学位論文要旨



No 114387
著者(漢字) 有賀,一広
著者(英字)
著者(カナ) アルガ,カズヒロ
標題(和) 半脚式機械の歩行と土壌変形の動的解析
標題(洋)
報告番号 114387
報告番号 甲14387
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1995号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 森林科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,洋司
 東京大学 教授 太田,猛彦
 東京大学 教授 岡本,嗣男
 東京大学 助教授 酒井,秀夫
 東京大学 助教授 仁多見,俊夫
内容要旨

 昭和60年頃から労働生産性の向上と労働負荷の低減を目的として高性能林業機械の導入が行われた。しかし、我が国の森林は15度以上の傾斜地が約70%を占め、このような林地に従来のエクスカベータをベースマシンとする高性能林業機械をそのまま導入することは危険である。そのため、傾斜地での安定性を確保するために脚機構を備えた機械が開発されている。1960年代にヨーロッパで傾斜地対応の土木用として開発された脚と車輪併用式のいわゆる半脚式機械は、安定用脚2脚、車輪2輪と作業用ブーム1本を持つ。半脚式機械は脚により斜面での安定性を向上させたものの、歩行時に大きな滑りが生じるという問題がある。この滑りは半脚式機械の歩行速度を低下させ、滑りによる土壌撹乱は周辺の樹木の生長を阻害する。本論文は半脚式機械の歩行によって生じる土壌変形を再現できるモデルを構築し、半脚式機械の歩行と土壌変形に影響を与えるパラメータについて検討を行うものである。本論文は1章から7章で構成されており、各章の内容は次の通りである。

 1章では日本の林業機械の現状と開発状況について概括し、本論文の位置づけを行った。

 2章では半脚式機械の伐木造材作業の時間観測を行い、その動作および作業功程について分析し、半脚式機械の林業作業への適用性について考察した。作業功程は31.8m3/人・日であり、他の半脚式機械の作業事例とほぼ同じであるが、車両系機械の半分程度である。この原因は、作業用ヘッドが小形であること、歩行速度が遅いことが考えられる。歩行速度の向上は機械自体の動作を速くすることが第一であるが、その他の改良点として、1)安定用脚に歩行機能を持たせる、2)車輪走行もできるようにする、3)作業用ブームのリーチを長くすることが挙げられる。機械を改良した場合の作業時間は、作業用ヘッドの大形化によって17.5%、安定用脚の歩行機能装備によって18.3%短縮すると試算され、車両系機械の作業功程に近い値を得ることができ、十分に林業へ適用することができる。

 3章では伐木造材作業現場で歩行跡の調査を行い、半脚式機械の歩行時の滑り量を把握した。また、車両系機械に関する調査も行い、両者を比較しながら、土壌の締め固め、撹乱とその回復状況について考察した。半脚式機械の歩行跡には滑りによって、平地で幅50cm、長さ60cm、深さ30cm程度の穴が290cmごとに生じていた。平均勾配が16.5度の作業道では長さが90cmと大きかった。しかし、1年経過後には穴周囲の土砂の崩落による堆積物によって穴は浅くなり、作業道では穴が原因の路体崩壊も生じていなかった。また、土壌の締め固めも小さかった。したがって、今回の現場では林地へ与える影響は特に問題とならない程度であると考えられる。ただし、半脚式機械を育林作業用としても使用し、森林内のすべての場所で作業することを想定すると、今回のように大きな歩行跡は林地へ影響を与えることが懸念される。車両系機械をベースマシンとするハーベスタの轍は5cm程度と浅く、締め固めは深さ35cmまで及んでいるが、その締め固めは4年経過後にはかなり回復したのに対して、半脚式機械の歩行跡の穴の深さは30cm位と深く、根系を切断する可能性がある。したがって、歩行速度の向上と林地へ与える影響の軽減のために、滑りを減少させることが必要である。

 半脚式機械の歩行時の滑りは脚先荷重と脚先と土壌の接触の仕方によって決定され、数値計算的には、半脚式機械と土壌の運動方程式を連成して解くことによって、歩行跡の形状を決定することができる。4章では半脚式機械の運動方程式を導出し、モデルのパラメータを設定した。このモデルを使って、脚先荷重に対する歩行方法、動作速度、傾斜の影響について検討した。前後方向の脚先荷重は機体加速度と車輪の走行抵抗の合力であり、脚のテレスコピックを使う歩行では、動作速度を大きく設定しても機体加速度が変化しないため、脚先荷重の増加は小さい。しかし、作業用ブームの関節を使う歩行と比べて歩行速度が1/5程度であるため、脚のテレスコピックを使う歩行は慎重に歩行すべき場合に限られる。作業用ブームの関節を使う歩行では、歩行速度が大きくなる時、前後方向に傾斜がある時に脚先荷重が大きくなることが確認された。

 5章では拡張個別要素法を適用して土壌の力学モデルを構築し、このモデルの適合性を、パンタグラフ式脚を用いた土壌掘削実験と比較検討した。実験は豊浦砂と2mmのふるいで調整した土壌を詰めた土槽の中で脚を動かして行った。土壌反力は、脚先から30cmの所に貼ったひずみゲージと油圧シリンダに装着した圧力計を用いて計測した。脚を剛体として扱い、土壌を円形粒子としてモデル化して、2次元のシミュレーションを行った。豊浦砂実験では転がり摩擦係数が土壌反力へ与える影響について検討した。転がり摩擦係数0の場合はバネ定数を大きくしても土壌反力に変化がなかったが、転がり摩擦係数を5.0にした場合バネ定数を大きくすることによって大きな土壌反力を得ることができ、計測値に近い値を得ることができた。土壌実験ではひずみ限界値などの間隙バネに関係するパラメータが土壌変形へ与える影響について検討し、軟弱土と締め固め土のパラメータを決定した。間隙バネは粒子の微小な動きで破壊されてしまうため、計算時間間隔を通常の個別要素法より短く設定することにより対処した。

 6章では半脚式機械と土壌のモデルを連成し、シミュレーションによって半脚式機械の歩行跡の土壌変形を再現した。その結果、3章の調査結果で提示された歩行跡の土壌の締め固めが小さい原因が、脚先より下にある土壌粒子の下方への変位が小さいためであることが明らかになった(図1)。次にこのモデルを使って、2章で歩行速度向上の条件として挙げた3条件のうち、現状の半脚式機械でも実現可能な作業用ブームのリーチを長くすることの影響について検討した。リーチを長くすると、1回の歩行距離が長くなるため、歩行速度は大きくなる。締め固め土ではリーチ長を変えても土壌の内部変位が変化しないのに対して、軟弱土ではリーチ長を1.83mから2.83mにした場合、土壌の内部変位が約2倍になる。通常の半脚式機械の歩行でも土壌変形が大きいが、歩行速度を向上させるとさらに大きくなる。この問題は脚先面積を大きくすることによって解決することができる。軟弱土では脚先面積を大きくした場合、滑りが減少し歩行距離が増える。土壌変形を考慮に入れたモデルでは、歩行のために消費されるエネルギーには土壌を掘削するために要するエネルギーも含まれる。軟弱土では脚先面積を大きくすることによって土壌変形が大幅に小さくなるため、消費エネルギーは減少する。一方、締め固め土では通常の脚先面積でも滑りがほとんどなく、脚先面積を大きくしても歩行距離は変わらない。しかし、土壌の締め固め面積が増えるため消費エネルギーは増加する。したがって、土壌によって消費エネルギーを最少にする脚先面積は異なり、脚先形状が半脚式機械の歩行へ与える影響が大きいことが確認された。7章では本論文の総括を行った。

図1:歩行時の土壌変形(左)と土壌の内部変位(右)

 以上、本論文では半脚式機械の歩行速度の向上と林地へ与える影響の軽減のために、半脚式機械の歩行によって生じる土壌変形を再現できるモデルを構築し、2章で挙げた改良点や脚先形状について検討した。本手法は林業へ適用可能な半脚式機械の開発に資することができる。

審査要旨

 近年、労働生産性の向上と労働負荷の低減を目的として高性能林業機械の導入が行われた。しかし、我が国の森林は15度以上の傾斜地が約70%を占め、このような林地に従来の高性能林業機械をそのまま導入することは限界がある。そのため、傾斜地での安定性を確保するために脚機構を備えた機械が開発されている。半脚式機械は、安定用脚2脚、車輪2輪と作業用ブーム1本を持つ。しかし脚により斜面での安定性を向上させたものの、歩行時に大きな滑りが生じるという問題がある。この滑りは半脚式機械の歩行速度を低下させ、滑りによる土壌撹乱は周辺の樹木の生長を阻害する。

 本申請論文は半脚式機械の歩行によって生じる土壌変形を再現できるモデルを構築し、半脚式機械の歩行と土壌変形に影響を与えるパラメータについて検討を行うものである。

 本論文は1章から7章で構成されており、各章の内容は次の通りである。1章では日本の林業機械の現状と開発状況について概括し、本論文の位置づけを行った。2章では半脚式機械の伐木造材作業の時間観測を行い、その動作および作業功程について分析し、半脚式機械の林業作業への適用性について考察した。作業功程は、車両系機械の半分程度である。3章では伐木造材作業現場で歩行跡の調査を行い、半脚式機械の歩行時の滑り量を把握した。半脚式機械の歩行跡には滑りによって、平地で幅50cm、長さ60cm、深さ30cm程度の穴が290cmごとに生じていた。半脚式機械を育林作業用としても使用し、森林内のすべての場所で作業することを想定すると、今回のように大きな歩行跡は林地へ影響を与えることが懸念される。歩行速度の向上と林地へ与える影響の軽減のために、滑りを減少させることが必要である。半脚式機械の歩行時の滑りは脚先荷重と脚先と土壌の接触の仕方によって決定され、数値計算的には、半脚式機械と土壌の運動方程式を達成して解くことによって、歩行跡の形状を決定することができる。

 4章では半脚式機械の運動方程式を導出し、モデルのパラメータを設定した。このモデルを使って、脚先荷重に対する歩行方法、動作速度、傾斜の影響について検討した。脚のテレスコピックを使う歩行では、動作速度を大きく設定しても機体加速度が変化しないため、脚先加重の増加は小さい。しかし、作業用ブームの関節を使う歩行と比べ歩行速度が1/5程度であるため、脚のテレスコピックを使う歩行は慎重に歩行すべき場合に限られる。

 5章では拡張個別要素法を適用して土壌の力学モデルを構築し、このモデルの適合性をパンタグラフ式脚を用いた土壌掘削実験と比較検討した。実験は豊浦砂と2mmのふるいで調整した土壌を詰めた土槽の中で脚を動かして行った。土壌反力は、脚先から30cmの所に貼ったひずみゲージと油圧シリンダに装着した圧力計を用いて計測した。脚を剛体として扱い、土壌を円形粒子としてモデル化して、2次元のシミュレーションを行った。転がり摩擦係数0の場合はバネ定数を大きくしても土壌反力に変化がなかったが、転がり摩擦係数を5.0にした場合バネ定数を大きくすることによって大きな土壌反力を得ることができ、計測値に近い値を得ることができた。土壌実験ではひずみ限界値などの間隙バネに関係するパラメータが土壊変形へ与える影響について検討し、軟弱土と締め固め土のパラメータを決定した。6章では半脚式機械と土壌のモデルを連成し、シミュレーションによって半脚式機械の歩行跡の土壌変形を再現した。その結果、3章の調査結果で提示された歩行跡の土壌の締め固めが小さい原因が、脚先より下にある土壌粒子の下方への変位が小さいためであることが明らかになった。現状の半脚式機械でも実現可能な作業用ブームのリーチを長くすることの影響について検討した。リーチを長くすると、1回の歩行距離が長くなるため、歩行速度は大きくなる。通常の半脚式機械の歩行でも土壌変形が大きいが、歩行速度を向上させるとさらに大きくなる。この問題は脚先面積を大きくすることによって解決することができる。軟弱土では脚先面積を大きくした場合、滑りが減少し歩行距離が増える。土壌変形を考慮に入れたモデルでは、歩行のために消費されるエネルギーには土壌を掘削するために要するエネルギーも含まれる。7章では本論文の総括を行った。

 以上、本論文は、半脚式機械の歩行速度の向上と林地へ与える影響の軽減のために、半脚式機械の歩行によって生じる土壌変形を再現できるモデルを構築し、半脚式機械の改良点や脚先形状について検討した。本手法は林業へ適用可能な半脚式機械の開発に資することができる。

 以上のように、本研究は、傾斜地における安定性の高い半脚式機械を対象として、運動方程式を導出して動力学的モデルを構築するとともに、歩行時の力を受ける土壌に拡張個別要素法を適用して、反力と変形を忠実に再現可能なモデルを構築し、半脚式機械の歩行効率と、歩行が土壌に与える影響について検討することを可能とした。これらの手法は、半脚式機械にとどまらず、森林内で作業するあらゆる機械に適用可能であることから、学術上のみならず応用上も価値が高い。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと判断した。

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