学位論文要旨



No 114371
著者(漢字) 小野田,孝博
著者(英字)
著者(カナ) オノダ,タカヒロ
標題(和) 植物保護に関わるテルペン類の合成研究
標題(洋)
報告番号 114371
報告番号 甲14371
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1979号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北原,武
 東京大学 教授 瀬戸,治男
 東京大学 教授 長澤,寛道
 東京大学 助教授 作田,庄平
 東京大学 助教授 渡邉,秀典
内容要旨

 真菌類や害虫類が、農作物など高等植物の生育に著しい被害を与えることがある。また、化学物質を用いてその被害を軽減することが可能なことは、種々の農薬にその効果が知られる通りである。ところが近年、環境に対する意識が高まるにつれ、農薬に求められる質に改善を要求されている。すなわち、「より人体や生態系に影響が少なく、かつ雑草や害虫に対して大きな効果を持つ」農薬が必要とされている。そのため、農作物の病害虫防除にも化学生態学的な応用研究がなされるようになってきた。

 しかし、高い生物活性を有する生理活性物質は、天然から極微量でしか得られないことが多く、農薬としての実用性、また化合物と高等植物との間の構造活性相関の研究という観点から、化学合成による充分量の試料供給が欠かせないものとなっている。

 そこで、植物保護、特に農作物保護の研究に有用であると考えられる、植物生長阻害物質Sorokinianin(1)、及び昆虫摂食阻害物質Tanabalin(2)の合成研究を行った。

図1第1章Sorokinianin(1)の合成研究

 1994年鳥取大学農学部の中島らは、オーストラリア産の大麦;Hordeum vulgare L.に寄生する真菌;Bipolaris sorokinianaよりSorokinianin(1)を単離し、構造決定を行った。本化合物は大麦の種子に対し発芽抑制作用を有する新規化合物であり、活性の強さは同研究グループにより、プロトプラストを用いたアッセイでIC50150Mと決定された。構造的には、小麦の成長促進物質であるHelminthosporolに、3炭素増炭した特異な骨格を有しており、合成面においても興味が持たれる。またその絶対立体配置は不明であったが、筆者はSorokinianin(1)の光学活性体合成を行い、比旋光度の比較により絶対立体配置を(1R,4R,5S,6R,8S,13S,2’R)と決定した。

1)ビシクロ[3.2.1]オクタン骨格(6)の合成

 98%e.e.のd-Carvone(3)を出発原料として、3工程で環化前駆体ケトアルデヒド(4)を得た。この4に対し、ナトリウムメトキシドを塩基触媒として分子内アルドール反応を行い、得られた生成物の水酸基を保護したところ、熱力学的に安定な環化体(5a)とそのジアステレオマー(5b)が2.8:1の生成比で得られた。分離したケトン(5a)に対しメチレン化、脱保護、酸化を行い、ビシクロ[3.2.1]オクタノン(6)を調製した。

図2
2)光学活性Sorokinianin(1)の合成

 先に構築した中間体ケトン(6)を用いSorokinianin(1)を合成した。ケトン(6)と5-メチル-4-ヘキセナールとのアルドール反応によりエキソ面選択的に7を得た。このときC-13エピマーも13%得られた。ヒドロキシケトン(7)のカルボニル基にトリメチルシリルメチル基を導入し、ラクトン前駆体とメチレン前駆体の両者を有する8を得た。ジオール(8)の3置換オレフィンをオゾン酸化により切断し、得られたラクトールを保護した。次にアルコール(9)のエキソオレフィンに対する水和反応、Peterson反応によるメチレン基形成、官能基選択的なラクトール酸化を含む4行程の処理を行い、ラクトン体(10)を得た。最後にラクトンカルボニルの位を、Davis試薬を用いて立体特異的に酸化しSorokinianin(1)の合成に初めて成功した。

 本合成で得られたSorokinianin(1)の各種スペクトルデータ、及び比旋光度は天然体のものと良い一致を示した。

図3
第2章Tanabalin(2)の合成研究

 1996年カリフォルニア大学の久保、徳島大学薬学部の楠見らにより、ブラジル産の薬草;Tanacetum balsamitaの乾燥花から単離、構造決定されたTanabalin(2)は、綿の重要害虫であるワタキバガ;Pectinophora gossypiellaの幼虫に対し、摂食阻害活性を示す新規クレロダン化合物である。同研究グループにより、ディスクアッセイ法を用いてPC50100g/cm2の強さで阻害活性を示すことが明らかになった。筆者は、タンデム型環化反応でデカリン骨格を一挙に構築する方法を開発し、本化合物の効率的な合成に成功した。

1)オクタリン骨格(17)の合成

 文献既知の光学活性ラクトン(12)を出発原料として、2回のアルキル化を行い、置換ラクトン体(13)を得た。ラクトン(13)に対して、還元と開環、Horner-Emmons反応による増炭を行いエノン(14)とした。更に3工程で脱保護、ヨウ素化を行い、環化前駆体(15)を調製した。ヨウ化物(15)を用いて、-ケトエステル(16)のアルキル化(A)を行ったところ、連続的に分子内Robinson成環反応(B-C)が進行し、one-potで一挙にオクタリン骨格(17)を構築することができた。この反応は立体選択的であり、エノン(17)のNOE測定実験によって、得られたオクタリン骨格がトランス体であることを確認した。この効率的な新規タンデム型成環反応は、トランス-オクタリン骨格を有する種々の天然物合成に応用可能な、大変有用な手法であると考えられる。

図4
2)光学活性Tanabalin(2)の合成

 先に合成に成功したトランス-オクタロン(17)のケトン部分を、ラジカル的にメチレン基へと還元し、引き続きアセタール部分、エステル基両者の還元を同時に行い、ジオール(18)を調製した。さらに18の位置選択的な再酸化、側鎖オレフィンの酸化的切断を経て、ラクトン(19)を得た。これに、3-フリルリチウムを作用させたところ、アルデヒド部分へ官能基選択的にフラン環が導入がされた。付加体についてC-12エピマー(20)を除去し、アセチル化を行うことで(-)-Tanabalin(2)の合成に成功した。

 本合成で得られたTanabalin(2)の1H NMRスペクトル、及び比旋光度は天然体のものと良い一致を示した。今後、C-12エピマー(20)の水酸基反転条件を検討し、更に収率の向上をはかる予定である。

図5
審査要旨

 本研究は、植物保護、特に農作物保護の研究に有用であると考えられるテルペン類についての合成に関するものであり2章からなる。

 第一章において植物生長阻害物質ソロキニアニン(1)、第二章において昆虫摂食阻害物質タナバリン(2)の合成について述べている。

 114371f01.gif

第一章ソロキニアニン(1)の合成研究

 ソロキニアニン(1)は大麦の種子に対し発芽抑制作用を有する新規化合物である。構造的には、ヘルミントスポロールに、3炭素増炭した形の前例のない特異な骨格を有しており、またその絶対立体配置は不明であった。筆者は本化合物の光学活性体合成を行い、比旋光度の比較により絶対立体配置を(1R,4R,5S,6R,8S,13S,2’R)と決定した。

 98%e.e.のd-カルボン(3)を出発原料として、3工程で環化前駆体ケトアルデヒド(4)を得た。この4に対し分子内アルドール反応を行い、得られた生成物の水酸基を保護したところ、熱力学的に安定な環化体(5a)とそのジアステレオマー(5b)が2.8:1の生成比で得られた。更に、分離したケトン(5a)からビシクロ[3.2.1]オクタノン(6)を調製した。

 114371f02.gif

 先に合成したケトン(6)と5-メチル-4-ヘキセナールとのアルドール反応によりエキソ面選択的に7を得た。このときC-13エピマーも13%得られた。ヒドロキシケトン(7)にトリメチルシリルメチル基を導入し、ラクトン前駆体とメチレン前駆体の両者を有する8を得た。ジオール(8)にエキソオレフィンに対する水和反応、Peterson反応によるメチレン基形成、官能基選択的なラクトール酸化を含む6行程の処理を行い、デオキシ体(10)を得た。最後にラクトンカルボニルの位を、立体特異的に酸化しソロキニアニン(1)の合成に初めて成功した。

 114371f03.gif

第2章タナバリン(2)の合成研究

 タナバリン(2)は、綿の重要害虫であるワタキバガ;Pectinophora gossypiellaの幼虫に対し、摂食阻害活性を示す新規クレロダン化合物である。著者は、タンデム型環化反応でデカリン骨格を一挙に構築する方法を開発し、本化合物の効率的な合成に成功した。

 文献既知の光学活性ラクトン(12)を出発原料として、2回のアルキル化を行い、置換ラクトン体(13)を得た。ラクトン(13)に対して、還元と開環、Horner-Emmons反応による増炭を行いエノン(14)とした。更に3工程で脱保護、ヨウ素化を行い、環化前駆体(15)を調製した。ヨウ化物(15)を用いて、-ケトエステル(16)のアルキル化(A)を行ったところ、連続的に分子内Robinson成環反応(B-C)が進行し、one-potで一挙にオクタリン骨格(17)を構築することができた。この効率的な新規タンデム型式環反応は、トランス-オクタリン骨格を有する種々の天然物合成に応用可能な、大変有用な手法であると考えられる。

 114371f04.gif

 先に合成に成功したトランス-オクタロン(17)のケトン部分を、ラジカル的にメチレン基へと還元し、引き続きアセタール部分、エステル基両者の還元を同時に行い、ジオール(18)を調製した。さらに18の位置選択的な再酸化、側鎖オレフィンの酸化的切断を経て、ラクトン(19)を得た。これに、3-フリルリチウムを作用させたところ、アルデヒド部分へ官能基選択的にフラン環が導入がされた。付加体についてC-12エピマー(20)を除去し、アセチル化を行うことで(-)-タナバリン(2)の合成に成功した。

 114371f05.gif

 以上、本論文では2種の生物活性物質を取り上げ、それらの合成研究を行っている。これは、有機合成化学の分野において、学術上貢献するところが多く、それと同時に、農学分野における実用面でもそれらの応用が期待される。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値のあるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク