本論文は、現在まで不明瞭であった細菌に関する系統学的研究や重金属耐性細菌の耐性についての研究及び培養困難な細菌の研究を通じ、分類学に生態学的概念を導入することを目指した研究をまとめたものであり、5章から成っている。 序論に続いて、第2章ではPseudomonas属に属する種名の整理について検討した。この属は植物病原性菌、難分解物質分解菌、人畜病原菌などを含み、人の生活にとって極めて重要な属である。しかしながら、この属には100種以上の種が含まれ、正確な性状検査が行われていない菌種も多く、分類は大変混乱した状態であった。本論文ではPseudomonas属のほぼ全ての種の16S rDNAの全塩基配列を解読し、それらの系統を明らかとした。その結果、57種がPseudomonasとして認められるものであり、他の菌種は他属に移すべきと判断された。以上の結果から、Pseudomonas属の記載されたすべての種の帰属がほぼ解明された。 第3章では、グラム陰性、好気性、非発酵性で非水溶性の赤色色素を生産し、メタノールを資化するMethylobacterium属細菌の亜鉛耐性を調べ、これが系統関係とどのように関係しているか解明した。本研究では、日本各地の土壌から多数のMethylobacterium様亜鉛耐性細菌を分離し、菌株保存機関から分譲された11株を併せて亜鉛耐性度、UV耐性度、16SrDNAの部分配列およびその他の生理性状を調べた。その結果、亜鉛非汚染土壌でも全国の土壌からMethylobacterium属細菌が分離され、これらの株は全て強いUV耐性を持っている事が判明した。炭素源利用性の結果では、二つの大きなグループに大別され、Methylobacteriumの系統的関係ともよく一致した。特に二つのグループの中でM.radiotoleranceグループが高い亜鉛耐性度を持っていることが明らかとなった。以上の結果、Methylobacterium属においては亜鉛耐性度と系統関係が相関しており、この性状が進化の方向性と関係していることが示唆された。 第4章では、水田土壌中に生息するドメインレベルで他の系統から分岐した生物の系統解析と土壌中での生息状況を解明した。現在、生物界には真核生物、古細菌、細菌の3つのドメインがあると考えられる。その中で古細菌についてはこの下に界として二つの界が認められており、つい最近では、Barnsらにより第3の界の設立が提案された。培養できない古細菌に関する研究は、海洋中および温泉のフローラ解析が行われてきた。しかしながら、ごく普通の土壌が対象とされてこなかった。そのため、この研究では日本各地の土壌から抽出したDNAを用い、PCR後クローン化を行い、珍しい系統を探索した。この結果、従来知られている古細菌とは著しく特徴の異なるクローンを分離することができ、これらのクローンの塩基配列の特徴は、今まで知られている生物のものとは一致しない事を確認した。系統分析には、現在使われているさまざまな分析方法(節約法、近隣結合法、最尤法)を用いて行った。次に、系統分析に影響するさまざまな因子についても検討を行った。また、各塩基サイトの置換速度を反映した解析も行った。この結果、これらのクローンが今まで知られていない生物から由来した事が明らかとなった。16SリボソームRNAの中では、各ドメイン特異的な塩基が見いだされる。本研究で見つかったクローンについても、これが新しい生物群に由来していることを示唆する特徴的な塩基が見いだされた。さらに、それらの塩基は2次構造を保持するように変化していた。これらのクローンが由来する生物は培養困難な生物由来なので、それらの性質を推定するのは難しい。しかしながら、これらの生物は少なくとも嫌気性で中湿性である事が推定できる。最終的にFISHによりそれらの由来細菌が水田土壌中に生息していることを確認した。 以上、本論文は土壌中に生息するいくつかの微生物の分類と生態を解明したもので、学術上および応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |