学位論文要旨



No 114390
著者(漢字) 歌川,憲一
著者(英字)
著者(カナ) ウタガワ,ケンイチ
標題(和) 三浦半島佐島周辺海域におけるメバルの生活史に関する研究
標題(洋)
報告番号 114390
報告番号 甲14390
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1998号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 水圏生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 谷内,透
 東京大学 助教授 青木,一郎
 東京大学 助教授 渡邊,良朗
 東京大学 助教授 佐野,光彦
 東京大学 客員教授 陳,哲聰
内容要旨

 三浦半島西岸のほぼ中央部に位置する佐島周辺海域では、メバルは漁業や遊魚の対象として、重要な魚類であるため、この海域を管轄する横須賀市大楠漁業協同組合は、メバルの資源管理を意図している。そのためには、この海域におけるメバルの生活史に関する情報を把握することが必要である。メバルの生活史に関する諸特性の一部はこれまでも研究が行なわれてきたが、場所、時間が異なっており、しかも生活史を総合的に把握し、考察した事例は皆無である。したがって、過去の研究で得られた生活史の各局面におけるパラメータを、機械的に佐島のメバルに当てはめるのは適当ではなく、佐島周辺のメバルの調査に基づいて過去の報告との異同を検証することが必要である。本論文では、佐島周辺海域におけるメバルの生活史に関する知見を得ることを目的とした。

1.年齢と成長(1)年齢査定

 312個体の耳石(扁平石)を用いて年齢査定を行った。透明帯が4〜9月に一本形成されることが確認されたので、透明帯を年輪とした。透明帯の形成が完了する9月と、受精の時期と仮定した1月1日との間に3ヶ月の差が生じるため、成長式を求める際には年齢tに対してt-0.3の補正を行った。耳石輪径から逆算した体長にvon Bertalanffyの成長式を当てはめると次のようになった。

 

 

 ここでtは年齢、Ltは年齢tの時の標準体長(mm)である。標本の最高年齢は雄では6歳で体長186.1mm、雌では7歳で体長223.9mmであった。近隣の市場調査ではこれらの体長を越えるメバルは1例を除いて存在せず、上記年齢はこの海域における最大年齢であると推測された。したがって、この海域におけるメバルの寿命は雄6歳、雌7歳と推定された。

(2)日齢査定

 浮遊仔稚魚は体長6.8〜13.4mm(34個体)の範囲にあり、耳石(礫石)に10〜55本の輪紋が見られた。体長と輪紋の関係はSL=0.16D+5.12と表わされた。ここで、SLは体長(mm)、Dは輪紋数である。輪紋が1日に1本できると仮定すると、出産日は1月7日から2月25日と推定され、盛期は1月下旬であった。この期間は生殖腺指数の変化からみた出産の推定時期とほぼ一致した。

2.成熟

 423個体の生殖腺指数{(生殖腺重量/体重)×100}、肥満度〔{(体重-生殖腺重量)/体長3.18}×105〕、肝量指数{(肝臓重量/体重)×100}を求めた。雄の生殖腺指数は12月がピークとなるが1、2月は減少する。一方、雌の生殖腺指数は1月がピークで、2月に急減した。これらのことから、交尾期は12〜1月、仔魚の出産は1〜2月が中心であると推定された。繁殖の時期と考えられる12〜2月の生殖腺指数をみると、雌雄ともに体長130mmを境として、生殖腺指数に変化がみられた。生殖腺指数は、雄では11〜12月に急増し、雌では12〜1月に急増することが判明した。したがって、130mmが成熟体長であると推論される。体長130mmは雌雄ともにほぼ3歳に該当する。肥満度は年間通して大きな変動は見られなかったが、雌雄ともに12月が最低だった。肝量指数は雌雄ともに1月に最低を記録した。2つの指数の季節変化から、繁殖期には栄養状態が悪化することが示唆された。胎仔を持つ親が採集されなかったため、卵巣内の卵数より本種の繁殖力を推定した。卵径分布は、11〜2月にかけて、尖度の強い単峰性を示すことから、本種は一回産仔魚であることが確認された。次に、体長と孕卵数の関係はF=0.052S L2.661で表された。ここでFは孕卵数、SLは標準体長(mm)である。本海域のメバルは、2万3千粒(体長132.1mm)から9万3千粒(体長223.9mm)の範囲の孕卵数を持つことが判明した。

3.食性

 372個体の空胃率{(空胃個体数/標本数)×100}、胃内容物重量指数〔{胃内容物重量/(体重-胃内容物重量-生殖腺重量)}×100〕、餌生物の重量百分率{(ある餌生物の重量/胃内容物重量)×100}と出現百分率{(ある餌生物を摂餌していた個体数/摂餌個体数)×100}を調べた。空胃率の高い6〜9月には、胃内容物重量指数も低かった。一方、2〜5月には空胃率は低く、胃内容物重量指数は高い値を示した。6〜9月は高水温の時期であり、2〜5月は繁殖終了後の時期であることから、それぞれの値は生理状況を反映していると推察される。本種の主要な餌生物は、重量百分率、出現百分率ともに高いアミ類(重量百分率、出現百分率;25.8%、53.6%、以下同様)、重量百分率は高いが出現百分率の低い多毛類(33.2%、11.3%)、エビ・カニ類(21.1%、11.7%)、重量百分率は低いが出現百分率の高いカイアシ類(43.9%、4.3%)、ヨコエビ類(44.4%、8.4%)の5種であった。魚類は重量百分率、出現百分率ともにやや低い値を示した(5.7%、10.6%)。その他の餌生物は重量百分率、出現百分率とも10%未満であった。重量百分率から体長別の食性をみると、カイアシ類は成長に伴い重量百分率が減少し、多毛類は増加する傾向がうかがわれた。また、どの体長でもカイアシ類、ヨコエビ類、アミ類は出現した。季節別にみると、カイアシ類、ヨコエビ類、アミ類の出現百分率は重量百分率に比べ安定していた。以上のことから、この海域におけるメバルの餌生物は、体長、季節を問わず、カイアシ類、ヨコエビ類、アミ類が中心であり、これらの外に、多毛類、エビ・カニ類、魚類も利用することがわかった。稚魚(体長16.7〜43.2mm)に関しては、2〜5月に採集した標本に基づいて別個に観察したところ、カイアシ類、アミ類が主要な餌生物であることが明らかになった。

4.生息場所(1)トランセクト調査

 生息環境が異なる7個所、すなわち、沖よりの岩礁域、沖よりの砂地、岸よりの岩礁域、岸よりの砂地、テトラポッド沖側、テトラポッド岸側、浮桟橋にトランセクトを設定し、出現するメバルの数と体長を記録した。1996〜1997年の2年間では、沖よりの岩礁域、岸よりの岩礁域、テトラポッド岸側、浮桟橋の4地点でメバルが出現し、その他の地点ではほとんど観察されなかった。岩礁域で多数観察されたが、体長別にメバル出現状況をみると、沖よりの岩礁域では体長50mm以下の個体は観察されなかったのに対して岸よりの岩礁域では50mm以下から150mm以上までさまざまな体長のメバルが観察された。一方、テトラポッド岸側、浮桟橋では50mm以下の個体だけが観察された。以上の結果、体長により出現場所が異なることが明らかとなった。

(2)当歳魚の成長に伴う生息場所の変化

 生息場所の利用状況を、2ヶ月ごとに集計し、当歳魚の成長に伴う生息場所の変化を調べた。当歳魚は1〜2月にテトラポッド岸側、浮桟橋で観察された。3〜4月になるとテトラポッド岸側では観察されなくなったが、浮桟橋では引き続き観察され、岸よりの岩礁域にも出現するようになった。浮桟橋と岸よりの岩礁域での当歳魚の出現は5〜6月まで確認された。一方、1-6月には沖よりの岩礁域での出現はほとんどみられなかった。7月から12月にかけては、岸よりの岩礁域、浮桟橋では当歳魚が観察されず、沖よりの岩礁域で多数観察された。以上の結果から、当歳魚は成長するにつれ、岸から沖合へ向け生活場所を変化させることが明らかになった。

(3)微細生息状況

 微細生息状況の調査はスキューバ潜水を用いて行い、水深、水温、成群状態、出現層、構造物、離底距離、底質の各項目について、体長別に出現したメバルを記録した。各項目について出現状況に体長による差があるかどうかを分散分析を用いて解析し、体長によって生息状況が異なることが明らかとなった。まず、体長50mm以下の当歳魚では、藻場の表層域で5尾以上の群れを形成する。51-150mmの体長範囲のメバル(1-4歳)では群の大きさにより2つのパターンに分かれる。すなわち、5尾以下では底層で着底する、もしくは海底からの距離が50cm以下の場所で観察されるのに対し、5尾以上では中層や底層で浮遊、または遊泳行動をしていた。150mmより大きい個体(5歳以上)は、繁殖期以外では底質が境界地になっている10m以浅の水域で多く観察された。

 以上の結果から当海域におけるメバルの生活史を概観すると以下のようになった。当歳魚は、出産後3ヶ月程度の浮遊生活を送ったのち体長30mm程度で浅海域に出現する。表層域で群れを形成し、カイアシ類、アミ類を摂餌しながら成長し、体長が50mmを超えるようになると、次第に生息場所を岸よりの表層域から沖よりの底層域へと移し、4歳程度まではここを主要な生活場所として、カイアシ類、アミ類、ヨコエビ類を中心に多毛類、エビ・カニ類、魚類等を摂餌して生活する。繁殖には3歳から参加し、仔魚の出産も沖よりの底層域を中心に行われる。5歳以上の大型個体では、岸よりの岩礁域を生活場所とするようになる。

 生活史の諸特性を過去の事例と比較したところ、大きな相違は見られなかった。したがって、メバルは海域が異なっても生活史に大きな変化がみられない種であると推測される。今後は本海域における個体群の動態について調べ、資源管理を実際に行う際の基礎データを作成することが重要である。

審査要旨

 魚類の資源管理を行うにあたっては,基礎的情報である生活史の諸側面を明らかにすることが不可欠である.本論文は三浦半島佐島周辺海域において,漁業上また遊漁上重要な魚類であるメバルの,成長,成熟,食性,さらに行動観察に基づく生息場所について調査研究を行い,生活史に関する基礎的知見を明らかにしたものである.本論文の概要は以下のとおりである.

1.年齢と成長

 312個体の耳石(扁平石)を用いて年齢査定を行った.透明帯を年輪としたが,透明帯の形成が完了する9月と,受精の時期と仮定した1月1日との間に3ヶ月の差が生じたため,成長式を求める際に年齢tに対してt-0.3の補正を行った.von Bertalanffyの成長式は次のように求まった.

 114390f03.gif

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 ここでtは年齢,Ltは年齢tの時の標準体長(mm)である.また,寿命は雄6歳(186.1mm),雌7歳(223.9mm)と推定された.

 体長6.8〜13.4mm(34個体)の浮遊仔稚魚で,耳石(礫石)に10〜55本の輪紋が観察され,体長(SL,mm)と輪紋数(D)の関係を求めるとSL=0.16D+5.12と表わされた.この関係から出産日を逆算すると,出産の盛期は1月下句と推定された.

2.成熟

 423個体の生殖腺指数{(生殖腺重量/体重)×100},肥満度〔{(体重-生殖腺重量)/体長3.18}×105〕,肝量指数{(肝臓重量/体重)×100}を求めた.雌雄の生殖腺指数の経月変化から,交尾期は12〜1月,仔魚の出産は1〜2月が中心であると推定された.成熟体長は雌雄ともに体長130mmで,雌雄ともにほぼ3歳に相当する.本種の繁殖力を推定したところ,標準体長(SL,mm)と孕卵数(F)の関係はF=0.052SL2.661として求められた.本海域のメバルは,2万3千粒(体長132.1mm)から9万3千粒(体長223.9mm)の範囲の孕卵数を持つことが判明した.

3.食性

 372個体の空胃率{(空胃個体数/標本数)×100},胃内容物重量指数〔{胃内容物重量/(体重-胃内容物重量-生殖腺重量)}×100〕,餌生物の重量百分率{(ある餌生物の重量/胃内容物重量)×100}と出現百分率{(ある餌生物を摂餌していた個体数/摂餌個体数)×100}を調べた.空胃率は低く,胃内容物重量指数も低かったことから,当海域のメバルでは摂餌状態は良好だが摂餌量は少ないことが明らかとなった.主要な餌生物は,重量百分率,出現百分率の観点からアミ類,カイアシ類,ヨコエビ類,多毛類,エビ・カニ類であり,浮遊稚魚(体長16.7〜43.2mm)では、カイアシ類,アミ類と推定された.

4.生息場所

 生息環境が異なる7地点,沖よりの岩礁域,沖よりの砂地,岸よりの岩礁域,岸よりの砂地,テトラポッド沖側,テトラポッド岸側,浮桟橋にトランセクトを設定し,出現するメバルの数と体長を記録した.メバルが周年にわたり利用する生息場所は,沖より,岸よりの岩礁域,季節的に利用する生息場所はテトラポッド岸側,浮桟橋であった.沖より,岸よりの砂地,テトラポッド沖側は利用しないことが判明した.

 生息場所の利用状況を,2ヶ月ごとに集計し,当歳魚の成長に伴う生息場所の変化を調べたところ,当歳魚は1-6月には岸よりの浅海域で観察されたが,沖よりの岩礁域にはほとんど出現しなかった.逆に7-12月には沖よりの岩礁域で多数観察されるが,岸よりの浅海域には出現しなかった.以上の結果から,当歳魚は当初岸よりの浅海域で生活するが,成長するにつれ岸から沖合へ向け生活場所を変化させることが明らかになった.

 微細生息状況の調査はスキューバ潜水を用いて行い,水深,水温,成群状態,出現層,構造物,離底距離,底質の各項日について,体長別に出現したメバルを記録した.出現状況に体長による差があるかどうかを分散分析により解析し,以下の結果を得た.体長50mm以下の当歳魚では,藻場の表層域で群れを形成した.51-150mmの体長範囲のメバル(1-4歳)では群の大きさによって以下の2つに分けられた.5尾以下では海底近くで生活し,6尾以上では中層や底層で浮遊,または遊泳行動を行なっていた.151mm以上の個体(5歳以上)は,10m以浅の水域での出現が多く観察された.

 以上本論文は,漁業上重要な資源であるメバルについての生活史に関する情報を総合的に解析したものであり,学術上,応用上貢献するところが少なくない.よって審査員一同は,本論文が博士(農学)論文として価値あるものと認めた.

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