植物は光照射下では光合成を行うと同時に微弱な蛍光を発している。この植物の蛍光を検出して、植物のクロロフィル含量、水ストレス、栄養素欠乏などの様々な状態をセンシングする方法が研究されているが、光合成システムの効率などを検出するPAMなどを除いて、そのほとんどは実用化していない。その理由として、既存の研究では、植物を十分な時間暗所に置いた後(ダークアダプテイションとよぶ)、光照射をして蛍光を検出するというプロセスを必要としていたことを挙げることができる。この方法では、昼間はいうまでもなく、夜間でも照明などのある場所では実用化できない。バックグラウンド光存在下での蛍光検出の研究例もみられるが、ナノ秒単位でのゲートの開閉を必要とする高価な機器を必要とする。本研究はダークアダプテイションもゲートの開閉も必要とせずに、蛍光から水ストレスを検出する方法の開発を目的として行った研究で、5章よりなる。 1章は序論にあてられ、研究の背景を明らかにし、本論文の目的について述べている。 2章では、既存のダークアダプテイションを必要とする方法を用いて、蛍光により植物のエージを推定する方法を開発した。488nmの波長のレーザ光照射によりホウレンソウの蛍光を検出し、ホウレンソウのエージと蛍光の関係を調べた。その結果、685nmと740nmの蛍光の比がエージと相関することが明らかとなった。 3章では、ダークアダプテイションを必要としない植物の蛍光検出方法を開発し、その方法により検出した蛍光と水ストレスの関係を調べた。実験には、トマトを用い、測定する葉は垂直に固定した。ダークアダプテイションを必要としない蛍光検出法としてRelative Referencing Method(以下、RR法)と命名した方法を開発した。RR法では、まず、バックグラウンド光存在下で、葉からの光を検出し、そのスペクトルを記録する。次ぎに第2の光源から光を照射し、同じように葉からの光のスペクトルを記録し、両スペクトルの差をとる。第2の光源からは、フィルタで紫外線だけを照射し、葉からの光の検出では、フィルタによって紫外線はカットした。このようにすると、両スペクトルの差は、紫外線照射による植物からの蛍光と解釈することができる。実験の結果、次のことが明らかとなった。第2光源からの紫外線照射により、蛍光は瞬時に立ち上がり、最大値に達した後、徐々に低下し、定常状態に至る。クロロフィル蛍光に相当する685nmと740nmの蛍光は最大値に到達するまでの時間が相対含水量の低下とともに短くなる。一方、オーバーシュート(最大値と定常状態の値の差)には、両波長とも相対含水量との相関は認められなかった。また、定常状態での440nmあるいは530nmの蛍光強度とクロロフィル蛍光強度との比は相対含水量が極端に低下すると増加した。このように、開発したRR法により、最大値までの時間あるいは定常状態の蛍光強度比から水ストレスを検出できることが明らかとなった。 4章では、RR法の実用場面を想定して、葉を固定しない場合のRR法の有効性を調べた。植物はトマトを用い、葉を固定しないことを除いて、方法は3章とほぼ同じである。その結果、3章で水ストレスと有意な相関があった最大値までの時間は、葉を固定しないと相関がなくなること、逆に、3章では相関が無かったオーバーシュートには水ストレスと相関がみられること、3章の実験ではみられなかった蛍光強度の振動現象(蛍光強度が最大値に達した後低下し、再び増加して定常状態になる)が時々みられること、この振動現象がみられる頻度は水ストレスが進むほど多くなること、定常状態での波長ごとの蛍光強度の比は水ストレスと相関しないことなどが明らかとなった。すなわち、葉を固定しない自然状態でも、本研究で開発したRR法により蛍光から水ストレスを推定できることが明らかとなった。なお、葉を固定した場合と固定しなかった場合の蛍光の差が何に起因するかは、今後の課題として残された。 以上、本論文は、光照射下での植物蛍光を検出する方法を新たに開発し、その方法によって検出した蛍光を用いて植物の水ストレスを推定する方法を提案したもので、学術上のみならず応用上も価値が高い。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |