学位論文要旨



No 114373
著者(漢字) 佐藤,香枝
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,カエ
標題(和) HPLCおよびキャピラリー電気泳動法を用いた糖分析法の研究
標題(洋)
報告番号 114373
報告番号 甲14373
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1981号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山崎,素直
 東京理科大学 教授 中村,洋
 東京大学 教授 長澤,寛道
 東京大学 助教授 宮脇,長人
 東京大学 助教授 大久保,明
内容要旨

 糖類は生体内のエネルギー源であるのをはじめとして、タンパク質や脂質と複合体を作り様々な生理活性に関与している。これらの糖化合物は遺伝子の直接産物ではなく様々な酵素の共同作業によって作られるため、全ての糖転移酵素の遺伝子がクローニングされたとしても確実に構造を推定することはできない。したがって、糖鎖工学の発展のためには、簡便で確実な糖の構造解析法の開発がさらに望まれている。一方、最近化学の分野ではグリーンケミストリー(環境にやさしい化学)と呼ばれる一連の考えが提唱されており、環境負荷の少ない実験法としてスモールスケールの実験が推進されている。キャピラリー電気泳動(CE)は近年発達した分離分析法であるが、操作性の高さ、短時間分析、高い分離能、極微量の試料量および泳動液量など廃棄物がごくわずかしか発生しないため、グリーンケミストリーにふさわしい21世紀の分析機器である。本研究ではCEを用いて糖分析を行った。糖類のCE分析に関しては報告例はあるもののいまだに基礎研究の段階であり、組成分析や構造解析に使える新たな系の開発が待たれている。また、現在糖の構造解析はHPLCを用いるものが普及しているが、前処理に問題があり簡便とは言いがたい。それらの背景をふまえCEを用いたより簡便迅速な糖分析法の開発を目的として検討を行い、さらに糖の構造と電気泳動現象の関係についても考察を行った。

1.2-アミノ安息香酸標識反応の最適化

 糖は蛍光や紫外吸収を持たないため、その検出には吸収を持つ誘導体化が必要である。本研究では蛍光を持ち、紫外吸収も比較的強い2-アミノ安息香酸に着目し、反応の最適条件を検討した。その結果、0.2M2-アミノ安息香酸、還元剤として1.0M NaBH3CN、溶媒には水を用いるきわめて簡単な系で効率の良い標識ができた。反応時間は、65℃では4時間、40℃では16時間が良いということが示された。

2.キャピラリー電気泳動法を用いた単糖組成分析法の開発

 キャピラリー電気泳動を用いて糖タンパク質の単糖組成分析法を開発した。印加電圧20kV、泳動液にpH7.0の150mMホウ酸、50mMリン酸ナトリウム溶液を用いることにより、糖タンパク質に通常含まれている糖、GalN,GlcN,Rib,Fuc,Man,Gal,およびGlcを10分程度で完全に分析することができた(fig.a)。UV210nmの検出で検量線は10Mから500Mの範囲で直線性を示し、検出限界は3M、絶対量で33fmolであった。糖タンパク質フェツインを分析したところ本法から得られた結果は報告値と一致し、単糖組成分析において有効であることが示された。本法は現在普及している2-アミノピリジン誘導体のHPLC分析方より分析時間が十分の一程度と迅速であること、前処理や操作の点で断然優れていること、さらに従来法より定量の高い信頼性を持つ点に大きな特長があった。

3.キャピラリー電気泳動法を用いたグリコサミノグリカンの分析

 キャピラリー電気泳動を用いてグリコサミノグリカンの分析法を開発した。印加電圧20kV、泳動液にpH8.2の150mMホウ酸、25mMリン酸ナトリウム溶液を用いることにより、コンドロイチン硫酸の構成二糖、合計9種の二糖を完全に分離することができた(fig.b)。酵素反応と組み合わせることにより、グリコサミノグリカンを構成する二糖の同定に応用できた。実際のコンドロイチン硫酸CとコンドロイチナーザABCを用いて分析を行ったところ、構成二糖であるDi-6SおよびDi-4Sのピークが検出され、このとき分析を妨害するようなピークは現われなかった。

4.キャピラリー電気泳動法の糖鎖の分析法への応用

 糖鎖分析は今までの単糖や二糖類の分析と同じ泳動液では溶出が早すぎ分析には不適当である。そこで、逆浸透流を用いるモード、泳動液にPEGを加えたモード、低pHの泳動液を用いるモードで分離する方法を検討した。

 キャピラリー電気泳動では、泳動液にカチオン型界面活性剤を加え、キャピラリーの内壁をこれで正に帯電させ、何も処理していないときと逆向きに電気浸透流を発生させることができる。この分離法は負電荷を持っているものなら浸透流と試料自身の電気泳動の和で動くと考えられるので、大きい分子でも迅速に分析できると考えられた。50mMリン酸ナトリウム溶液(pH7)にカチオン型界面活性剤としてWaters CIA-Pakを2.5%の濃度になるように添加し分析したところ、未反応の2-アミノ安息香酸とグルコースオリゴマーの分離はともに良好であった。

 泳動液にPEGを加えたモードは、グルコースオリゴマーの分離は良好であった。低pHモードでは、分析時間が長く糖鎖分析には不適当であった。

 以上から泳動液に逆浸透流を用いるモードとPEGを加えたモードでは分離は良好であったので、糖タンパク質の糖鎖分析への応用の可能性が示された(fig.c)。

5.2-アミノ安息香酸標識した糖の分離機構とその考察

 キャピラリー電気泳動において分離は分子の電荷とストークス半径の違いにより起こる。2-アミノ安息香酸による糖の誘導体を50mMのリン酸緩衝液を泳動液として分離をしたとき、六炭糖であるManとGlc、また五炭糖であるRibとXylが顕著に分離した。このことから、分子量が同じであっても水酸基の向きが異なっていると、ストークス半径や電荷にわずかな違いが現れるということが示された。

 アミノ安息香酸の異性体による分離の違いについても調べた。2-アミノ安息香酸標識の場合と同様の条件で糖を3-アミノ安息香酸、4-アミノ安息香酸により誘導体化しCE分析したところ、2-アミノ安息香酸が最も分離もよいことが示された。

 一方、糖とホウ酸の錯形成反応についても考察した。pH7のホウ酸-リン酸溶液中では、ホウ酸の濃度が上がるにつれて糖の移動度は増したが、二糖類、六炭糖、五炭糖の場合、その変化の割合は、分子の大きいもののほうが大きかった。

 さらに糖の2-アミノ安息香酸誘導体のNMRスペクトルを測定し、構造について考察した。

6.卵殻膜中の糖に関する研究

 卵殻膜は卵殻の内側に存在する薄膜のことであるが、その構造は厚い外膜と薄い内膜から成り、それぞれは網目状になった繊維から構成されている。産卵前、卵殻膜は卵殻形成の際無機物質の付着の調節という重要な役割を持っており、また、産卵後は、卵殻とともに、卵の生命維持のために重要な役割を持っていると考えられている。卵殻膜の主な成分は水に不溶の糖タンパク質であり、コラーゲンなど、細胞間基質のようなものだと考えられている。卵殻膜の糖については、存在量が微量であるため、タンパク質に比べて報告は少ない。また、卵殻膜は酵素や変性剤による可溶化はわずかにしか起こらないため、研究は難解なものとなっている。本研究では卵殻膜をHPLCおよびキャピラリー電気泳動法を用いて糖の定量および糖鎖の構造を明かにすることを目的として検討を行った。

 卵殻膜の量は鶏卵1個あたり約120mgであった。フェノール硫酸法を行ったところ卵殻膜中の中性糖は重量の約1.0%であった。2-アミノ安息香酸標識して中性糖、アミノ糖の分析を行った結果、卵殻膜1gには、GlcN、GalN、Gal、Man、Glc、Fucがそれぞれ62.1、6.9、13.0、38.9、8.5、3.0mol含まれていることが示された。この分析結果の合計値はフェノール硫酸法の結果ともよく一致した。HPLCとDMB標識法を用いて、シアル酸の分析を行った。シアル酸の種類にしてはNeu5Acの1種類だけで卵殻膜1gに対し3.2molであった。単糖組成分析の結果から、糖鎖の種類として、アスパラギン型、ムチン型がともに含まれていること、また、今までに存在が確認されているケラタン硫酸、デルマタン硫酸以外にも糖鎖があることが示唆された。

 以上本研究ではキャピラリー電気泳動を用いた新しい糖組成分析法の開発を行った。2-アミノ安息香酸を標識試薬とした迅速簡便で、HPLC法より操作性の高い分析法が確立できた。糖誘導体の分離機構についても考察を加え、また実試料の糖分析にいたる一連の解析に応用できることを示した。さらに、本法を糖鎖解析へ応用できる可能性を示した。

糖の2-アミノ安息香酸誘導体のエレクトロフェログラム
審査要旨

 現在糖の構造解析はHPLCを用いるものが普及しているが、前処理に問題があり簡便とは言いがたい。それらの背景をふまえ新たにキャピラリー電気泳動(CE)を用いたより簡便迅速な糖分析法ならびに糖鎖解析法の開発を目的として検討を行った。さらに糖の構造と電気泳動現象の関係についても考察を行った。

 糖は蛍光や紫外吸収を持たないため、その検出には吸収を持つ誘導体化が必要である。本研究では蛍光を持ち、紫外吸収も比較的強い2-アミノ安息香酸に着目し、反応の最適条件を検討した。その結果、0.2M2-アミノ安息香酸、還元剤として1.0MNaBH3CN、溶媒には水を用いるきわめて簡単な系で効率の良い標識ができた。反応時間は、65℃では4時間、40℃では16時間が良いということが示された。

 キャピラリー電気泳動を用いて糖タンパク質の単糖組成分析法を開発した。印加電圧20kV、泳動液にpH7.0の150mMホウ酸、50mMリン酸ナトリウム溶液を用いることにより、糖タンパク質に通常含まれている糖、GalN,GlcN,Rib,Fuc,Man,Gal,およびGlcを10分程度で完全に分析することができた。UV214nmの検出で検量線は10Mから500Mの範囲で直線性を示し、検出限界は濃度感度でnMオーダー、絶対量ではfmolオーダーであった。糖タンパク質フェツインを分析したところ本法から得られた結果は報告値と一致し、単糖組成分析において有効であることが示された。本法は現在普及している2-アミノピリジン誘導体のHPLC分析方より分析時間が十分の一程度と迅速であること、前処理や操作の点で断然優れていること、さらに従来法より定量の高い信頼性を持つ点に大きな特長があった。

 キャピラリー電気泳動を用いてグリコサミノグリカンの分析法を開発した。印加電圧20kV、泳動液にpH8.2の150mMホウ酸、25mMリン酸ナトリウム溶液を用いることにより、コンドロイチン硫酸の構成二糖、合計9種の二糖を完全に分離することができた。

 糖鎖分析は今までの単糖や二糖類の分析と同じ泳動液では溶出が早すぎ分析には不適当である。そこで、泳動液にPEGを加えたモード、ホウ酸溶液を用いたモード、低pHの泳動液を用いるモードで分離する方法を検討した。泳動液にPEGを加えたモードおよびホウ酸溶液を用いたモードは、グルコースオリゴマーの分離、コンプレックス型N-グリカンの分離はともに良好であった。低pHモードでは、分析時間が長く糖鎖分析には不適当であった。以上から泳動液にPEGを加えたモードおよびホウ酸溶液を用いたモードでは分離は良好であったので、糖タンパク質の糖鎖分析への応用の可能性が示された。

 キャピラリー電気泳動において分圧は分子の電荷とストークス半径の違いにより起こる。2-アミノ安息香酸による糖の誘導体における分離について理論的考察を行った。50mMのリン酸緩衝液を泳動液として分離をしたとき、六炭糖であるManとGlc、また石炭糖であるRibとXylが顕著に分離した。このことから、分子量が同じであっても水酸基の向きが異なっていると、ストークス半径や電荷にわずかな違いが現れるということが示された。一方、糖とホウ酸の錯形成反応についても考察した。

 また、卵殻膜をHPLCおよびキャピラリー電気泳動法を用いて糖の定量および糖鎖の構造を解明することを目的として検討を行った。卵殻膜の量は鶏卵1個あたり約120mgであった。フェノール硫酸法を行ったところ卵殻膜中の中性糖は重量の約1.0%であった。2-アミノ安息香酸標識して中性糖、アミノ糖の分析を行った結果、卵殻膜1gには、GlcN、GalN、Gal、Man、Glc、Fucがそれぞれ62.1、6.9、13.0、38.9、8.5、3.0mol含まれていることが示された。また、HPLCとDMB標識法を用いて、シアル酸の分析を行った結果、Neu5Acの1種類だけが存在し、卵殻膜1gに対し3.2molであった。単糖組成分析の結果から、糖鎖の種類として、アスパラギン型、ムチン型がともに含まれていることが示唆された。

 以上、本論文では、キャピラリー電気泳動を用いた糖の分析法について糖鎖構造解析の実用化へ向けての基礎的研究を示したもので、実用面および学術面に貢献することが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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