No | 114396 | |
著者(漢字) | 米田,千恵 | |
著者(英字) | Yoneda,Chie | |
著者(カナ) | ヨネダ,チエ | |
標題(和) | クロアワビ閉殻筋コラーゲンおよび関連分解酵素に関する研究 | |
標題(洋) | Studies on collagens and related proteases from the abalone muscle | |
報告番号 | 114396 | |
報告番号 | 甲14396 | |
学位授与日 | 1999.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第2004号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 水圏生物科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 魚介肉のテクスチャーはその食味を特徴づける重要な因子であるが、生食したときの硬さは、細胞外マトリックスの主要成分コラーゲンの量に比例することが知られている。クロアワビ閉殻筋では、コラーゲン量が全タンパク質中の10〜30%を占め、生食するときには非常に硬いテクスチャーを発現する。また、コラーゲン量は冬季に高く、夏季に低くなることが既に明らかにされている。対応して、肉質は冬季に硬く、夏季に軟らかくなる。これらの事実は、筋肉中のコラーゲン代謝、すなわちコラーゲンの生合成や分解が季節的に変化し、これが肉質に影響を及ぼすことを示唆するが、その詳細は不明である。本研究はこのような背景の下、まず、クロアワビ閉殻筋からコラーゲンを単離し、その物理化学的性状を調べた。次いで、抗クロアワビ・コラーゲン抗血清および抗クロアワビ・ゼラチン抗血清を調製し、クロアワビ・コラーゲンの免疫化学的性状を検討した。また、コラーゲンのcDNAクローニングを行い、分子構造を解析するとともに、mRNA蓄積量の周年変化を明らかにした。さらに、コラーゲン分解酵素の検索を行い、その一成分を精製して性状を調べた。得られた研究成果の大要は以下の通りである。 三浦半島地先で採取したクロアワビ成貝(殻付き重量約350g)を実験に供した。コラーゲンの単離にあたっては、足筋を含む閉殻筋から、0.6M KClおよび0.45M NaClを用いて塩可溶性タンパク質を抽出除去し、さらに、0.1M酢酸を用いて酸可溶性タンパク質を抽出除去した。得られた酸不溶性画分につき、重量比0.1%および1%のペプシンを加えて限定分解し、ペプシン可溶化コラーゲンを調製した。コラーゲン1分子は3本の鎖から構成される。そこで、クロアワビより得られたコラーゲン標品を、SDSゲル電気泳動分析に付したところ、0.1%ペプシン可溶化コラーゲンでは、単一の分子量約10万のコラーゲン鎖が認められた。一方、1%ペプシン可溶化コラーゲンでは分子量10万前後に2種の鎖がみられ、分子量のやや大きい鎖は、0.1%ペプシン可溶化コラーゲンの鎖と同じ移動度を示した。さらに、1%ペプシン可溶化コラーゲンの2種の鎖はそれぞれ異なったN末端アミノ酸配列を示した。なお、0.1%ペプシン可溶化コラーゲン鎖のN末端アミノ酸配列は決定できなかった。 次に、クロアワビ・コラーゲンの質的な季節変化を検討するため、2月および7月に採取したクロアワビから0.1%ペプシン可溶化コラーゲンを調製し、性状を比較した。アミノ酸組成分析およびペプチドマップ分析を行ったところ、両月のコラーゲン標品の間で大きな違いは認められず、一次構造上の差異は小さいことが示唆された。また、示差走査熱量の測定を行ったところ、2月および7月のコラーゲン標品の熱変性に伴う最大吸熱ピークは、それぞれ34.2℃および35.0℃と、両者の熱安定性に大きな差は認められなかった。 クロアワビ・コラーゲンの免疫化学的性状を検討するために、0.1%ペプシン可溶化コラーゲンおよびそのゼラチンに対するウサギ抗血清を調製した。これら抗血清の特異性を、0.1%および1%ペプシン可溶化コラーゲンを用いてイムノブロッティング法により調べたところ、抗コラーゲン抗血清は鎖と強く反応したが、筋原線維タンパク質に含まれる他のタンパク質とも反応した。一方、抗ゼラチン抗血清は抗コラーゲン抗血清に比べて鎖に対する抗体価がやや低かった。なお、抗コラーゲン抗血清を用いてイムノブロッティング分析した結果、1%ペプシン可溶化コラーゲンの移動度の大きい鎖に相当するものが、0.1%ペプシン可溶化コラーゲンにも少量存在することが明らかとなった。 次に、各種脊椎および無脊椎動物のコラーゲン鎖に対する両抗血清の交叉性について検討した。脊椎動物の結合組織中に多量に含まれる線維性のI型コラーゲンは、ほとんどが2種類の鎖から1分子が構成されるが、抗コラーゲン抗血清はウシガエルI型コラーゲンの1および2鎖のいずれともよく反応した。また、コイI型コラーゲンの1鎖とは強く反応したが、2鎖との反応性はみられなかった。さらに、シロザケおよび高等脊椎動物のI型コラーゲンに対する反応性は、2鎖のみにみられた。一方、抗ゼラチン抗血清は、脊椎動物I型コラーゲンの2鎖に対して反応性を示した。しかしながら、両抗血清ともウシIII型およびV型コラーゲンに対しては、交叉性を全く示さなかった。また、各種無脊椎動物から調製したコラーゲンに対する反応性が両抗血清で認められ、とくにサザエ・コラーゲンと強く反応した。 殻付き重量が約1.4gで孵化後約1年のクロアワビ稚貝の足筋からcDNAライブラリーを作製し、抗クロアワビ・コラーゲン抗血清を用いてライブラリーのスクリーニングを行った。その結果、プロコラーゲン鎖全長をコードする2種のクローンHdcol(Haliotis discus collagen)1および2を得た。Hdcol 1は全長4,790bp、Hdcol 2は全長4,966bpからなり、それぞれ1,378および1,439アミノ酸残基をコードしていた。両プロコラーゲン鎖とも、線維性コラーゲンに特徴的なドメイン構造を有することを認めたが、演繹アミノ酸配列の間で一致するところは認められなかった。主要部分の三重らせん領域は、両プロコラーゲン鎖ともに1,014アミノ酸残基からなっていたが、トリプレット構造Gly-X-Yに合わないセリンまたはアラニンの存在を1箇所認めた。また、1%ペプシン可溶化コラーゲンで認められた2種の鎖のN末端アミノ酸配列と一致する配列が両クローンのN-テロペプチド領域に存在し、両クローンとも翻訳段階で発現していることが確認された。なお、移動度の大きい鎖はHdcol 1に、移動度の小さい鎖はHdcol 2に対応することが示された。 次いで、4月の稚貝および成貝を対象に、種々の組織から全RNAを抽出し、ノーザンブロット解析を行った。その結果、稚貝および成貝の筋肉、および成貝の外套膜、肝膵臓で、両クローンとも高いmRNA蓄積量を示した。また、1997年8月から1998年7月まで三浦半島地先で経時的に採取したクロアワビ成貝の閉殻筋、足筋、および肝膵臓につき、ノーザンブロット解析を行った。いずれの組織においても、夏季に採取したクロアワビに比べ、冬季のもので両クローンのmRNA蓄積量が有意に増大することが示され、コラーゲン量の季節変化にコラーゲン生合成系の関与することが示唆された。 まず、閉殻筋、腸および肝膵臓の粗抽出液および血リンパ液につき、ゼラチン・ザイモグラム法によりゼラチン分解活性を調べた。その結果、各組織のものとも45kDa付近に活性バンドが、また、血リンパ液中にはこのほか、Ca2+存在下で活性を示す110kDa成分の存在が示された。また、筋肉抽出液は、37℃、pH4.0および7.5でコラーゲン線維を断片化する活性を示した。この活性は、夏季のクロアワビより冬季の試料でかなり高かった。さらに、pH4.0での反応はシステインプロテアーゼの阻害剤が効果的に作用し、また、pH7.5の反応は金属プロテアーゼの阻害剤による影響を受けた。 次に、クロアワビよりコラーゲン分解酵素の精製を試みた。まず、閉殻筋から、低イオン強度緩衝液を用いて抽出液を得た。さらに、この抽出液をDEAE-Toyopearl650Mイオン交換カラム、TSK G3000SWG高速ゲルろ過カラム、およびButyl-Toyopearl650M疎水カラムを用いるクロマトグラフィーに供した。なお、コラーゲン分解酵素活性は、クロアワビの0.1%ペプシン可溶化コラーゲンから作製したフィルムの、37℃における分解強度を指標として測定した。活性画分はいずれの精製段階のものとも、37℃,60分以内にコラーゲンフィルムを分解した。最終的に、分子量約148,000の単一のポリペプチド鎖からなる成分を精製した。なお、クロアワビのコラーゲン線維を精製標品と37℃で反応させた後、SDSゲル電気泳動分析に供したところ、コラーゲン鎖の移動度は反応前のものと明確な差を示さなかった。このことから、本酵素はコラーゲン鎖のテロペプチド部分に作用する可能性が示唆された。さらに、活性発現にはCa2+やMg2+などの2価金属イオンを必要としたが、Zn2+の効果は認められなかった。また、N末端アミノ酸配列から新規タンパク質と推定された。しかしながら、本酵素は、夏季と冬季でとくに大きな活性の差を示さなかった。 以上、本研究により、クロアワビ閉殻筋中に2種のコラーゲン鎖の存在が示された。また、抗クロアワビ・コラーゲン抗血清および抗クロアワビ・ゼラチン抗血清の特異性を明らかにした。さらに、cDNAクローニングにより、2種の鎖の全一次構造を明らかにし、いずれも冬季にmRNA蓄積量が増大することを示した。なお、閉殻筋中のコラーゲン分解酵素の活性には、コラーゲン量の季節変化に対応する変動は認められなかったが、本研究はクロアワビ閉殻筋テクスチャーの季節変化機構の一端を明らかにしたもので、比較生化学および食品化学上に資するところが大きいものと考えられる。 | |
審査要旨 | 魚介肉のテクスチャーはその食味を特徴づける重要な因子であるが、生食したときの硬さは、コラーゲン量に比例することが知られている。クロアワビは筋肉中に多量のコラーゲンを含み、生食するときには硬いテクスチャーを発現する。また、コラーゲン量は季節変化し、夏季に少なく、冬季に多くなるが、その機構の詳細は不明である。そこで本研究では、クロアワビ閉殻筋コラーゲンの性状を調べるとともに、コラーゲン分解酵素についても検討した。 まず、2月および7月に三浦半島地先で採取したクロアワビの閉殻筋からペプシン可溶化コラーゲンを調製した。得られたコラーゲシ標品を、SDSゲル電気泳動分析に付したところ、それぞれ異なったN末端アミノ酸配列を示す、2種類の鎖がみられた。次に、クロアワビ・コラーゲンの質的な季節変化を検討するため、2月および7月に採取したクロアワビから調製したコラーゲンにつき、アミノ酸組成分析、ペプチドマップ分析、および示差走査熱量の測定を行ったが、両者の間で差異はほとんど認められなかった。 次に、クロアワビ・コラーゲンの免疫化学的性状を検討するために、コラーゲンおよびそのゼラチンに対するウサギ抗血清を調製した。これら抗血清の特異性を、イムノブロッティング法により調べたところ、両抗血消ともクロアワビ・コラーゲン鎖と強く反応したが、抗ゼラチン抗血消は、抗コラーゲン抗血清に比べて、抗体価がやや低かった。次に、他生物種コラーゲン鎖に対する両抗血清の交叉性について検討した。両抗血清とも、脊椎動物I型コラーゲンに対して反応性を示したが、III型およびV型コラーゲンに対しては交叉性を全く示さなかった。また、各種無脊椎動物から調製したコラーゲンに対する反応性が両抗血清で認められ、とくにサザエ・コラーゲンと強く反応した。 次に、クロアワビ・コラーゲンのcDNAクローニングを試みた。抗クロアワビ・コラーゲン抗血清を用いてクロアワビ稚貝足筋から作製したcDNAライブラリーをスクリーニングしたところ、プロコラーケン鎖全長をコードする2種類のクローンHdcol(Haliotis discus collagen)1および2を得た。Hdcol 1は全長4,790bp、Hdcol 2は全長4,966bpからなり、それぞれ1,378および1,439アミノ酸残基をコードしていた。また、先述の2種のコラーゲン鎖のN末端アミノ酸配列と一致する配列が両遺伝子のN-テロペプチド領域に存在し、両クローンとも翻訳段階で発現していることが確認された。 さらに、クロアワビの種々の組織につき、ノーザンブロット解析を行ったところ、筋肉、外套膜、および肝膵臓で、両クローンとも高いmRNA蓄積量を示した。また、コラーゲンmRNA蓄積量の季節変化を調べたところ、夏季に採取したクロアワビに比べ、冬季のもので両クローンのmRNA蓄積量が有意に増大することが示され、コラーゲン量の季節変化にコラーゲン生合成系の関与することが示唆された。 次に、クロアワビのコラーゲン分解代謝系について検討するために、まず、種々の組織の抽出液につき、ザイモグラム法によりゼラチン分解活性を調べた。その結果、各組織のものとも45kDa付近に活性バンドが認められた。また、筋肉抽出液は、37℃でコラーゲン線維を断片化する活性を示した。この活性は、夏季のクロアワビより冬季の試料でかなり高かった。次に閉殻筋から、クロアワビ・コラーゲンから作製したフィルムの、37℃における分解強度を指標として、コラーゲン分解酵素の精製を試みた。閉殼筋から得た抽出液を各種クロマトグラフィーに供し、最終的に、分子量約148,000の単一のポリペプチド鎖からなる成分を精製した。本成分の活性発現にはCa2+やMg2+などの2価金属イオンを必要とした。しかしながら、本酵素は、夏季と冬季でとくに大きな活性の差を示さなかった。 以上、本研究により、クロアワビ閉殼筋中に2種類のコラーゲン鎖の存在が示された。また、抗クロアワビ・コラーゲンおよびゼラチン抗血清の特異性が明らかにされた。さらに、cDNAクローニングにより、2種類の鎖の全一次構造が明らかにされ、いずれも冬季にmRNA蓄積量の増大することが示された。なお、閉殻筋中のコラーゲン分解酵素の活性には、コラーゲン量の季節変化に対応する変動は認められなかったが、本研究はクロアワビ閉殻筋テクスチャーの季節変化機構の一端を明らかにしたもので、学術上、応用上寄与するところが少なくない。よって審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/54706 |