学位論文要旨



No 114367
著者(漢字) 池田,博幸
著者(英字)
著者(カナ) イケダ,ヒロユキ
標題(和) アフラトキシン生産阻害物質、アフラスタチンAの立体化学に関する研究
標題(洋)
報告番号 114367
報告番号 甲14367
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1975号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長澤,寛道
 東京大学 教授 瀬戸,治男
 東京大学 教授 北原,武
 東京大学 教授 山口,五十麿
 東京大学 助教授 作田,庄平
内容要旨

 アフラトキシンはAspergillus属の一部のカビがピーナッツなどの農産物に感染して,熱帯あるいは亜熱帯の環境条件下で生産する二次代謝産物であり,強力な発癌性を有している。このアフラトキシンによる農作物の汚染は,人類が安全な食糧を確保する上で解決しなければならない深刻な社会問題の一つとなっている。アフラスタチンA(1)は,そのようなアフラトキシンの汚染から農作物を守るための薬剤として,放線菌の代謝産物中に見い出だされた,特異な鎖状構造を有する化合物である1)。1はアフラトキシン生産菌の成育を阻害せずにそのアフラトキシン生産を特異的に阻害することより,耐性菌の出現の危険性が少ない薬剤として期待されている。1の立体化学を明らかにすることは,1の分子レベルでの作用機作の解明や,化学合成による分子の改変を進めるにあたり非常に重要であると考えられるが,これまでわずかに,1のテトラヒドロピラン環の相対立体配置が提出されているにすぎなかった。

 そこで本研究では,アフラトキシン生産阻害物質であるアフラスタチンA(1)の絶対立体配置を明らかとすることを目的とし以下の実験を行った。

 1のNaIO4酸化による分解では,図-1に示すようにクロモフォア部分を含むフラグメントA,ポリオール構造を持つフラグメントB及び-hydroxydodecanoic acid(2)が得られることが知られている。一方,1の4位から32位までのアルキル鎖状構造部分では,炭素-水素間の遠隔スピン結合を利用した相対立体配置解析法の適応が考えられたが,1を用いた場合NMRでの各シグナルの分離が悪く,多くの部分について解析が不可能であった。そこで,1の絶対構造を決めるにあたり次のような戦略を立てることにした。

図-1 アフラスタチンA(1)の分解

 まず,フラグメントA,2およびテトラヒドロピラン環部分の絶対構造についてはそれぞれ個別に決定する。次にフラグメントBについては遠隔スピン結合を利用してその相対立体配置を決定する。さらに,1のオゾン酸化により得られるフラグメントCについて,未決定部分の相対立体配置をフラグメントBと同様の方法で決定して行き,最終的に1の6位あるいは33位の絶対立体配置と結びつけることにより,1の全絶対立体配置を決定するというものである。以下に順を追って行った実験結果を概説する。

第一章フラグメントAの絶対立体配置

 フラグメントAには,3つの不斉中心が存在する。そのうち5’位についてはフラグメントAをさらに酸化開裂し,N-methylalanine(3)に導くことにより明らかにした。即ち,N-(2,4-dinitro-5-fluorophenyl)-L-alanineamide誘導体とした後,標品との比較によりD体であると決定し,5’位の絶対立体配置は(R)であることが判明した。残りの4位および6位については,まずそれらを含む2,4-dimethyl-1,6-hexanediol dibenzoate(4)をフラグメントAより調製した。4の各光学異性体についての光学的性質は文献未知であったため,標品として(2S,4S)-および(2R,4S)-4をシクロヘキシミドよりスキーム1に示す手順で調製した。得られた標品とのHPLCでの保持時間およびCDスペクトルの比較より天然物由来の4の立体配置を(2S,4R)と決定した。即ち,1においては(4S,6R)であることが明らかとなった。

スキーム1
第二章テトラヒドロピラン環部分及び39位の絶対立体配置

 1より導かれる2には39位の立体が保持されている。そこで得られた2の旋光度を測定したところ,文献値との比較により(R)体であることが判明した。このことより1の39位は(R)と決定された。次に,1を塩酸-メタノール処理し37位のヘミケタール水酸基をメトキシル基とした後,NaIO4酸化,NaBH4還元を行い,さらに3N塩酸で処理すると33位の立体が保持された1,2,4-butanetiol tribenzoate(5)が得られた。この5は標品とのCDスペクトルの比較により(R)体であることが明らかとなった。このことより,1の33位を(R)と決定でき,さらに相対立体配置が既知の33〜37位のテトラヒドロピラン環部分の絶対立体配置が明らかとなった。

第三章フラグメントBの相対立体配置

 フラグメントBには,13個の不斉中心が含まれている。このフラグメントの相対立体配置の決定のために,HETLOC(hetero half-filtered TOCSY),PSHMBC(位相検出HMBC法)等を用いたNMRによる配座解析を行った2)。この方法では,3JH-H間のスピン結合定数以外に2JC-H3JC-H間のスピン結合定数を組み合わせることにより,各炭素間のとりうる可能な回転配座の中から特定の一つの配座(相対配置)を決定することができ,鎖状有機化合物の配座解析に有用である。この方法をフラグメントBに応用し詳細な解析を行った結果,フラグメントBは図-1に示した相対立体配置をとることが明らかとなった。

 また,フラグメントBのアセトナイド誘導体(6)を調製し,6の13C-NMRスペクトルを解析したところ,アセトナイドの導入されたそれぞれの水酸基が互いにsynであることが示され,上記の配座解析によって得られた相対立体配置が支持された。

第四章アフラスタチンAの絶対立体配置の決定

 最後に,フラグメントBの相対配置を両側に伸ばしていき未決定部分の相対立体配置を決定し,さらに6位あるいは33位の立体配置と結びつけるために,1の37位メチルエーテル体をオゾン酸化してフラグメントCを調製した。このフラグメントCの配座解析をフラグメントBの場合と同様の手法を用いて行った。その結果,1の8-9,9-10,25-26,27-28,28-29,29-30,30-31位につきそれらの相対配置を明らかにすることができ,フラグメントBの相対立体配置を8位から31位までの範囲に伸ばすことができた。このことより1の構造は図-2に示したどちらかであることが判明した。7位あるいは32位のメチレンをそれぞれ介した6-8位あるいは31-33位の残った2ヵ所の相対立体配置のどちらかが決定されれば,1の全絶対立体配置を明らかにすることができ,現在その解析を進めている。

図-2

 1)S.Sakuda et al.,J.Am.Chem.Soc.,118(33),7855-7856(1996).

 2)村田道雄ら,日化誌,(11),749-757(1997).

審査要旨

 アフラトキシンは一部のAspergillus属のカビが生産するポリケタイド性二次代謝産物であり,強力な発癌性を有する。それらのカビはピーナツをはじめとする農産物に感染することから,安全な食糧を確保するという観点からその対策が急がれている。アフラスタチンAはこのアフラトキシンの生産を抑制する活性を有する代謝産物として放線菌から単離された。最近,アフラスタチンA(1)の平面構造が決定され,高度に水酸化された特異な鎖状構造を有することがわかった。この分子は,直鎖アルキル構造の一つの末端にテトラミン酸骨格を,他の未端近くにテトラヒドロピラン環とアルキル鎖を,中央のアルキル鎖部分には15個の水酸基と8個のメチル基を有し,合計29個の不斉炭素をもつ。アフラスタチンAはアフラトキシンの生産は抑制するが,その生産菌の成育は抑制しないという特徴から,その作用機序が注目されている。この特異な化学構造に含まれる立体構造と特異な生物活性との関係を明らかにすることは作用機序を明らかにする上で必須である。本論文はアフラスタチンAの全絶対立体配置の決定について述べたものである。

 序章では,このような背景を述べたあと,全絶対立体配置を決定するためにとった戦略が述べられている。基本的に,鎖状構造の全体をオゾン酸化や過ヨウ素酸酸化によって3つの部分に分け,それぞれをさらに化学変換し,種々の方法を用いてそれぞれの部分に含まれる絶対構造あるいは相対構造を決定し,それらをつなぎあわせて最後に全体の絶対立体構造を決定しようというものである。

 第一章では,アフラスタチンA(1)の片方の末端に位置するテトラミン酸骨格を含む発色団(fragment A)を過ヨウ素酸酸化によって得,この一部をさらなる反応によってN-methylalanine(3)に導き,そのジアステレオマー誘導体を標品のそれと比較することにより, 炭素の絶対立体配置を(R)と決定した。残りをオゾン酸化して二重結合を開裂させ,2,4-dimethyl-1, 6-hexanediolを得た。cycloheximideから4段階の反応によって得た同化合物のdibenzoateと天然物由来のdibenzoate(4)のHPLC上の保持時間とCDスペクトルを比較することにより,(2S,4R)と決定した。

 第二章では,他の末端に位置するテトラヒドロピラン環と過ヨウ素酸酸化によって得られる-hydroxydodecanoic acid(2)の絶対立体配置について述べている。(2)の絶対構造はその旋光度を文献値と比較することにより,(R)と決定した。テトラヒドロピラン環部分についてはヘミケタール水酸基をメチル化後,順に過ヨウ素酸酸化,NaBH4還元,塩酸分解することによって1,2,4-butanetriolが得られ,そのtribenzoate(5)を標品のCDスペクトルと比較することにより,(R)と決定した。このことから,これまで相対構造しかわかっていなかったテトラヒドロピラン環部分の絶対立体配置を決定した。

 第三章では,分子の中央部にあたる水酸基とメチル側鎖を多数含む部分の相対立体配置の決定について述べている。過ヨウ素酸酸化によって得られるfragment BについてHETELOC,PSHMBC等を用いたNMRによる配座解析を行うことにより,全相対立体配置を決定した。この結果は,fragment Bのアセトナイド誘導体(6)のNMR解析からも支持された。

図表

 第四章では,第三章で述べた分子中央部から両末端側に絶対構造の明らかになった部分を含む分解物(fragment C)を得,第三章で述べた方法と同様の方法でこの相対配置を決定した。このようにして,相対配置しかわかっていなかった中央部分を絶対構造がすでにわかっていた両末端の部分とつなぎあわせることにより,fragment Cの絶対立体配置を決定した。このようにして,各フラグメントの絶対立体配置から最終的に分子全体の絶対立体配置を決定した。

図表

 以上,本論文はこれまで困難とされていた,極めて多数の不斉炭素を含む鎖状分子の絶対立体構造を分解産物の立体構造解析,特に最新のNMR技術を駆使して決定したもので,学術上寄与するところが極めて大きい。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク