本研究は、植物保護、特に農作物保護の研究に有用であると考えられるテルペン類についての合成に関するものであり2章からなる。 第一章において植物生長阻害物質ソロキニアニン(1)、第二章において昆虫摂食阻害物質タナバリン(2)の合成について述べている。 第一章ソロキニアニン(1)の合成研究 ソロキニアニン(1)は大麦の種子に対し発芽抑制作用を有する新規化合物である。構造的には、ヘルミントスポロールに、3炭素増炭した形の前例のない特異な骨格を有しており、またその絶対立体配置は不明であった。筆者は本化合物の光学活性体合成を行い、比旋光度の比較により絶対立体配置を(1R,4R,5S,6R,8S,13S,2’R)と決定した。 98%e.e.のd-カルボン(3)を出発原料として、3工程で環化前駆体ケトアルデヒド(4)を得た。この4に対し分子内アルドール反応を行い、得られた生成物の水酸基を保護したところ、熱力学的に安定な環化体(5a)とそのジアステレオマー(5b)が2.8:1の生成比で得られた。更に、分離したケトン(5a)からビシクロ[3.2.1]オクタノン(6)を調製した。 先に合成したケトン(6)と5-メチル-4-ヘキセナールとのアルドール反応によりエキソ面選択的に7を得た。このときC-13エピマーも13%得られた。ヒドロキシケトン(7)にトリメチルシリルメチル基を導入し、ラクトン前駆体とメチレン前駆体の両者を有する8を得た。ジオール(8)にエキソオレフィンに対する水和反応、Peterson反応によるメチレン基形成、官能基選択的なラクトール酸化を含む6行程の処理を行い、デオキシ体(10)を得た。最後にラクトンカルボニルの位を、立体特異的に酸化しソロキニアニン(1)の合成に初めて成功した。 第2章タナバリン(2)の合成研究 タナバリン(2)は、綿の重要害虫であるワタキバガ;Pectinophora gossypiellaの幼虫に対し、摂食阻害活性を示す新規クレロダン化合物である。著者は、タンデム型環化反応でデカリン骨格を一挙に構築する方法を開発し、本化合物の効率的な合成に成功した。 文献既知の光学活性ラクトン(12)を出発原料として、2回のアルキル化を行い、置換ラクトン体(13)を得た。ラクトン(13)に対して、還元と開環、Horner-Emmons反応による増炭を行いエノン(14)とした。更に3工程で脱保護、ヨウ素化を行い、環化前駆体(15)を調製した。ヨウ化物(15)を用いて、-ケトエステル(16)のアルキル化(A)を行ったところ、連続的に分子内Robinson成環反応(B-C)が進行し、one-potで一挙にオクタリン骨格(17)を構築することができた。この効率的な新規タンデム型式環反応は、トランス-オクタリン骨格を有する種々の天然物合成に応用可能な、大変有用な手法であると考えられる。 先に合成に成功したトランス-オクタロン(17)のケトン部分を、ラジカル的にメチレン基へと還元し、引き続きアセタール部分、エステル基両者の還元を同時に行い、ジオール(18)を調製した。さらに18の位置選択的な再酸化、側鎖オレフィンの酸化的切断を経て、ラクトン(19)を得た。これに、3-フリルリチウムを作用させたところ、アルデヒド部分へ官能基選択的にフラン環が導入がされた。付加体についてC-12エピマー(20)を除去し、アセチル化を行うことで(-)-タナバリン(2)の合成に成功した。 以上、本論文では2種の生物活性物質を取り上げ、それらの合成研究を行っている。これは、有機合成化学の分野において、学術上貢献するところが多く、それと同時に、農学分野における実用面でもそれらの応用が期待される。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値のあるものと認めた。 |