学位論文要旨



No 114393
著者(漢字) 石田,啓史
著者(英字)
著者(カナ) イシダ,ケイシ
標題(和) 藍藻Microcystis aeruginosaの生物活性物質に関する研究
標題(洋) Studies on biologically active compounds of the cyanobacterium Microcystis aeruginosa
報告番号 114393
報告番号 甲14393
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2001号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 水圏生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 村上,昌弘
 東京大学 教授 伏谷,伸宏
 東京大学 教授 阿部,宏喜
 東京大学 教授 渡部,終五
 東京大学 助教授 松永,茂樹
内容要旨

 藍藻類は、水圏だけでなく、土壌中、温泉、極地などの特殊な環境においても生育し、その種類は極めて豊富である。このような種の多様性および環境適応能力は、それらが作り出す一次代謝産物だけでなく、二次代謝産物の多様性にも反映していると考えられる。また、独立栄養によって増殖するという特徴を持つことから再生産可能であるため、現存の生態系を壊さずに有用物質の探索が行える。これらの経緯からこれまでに、毒性、抗菌性、抗カビ性、細胞毒性などを指標として多くの生物活性物質が単離・構造決定されている。一方、藍藻類の中でも、アオコを形成することで知られるMicrocystis aeruginosaについては、肝臓毒microcystin類以外の生物活性物質の研究はあまり行われていない。そこで本研究では、6種のプロテアーゼ阻害活性を指標にして国立環境研究所(NIES)より分譲をうけた13株のM.aeruginosaについて活性成分の単離・構造決定を試みた。

 以下に示す31種の化合物は、藍藻M.aeruginosaの凍結乾燥藻体を80%メタノールで抽出し、溶媒分画、ODSのカラムクロマトグラフィーおよびHPLCにより単離・精製した。これら化合物の平面構造はFABMSおよび各種NMRスペクトルの解析により決定した。また、通常アミノ酸およびN-Meアミノ酸の立体化学は酸加水分解物を誘導体化し、HPLCまたはキラルGC分析によって決定した。

1.プロテアーゼ阻害物質(1)Micropeptin類

 Micropeptin90(1)、478-A(2)および478-B(3)はプラスミンに対して阻害活性を示し、micropeptin88-A-F(4-9)はキモトリプシンに対して阻害活性を示した。

 1-3のglyceric acid3-O-sulfate(2,3-O-disulfate)の立体化学は、これらペプチドの酸加水分解物をO-heptafluorobutyryl isopropyl ester誘導体化し、キラルGCによってD型であると決定した。また、2および3のchloro N-Me Tyrの立体化学は、塩化スルフリルを用いてN-Me L-Tyrからchloro N-Me L-Tyrを合成し、Marfey誘導体のHPLC分析によってL型であると決定した。さらに、3-amino-6-hydroxy-2-piperidone(Ahp)の立体化学は、1-3の場合はPCCを用いて酸化し、酸加水分解することによってL-Gluが得られたことからAhpの3位はSであり、NOESYスペクトルによって得られたAhpの相対立体化学とあわせて、(3S,6R)Ahpであると決定した。4-9の場合はNaBH4を用いて還元し、酸加水分解することによってL-pentahomoserineおよびL-Proが得られたことからAhpの3位はSであり、NOESYスペクトルによって得られたAhpの相対立体化学とあわせて、(3S,6R)Ahpであると決定した。なお、L-pentahomoserineはL-Glu -benzyl esterからLiBH4を用いて還元することによって得られたものを標品として用いた。7の3-(4’-hydroxy-2’-cyclohexenyl)alanine(HcAla)の立体化学は、7をピリジン/無水酢酸(1:1)でtriacetateとした後、パラジウム黒を用いて水素添加を行い、続いて加水分解をしたところ、(S)2-amino-3-cyclohexylpropionic acidが得られたため、HcAlaの相対立体化学とあわせて、2S,1’S,4’Rであると決定した。4のHcAlaの立体化学は、7のHcAlaのNMRの化学シフトの類似性から決定した。

 

(2)Aeruginosin類

 Aeruginosin98-A-C(10-12)、101(13)、298-A(14)、89-A(15)および89-B(16)はトリプシン、トロンビンおよびプラスミンに対して阻害活性を示したが、aeruginosin298-B(17)はこれらプロテアーゼに対して阻害活性を示さなかった。

 

 Hpla(p-hydroxyphenyllactic acid)およびハロゲン化Hplaの立体化学は、それぞれ合成したものを標品として用い、メンチルエステル誘導体化後、HPLC分析によって全てD型であると決定した。10の2-carboxy-6-hydroxyoctahydroindole sulfate(Choi sulfate)の立体化学は、10を酸加水分解後、アセチル化によって得られたdiacetate体と(S,R)-PGMEを縮合させ、NMRスペクトルを測定することによって2位は、S配置であり、NOESYスペクトルによって得られたChoi sulfateの相対立体化学とあわせて、(2S,3’R,6S,7’R)Choi sulfateであると決定した。11-17のChoi sulfateまたはChoiの立体化学は、10のNMRスペクトルとの類似性から決定した。14のargininolの立体化学は、Boc L-Arg(NO2)よりL-argininolを合成し、Marfey法によってL-argininolであると決定した。

(3)Microginin類

 Microginin299-A-D(18-21)は、ロイシンアミノペプチダーゼに対して阻害活性を示し、microginin478(24)はアンジオテンシン変換酵素に対して阻害活性を示した。Microginin99-A(22)および99-B(23)は、これら酵素に対して阻害活性を示さなかった。

 

 18および19の10-chloro(dichloro)-3-amino-2-hydroxydecanoic acid(chloro Ahda、dichloro Ahda)の立体化学については、これらペプチドをTHF中でcarbonyl diimidazoleを用いて25および26に変換し、リングプロトンのカップリングコンスタント(25;J4,5=8.8,26;J4,5=9.0)から、chloro Ahdaおよびdichloro Ahdaの2位と3位はともにcisであると推測した。さらに、18の酸加水分解によって得られたchloro Ahdaの各種機器分析のデータと松浦らによって合成された、3-amino-2-hydroxydecanoic acidの4種の立体異性体との比較によって(2S,3S)chloro Ahdaであると決定した。また、19のdichloro Ahdaの立体化学は、18のchloro Ahdaとの化学シフトの類似性から(2S,3S)dichloro Ahdaであると決定した。20は得られた量が少なかったため、18をアセトン中でNaIを用いて、27に変換後、THF中でLiBH4を用いてヨウ素と水素の交換を行いdechloro microginin299-Aに導き、20と各種スペクトルデータの比較をすることによって、20のAhdaの立体化学も(2S,3S)Ahdaであると決定した。さらに、21も得られた量が少なかったため、19をcarboxypeptidase Aを用いて、C末端のTyrを酵素分解し、deTyr microginin299-Bに導き、21と各種スペクトルデータの比較をすることによって、21のdichloro Ahdaの立体化学も(2S,3S)dicholoro Ahdaであると決定した。22および23の10-chloro(dichloro)-3-amino-decanoic acid(chloro Ada、dichloro Ada)の立体化学は、22の酸加水分解物より得られたchloro Ada methylesterを(S,R)-MTPA amide誘導体とし、NMRスペクトルを測定することによって、(S)Adaであると決定した。23のdichloro Adaの立体化学は、22のchloro AdaのNMRの化学シフトの類似性から決定した。

2.NIES-88より得られた抗菌物質kawaguchipeptin A(28)およびB(29)

 

 28および29は、グラム陽性細菌Staphylococcus aureusの増殖を1g/mLの濃度で阻害した。

 28の2つのprenyl Trpユニットは、NOESYにおける相対立体化学の検討および構造の類似したamauromineとのNMRスペクトルとの比較により2S,2’S,3’Sであると決定した。

3.細胞毒性物質(1)NIES-98より得られたaeruginoguanidine 98-A-C(30-32)

 30-32は、マウス白血病細胞P388に対して細胞毒性を示した。

 30の-methyl--prenylarginine(MpArg)および-methyl--geranylarginine(MgArg)の立体化学は、30をパラジウム黒を用いて水素添加した後、酸加水分解することで得られたMpArgおよびMgArgと(S,R)-PGMEをそれぞれ縮合させ、NMRスペクトルを測定することによって共にS配置であると決定した。

 

(2)NIES-87より得られたkasumigamide(33)の構造および活性

 33は、マウス白血病細胞P388に対して細胞毒性を示した。

 Pla(phenyllactic acid)は酸加水分解物をメンチルエステル誘導体化しHPLC分析を行うことによりD型であると決定した。-Phenylserineの立体化学は、酸加水分解物の各種機器分析および文献データとの比較によってthreo--phenyl-D-serineであると決定した。

4.NIES-100より得られたmicroviridin100-B(34)

 34は、キモトリプシン・エラスターゼ阻害物質microviridin類の類縁体であったが、これらプロテアーゼに対して阻害活性は認められなかった。

 

5.ペプチド性化合物の組成を用いたMicrocystis aeruginosaの分類

 現在、Microcystis属は外部形態を指標に分類されているが、外部形態は培養条件や環境条件によって大きく変化することが知られている。加藤らは4酵素遺伝子型を用いたMicrocystis属の解析を行い、M.aeruginosaが遺伝的に多様なグループであることを示唆した。今のところMicrocystis属の画期的な分類法は見いだされていない。そこで、本研究で得られたペプチド性化合物の組成を用いてM.aeruginosaの分類を試みたところ、分子生物学的手法を用いたMicrocystis属の解析結果と良い一致を示した。

 以上のように、13株のM.aeruginosaから31種の新規生物活性物質を得ることができた。これらのうち、20種はプロテアーゼ阻害物質で、新しい抗プロテアーゼ化合物のリード化合物として利用されることが期待される。また、他の化合物も極めて特異な構造を有しており、これら化合物の生理学または生態学的役割に興味が持たれる。さらに、M.aeruginosaはペプチド性化合物の組成を用いることによって分類できる可能性が示唆された。

審査要旨

 藍藻類は、水圏だけでなく、土壌中、温泉、極地などの特殊な環境においても生育し、その種類は極めて豊富である。このような種の多様性および環境適応能力は、それらが作り出す代謝産物の多様性にも反映していると考えられる。また、独立栄養によって増殖するという特徴を持つことから再生産可能であるため、現存の生態系を壊さずに有用物質の探索が行える。これらの経緯からこれまでに、毒性、抗菌性、抗カビ性、細胞毒性などを指標として多くの生物活性物質が単離・構造決定されている。一方、藍藻類の中でも、アオコを形成することで知られるMicrocystis aeruginosaについては、肝臓毒microcystin類に関する研究が主であり、それら以外の生物活性物質に関してはあまり研究が行われていない。

 申請者は、このような背景に基づき、6種のプロテアーゼ阻害活性を主たる指標にして国立環境研究所(NIES)より分譲をうけた13株のM.aeruginosaについて活性成分の単離・構造決定を行い、24種の新規化合物を発見した。本論文は、M.aeruginosaの産生するプロテアーゼ阻害物質を単離し、その立体化学を明らかにするとともに、プロテアーゼ阻害様式を詳細に解析したものであり、5章よりなる。

 第1章では、6種のプロテアーゼ阻害活性を指標にして国立環境研究所より分譲をうけた13株のM.aeruginosaについてスクリーニングを行っている。その結果、13株中11株が何らかのプロテアーゼ阻害活性を示し、M.aeruginosaがプロテアーゼ阻害物質の有用な探索源であることを見い出した。

 第2章では、M.aeruginosaの大量培養藻体から、プラスミン阻害物質micropeptin90、478-A、478-Bおよびキモトリプシン阻害物質micropeptin88-A-Fの単離・構造決定について述べている。これらペプチドの平面構造は、FABMSおよび各種NMRスペクトルの解析により決定し、3-amino-6-hydroxy-2-piperidone(Ahp)を有する環状デプシペプチドであることを明らかにした。また、NMR、化学反応および有機合成を組み合わせることによって全ての化合物について絶対構造を決定している。Micropeptin類のプロテアーゼ阻害活性は構成アミノ酸によって大きく異なるが、その阻害機構についても、構造活性相関により詳細に解析した。

 第3章では、トリプシン、トロンビンおよびプラスミンに対して強い阻害活性を示すaeruginosin98-A-C、101、298-A、298-B、89-Aおよび89-Bを大量培養藻体より単離・構造決定している。これらのペプチドは新規イミノ酸2-carboxy-6-hydroxyoctahydroindole(Choi)を含む直鎖ペプチドであり、特にこのイミノ酸とアルギニン誘導体の絶対立体化学をNMR、化学反応および有機合成を組み合わせることによって明解に決定している。また、aeruginosin類のプロテアーゼ阻害機構についても構造活性相関により詳細に検討し、C末端のアルギニン誘導体の構造が活性の発現に大きく関与することを明らかにした。

 第4章では、ロイシンアミノペプチダーゼ阻害物質microginin299-A-D、アンジオテンシン変換酵素阻害物質microginin478、これら酵素に対して阻害活性を示さなかったmicroginin99-Aおよび99-Bを単離・構造決定した。これらのペプチドはN末端に新規-アミノ酸である3-amino-2-hydroxydecanoic acid(Ahda)を有する直鎖ペプチドであり、NMRや化学反応を組み合わせることによってmicroginin478以外の化合物については絶対構造を決定した。また、microginin類の構造活性相関にについても詳しく述べている。特にロイシンアミノペプチダーゼの活性の発現には、-アミノ酸が重要であること明らかにした。

 第5章では、藍藻M.aeruginosaの産生するプロテアーゼ阻害物質の生態内および生体内における機能について総合的に討論を行っている。

 以上、本論文は、藍藻M.aeruginosaの産生する新規プロテアーゼ阻害物質micropeptin類、aeruginosin類、microginin類の単離・構造決定を行い、絶対構造を明らかにし、さらにそれらの酵素阻害機構について構造活性相関を基に詳細に解析したものであって、学術上、応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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