本論文は、土壌中に生息するメタン生成細菌の生態を解明し、水田を中心に農業環境から放出される温室効果ガスであるメタンの発生量の抑制を目指す基礎研究であり、7章から成っている。 序章の第1章に続いて、第2章ではメタン生成細菌の土壌中での風乾耐性と加熱耐性を検討した。まず、約40年の長期にわたり酸素に曝された風乾土壌を湛水し、メタン発生を観察したところ、メタン生成細菌は生残していることが明らかとなった。このことから、酸素を嫌う絶対嫌気性細菌であるメタン生成細菌も土壌が風乾されても、数十年にわたり生残することが明らかとなった。次に、加熱耐性について検討した。風乾水田土壌を80℃で7日間乾熱してから湛水保温したところメタン生成を観察した。また、風乾水田土壌を湛水直後に80℃で30分まで加熱したが、メタン生成細菌が死滅することはなかった。したがって、胞子を形成しない細菌が死滅するはずの80℃10分の熱処理においても土壌中メタン生成細菌は耐性があることが判明した。 第3章では、風乾土壌に生残しているメタン生成細菌を16SrDNAを対象としたクローン解析によって、生残するメタン生成細菌の構成(フローラ)を調べた。水田土壌からDNAを抽出して古細菌の16SrDNAに特異的なプライマーを用いてPCRを行い、産物をベクターにクローン化し、このクローンの比率により土壌中のメタン生成細菌フローラを推定したところ、長期間風乾状態に置かれた水田土壌ではMethanobacterium属が優勢であった。これに対して、水田生土壌から得られたメタン生成細菌クローンはMethanosarcina属が優勢だったことから、乾燥させることによる菌相の交代が示唆された。また、Methanobacterium属は風乾や熱に対する耐性が高いことが推察された。 第4章では、水田生土壌と風乾土壊から水素利用メタン生成細菌を分離し、基質特異性や16SrDNA部分塩基配列等から同定を行ったところ、これらの菌株はMethanobacterium spp.と同定された。風乾土壌からMethanobacterium属が優先的に分離されたことは、この属が風乾耐性が強いという第3章の結果と合致していた。 第5章では、第4章で分離されたメタン生成細菌と菌株保存機関から分譲されたメタン生成細菌5菌株を用いて、培養した菌体を用いた風乾および加熱耐性を調べた。好気条件で14日間乾燥させたところ4菌株は生残した。この結果からメタン生成細菌には、空気中での乾燥に耐えるものが存在することがわかった。さらに、メタン生成細菌純粋菌株及び集積培養について、乾燥菌体を空気中および窒素中で室温にて保存し、培地に戻してメタン生成を観察した。この実験の結果、種によって空気や乾燥に対する耐性は異なったが、Methanobacterium formicium、Methanobrevibacter arboriphilicus、Methanosarcina mazeiは風乾および加熱耐性とも高かった。空気耐性が高い菌株について、各メタン生成細菌を乾燥させ、80℃で24時間乾熱したが、M.mazei以外は80℃24時間の乾熱に耐えた。一方、対照として用いた6種の真正細菌を乾熱し培地に懸濁したところ増殖が認められたのは胞子形成性のBacillus sp.のみであった。この結果から、メタン生成細菌には、真正細菌が耐えられない乾熱に耐性を示すものがあることが明らかとなった。次に、メタン生成細菌が速やかに乾燥した場合は風乾状態でも生残することが示されたが、土壌のようにゆっくり風乾される環境ではメタン生成細菌は生残するか調べた。その結果、メタン生成細菌がゆっくり乾燥されるときには土壌が存在しない場合は死滅した。メタン生成細菌は土壌中に混入されたときにのみゆっくりと乾燥されても生残すると推測された。 第6章では、メタン生成細菌が原生動物のシストの中で風乾から守られているという仮説があることから、風乾水田土壌からメタン生成細菌を共生させる原生動物の分離を試みた。風乾水田土壌を湛水保温してからこの土壌を検鏡するとメタン生成細菌を共生させる繊毛虫が分離されたが、継代することができなかった。以上より風乾土壌にメタン生成細菌を共生させる原生動物が存在しており、風乾耐性に関与している可能性が示唆された。 以上、本論文は土壌中でのメタン生成細菌の生残戦略を解明したもので、学術上および応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |