学位論文要旨



No 114405
著者(漢字) ジョーイ・ハジメ・ノリカネ
著者(英字) Joey Hajime Norikane
著者(カナ) ジョーイ・ハジメ・ノリカネ
標題(和) 蛍光を利用した光照射下植物の水ストレスのモニタリング
標題(洋) Plant water stress Monitoring Under Ambient Lighting using Fluorescence
報告番号 114405
報告番号 甲14405
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2013号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物・環境工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 蔵田,憲次
 東京大学 教授 岡本,嗣男
 東京大学 助教授 芋生,憲司
 東京大学 助教授 後藤,英司
 東京大学 助教授 富士原,和宏
内容要旨 序論

 太陽光や人工光など波長域の広い光の存在下での植物の蛍光測定は難しい。このことは、研究手法として蛍光測定を利用する際の制限要因となっている。蛍光は、これまでに植物の光合成系の鋭敏な指標となることが示されており、リモートセンシングへの応用に適していると考えられる。従来の蛍光測定の装置では植物への物理的接触があったり、暗処理が必要であったりする上、波長域が広い光の存在下での蛍光測定は困難である。このため、蛍光測定は生産の場で広く用いられていない。

 本研究の目的は、実際の植物生産の場に適応可能な植物の状態診断に蛍光測定を利用する新しい方法を開発することである。この方法では、波長域が広い人工光下での蛍光測定ができ、暗処理や植物への物理的な接触といった植物の活動を阻害するような処理を必要としない。

実験1

 最初に、ホウレンソウを用いて予備的実験を行った。主な目的は新しく構築したレーザー励起蛍光(LIF)測定システムの評価である。システムは、アルゴンレーザー、スペクトロメータ、パーソナルコンピュータ、と数種のフィルターおよびレンズから成る。生育ステージが異なる3つの植物群を実験に用いた。クロロフィル蛍光の685nmと740nmにおけるピークの比は、植物群の生育ステージに関連して、齢とともに小さくなった。この実験により、新しいLIFシステムは植物の蛍光が測定できることが示されたが、これは予備実験であり、本研究全体の目的について行われたものではない。

Relative Referencing Methodの開発

 実験1のシステムでは従来の蛍光測定が可能である。しかし、前述したような本研究の目的を満たすためには新しい方法を開発する必要がある。新しいRelative Referencing Method(RRM)は、連続した光照射下にある植物の蛍光を検知、測定できる。光合成をしている植物からの蛍光シグナルを検出するために、RRMでは、3段階の簡単な方法を用いた。第一段階:はじめに、波長域の広い光照射下にある植物から発せられるエネルギースペクトルを、参照シグナルとして記録する。第二段階:波長域の広い光に加えて、波長域の狭い第二光源からの光を照射する。これら二つの光源から光が照射されたときに植物から発せられたエネルギースペクトルを記録する(Fig.1)。第三段階:第一段階で記録された参照シグナルを第二段階で記録された値から差し引く。このデータを、二つの方法で解析した。一つは、蛍光シグナルの時間変化を観測することによるもので、もうひとつは、平衡状態のシグナルにおける波長の比を計算することによるものである。

 光合成系が制御系のような特性を持つとすると、得られた蛍光シグナルは、ある制御系に段階的入力が起きたときの反応と考えることができる。この段階的な入力によって、第二光源の照射による光エネルギーの段階的な増大がもたらされる。そこで、機械的または電気的な制御系における評価方法を用いて、この系の反応をピークまでの時間、オーバーシュート%および安定までの時間で定量化した。また、これらの方法と同様に、従来の方法もRRMによる蛍光のデータの評価に用いた。

実験2

 実験2の目的は、広波長域を持つ人工光を連続照射しているときの植物からの蛍光の検出がRRM法によって可能であることを示し、評価することである。さらに、水ストレスがRRM法により取得したデータにより検出できるかを調べた。RRM法により連続光照射下の植物からの蛍光を検出、計測できた。蛍光データの解析により、RRM法で水ストレスの初期の検出が可能であることが分かった。膨潤時含水量あたりの相対含水量をFig.3に示した。波長R685とR740のキネティック曲線をFig.4に示した。トマト植物に水ストレスが起きるとともに、これらのピークまでの時間は明らかにシフトした。Fig.5から、4日目に、明らかなピークまでの時間のシフトが起きたことが分かる。従来の方法による波長の比、R440/R685、R440/R740、R530/R685およびR530/R740もまた、植物のストレスを反映していたが、これらの明らかな増大が認められたのは相対含水量が70%以下に低下したときであった。この程度の水ストレスを受けた植物は、葉の萎れや縮れ、硬化などの過酷な水ストレスの様相を呈していた。しかし、RRMは実際に植物が栽培されている状態で計測されたものではない。実験2ではサンプルホルダーに垂直に固定された葉について測定を行った。サンプルホルダーの使用は生産の場面では支障がある。

実験3

 実験3では、ホルダーを用いずに栽培されている状態のままのトマト植物を実験に供試した。この実験では、RRMは水ストレスの初期の兆候を検出できるかを確認、評価した。7日目における対象区とストレス区との水ポテンシャルの差は0.5MPaであった(Fig.6)。実験2で見られたような、ピークが遅れて現れる現象は実験3では確認できなかった。標準化した波長R685とR740の時間変化を見ると、常に、第二光源からの照射後300-400ms以内に急速なピークが現れた(Fig.7)。従って、この実験ではピークまでの時間と水ポテンシャルの低下との関連は認められなかったが、オーバーシュート%とは関連があった(Fig.8)。また、蛍光強度が定常状態になる前に低下するという通常みられない現象が認められた。このシグナルの振動は一日目から生じていたが、とくに測定最後の二日間のストレス区でもっとも顕著であった。この振動の原因は明らかでないが、従来の解析方法を用いた以前の実験では、光合成によるCO2同化に合わせて蛍光の二次的な振動が見られた。実験3の結果から、RRM法によって栽培されている状態の植物からの蛍光も検知および測定できることが示された。定常状態における、適当な波長のピークの値を用いてその比率を計算することにより、水ストレスの最初の兆候を検出することができた。

総括

 RRMは植物の蛍光モニタリングの新しい取り組み方法である。波長域が広い光源からの連続光照射下に植物がある状態で、その蛍光のデータを取得することができるこの方法は、生産の場面に応用可能である。RRMは初期の水ストレスを検出できる、非接触および比破壊の計測方法である。しかし、この利便性の高い新しい方法は未だ開発途上であり、より詳細な試験と評価が必要である。

Fig1.Reference and 2nd Source Signal from the plant under ambient FL lightingFig2.RRM fluorescence spectrum obtained under FL lightingFig3.Transpiration and Relative Water Content(%turgid wt.)(n=4)Fig4.R685 Normalized Curves Exp2(n=12)Fig5.Time to Peak Exp2(n=12)Fig6.Water Potential Exp3(n=6)Fig7.R685Normalized Curves Exp3(n=8)Fig8.%Overshoot Exp3(n=8)
審査要旨

 植物は光照射下では光合成を行うと同時に微弱な蛍光を発している。この植物の蛍光を検出して、植物のクロロフィル含量、水ストレス、栄養素欠乏などの様々な状態をセンシングする方法が研究されているが、光合成システムの効率などを検出するPAMなどを除いて、そのほとんどは実用化していない。その理由として、既存の研究では、植物を十分な時間暗所に置いた後(ダークアダプテイションとよぶ)、光照射をして蛍光を検出するというプロセスを必要としていたことを挙げることができる。この方法では、昼間はいうまでもなく、夜間でも照明などのある場所では実用化できない。バックグラウンド光存在下での蛍光検出の研究例もみられるが、ナノ秒単位でのゲートの開閉を必要とする高価な機器を必要とする。本研究はダークアダプテイションもゲートの開閉も必要とせずに、蛍光から水ストレスを検出する方法の開発を目的として行った研究で、5章よりなる。

 1章は序論にあてられ、研究の背景を明らかにし、本論文の目的について述べている。

 2章では、既存のダークアダプテイションを必要とする方法を用いて、蛍光により植物のエージを推定する方法を開発した。488nmの波長のレーザ光照射によりホウレンソウの蛍光を検出し、ホウレンソウのエージと蛍光の関係を調べた。その結果、685nmと740nmの蛍光の比がエージと相関することが明らかとなった。

 3章では、ダークアダプテイションを必要としない植物の蛍光検出方法を開発し、その方法により検出した蛍光と水ストレスの関係を調べた。実験には、トマトを用い、測定する葉は垂直に固定した。ダークアダプテイションを必要としない蛍光検出法としてRelative Referencing Method(以下、RR法)と命名した方法を開発した。RR法では、まず、バックグラウンド光存在下で、葉からの光を検出し、そのスペクトルを記録する。次ぎに第2の光源から光を照射し、同じように葉からの光のスペクトルを記録し、両スペクトルの差をとる。第2の光源からは、フィルタで紫外線だけを照射し、葉からの光の検出では、フィルタによって紫外線はカットした。このようにすると、両スペクトルの差は、紫外線照射による植物からの蛍光と解釈することができる。実験の結果、次のことが明らかとなった。第2光源からの紫外線照射により、蛍光は瞬時に立ち上がり、最大値に達した後、徐々に低下し、定常状態に至る。クロロフィル蛍光に相当する685nmと740nmの蛍光は最大値に到達するまでの時間が相対含水量の低下とともに短くなる。一方、オーバーシュート(最大値と定常状態の値の差)には、両波長とも相対含水量との相関は認められなかった。また、定常状態での440nmあるいは530nmの蛍光強度とクロロフィル蛍光強度との比は相対含水量が極端に低下すると増加した。このように、開発したRR法により、最大値までの時間あるいは定常状態の蛍光強度比から水ストレスを検出できることが明らかとなった。

 4章では、RR法の実用場面を想定して、葉を固定しない場合のRR法の有効性を調べた。植物はトマトを用い、葉を固定しないことを除いて、方法は3章とほぼ同じである。その結果、3章で水ストレスと有意な相関があった最大値までの時間は、葉を固定しないと相関がなくなること、逆に、3章では相関が無かったオーバーシュートには水ストレスと相関がみられること、3章の実験ではみられなかった蛍光強度の振動現象(蛍光強度が最大値に達した後低下し、再び増加して定常状態になる)が時々みられること、この振動現象がみられる頻度は水ストレスが進むほど多くなること、定常状態での波長ごとの蛍光強度の比は水ストレスと相関しないことなどが明らかとなった。すなわち、葉を固定しない自然状態でも、本研究で開発したRR法により蛍光から水ストレスを推定できることが明らかとなった。なお、葉を固定した場合と固定しなかった場合の蛍光の差が何に起因するかは、今後の課題として残された。

 以上、本論文は、光照射下での植物蛍光を検出する方法を新たに開発し、その方法によって検出した蛍光を用いて植物の水ストレスを推定する方法を提案したもので、学術上のみならず応用上も価値が高い。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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