学位論文要旨



No 114368
著者(漢字) 石川,祐一
著者(英字)
著者(カナ) イシカワ,ユウイチ
標題(和) 乾燥地・半乾燥地における砂漠化および荒漠化防止のための要素技術適用に関する研究
標題(洋)
報告番号 114368
報告番号 甲14368
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1976号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松本,聰
 東京大学 教授 山崎,素直
 東京大学 教授 小柳津,広志
 東京大学 教授 竹内,和彦
 東京大学 助教授 林,浩昭
内容要旨

 砂漠化(desertification)の進行は地球規模の環境問題の一つとして大きく取り上げられている.砂漠化防止条約は1994年6月に採択され,日本も1998年12月に条約締結し,今後さらなる国際的な協力が重要になると考えられる.

 砂漠化は降水量の低下などの自然要因に加えて,過放牧・過耕作およびそれに起因する風食・水食・塩類化などの人為的要因がその主な原因とされている.

 砂漠化の進行を把握する試みとしてはリモートセンシングによる植生・土地利用の変化からのマクロな推定,当該国政府・国際機関による国レベルでの現地調査などが行われており,これらの活動よりデータが蓄積しつつあるが,砂漠化は切迫した問題であり,現状の把握と並行して砂漠化・荒漠化の防止・修復に取り組む必要がある.

 本研究においては,圃場試験を行った西オーストラリアにおいて,とくに問題になっている土壌への塩集積に着目し,その塩類集積の程度から,a.重度に進行した段階,b.比較的初期段階,の2つを想定し,それぞれに対応した砂漠化防止要素技術の有効性について検討し,一連の砂漠化防止技術・環境修復技術として提案することを目的とした.

 砂漠化が進行するに従ってその修復に要する人的・金銭的インプットは等比級数的に増大すると考えられる.要素技術の導入も同様にその進行に見合った導入法を考えるべきである.そこでa.の段階では要素技術を重点的に導入し,砂漠化の進行を防止することを最優先とするような環境修復,b.の段階では持続的な生物生産を可能にする環境修復を以下のように試みた.

a.重度に進行した地域における要素技術を用いた環境修復(1)太陽熱を用いた浄水装置による水資源の開発

 乾燥地・半乾燥地における持続的な農業開発,住民の生活,健康の維持のためにも良質な水資源の確保は必要不可欠である.太陽熱を利用して,塩水,重金属汚染水,生活排水などを蒸留し,採光フィルム表面で結露させ回収する太陽熱浄水装置は,構造が簡単であるために,小規模で運用することを前提とすれば現地の人々の手によって容易に設置・維持が可能であり,持続的な水資源開発技術であるといえる.

 そこで,このような太陽熱浄水器を試作し,東大弥生圃場および西オーストラリアにおいて運転試験を行い,その効果を確認した.また,乾燥地への実際の導入を念頭に置いて,太陽熱浄水装置の構成単位および周囲の環境条件の影響を検討するために,モデル実験をもとに,差分法を用いたコンピューター・シミュレーションを行った.

 その結果,モデル実験によって,日本国内・乾燥地のいずれにおいても,もっとも水需要が高い夏季に3.0〜3.5L・m-2・day-1の水が得られた.また,コンピューター・シミュレーションによってほぼ実測値に一致する予測値が得られた.

 気象条件の変化,砂塵等の透過膜表面への付着による透過率の低下,採光面以外の部分の断熱性の異なる種々の断熱材の影響を検討した結果,採光面の透過率の維持と採光面以外の部分の断熱性が採水効率を維持するために最も重要である.

(2)鉱業により荒廃した土壌の修復-西オーストラリアにおけるモデル実験

 砂漠化進行地域の中で特に重度に進行した地域の環境修復を行う際には,要素技術を重点的に導入し,現地環境の早急な改善を行う必要がある.近年日本では砂漠化地域の環境修復に利用可能な様々な要素技術が開発されてきた.その中から土壌水分条件,土壌栄養条件の改善に関する土壌改良資材(保水材(ポリN-アセトアミド系),腐植リン酸肥料,マルチ資材(ウッドチップ),共生菌根菌(VA菌根菌))を用いて西オーストラリア州カルグーリー(Kalgoorlie)のクンダナ(Kundana)金鉱山廃坑埋立地をモデル圃場として,その資材の効果を検検討した.また,これらを混合施用することで,相乗効果が現れるかどうか検討した.カルグーリーは西オーストラリア内陸に位置する町で年平均降水量は250mmであり,乾燥地域に位置している.

 防風・防砂,表土固定,家畜飼料に有益な樹種(高木種4種,灌木種10種)を定植し,定植後の活着率および生育調査によって成長促進が見られるかどうか検討した.その結果,活着率の比較的良好だったのは,高木種2種(Eucalyptus salubris,Acacia accuminata),灌木種3種(Atriplex vesicaria,Maireana brevifolia,Frankenia sp.)であった.これらの樹木については引き続き生育調査として,樹高,樹幅を継続して測定した結果,当初予測した相乗効果は確認できず,個々の要素技術が単独で効果を発揮していた.土壌改良資材の効果は樹種ごとに異なり,A.vesicariaについては今回試みた全ての改良資材の効果が確認されたものの,M.brevifolia,Frankenia sp.に対しては,一部の改良資材の効果は確認できなかった.樹種の特性に応じた改良資材の施用がより効率的であると考えられる.

 これらの資材は活着そのものを促進させるのではなく,活着後の生育促進に有効であると考えられた.移植時期の選択,移植直後の灌水管理の重要性が示唆された.

(3)耐塩性植物を用いた土壌塩類の除去

 重度に進行した砂漠化進行地域では,前項のような耐塩性植物を用いた植生の導入に加えて,土壌塩類環境を改善し,非耐塩性植物が生育可能な環境を整える必要がある.

 土壌からの塩類除去法としては,過剰の灌漑水による洗脱,蒸発促進剤を土壌表面に埋設し塩類を蒸発促進剤に移動させる方法などが考えられるが,本研究では植物を用いた除塩について検討した.

 クンダナ圃場内未耕作部分に自生している耐塩性植物2種(A.codonocarpa,A.lindley)および(2)で栽培したA.vesicaria,M.brevifoliaの一部を採取し,そのNa含量を測定した結果,いずれの種においても植物体中乾燥重量当たりの濃度として3〜8%,NaClとして植物体あたり2〜6g程度蓄積した.

 圃場内の生育密度(100plants/ha)では、圃場全面の脱塩というわけにはいかず,脱塩はパッチ状に進むと考えられるが,この耐塩性植物の導入により,その根圏の塩濃度が減少に向かい,非耐塩性植物の導入が可能になると期待される.

b.比較的軽度の砂漠化地域における持続的な農業体系を用いた環境修復

 土壌塩濃度の観点から比較的軽度の砂漠化が認められた土壌でも,肥沃性の観点から見ると非常にやせた状態にある場合が多い.このような土壌の修復には,有機物の投入が効果的であるが,実際には植物残滓までも収奪する農業が行われている地域が多く,問題となっている.また,過放牧による土壌物理性の劣化は表土流出を招き砂漠化の原因となる.作物栽培後の圃場に家畜を導入する農牧業形態は,家畜排泄物が新たな有機物源として圃場に加わることから一部の地域でも試みられている.

 カルグーリー地域に隣接するコムギの栽培農家およびラクダの放牧農家の協力を得て,家畜排泄物により肥沃性を維持することが可能かどうか,コムギ畑(ただし,栽培前に十分な降雨のあった年のみ栽培,毎収穫後に羊を導入),ラクダ放牧地,ラクダ放牧地休閑地,天然疎林の4地点の土壌サンプルを得,これらを用いてのコムギ栽培の結果と土壌化学性の各項目の比較を行った.

 その結果,土壌有機物含量,CEC,可給態窒素などの土壌化学性はラクダ放牧地休閑地土壌が最も優れていたが,コムギの栽培試験においては天然疎林土壌以外の3地点間では成長に有意な差は見られなかった.このことから,コムギ畑は家畜排泄物が十分に供給された放牧地休閑地に比べて化学性は劣るものの,作物生産を行うに足る供給が行われ,持続性が維持されることが示唆された.

まとめ

 以上のように,砂漠化防止技術は総合的に取り組む必要があり,特に塩害の影響を考慮に入れた本研究では,太陽熱を用いた浄水による水資源の開発,要素技術を用いた環境修復,そしてそれに続く持続的な農業の可能性について検討した.

 とくに樹木の生育に関しては,非常に長期間の観察が必要であり,今後も継続的な研究が行われることが必要である.

 途上国への応用の際に,当事国の事情を考慮に入れない開発が問題とされている.今後の課題として,広く砂漠化防止を行っていくためにも社会経済的な側面を重視したより総合的な防止策を検討していく必要がある.

審査要旨

 砂漠化の進行は地球規模の環境問題の一つとして大きく取り上げられ,今後さらなる国際的な協力が重要になると考えられる.

 本研究においては,圃場試験を行った西オーストラリアにおいて,とくに問題になっている土壌への塩集積に着目し,その塩類集積の程度から,a.重度に進行した段階,b.比較的初期段階,の2つを想定し,a.の段階では要素技術を重点的に導入し,砂漠化の進行を防止することを最優先とするような環境修復,b.の段階では持続的な生物生産を可能にする環境修復を以下のように試みた.

a.重度に進行した段階(1)太陽熱を用いた水資源の開発

 太陽熱を利用して,塩水・生活廃水などを蒸留し,採光フィルム表面で結露させ回収する太陽熱浄水装置を試作し,東大弥生圃場および西オーストラリアにおいて運転試験を行い,その効果を確認した.また,乾燥地への実際の導入を念頭に置いて,太陽熱浄水装置の構成単位および周囲の環境条件の影響を検討するために,差分法を用いたコンピューター・シミュレーションを行った.

 その結果,モデル実験によって,日本国内・乾燥地のいずれにおいても,もっとも水需要が高い夏季に平米あたり1日約3.0リットルの水が得られた.また,コンピューター・シミュレーションによってほぼ実測値に一致する予測値が得られた.

 採光面の透過率の維持と採光面以外の部分の断熱性が採水効率を維持するために最も重要であることがシミュレーションによって示された.

(2)鉱業により荒廃した土壌の修復

 土壌水分条件,土壌栄養条件の改善に関する土壌改良資材(保水材(ポリN-アセトアミド系),腐植リン酸肥料,マルチ資材(ウッドチップ),共生菌根菌(VA菌根菌))を用いて西オーストラリア州カルグーリーのクンダナ金鉱山廃坑埋立地をモデル圃場として,その資材の効果を検討した.また,これらを混合施用することで,相乗効果が現れるかどうか検討した.

 防風・防砂,表土固定,家畜飼料に有益な樹種(灌木種10種)を定植し,定植後の活着率および生育調査によって成長保進が見られるかどうか検討した.その結果,活着率の比較的良好だったのは,灌木種3種であった.これらの樹木について引き続き生育調査を行い,樹高・樹幅を継続して測定した結果,当初予測した相乗効果は確認できず,個々の要素技術が単独で効果を発揮していた.土壌改良資材の効果は樹種ごとに異なり,一部の改良資材の効果は確認できなかった.樹種の特性に応じた改良資材の施用がより効率的であると考えられる.

 これらの資材は活着そのものを促進させるのではなく,活着後の生育促進に有効であると考えられた.移植時期の選択,移植直後の灌水管理の重要性が示唆された.

(3)耐塩性植物を用いた土壌塩類の除去

 植物を用いた除塩について検討した

 クンダナ圃場内未耕作部分に自生している耐塩性植物5種のナトリウム含量を測定した.結果,いずれの種においても植物体中乾燥重量当たりのナトリウム濃度として8.7〜15.4パーセント,植物体あたり5.0〜44.6グラムのナトリウムを蓄積した.

 また,植物根圏域の土壌からは,有意に塩濃度が減少したことから,植物体への塩の移動が示された.

b.比較的軽度の砂漠化地域

 土壌塩濃度の観点から比較的軽度の砂漠化と認められた土壌でも,肥沃性の観点から見ると非常に貧弱な状態にある場合が多い.作物栽培後の圃場に家畜を導入する農牧業形態は,家畜排泄物が新たな有機物源として圃場に加わることから持続的な農業体系として,一部の地域でも試みられている.

 カルグーリー地域に隣接するコムギの裁培農家およびラクダの放牧農家の協力を得て,家畜排泄物により肥沃性を維持することが可能かどうか,栽培後に短期間家畜を導入したコムギ畑,天然疎林,ラクダ放牧地,ラクダ放牧地休閑地の4地点の土壌サンプルを得,これらを用いてのコムギ栽培と土壌化学性の各項目の比較を行った.

 その結果,コムギ畑土壌と天然疎林土壌の間には肥沃性に関して有意な差が見られなかった.ラクダ放牧地休閑地土壌が最も高い肥沃性を示したことから休閑を含む放牧がこの地域ではもっとも適した土地利用形態であると考えられるが,家畜の導入を考慮に入れ農業を行っても持続性が維持されることが示唆された.

 よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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