学位論文要旨



No 114404
著者(漢字) 孙,琪
著者(英字)
著者(カナ) ソン,キ
標題(和) 藍藻Nostocの酵素阻害物質に関する研究
標題(洋)
報告番号 114404
報告番号 甲14404
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2012号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 水圏生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 村上,昌弘
 東京大学 教授 伏谷,伸宏
 東京大学 教授 阿部,宏喜
 東京大学 教授 渡部,終五
 東京大学 助教授 松永,茂樹
内容要旨

 藍藻からは、これまで抗菌、抗カビ、抗腫瘍物質などの生理活性物質を有する数多くの新規化合物が得られ、新規有用物質の探索源として有望志されている。また、藍藻類の酵素阻害物質に関する研究は、Cannellらの阻害物質のスクリーニングに端を発するが、その活性の本体はほとんど明らかにされていない。生命現象には大なり小さなり酵素反応が関与しており、これらの酵素反応の機構を解明することは生命現象の解明にもつながる重要な研究テーマである。酵素阻害物質は酵素反応の機構を解明するに必要不可欠である他、医薬および薬理試薬としての利用も考えられる。

 そこで、本研究では、酵素阻害活性試験で活性の認められた藍藻Nostoc minutum(NIES-26)およびN.linckia(NIES-25,28)について、酵素阻害物質の本体の解明を試みた。その概要は以下の通りである。

1.Nostopeptin類の構造および活性

 国立環境研究所より分譲を受けたN.minutum(NIES-26)およびN.linckia(NIES-25,28)を10L瓶を用いてCB培地中25℃、明暗サイクル12L:12D、250m・E-2・s-1の条件下で通気培養した。得られた凍結乾燥藻体を80%メタノールで抽出し、水とエーテルで二層分配後、水層をさらに水とブタノールで分配した。活性の認められたブタノール画分をODSのフラッシュクロマトグラフィーに付し、メタノールで溶出した活性画分をODSのHPLCにより精製し、N.minutum(NIES-26)よりnostopeptin B(1)、B’(2)およびA’(3)、N.linckia(NIES-25)よりnostopeptin C(4)、D(5)、E(6)、F(7)、G(8)およびH(9)、N.linckia(NIES-28)よりnostopeptin I(10)と命名した新規ペプチドを得ることができた。

 

 これらペプチドの平面構造は、FABMSおよび各種NMRスペクトルの解析により決定した。通常アミノ酸の立体化学は、酸加水分解物のN-トリフルオロアセチルメチルエステル誘導体のキラルGC分析により、すべてL型であると決定した。N-MeTyrまたN,O-diMeTyrはMarfey法により分析し、L型であった。1〜3のAhpの立体化学は、これらペプチドをNaBH4を用いて還元し、酸加水分解することによってL-pentahomoserineおよびL-Proが得られたことからAhpの3位はSであると決定し、ROESYスペクトルによって得られたAhpの相対立体化学とあわせて、(3S,6R)であると決定した。4〜10の3-Amino-6-hydroxy-2-piperidone(Ahp)または、3-amino-6-methoxy-2-piperidone(Amp)の立体化学は、これらペプチドをCrO3を用いて酸化し、酸加水分解することによってL-Gluが得られたことからAhp(or Amp)の3位はSであり、ROESYスペクトルにより得られたAhp(or Amp)の相対立体化学とあわせて、(3S,6R)であると決定した。5-Hydroxy-proline(Hp)および5-methoxy-proline(Mp)についても、同様な方法を用いて、(2S,5R)であると決定した。Nostopeptin C(4)の3-hydroxy-4-methyl-proline(Hmp)の立体化学については、酸加水分解物より単離したHmpをfluorescamineとの縮合体のCDスペクトルおよびUV吸収を測定した。302nmに負のコットン効果、275nmに正のコットン効果が観測され、Hmpの2位の立体はSであると決定した。Nostopeptin G(8)のHmpの立体化学についても、同じくHmpを単離し、そのfluorescamine縮合体のCDスペクトルを測定することにより、2位の立体はSであると決定した。最後に、ROESYスペクトルを測定することにより得られたHmpの相対立体化学とあわせて、Hmpの絶対立体は(2S,3R,4R)であると決定した。他のnostopeptin類のHmpの立体化学は(4)および(8)と各種スペクトルデータの比較することにより決定した。

 Nostopeptin類の6種プロテアーゼに対する阻害活比を、Table I-1にまとめて示した。。Ahpを有するタイプの類縁体1および4〜7は類似した活性でキモトリプシンおよびエラスターゼを強く阻害した。しかし、Hpを有するタイプの類縁体8〜10はIC50=100g/mLで阻害活性を示さなかった。重DMSO中、温度グランジエントによるアミドプロトンの化学シフトの変化を測定することにより、阻害活性を有する1および4〜7のAhpのアミドプロトンが分子内水素結合に関与していることが確認された。一方、阻害活性がない8〜10には、AhpがHpに置きかわったことでアミドプロトンが消失した。すなわち、水素結合を失ったことで、環構造に変化が生じ、阻害活性が失われたと考えられた。また、2および3の阻害活性が弱いことも、Ahpのアミドプロトンに水素結合が消失することにより、環のコンフォメーションが変化したためと考えられた。

Table I-1.Enzyme inhibitory activities of nostopeptins(IC50g/mL)
2.Microviridin類

 藍藻Nostoc minutum(NIES-26)の凍結乾燥藻体を80%メタノールで抽出し、エラスターゼ阻害活性を指標に溶媒分画、ODSのフラッシュクロマトグラフィーおよびHPLCにより活性成分の精製を行い、microviridin G(11)およびH(12)と命名した新規環状ペプチドを得ることができた。

 

 これらペプチドの平面構造は、アミノ酸分析、FABMSおよび各種NMRスペクトルの解析により決定した。構成アミノ酸の立体化学は、酸加水分解物のN-トリフルオロアセチルメチルエステル誘導体のキラルGC分析によって、すべてL型であると決定した。

 11および12はエラスターゼに対し、それぞれIC50=0.019および0.031g/mL、キモトリプシンに対し、それぞれIC50=1.4および2.9g/mLで非常に強い阻害活性を示した。

2.Minutumamide類の構造および活性

 藍藻N.minutum(NIES-26)の凍結乾燥藻体を80%メタノールで抽出し、溶媒分画、ODSのフラッシュクロマトグラフィーおよびHPLCにより精製を行い、minutumamide A(13)およびB(14)と命名した新規環状ペプチドを得ることができた。さらに、藍藻N.linckia(NIES-25)より、類似ペプチドminutumamide C(15)およびD(16)を単離・構造決定した。

 

 これらペプチドの構造は、アミノ酸分析、FABMSおよび各種NMRスペクトルの解析により決定した。いずれも、-アミノ酸4-amino-2-methly-3-oxo-5-phenylvaleric acid(Amopa)を有する環状ペプチドであった。通常アミノ酸の立体化学は、酸加水分解物のN-トリフルオロアセチルイソプロピルエステル誘導体のキラルGC分析によりすべてL型であると決定した。

 13と14の化学シフトを比較したところ、14ではAmopaの位のプロトンの化学シフトがH3.93で、13では、H4.80で大きく異なっていた。このことから13と14ではAmopaの位の立体が異なっていると推測された。15と16も同様な化学シフトの差が認められた。

 13および15は、チロシナーゼに対し、IC50=30g/mLで阻害活性を示したが、14および16は、IC50=100g/mLで示さなかった。これはAmopaの位の立体違いによるものと考えられた。

 以上、藍藻Nostoc minutum(NIES-26)およびN.linckia(NIES-25,28)より、16種の酵素阻害物質を得ることができ、Nostoc類は酵素阻害物質の探索源として有望であることが示唆された。

審査要旨

 藍藻からは、これまで抗菌、抗カビ、抗腫瘍などの生埋活性を有する数多くの新規化合物が得られ、新規有用物質の探索源として有望視されている。また、藍藻類の酵素阻害物質に関する研究は、Cannellらの阻害物質のスクリーニングに端を発するが、その活性の本体はほとんど明らかにされていない。生命現象には大なり小なり酵素反応が関与しており、これらの酵素反応の機構を解明することは生命現象の解明にもつながる重要な研究テーマである。酵素阻害物質は酵素反応の機構を解明するために必要不可欠である他、医薬および薬理試薬としての利用も考えられる。

 申請者は、このような背景に基づき、酵素阻害活性試験で活性の認められた藍藻Nostoc minutum(NIES-26)およびN.linckia(NIES-25,28)より16種の酵素阻害物質を単離・構造決定した。本論文は、Nostoc類より酵素阻害物質を単離・構造決定するとともに、その阻害様式について考察を加えたものであり、4章よりなる。

 第1章では、国立環境研究所より分譲を受けたN.minutum(NIES-26)およびN.linckia(NIES-25,28)から得られたnostopeptin類の単離・構造決定および構造活性相関について述べている。すなわち、これら藍藻類を10L瓶を用いてCB培地中25℃、明暗サイクル12L:12D、250・E-2・s-1の条件下で通気培養した。得られた凍結乾燥藻体を80%メタノールで抽出、溶媒分画、カラムクロマトグラフィー、ODSのHPLCにより精製し、N.minutum(NIES-26)よりnostopeptin B(1)、B’(2)およびA’(3)、N.linckia(NIES-25)よりnostopeptin C(4)、D(5)、E(6)、F(7)、G(8)およびH(9)、N.linckia(NIES-28)よりnostopeptin I(10)と命名した新規ペプチドを得た。

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 これらペプチドの平面構造は、FABMSおよび各種NMRスペクトルの解析により決定した。通常アミノ酸の立体化学は、酸加水分解物のキラルGC分析により、すべてL型、N-MeTyrまたN,O-diMeTyrはMarfey法により分析し、同じくL型であると決定した。また、3-Amino-6-hydroxy-2-piperidone(Ahp)、3-amino-6-methoxy-2-piperidone(Amp)、5-hydroxy-proline(Hp)、5-methoxy-proline(Mp)、3-hydroxy-4-methyl-proline(Hmp)の立体化学については、化学的手法とNMRスペクトルの解析を組み合わせることにより決定している。

 Nostopeptin類のプロテアーゼに対する阻害活性は、Ahpを有するタイプの類縁体1および4〜7は類似した活性でキモトリプシンおよびエラスターゼを強く阻害した。しかし、Hpを有するタイプの類縁体8〜10はIC50=100g/mLで阻害活性を示さなかった。重DMSO中、温度グランジエントによるアミドプロトンの化学シフトの変化を測定することにより、阻害活性を有する1および4〜7のAhpのアミドプロトンが分子内水素結合に関与していると推測し、活性の発現にはこの水素結合が必要不可欠であると結論している。

 第2章では、N.minutum(NIES-26)の凍結乾燥藻体よりmicroviridin GおよびHと命名した新規環状ペプチドを得、その構造を立体化学を含めて決定した。これらのペプチドは、エラスターゼおよびキモトリプシンに対し非常に強い阻害活性を示した。

 第3章では、N.minutum(NIES-26)の凍結乾燥藻体の80%メタノール抽出物よりminutumamide AおよびBと命名した新規環状ペプチドを得た。さらに、N.linckia(NIES-25)より類似ペプチドminutumamide CおよびDを単離・構造決定した。これらの化合物はいずれも新規-アミノ酸4-amino-2-methyl-3-oxo-5-phenylvaleric acid(Amopa)を持つ環状ペプチドであった。Minutumamide AおよびCはチロシナーゼに対し、IC50=30g/mLで阻害活性を示したが、minutumamide BおよびCはIC50=100g/mLで活性を示さなかった。これはAmopaの位の立体の違いによるものと推測している。

 第4章では、得られた結果について総合的な討論を行っている。

 以上、本論文は、藍藻Nostoc minutum(NIES-26)およびN.linckia(NIES-25,28)より、16種の酵素阻害物質を単離・構造決定するとともにその構造活性相関について検討を加え、藍藻Nostoc類が酵素阻害物質の探索源として有望であることを明らかにしたものであり、学術上、応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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