藍藻類は、水圏だけでなく、土壌中、温泉、極地などの特殊な環境においても生育し、その種類は極めて豊富である。このような種の多様性および環境適応能力は、それらが作り出す代謝産物の多様性にも反映していると考えられる。また、独立栄養によって増殖するという特徴を持つことから再生産可能であるため、現存の生態系を壊さずに有用物質の探索が行える。これらの経緯からこれまでに、毒性、抗菌性、抗カビ性、細胞毒性などを指標として多くの生物活性物質が単離・構造決定されている。一方、藍藻類の中でも、アオコを形成することで知られるMicrocystis aeruginosaについては、肝臓毒microcystin類に関する研究が主であり、それら以外の生物活性物質に関してはあまり研究が行われていない。 申請者は、このような背景に基づき、6種のプロテアーゼ阻害活性を主たる指標にして国立環境研究所(NIES)より分譲をうけた13株のM.aeruginosaについて活性成分の単離・構造決定を行い、24種の新規化合物を発見した。本論文は、M.aeruginosaの産生するプロテアーゼ阻害物質を単離し、その立体化学を明らかにするとともに、プロテアーゼ阻害様式を詳細に解析したものであり、5章よりなる。 第1章では、6種のプロテアーゼ阻害活性を指標にして国立環境研究所より分譲をうけた13株のM.aeruginosaについてスクリーニングを行っている。その結果、13株中11株が何らかのプロテアーゼ阻害活性を示し、M.aeruginosaがプロテアーゼ阻害物質の有用な探索源であることを見い出した。 第2章では、M.aeruginosaの大量培養藻体から、プラスミン阻害物質micropeptin90、478-A、478-Bおよびキモトリプシン阻害物質micropeptin88-A-Fの単離・構造決定について述べている。これらペプチドの平面構造は、FABMSおよび各種NMRスペクトルの解析により決定し、3-amino-6-hydroxy-2-piperidone(Ahp)を有する環状デプシペプチドであることを明らかにした。また、NMR、化学反応および有機合成を組み合わせることによって全ての化合物について絶対構造を決定している。Micropeptin類のプロテアーゼ阻害活性は構成アミノ酸によって大きく異なるが、その阻害機構についても、構造活性相関により詳細に解析した。 第3章では、トリプシン、トロンビンおよびプラスミンに対して強い阻害活性を示すaeruginosin98-A-C、101、298-A、298-B、89-Aおよび89-Bを大量培養藻体より単離・構造決定している。これらのペプチドは新規イミノ酸2-carboxy-6-hydroxyoctahydroindole(Choi)を含む直鎖ペプチドであり、特にこのイミノ酸とアルギニン誘導体の絶対立体化学をNMR、化学反応および有機合成を組み合わせることによって明解に決定している。また、aeruginosin類のプロテアーゼ阻害機構についても構造活性相関により詳細に検討し、C末端のアルギニン誘導体の構造が活性の発現に大きく関与することを明らかにした。 第4章では、ロイシンアミノペプチダーゼ阻害物質microginin299-A-D、アンジオテンシン変換酵素阻害物質microginin478、これら酵素に対して阻害活性を示さなかったmicroginin99-Aおよび99-Bを単離・構造決定した。これらのペプチドはN末端に新規-アミノ酸である3-amino-2-hydroxydecanoic acid(Ahda)を有する直鎖ペプチドであり、NMRや化学反応を組み合わせることによってmicroginin478以外の化合物については絶対構造を決定した。また、microginin類の構造活性相関にについても詳しく述べている。特にロイシンアミノペプチダーゼの活性の発現には、-アミノ酸が重要であること明らかにした。 第5章では、藍藻M.aeruginosaの産生するプロテアーゼ阻害物質の生態内および生体内における機能について総合的に討論を行っている。 以上、本論文は、藍藻M.aeruginosaの産生する新規プロテアーゼ阻害物質micropeptin類、aeruginosin類、microginin類の単離・構造決定を行い、絶対構造を明らかにし、さらにそれらの酵素阻害機構について構造活性相関を基に詳細に解析したものであって、学術上、応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |