学位論文要旨



No 114375
著者(漢字) 島田,直樹
著者(英字)
著者(カナ) シマダ,ナオキ
標題(和) 抗ジベレリン抗体を用いた植物の免疫学的成長調節に関する研究
標題(洋)
報告番号 114375
報告番号 甲14375
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1983号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山口,五十麿
 東京大学 教授 西澤,直子
 東京大学 教授 山根,久和
 東京大学 教授 長澤,寛道
 東京大学 助教授 林,浩昭
内容要旨

 植物ホルモンの一種であるジベレリン(GA)は,茎葉の伸長,種子の発芽,花芽の形成等,植物の様々な生理現象に関わっている.現在までに121種のGAsが植物や微生物から同定されているが,活性型GAと呼ばれるのはGA1,GA3,GA4,GA7など極わずかにすぎない.また,GAは植物中では主として早期13位水酸化経路(GA53→GA44→GA19→GA20→GA1)と早期13位非水酸化経路(GA12→GA15→GA24→GA9→GA4)の2経路で生合成される.この中で,特にGA19→GA20及びGA24→GA9は炭素骨格がC20からC19へ変わる点において,生合成経路上の一つの節目となっている.また,分析,トレーサー実験,生合成酵素の発現解析の結果から,GA19あるいはGA24は植物体内において貯蔵型もしくは移動型であることが指摘されてきた.

 筆者の所属する研究室では,抗GA抗体を調製し,分析や免疫組織化学に応用してきた.特にGA1/4及びGA19/24に対しては特異性の高いモノクローナル抗体が調製されている.他方,昨今の分子生物学の発展により,抗体を植物で発現させることも可能となり,抗体の新たな応用の可能性が拓かれた.抗GA抗体を植物で発現させその機能を抑制することは,GAの生理作用の研究に新たな手法を与えるものと考えられる.特に,移動型とされるGAの働きを止めることで,植物体内でのGAの移動に関する知見が得られることが期待される.また,抗GA抗体の植物における発現は,背丈が低く,風などによる倒伏に強い作物を作出するといった新たな育種法の開発に繋がる可能性もある.抗体を異種生物内で発現させる際,抗体の可変領域VH,VLをリンカーペプチドでタンデムに繋いだ-本鎖抗体(scFv)として発現させる手法が有効である.そこで本研究では,植物体内で貯藏/移動型とされるGA24に対する抗体のscFvを調製し,大腸菌発現系で結合活性を確認した後,植物体内(タバコ)での安定な発現を目指した.

1.scFvの調製1-1抗GA24抗体遺伝子可変領域のクローニングとscFv遺伝子の構築

 抗GA24抗体遺伝子のクローニングに先立って,本抗体のアイソタイプを決定したところ,2b,であった.抗GA24抗体を産生するハイブリドーマより調製したcDNAをテンプレートとし,センス側のプライマーにはOrlandi et al.(1989)の用いたものに準じたプライマーを,アンチセンス側には2b,の定常領域5’末端に相補的なプライマーを用いてPCRによりVH,VL遺伝子のクローニングを試みた.得られたVH遺伝子はKabatらの分類によるとサブグループIII(A)に帰属された.しかしながら,VL遺伝子についてはミエローマ由来のものしか増幅されなかった.そこで,より多様なサブグループに対応したプライマーを用いてVL遺伝子のクローニングを試みたところ,サブグループIIに帰属するVL遺伝子が得られた.得られたVH,VL遺伝子を,当研究室で既に調製済みの抗GA4scFv遺伝子に対する抗イディオタイプscFv遣伝子のVH,VL遺伝子とそれぞれ置換し,抗GA24scFv遺伝子を構築した.

1-2抗GA24scFvの大腸菌での発現と結合活性の検定

 得られた抗GA24scFv遺伝子は大腸菌の細胞質で発現させた.scFvは,T7プロモーターの制御下で,His-tagとの融合タンパク質として発現させた.発現誘導をかけた大腸菌からタンパク質を回収し,SDS-PAGEを行ったところ,不溶性画分にのみscFvが認められた.菌体内ではscFvは封入体を形成していると考えられたので,抽出したタンパク質を変性剤を用いて可溶化後,Ni-NTAレジンによりアフィニティー精製し,さらにリフォールディングを行った.リフォールディングは,透析により変性剤(尿素)を段階的に除去し,最終的には透析外液をPBSに変えることにより行った.VH,VLにそれぞれ一つずつ存在するジスルフィド結合の再生には,酸化型及び還元型グルタチオンを添加することにより対処した.透析の過程において,変性剤の濃度が0になった時点でscFvの不溶化現象が認められた.透析外液の尿素濃度が1Mの可溶性scFvとPBSまで透析を行った不溶化したscFvの懸濁物との両方についてRIAによりGA19との結合検定を行った.いずれを用いた場合も,scFvの濃度が増加するにつれてscFvに捕捉されたトレーサーGAに由来する放射活性の増大が認められた.またこの放射活性は非標識のGA24を添加することによりバックグラウンドレベルにまで抑えられた.以上のことから,リフォールディングの結果得られたscFvは元の抗体の結合活性を保持していると結論した.また,不溶化したものとしていないものとでタンパク質量当たりの結合活性が同程度であったことから,一部のscFvのみが正しい立体構造を取っており,それ以外の不溶性なscFvが尿素の除去に伴い析出したものと考えられた.

2.抗GA24scFvのタバコにおける発現2-1細胞質における発現

 抗体は抗体産生細胞においては,小胞体でアッセンブリーやプロセッシングが行われるため,抗体全体を植物細胞質において発現させる試みは培養細胞を用いたトランジェントな発現以外成功例が報告されていない.しかしながら,scFvを用いた場合はアッセンブリーの必要がないため,いくつかの成功例がある.GA24は,それを基質とする生合成酵素(20-oxidase)遺伝子がシグナルシークエンスを持たないことから,少なくとも細胞質には存在していると考えられる.そこで本研究では,scFvの細胞内の発現部位の一つとしてまず細胞質での発現を試みた.CaMV35Sプロモーターを用い,scFvとc-myc-tag,KDELとの融合タンパク質として発現させた(下図参照).c-myc-tagは,発現タンパク質の検出および精製用であり,また,小胞体残留シグナルであるKDELは細胞質でのscFvを安定化するとの報告があるためこれを試みた.

 Agrobacterium tumefacienceを用いたリーフディスク法によりタバコへの導入を行ったが,得られた形質転換体植物は,ノーザン解析でscFv遺伝子の転写が確認されたにもかかわらず,ウェスタン解析の結果,調べたすべての個体においてscFvの蓄積は検出されなかった.

2-2小胞体における発現

 小胞体は,発現タンパク質が安定に高レベルで蓄積することが最も期待できる発現部位である.植物ホルモンの一種であるABAに対するscFvも小胞体で極めて高い発現量を示した.本研究においても,ABAでの成功例に基づき同様のコンストラクトで小胞体での発現を試みた.細胞質での発現用のコンストラクトに加えてscFvのN末端側に小胞体へのシグナルシークエンスが付加されている(下図参照).形質転換の選択マーカーであるカナマイシン耐性を示した36個体についてウェスタン解析を行った結果,27個体でscFvの蓄積が確認され,発現量は多いもので全可溶性タンパク質の3.6%に達し,平均1.1%であった.検出された発現タンパク質は予想より大きな分子量を示した.原因としてシグナルペプチドが切れていないこと及び糖鎖等の翻訳後修飾が考えられた.植物から抽出・精製したscFvのN末端のアミノ酸解析を行ったところ,シグナル配列の切断を示唆する結果が得られたことから,糖鎖付加の可能性が高いと考えられた.また,scFvをネイティブな条件でアフィニティー精製後,RIAにより結合活性を検定したところ,GA19に対して明瞭な結合活性が検出された.これにより,抗GA24scFvはタバコにおいて機能を保持した状態で蓄積していることが示された.植物体内には存在しないoxazoloneに対するscFvを導入したタバコをコントロールとしてT2世代の形質の観察を行った.その結果、抗GA24scFvを導入した植物ではコントロールの範囲を越えて背丈が低いものの個体数が多く存在した.GAの生合成は活性型GAの内生量が抑えられるとフィードバック調節を受けることが知られており,scFvの発現がGA生合成に与える影響を調べるため,T2植物の内生GAの分析及び生合成遺伝子の発現解析を試みている.

抗GA24scFv植物発現用ベクターの模式図

 以上,本研究では抗GA抗体のscFvを結合能を保持した状態で植物において安定に発現させることに成功した.今後,本研究で得られた知見が抗GAscFvによる内生GAの調節系の確立に貢献することを期待する.

審査要旨

 本論文は抗ジベレリン抗体を植物で発現させることによる植物の成長制御系の確立を試みたもので3章より構成されている。

 植物ホルモンの一種であるジベレリン(GA)は、茎葉の伸長、種子の発芽、花芽の形成等、植物の様々な生理現象に関わっている。抗GA抗体を植物で発現させ、植物体内のGA働きを制御できれば、矮性等農業上有利な形質の植物への固定が可能となるのに加えて、GAの未知の生理作用の解明にも貢献することが期待される。

 活性型GAであるGA1やGA4の生合成中間体であるGA19またはGA24は、植物体内における貯蔵型もしくは移動型GAとされている。著者は、まずGA19またはGA24を特異的に認識するモノクローナル抗体(抗GA24抗体)を植物体で機能を保持した状態で安定に蓄積させ、続いて、蓄積した抗体が植物に与える影響を形質および内生GA量の両面から解析する方向で研究を展開している。

 第一章で研究の背景と意義について述べた後、第二章では発現用の抗体として抗体の可変領域VH、VLをリンカーペプチドでタンデムに繋いだ一本抗体(scFv;single-chainFv)の調製について述べている。抗GA24抗体を産生するハイブリドーマより調製したcDNAをテンプレートとし、縮重プライマーを用いてVH、VL遺伝子をそれぞれPCR増幅した。得られたVH、VL遺伝子を、別のscFv遺伝子のVH、VL遺伝子とそれぞれ置換し、抗GA24scFv遺伝子を構築した。

図表

 抗GA24scFv遺伝子を大腸菌の細胞質で発現させたところ、封入体を形成したので、抽出したタンパク質を変性剤を用いて可溶化後、Ni-NTAレジンによりアフィニティー精製し、さらにリフォールディンクを行った。こうして得られた抗GA24scFvについてRIAによりGA19との結合検定を行ったところ、scFvの濃度が増加するにつれてscFvに捕捉されたトレーサーGAに由来する放射活性の増大が認められた。またこの放射活性は非標識のGA24を過剰量添加することによりバックグラウンドレベルにまで抑えられた。以上の結果から、リフォールディンクさせた抗GA24scFvは抗原結合活性を保持していると結論した。

 第三草では、得られた抗GA24scFvを植物(タバコ)の小胞体、細胞質での発現を試みている。小胞体での発現については、CaMV35Sプロモーターの制御下で、小胞体へのシグナル配列、c-myc-tag、小胞体残留シグナルKDELとの融合タンパク質として発現させた。発現解析の結果、タバコにおいて抗GA24scFvの蓄積が明瞭に認めらた。また、抗c-myc-tag抗体を用いてアフィニティー精製した抗GA24scFvを用いてRIAによりGA19との結合検定を行ったところ、抗原結合活性を保持していることが示された。細胞質での発現には、小胞体用の発現ベクターから小胞体へのシグナルを除去したものを用いた。得られた形質転換体植物は、ノーザン解析でscFv遺伝子の転写が確認されたにもかかわらず、ウェスタン解析の結果、調べたすべての個体においてscFvの蓄積は検出されなかった。

 小胞体で発現させ、抗GA24scFvの蓄積が明瞭に認められた個体について、次世代のタバコの形質を解析するとともに、GA内生量の定量を行った。対象には、植物には存在しないoxazoloneに対するscFvが蓄積したタバコを用いた。その結果、抗GA24scFvの蓄積した形質転換体植物は対象の背丈の範囲を遥かに下回る個体数が多く、その様な矮化した植物においては活性型であるGA1の内生量が検出限界以下にまで低下していた。以上の結果から、タバコで発現させた抗GA24scFvが内生のGA19を捕捉し、GA20以降の生成を抑制していることが強く示唆された。

 以上本論文は、抗ジベレリン抗体を植物で発現させ、ジベレリンの作用を抑制することに成功し、植物の成長制御技術における新しい可能性を拓いたもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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