内容要旨 | | 植物ホルモンの一種であるジベレリン(GA)は,茎葉の伸長,種子の発芽,花芽の形成等,植物の様々な生理現象に関わっている.現在までに121種のGAsが植物や微生物から同定されているが,活性型GAと呼ばれるのはGA1,GA3,GA4,GA7など極わずかにすぎない.また,GAは植物中では主として早期13位水酸化経路(GA53→GA44→GA19→GA20→GA1)と早期13位非水酸化経路(GA12→GA15→GA24→GA9→GA4)の2経路で生合成される.この中で,特にGA19→GA20及びGA24→GA9は炭素骨格がC20からC19へ変わる点において,生合成経路上の一つの節目となっている.また,分析,トレーサー実験,生合成酵素の発現解析の結果から,GA19あるいはGA24は植物体内において貯蔵型もしくは移動型であることが指摘されてきた. 筆者の所属する研究室では,抗GA抗体を調製し,分析や免疫組織化学に応用してきた.特にGA1/4及びGA19/24に対しては特異性の高いモノクローナル抗体が調製されている.他方,昨今の分子生物学の発展により,抗体を植物で発現させることも可能となり,抗体の新たな応用の可能性が拓かれた.抗GA抗体を植物で発現させその機能を抑制することは,GAの生理作用の研究に新たな手法を与えるものと考えられる.特に,移動型とされるGAの働きを止めることで,植物体内でのGAの移動に関する知見が得られることが期待される.また,抗GA抗体の植物における発現は,背丈が低く,風などによる倒伏に強い作物を作出するといった新たな育種法の開発に繋がる可能性もある.抗体を異種生物内で発現させる際,抗体の可変領域VH,VLをリンカーペプチドでタンデムに繋いだ-本鎖抗体(scFv)として発現させる手法が有効である.そこで本研究では,植物体内で貯藏/移動型とされるGA24に対する抗体のscFvを調製し,大腸菌発現系で結合活性を確認した後,植物体内(タバコ)での安定な発現を目指した. 1.scFvの調製1-1抗GA24抗体遺伝子可変領域のクローニングとscFv遺伝子の構築 抗GA24抗体遺伝子のクローニングに先立って,本抗体のアイソタイプを決定したところ,2b,であった.抗GA24抗体を産生するハイブリドーマより調製したcDNAをテンプレートとし,センス側のプライマーにはOrlandi et al.(1989)の用いたものに準じたプライマーを,アンチセンス側には2b,の定常領域5’末端に相補的なプライマーを用いてPCRによりVH,VL遺伝子のクローニングを試みた.得られたVH遺伝子はKabatらの分類によるとサブグループIII(A)に帰属された.しかしながら,VL遺伝子についてはミエローマ由来のものしか増幅されなかった.そこで,より多様なサブグループに対応したプライマーを用いてVL遺伝子のクローニングを試みたところ,サブグループIIに帰属するVL遺伝子が得られた.得られたVH,VL遺伝子を,当研究室で既に調製済みの抗GA4scFv遺伝子に対する抗イディオタイプscFv遣伝子のVH,VL遺伝子とそれぞれ置換し,抗GA24scFv遺伝子を構築した. 1-2抗GA24scFvの大腸菌での発現と結合活性の検定 得られた抗GA24scFv遺伝子は大腸菌の細胞質で発現させた.scFvは,T7プロモーターの制御下で,His-tagとの融合タンパク質として発現させた.発現誘導をかけた大腸菌からタンパク質を回収し,SDS-PAGEを行ったところ,不溶性画分にのみscFvが認められた.菌体内ではscFvは封入体を形成していると考えられたので,抽出したタンパク質を変性剤を用いて可溶化後,Ni-NTAレジンによりアフィニティー精製し,さらにリフォールディングを行った.リフォールディングは,透析により変性剤(尿素)を段階的に除去し,最終的には透析外液をPBSに変えることにより行った.VH,VLにそれぞれ一つずつ存在するジスルフィド結合の再生には,酸化型及び還元型グルタチオンを添加することにより対処した.透析の過程において,変性剤の濃度が0になった時点でscFvの不溶化現象が認められた.透析外液の尿素濃度が1Mの可溶性scFvとPBSまで透析を行った不溶化したscFvの懸濁物との両方についてRIAによりGA19との結合検定を行った.いずれを用いた場合も,scFvの濃度が増加するにつれてscFvに捕捉されたトレーサーGAに由来する放射活性の増大が認められた.またこの放射活性は非標識のGA24を添加することによりバックグラウンドレベルにまで抑えられた.以上のことから,リフォールディングの結果得られたscFvは元の抗体の結合活性を保持していると結論した.また,不溶化したものとしていないものとでタンパク質量当たりの結合活性が同程度であったことから,一部のscFvのみが正しい立体構造を取っており,それ以外の不溶性なscFvが尿素の除去に伴い析出したものと考えられた. 2.抗GA24scFvのタバコにおける発現2-1細胞質における発現 抗体は抗体産生細胞においては,小胞体でアッセンブリーやプロセッシングが行われるため,抗体全体を植物細胞質において発現させる試みは培養細胞を用いたトランジェントな発現以外成功例が報告されていない.しかしながら,scFvを用いた場合はアッセンブリーの必要がないため,いくつかの成功例がある.GA24は,それを基質とする生合成酵素(20-oxidase)遺伝子がシグナルシークエンスを持たないことから,少なくとも細胞質には存在していると考えられる.そこで本研究では,scFvの細胞内の発現部位の一つとしてまず細胞質での発現を試みた.CaMV35Sプロモーターを用い,scFvとc-myc-tag,KDELとの融合タンパク質として発現させた(下図参照).c-myc-tagは,発現タンパク質の検出および精製用であり,また,小胞体残留シグナルであるKDELは細胞質でのscFvを安定化するとの報告があるためこれを試みた. Agrobacterium tumefacienceを用いたリーフディスク法によりタバコへの導入を行ったが,得られた形質転換体植物は,ノーザン解析でscFv遺伝子の転写が確認されたにもかかわらず,ウェスタン解析の結果,調べたすべての個体においてscFvの蓄積は検出されなかった. 2-2小胞体における発現 小胞体は,発現タンパク質が安定に高レベルで蓄積することが最も期待できる発現部位である.植物ホルモンの一種であるABAに対するscFvも小胞体で極めて高い発現量を示した.本研究においても,ABAでの成功例に基づき同様のコンストラクトで小胞体での発現を試みた.細胞質での発現用のコンストラクトに加えてscFvのN末端側に小胞体へのシグナルシークエンスが付加されている(下図参照).形質転換の選択マーカーであるカナマイシン耐性を示した36個体についてウェスタン解析を行った結果,27個体でscFvの蓄積が確認され,発現量は多いもので全可溶性タンパク質の3.6%に達し,平均1.1%であった.検出された発現タンパク質は予想より大きな分子量を示した.原因としてシグナルペプチドが切れていないこと及び糖鎖等の翻訳後修飾が考えられた.植物から抽出・精製したscFvのN末端のアミノ酸解析を行ったところ,シグナル配列の切断を示唆する結果が得られたことから,糖鎖付加の可能性が高いと考えられた.また,scFvをネイティブな条件でアフィニティー精製後,RIAにより結合活性を検定したところ,GA19に対して明瞭な結合活性が検出された.これにより,抗GA24scFvはタバコにおいて機能を保持した状態で蓄積していることが示された.植物体内には存在しないoxazoloneに対するscFvを導入したタバコをコントロールとしてT2世代の形質の観察を行った.その結果、抗GA24scFvを導入した植物ではコントロールの範囲を越えて背丈が低いものの個体数が多く存在した.GAの生合成は活性型GAの内生量が抑えられるとフィードバック調節を受けることが知られており,scFvの発現がGA生合成に与える影響を調べるため,T2植物の内生GAの分析及び生合成遺伝子の発現解析を試みている. 抗GA24scFv植物発現用ベクターの模式図 以上,本研究では抗GA抗体のscFvを結合能を保持した状態で植物において安定に発現させることに成功した.今後,本研究で得られた知見が抗GAscFvによる内生GAの調節系の確立に貢献することを期待する. |