にして形態異常を引き起こすのかについては明らかではない。そこで、この点の解明を目指した。先に述べたように哺乳類のMTでは、重金属結合タンパク質への重金属の供給を制御することで活性の調節を行っている可能性が示唆されている。重金属を活性に必要とするタンパク質の中には、形態形成や細胞分裂に重要な機能を持つことが知られているDNA結合転写因子も含まれる。これらのタンパク質では、DNA結合活性に主としてZnを必要とする。 シロイヌナズナでは、CaMV35SRNAプロモーターのエンハンサー領域にZnを必要とする転写因子であるOBP1タンパク質の結合領域が存在することが報告されている。そこで、それぞれ野性型、及び表現型を示すセンスラインから粗タンパク質画分を抽出し、CaMV35SRNAプロモーターのエンハンサー領域(-90〜-400)をプローブとしてゲルシフトアッセイを行った。その結果、野生型株、センス植物いずれにおいてもバンドのシフトが観察され、バンドの強度は野生型株でより強かった。また、このバンドの強度は、粗抽出物にEDTAを加えることで減少した。このことは、野生型株の方が、エンハンサー領域に結合するOBP1様因子のDNA結合活性が高い可能性を示している。 この実験に関しては、現在のところ、バンドがOBP1である決定的な証拠はないが、MT2aが重金属の代謝調節に機能することを通じて、Zn結合型DNA結合因子の活性を変化させるなどして形態形成に関与する可能性を示すものである。 センス、及びアンチセンス形質転換植物の解析から、MT2a mRNA蓄積量の減少が花柄基部に形態異常を引き起こす可能性を示した。表現型を指標に単離した変異株に、MT2a mRNAの蓄積が減少したrmt1-1が含まれたことも、この可能性を補強している。更に、rmt1-1では、MT2aの発現を維持する機構に異常があることを示した。rmt1-1の今後の解析からは、MT2aの発現維持機構、MT2aが機能的に重要である時期、部位などが解明されることが期待される。また、MT2aの減少が如何にして形態異常を引き起こすかを理解する試みとして、形態形成などに関与することが知られるZn結合型DNA結合因子に注目し、ゲルシフトアッセイを行った。その結果、表現型を示す形質転換では、OBP1様因子の活性が減少しており、MT2aが、Zn結合型DNA結合因子の活性変化に機能する可能性が示された。 これらの結果は、シロイヌナズナMT2aが、重金属耐性よりむしろ、重金属の代謝調節を主たる機能とする可能性を示しており、MT2aは、重金属の供給を制御し、Zn結合型転写因子などの活性を調節することで、形態形成、細胞分裂に重要な働きを持つと考えられる。 |