学位論文要旨



No 114391
著者(漢字) 山田,義行
著者(英字)
著者(カナ) ヤマダ,ヨシユキ
標題(和) プロテオバクテリアに属する主要魚類病原細菌のスーパーオキシドジスムターゼ遺伝子の解析
標題(洋)
報告番号 114391
報告番号 甲14391
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1999号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 水圏生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 若林,久嗣
 東京大学 教授 大和田,紘一
 東京大学 教授 渡部,終五
 東京大学 助教授 木暮,一啓
 東京大学 助教授 小川,和夫
内容要旨 1.研究目的

 近年の遺伝子解析技術の発展は魚類病原細菌研究に対し大きな影響を与え、菌種の確実な同定や病原体の疫学的研究に遺伝子解析は欠かせない存在となった。しかし、菌種の同定に利用される16SrRNA遺伝子(16SrDNA)のシークエンス解析では、近縁種との相同性が高すぎる点、種内変異が大きい菌種が存在する点、multiple geneであるため同じ株内でのコピー間の違いが存在する点などが問題とされ、これに代わる新しい遺伝子の発見が望まれている。また疫学的研究に利用されるRAPD,PFGE,DNA-DNA hybridizationのように細菌の全ゲノムを比較する手法では、非常に多様な集団を検出する場合が多く、有用な情報を導き出すことが難しい点が問題とされ、より大きな集団の解析ができる手法を併用しなければならないことが指摘されている。

 そこで本研究では菌種の同定では16SrDNAより優れた結果が得られ、疫学的研究では全ゲノム解析より大きな集団を検出できると考えられる特定の遺伝子のシークエンス解析を、魚類病原細菌研究に応用することを目的とした。そして標的とする遺伝子には、活性酸素種であるスーパーオキシドアニオンを消去し、殆ど全ての生物において酸素毒性に対する重要な防御機構としての役割を果たす酵素であるスーパーオキシドジスムターゼ(SOD)をコードする遺伝子を選択して、プロテオバクテリアにおけるSOD遺伝子の分子進化について明らかとすると共に、SOD遺伝子の解析を魚類病原細菌研究へ応用した。

2.プロテオバクテリアにおけるSOD遺伝子の分子進化について

 シュードモナス科細菌、腸内科細菌、エロモナス科細菌そしてビブリオ科細菌の標準株・参照株からFe-SODをコードする遺伝子(sodB)およびMn-SODをコードする遺伝子(sodA)をPCRにより増幅し、そのシークエンスの決定を試みた結果、sodBで78菌種117株、sodAで33菌種58株のシークエンスを決定し、sodBでは供試した魚類病原細菌24菌種すべてから決定できた。決定したシークエンスはsodBで415〜505bp、sodAで496bp〜541bpであり、これはSOD遺伝子全長のおよそ70〜85%に相当すると推定される領域である。そして決定したSOD遺伝子による系統解析の結果、作製された系統樹は全体像はこれまでに報告されている系統樹と同様に分岐し、細菌の系統に沿った分子進化をしてきたことが判明した。しかし、Edwardsiella属細菌のsodBでは他の腸内科細菌と異なる分子進化をとげていたこと、またAeromonas salmonicidaのsodBでは3亜種が同一のシークエンスを持ち他の菌種に比べ高い保存性を示したことなどから、細部ではそれぞれが独自の進化をとげ、遺伝子の保存性も属や種によって異なることが判明した。

 属や種で異なるという特徴がSOD独自の分子進化であるかどうかは、これまでの研究とは対象とした範囲が一致しないため、解明はできていない。しかし構造タンパク質の分子進化の一つのパターンとして興味深い結果であり、特にEdwardsiella属細菌やA.salmonicidaはSODの分子進化の特徴が最も大きく現れている菌種と考えられ、これらの菌種ではさらに詳細に検討する必要があると考えられた。

3.sodBによるEdwardsiella属細菌の系統解析について

 他の腸内科細菌とは異なる分子進化をとげてきたことが判明したため、Edwardsiella属細菌ではsodBによる系統解析が無意味である可能性も否定することはできない。そこで種内変異も考慮して39株からシークエンスを決定し属内における系統を解析した結果、30株のE.tardaが遺伝的に2つのグループに分かれ、一方は爬虫類・鳥類から分離されるE.hoshinaeに近いグループ、そしてもう一方は魚類病原細菌のE.ictaluriに近いグループであるという結果を得た。

 そこでE.tardaの分岐が何を意味するかを明らかとするため、酵素電気泳動法によるSODおよびカタラーゼ分子構造の比較、16SrDNAのRFLP解析などの手法により153株の集団解析を行った結果、これらの手法でも2つに分かれることが判明し、E.tardaの種内における遺伝的差異はSODだけではないことが判明した。さらに、代表14株から16SrDNAのシークエンスを決定し系統解析を行った結果、sodBによる系統樹と同様の分岐をし、sodBによる系統解析の結果は16SrDNAによっても支持されることが判明した。

 以上の結果から明らかとなったE.tardaの系統として、E.ictaluriと同じクラスターにはウナギ、ヒラメ、マダイなど様々な病魚から分離された全ての株と感染実験で魚類病原性が確認された全ての株、そしてこのクラスターにはウナギ病魚から分離された未同定のEdwardsiella属細菌も属し、魚類の疾病に関連した株は全てこのクラスターに属した。一方、ウナギ池水・池底土および健康なウナギの腸内容物から分離された株には双方の株が混在していたが、そのうち魚類に対して非病原性であることが確認された全ての株はE.hoshinaeと同じクラスターに属すことも判明した。この事実から、sodBによる系統樹が示した分岐はEdwardsiella属細菌において魚類病原性を獲得した歴史を反映しているのではないかという仮説に至り、sodBによるEdwardsiella属細菌の系統解析は魚類病原細菌研究にとって意義のあるものと考えられた。

4.Aeromonas salmonicidaにおけるsodBの保存性について

 sodBの種内変異の実態を調べるため、A.salmonicida 49株からシークエンスを決定した結果、全ての株がその亜種(salmonicida,achromogenes,masoucida)、由来(サケ科魚類,コイ科魚類,ウナギ,海産魚など)、様々な各種性状(チトクロームオキシダーゼ非産生,カタラーゼ非産生など)、分離された国や地域(日本,USA,U.K.)の違いにかかわらず同一のシークエンスを持つことが判明し、sodBは種で保存されていると考えられた。しかし、A.salmonicidaに分類される菌株は種に共通な性状がわずか4項目しかないほど遺伝的に多様な菌種であることが知られているため、49株の解析だけで結論に結びつけることには疑問が持たれた。

 そこで、さらに多数の菌株での保存性を確認するためA.salmonicidaのsodBに特異的な領域にプライマーを設計し、簡易的な評価法ではあるがPCR法でsodBの保存性を検討した。まずその特異性について検討した結果、418塩基中3塩基対に同義置換がみられた運動性エロモナスの株でも識別が可能で、プロテオバクテリアに属する72菌種197株で調べた限り、偽陽性と判断された株は存在しなかった。そしてA.salmonicida 158株からsodBの増幅を試みた結果、全ての株から目的のサイズのDNA断片が増幅され、sodBが種で保存されていることが確認された。

 以上の結果から、A.salmonicidaのsodBのおよそ70%に相当するシークエンスは種が分岐した頃から同義置換も起こさずに保存され続けていると考えられた。また、ここで作製したプローブはA.salmonicidaの同定を種レベルで可能にするもので、今後A.salmonicidaのスクリーニングなどに有用なツールとなり得ると考えられた。

5.sodBによる病魚および環境由来株の同定

 魚類病原細菌研究への応用として、sodBによる菌種の同定が可能かどうかを検討するため、様々な病魚・環境由来の株についてsodBのシークエンス解析を行った結果、Pseudomonas anguilliseptica,Yersinia ruckeri,Vibrio carchariae,Vibrio ordaliiでは標準株・参照株と同一のシークエンスが得られ、また異なるシークエンスの株が存在したPseudomonas fluorescens,Photobacterium damsela subsp.piscicida,Vibrio anguillarumでも、標準株・参照株と同じクラスターとなる結果が得られたことから、菌種の同定は可能であると考えられた。一方、運動性エロモナスではsodBを決定した35株から34種類の遺伝子型が得られ、sodBだけでの同定は難しいことが判明した。しかし16SrDNAではA.salmonicidaと区別できないA.bestiarumをsodBは分けることができ、また他の運動性エロモナスではシノニムである株は同じクラスターに属した。これらの結果はsodBによって菌種を同定する試みが運動性エロモナスでも適用できることを支持しており、今後DNA-DNA hybridizationの結果との関連性などを調べることで、菌種の同定への利用も可能なのではないかと考えられた。

 以上の結果からsodBの解析は魚類病原細菌の同定に有用であることが判明した。また、今回は菌種の同定をすることができなかったVibrio属の環境由来株のような魚類病原細菌以外の菌種の同定も、今後さらに多くの標準株のシークエンスを決定することで可能になることが予想され、16SrDNAに代わる遺伝子として十分利用でき得る手法であると考えられた。

 以上の一連の研究から、魚類病原細菌研究へSOD遺伝子を利用することには数多くの利点が存在することが判明した。これはSOD遺伝子が細菌の系統を反映していながらも、A.salmonicidaとE.tardaという2つの菌種では全く違っていたように、属や種それぞれで独自の進化をとげているためである。そのため魚類病原細菌研究では菌種次第で様々な用途に応用することが可能と考えられ、SOD遺伝子のシークエンス解析は今後の発展が期待される研究の一つであると考えられた。

審査要旨

 近年、菌種の同定や病原体の疫学的研究に遺伝子解析は欠かせないものとなった。そこで本研究では、多くの魚病細菌が属するプロテオバクテリアについて、酸素毒性に対する重要な防御機構としての役割を果たすスーパーオキシドジスムターゼ(SOD)遺伝子の分子進化を解析すると共に、それを魚類病原細菌研究へ応用することを目的とした。

1.プロテオバクテリアにおけるSOD遺伝子の分子進化について

 シュードモナス科細菌、腸内科細菌、エロモナス科細菌、ビブリオ科細菌についてSOD遺伝子のシークェンスを決定した(78菌種117株のsodBと33菌種58株のsodA)。SOD遺伝子による系統樹の全体像は既報の系統樹と同様に分岐していた。しかし、細部をみるとEdwardsiella属細菌のsodBは他の腸内科細菌と異なる分子進化をしていること、またAeromonas salmonicidaのsodBは3亜種が同一のシークエンスをもち他の菌種に比べ保存性が極めて高いことが明らかとなった。

2.sodBによるEdwardsiella属細菌の系統解析について

 供試した30株のE.tardaは、爬虫類・鳥類から分離されるE.hoshinaeに近いグループと魚類病原細菌のE.ictaluriに近いグループ2つに分かれた。そこでSODおよびカタラーゼの酵素電気泳動および16SrDNAのRFLPにより153株の集団解析を行った結果、これらの手法でも2つに分かれた。さらに、代表14株から16SrDNAのシークエンスを決定し系統解析を行った結果、sodBによる系統樹と同様の分岐をし、sodBによる系統解析は16SrDNAによっても支持されることが明らかとなった。

 E.ictaluri同じクラスターには種々の病魚から分離された全てのE.tarda株と感染実験で魚類病原性が認められた全てのE.tarda株が属した。一方、池水・地底土および健康魚の腸内からの分離株のうち魚類に対して非病原性であることが確認された全てのE.tarda株はE.hoshinaeと同じクラスターに属した。このことからsodBによる系統樹が示した分岐はEdwardsiella属細菌において魚類病原性を獲得した歴史を反映している可能性が示唆された。

3.Aeromonas salmonicidaにおけるsodBの保存性について

 49株のsodBのシークエンスを決定した結果、分離された地域や魚種、亜種や表現型が異なるにも係わらず全ての株が同一のシークエンスをもつことが明らかになった。そこでA.salmonicidaのsodBに特異的なプライマーを設計し、さらに多数の菌株での保存性をPCRを検討した。A.salmonicida 158株からsodBの増幅を試みた結果、全ての株から目的のサイズのDNA断片が増幅され、sodBが種で保存されていることが確認された。すなわち、A.salmonicidaのsodBのおよそ70%に相当するシークエンスは種が分岐した頃から同義置換も起こさずに保存され続けており、また、ここで作製したプローブはA.salmonicidaの同定に利用できることが分かった。

4.sodBによる病魚および環境に由来する魚病細菌の同定

 sodBによる魚類病原細菌の同定が可能かどうかを検討するため、様々な病魚・環境由来の株についてシークエンス解析を行った結果、Pseudomonas anguilliseptica,Yersinia ruckeri,Vibrio carchariae,Vibrio ordaliiでは標準株・参照株と同一のシークエンスが得られた。また異なるシークエンスの株が存在したPseudomonas fluorescens,Photobacterium damsela subsp.piscicida,Vibrio anguillarumでも、標準株・参照株と同じクラスターとなる結果が得られたことから、菌種の同定は可能であると考えられた。一方、運動性エロモナスではsodBを決定した35株から34種類の遺伝子型が得られ、sodBだけでの同定は難しいことが判明した。

 以上の一連の研究から、SOD遺伝子が細菌の系統を反映していながらも、重要な魚病細菌であるA.salmonicidaとE.tardaの2つの菌種では既報の系統樹と相当に違っていたように、属や種それぞれで独自の進化をとげていることが明らかとなった。すなわちSOD遺伝子のシークエンス解析は今後さらに多くの菌種で様々な用途に応用することが可能と考えられる。これらの成果は、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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