アミノ酸はあらゆる生命体がその生存に必要とする物質である。食品として摂取されたアミノ酸は小腸で吸収されるが、この吸収には小腸上皮細胞に存在するアミノ酸輸送担体(アミノ酸トランスポーター)が関与している。本研究では、様々な環境条件の変化に対して小腸上皮のアミノ酸輸送担体がどのような制御を受けるかについて、主に細胞レベルでの解析を行っている。 第一章で研究の背景を述べた後、第二章ではヒト腸管由来培養細胞株であるCaco-2におけるアミノ酸輸送の性質を検討し、Caco-2には、実際の腸管同様、多様なアミノ酸輸送系(輸送担体とその調節因子の総称)が存在することを示した。 第三章では、Caco-2におけるLeu輸送系の制御について検討している。Caco-2でのLeu輸送は、通常二つの輸送系(Km23M,96.5M)を介しているが、Leuを過剰に含んだ培地で培養すると、親和性は低下し(Kmは267Mに増加)、一方でVmは増加するといった複雑な変化を示した。このうち親和性の低下は、Leuの代わりにPheやIleを過剰に加えた場合でも同様にみられたが、Vmの増加についてはLeuのみによって特異的に起こった。また親和性の低下は転写阻害剤処理等によって阻害されたが、Vmの増加は全く影響を受けなかった。以上より、Leu過剰条件によって誘導されるVm値の増加並びに親和性の低下は、異なった制御機構を介して誘導されることが示唆された。 第四章では、Caco-2でのタウリン輸送系の同定及びタウリン輸送担体のクローニングを行っている。まずCaco-2におけるタウリン輸送の性質を検討した結果、-アミノ酸に特異的な輸送系(システム)を介していることが示された。そこで、既に胎盤等からクローニングされているヒトタウリン輸送担体の塩基配列をもとにプライマーを合成し、Caco-2より抽出したRNAを用いてPT-PCRを行なった。得られた塩基配列を解析し、胎盤等のタウリン輸送担体とほぼ同一の配列を持つ輸送担体が腸管上皮細胞にも発現していることを見出した。 第五章では、細胞外タウリン濃度の変化に対応したタウリン輸送担体の活性制御について解析をしている。タウリンを過剰に含んだ培地でCaco-2を培養した後、その輸送活性を調べたところ、輸送活性は培養時間及びタウリン濃度に依存して低下した。タウリン過剰条件下でのタウリン輸送担体mRNA量は大きく減少しており、活性の低下には転写レベルの制御が関与していることが示唆された。 第六章では、高浸透圧ストレス条件下でのCaco-2におけるタウリン輸送の制御について検討している。まずCaco-2を100mMラフィノースを含んだ高浸透圧培地で培養した後、細胞内のアミノ酸量を測定したところ、タウリン濃度のみが増加しており、タウリンが浸透圧調節物質として機能していることが示唆された。そこでこの時のタウリン輸送活性を調べたところ、活性の上昇がみられた。ノーザン解析の結果、タウリン輸送担体のmRNA量は高浸透圧条件下で増加しており、この輸送活性の上昇には輸送担体の転写レベルでの制御が関与していることが示唆された。 第七章では、五章、六章で見られた現象をin vivoで検証している。まず、タウリン含量の異なる試料をラットに3週間自由摂取させた後、各小腸粘膜層中のタウリン輸送担体mRNA発現量をRT-PCRにて検討したが、明確な差はみられなかった。しかしながら、腎臓では輸送担体mRNA発現量が無タウリン食群で増加し、高タウリン食群で減少していた。従って、小腸で差がみられなかったのは腎臓でのタウリン再吸収が先に調節されたことで、腸管での制御が誘導されるほどのタウリン濃度変化が起こらなかったためと推察した。一方、脱水負荷を施すことによって高浸透圧状態にしたラットを用い、小腸粘膜層中のタウリン輸送担体の発現量をRT-PCRにて調べた結果、脱水負荷群ではタウリン輸送担体mRNAの発現量の増加がみられ、in vivoにおいても高浸透圧条件によるタウリン輸送担体の制御が起こることが確認された。 なお第八章では、本研究の成果及び従来の知見を基に、栄養素による遺伝子発現の制御及び小腸における栄養素吸収が制御・調節される要因とその意義を論じている。 以上、本研究は、環境条件・培養条件の変化に対して小腸上皮でのアミノ酸輸送が制御されることを細胞レベルで初めて見出したものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |