酸性条件で土壌溶液中に溶出するアルミニウム(Al)は、酸性土壌での植物の生育を阻害する主要な因子の一つである。酸性化した土壌におけるAlの毒性が、作物収量の低下や森林の衰退をもたらすために大きな問題となっている。酸性土壌での生物生産を高めるため、植物のAl耐性機構を解明し、その耐性機能を利用することが求められている。植物のAl耐性に関する研究は、Al耐性の小さい作物種を主要な対象としてきたが、耐性機能が検出しにくいため、Al耐性機構を分子レベルで説明するまでに至っていない。一般に、酸性土壌において作物種よりも樹木が高い耐性を示すため、酸性土壌に適応して生育する樹木のAl応答特性を明らかにすることで、作物種が保持しないAl耐性機構が解明される可能性が高い。樹木のAl耐性機構を解明することにより、樹木のみならず作物を含めた植物の耐性機能を人為的に発揮させ、酸性土壌での生物生産を向上させることが可能になる。そこで本研究では、熱帯地域の酸性土壌において広く造林されているマメ科樹木のAl耐性を評価し、その耐性機構を解明することを目的とした。 第1章では、植物のAl毒性の発現機構およびAl耐性機構に関して展開されてきた研究をまとめ、本研究の位置づけをおこなった。 第2章では、マメ科樹木3種(Acacia mangium,Leucaena leucocephala,Paraserianthes falcataria)のAl耐性を評価し、Alの集積特性について解析した。培地にAlを添加する処理をおこなった根の伸長抑制の程度から、供試した3種のAl耐性はP.falcatariaで最も大きく、A.mangiumが中間であり、L.leucocephalaで最も小さいことがわかった。作物のAl耐性種が生育できる限界の濃度の10倍以上のAlに対してもP.falcatariaの根の伸長抑制が小さいことから、この種は極めて強い耐性機能を備えていると考えられる。 各器官におけるAlの集積量を求めたところ、供試した3種の全てで、Al処理によって地上部と比較して根のAl量が多くなり、特に根端のAl量が多くなることがわかった。また、処理したAlの濃度が高い場合、P.falcatariaの根端のAl量は、L.leucocephalaのそれより少ない傾向を示した。これらのことは、Alの最大の集積部位である根端において、Al耐性種のP.falcatariaがAlの吸収を抑制する機構を備えていることを示唆する。また、代謝阻害剤を共存させてAl処理をおこなった場合、P.falcatariaの根端のAl量が増大したが、L.leucocephalaではその傾向はみられなかった。このことは、Al耐性種のP.falcatariaの根端では、Alの吸収が代謝に依存して抑制されることを示唆する。 第3章では、まずはじめに、根から放出される有機酸について解析した。供試した3種の全てで、Al処理によって根から培地へのクエン酸の放出が増大することがわかった。クエン酸の放出量とAl耐性の順位が樹種間で一致し、P.falcatariaは、L.leucocephalaに比較して約8倍量のクエン酸を放出した。処理したAl濃度が高い場合、P.falcatariaとA.mangiumは、28日間の処理期間を通してクエン酸を放出したが、L.leucocephalaのクエン酸の放出は、Al処理後7日目以降では認められなかった。Alを含む培地にクエン酸を添加して栽培すると、供試した3種の全てで根の伸長抑制が発生しなかった。また、L.leucocephalaの根端に付着するAlがクエン酸溶液による洗浄で除去されたことから、クエン酸を多く放出するP.falcatariaでは、根端に付着するAlが少なくなると考えられる。これらの結果から、Al耐性種のP.falcatariaは、クエン酸を根から継続して放出することにより、Al毒性を軽減することがわかった。クエン酸は、Alとの結合力が最も大きい有機酸であることが知られており、クエン酸とAlがキレートを形成することによりAlの毒性が軽減されると考えられる。 現在までに、Al処理によってクエン酸を多く放出する作物種2種が明らかにされているが、いずれの種もリン酸欠乏に応答してクエン酸を放出した可能性を残している。これは、Alがリン酸と結合して難溶性のリン酸塩を形成することにより、リン酸欠乏が誘導されるためである。しかし、リン酸を含まない培地で栽培しても、供試した3種の全てでクエン酸の放出が誘導されなかった。このことから、これら3種のクエン酸放出は、Alに直接応答したものであることがわかった。 次に根のクエン酸量を調べたところ、Al処理によって、P.falcatariaとA.mangiumでクエン酸量が増えたが、L.leucocephalaでは増えなかった。このことは、根のクエン酸量を増大させることで、吸収されたAlについてもキレート結合により無毒化する機構をP.falcatariaとA.mangiumが持つことを示唆する。さらに、Al耐性種のP.falcatariaでは、クエン酸の蓄積がAl処理により放出と同様に増えることから、クエン酸の生成が誘導されると考えられる。 第4章では、Alに応答したクエン酸の代謝制御について解析した。エネルギー生産の過程において、クエン酸の代謝はおもにミトコンドリアでおこなわれる。このクエン酸代謝に関して、クエン酸合成酵素(CS)、イソクエン酸脱水素酵素(NADP-ICDH)、フォスフォエノルピルビン酸カルボキシル化酵素(PEPC)は、それぞれ生成、分解、基質の供給を調節する。Alに応答したクエン酸代謝の制御機構を明らかにするため、これらの酵素もしくは酵素遺伝子のAl応答特性を調べた。CSおよびPEPC遺伝子の一部をP.falcatariaからクローニングし、それぞれの遺伝子の発現を調べるための分子プローブに用いた。 Al処理したP.falcatariaにおける器官別のCS遺伝子の発現をノーザン解析によって調べたところ、根で特異的に誘導されるのに対し、葉では誘導されないことがわかった。また、P.falcatariaの根におけるCS遺伝子のmRNAの蓄積は、Al処理により8時間以内に増加したが、Alを含まない培地に戻すことで、処理開始時のレベルまで48時間以内に減少した。これらのことから、Al耐性種のP.falcatariaの根は、Alに応答するCS遺伝子の発現制御機構を備えていることがわかった。このCS遺伝子の発現制御は、Alに応じて短時間にクエン酸代謝を変化させることにより過剰のクエン酸の放出を防ぐための根の適応現象であると考えられる。L.leucocephalaの根におけるCS遺伝子のmRNAの蓄積はAl処理により増加しないことがわかった。このことから、Al感受性種のL.leucocephalaは、CS遺伝子の発現がAlに対して誘導されないため、クエン酸を多く放出できないと考えられる。また、Al処理した根におけるCS活性は、P.falcatariaで24時間以内に増大したが、L.leucocephalaで変化しなかった。このことは、Al耐性種のP.falcatariaの根におけるCS遺伝子の発現誘導が、Alに応答した放出のためのクエン酸の生成を誘導していることを示している。 Alに類似する環境ストレスに対するCS遺伝子の発現調節を明らかにするため、Alと同じ多価カチオンであるランタン過剰と、Alによって誘導される可能性があるリン酸欠乏を想定し、これらの処理によるP.falcatariaの根におけるCS遺伝子の発現を調べた。その結果、いずれの処理によってもCS遺伝子の発現が誘導されなかった。このことから、Al耐性種のP.falcatariaのCS遺伝子は、Al特異的な発現制御を受けると考えられる。 P.falcatariaおよびL.leucocephalaの根のNADP-ICDH活性は、ともにAl処理で変化しなかった。このことは、Al耐性種のP.falcatariaで多く合成されるクエン酸が、アミノ酸を合成するために消費されずに、Alに応答した放出や蓄積のために利用されることを示唆する。P.falcatariaの根におけるPEPC遺伝子の発現を調べると、Al処理にかかわらずmRNAの蓄積が一定であることがわかった。このことから、Al耐性種のP.falcatariaでは、Alに応答して短時間にクエン酸を生成することが、その基質量の制限を受けずに、CS遺伝子の発現誘導に依存して生成されるクエン酸合成酵素によって可能になると考えられる。 第5章では、本研究の成果をとりまとめ、マメ科樹木のAl耐性機構について考察した。Al耐性種のP.falcatariaは、遺伝子の発現が誘導されて産出されるクエン酸合成酵素(CS)がクエン酸の生成を増やすために、Alに対してクエン酸を継続して放出することができると推測した。一方、Al感受性種のL.leucocephalaは、クエン酸生成が誘導されないため、クエン酸放出によってAl毒性を軽減できないと推測した。 以上の研究によって、クエン酸を放出してAl毒性を軽減するマメ科樹木のP.falcatariaは、クエン酸合成酵素遺伝子の発現誘導を受けてクエン酸生成を増やすAl耐性機構を備えていることが明らかになった。本研究は、植物のAl耐性機構に直接関与する遺伝子の機能が確認された最初の例である。クエン酸合成酵素遺伝子の発現とAl耐性の発現の関係を証明できたことにより、形質転換によるAl耐性植物の作出を確実なものにする道を開いた。 |