本研究は収穫後流通過程で問題になる青果物の腐敗いわゆる市場病害(market disease)を防腐剤等の化学的手段に依らない安全な方法、即ち、温湯で防除すること考え、そのための操作条件を見い出すことを主な目的としている。市場病害は低温下では発生が抑制されており外観からは認識されないが、輸送中や店頭、消費者の手に渡ってから常温にさらされると発生が促され、しばしば問題となる。温湯による市場病害防除の考えは決して新しいものではなく一部の輸入果実も温湯処理されている。最近、薬剤防除が嫌われるようになり、安全で簡単な温湯処理による防除が外国で見直される機運が見られる。しかし、日本においては青果物の収穫後の防除は殆ど行われていないこともあり、青果物の温湯処理に関するデータは見当たらない。 本研究では、市場病害がしばしば問題となる西洋ナシ(品種:ラ・フランス)、キウイフルーツ(品種:ヘイワード)、モモ(川中島白桃)を温湯処理対象試料として選んだ。ラ・フランスは最近普及してきた果実であるが、輪紋病とよばれる黒褐色の輪紋状の病斑が果面に発生し問題となる。キウイフルーツでは軟腐病が頻発し、防除の観点からは重要病害である。モモでは灰星病が重要な病害である。病徴は果面に灰褐色で粉状の小球形胞子塊が輪紋状に形成される。上述病害は出荷後に発病することが多く産地の評価を著しく低下させるばかりでなく、青果物の質・量および経済的な損失をもたらす。したがって、その防除には多大な効果が期待される。 西洋ナシの輪紋病、キウイフルーツの軟腐病、モモの灰星病はそれぞれBotryosphaeria berengeriana,Botryosphaeria spp.,Monilinia fructicolaの菌類が病原体である。実験では罹病果実から分離した上記の病菌を入手しPDA培地で培養し果実に接種して実験に供試した。西洋ナシ、モモではピンで孔を2箇所にあけ、そこへ5×105個/mlの胞子懸濁水を果実により10lまたは25l滴下し菌を接種した。キウイフルーツは直径4mmの菌叢ディスクを果実表面に固定して接種した。菌を接種した果実は24時間室温に放置した後、温湯処理に供した。また、西洋ナシおよびキウイフルーツの病菌については、菌叢ディスクを試験管の中で直接温湯処理し、その結果から菌を接種した果実の温湯処理条件を判断した。 果実の温湯処理は超音波洗浄(果実により30または40分間)、予備加熱(pre-heatig:果実により30または40℃で30分間)の前処理後、設定した温度、時間で行った。各果実に対する温湯処理条件は下記の通りである。 1)西洋ナシ:温湯温度40,42,44,46,48℃に対しては20,30,40分の処理、50,52,54℃では3,5,7分および5,7.5,10分の処理を施した。 2)キウイフルーツ:53,55,57,59℃の温度下で5分および10分の処理を行った。 3)モモ:46,48,50,52,54℃の温度に対して5分および10分の処理を行った。 これらの温湯処理後、対照区(無処理、無接種または無処理、接種)とともに20℃、相対湿度約95%の環境下で、病害部の大きさ(直径)、病害発生果実割合、処理後何日で病害発生があったかを調へ防除効果を検討するとともに、果皮色(キウイフルーツは果肉色)、硬度を測定し、果実品質への影響も含めて、温湯処理の効果を総合的に判断した。 以下に実験結果を要約する。 1.西洋ナシ 1)病菌Botryosphaeria berengerianaの菌叢ディスクの温湯処理では54℃、7分処理することにより菌の生育は完全に抑えられた。しかし、果実に接種した場合、同条件でも菌の生育は完全には抑えられなっかた。 2)果実に菌を接種した場合、46℃以下の温度では40分間の処理でも菌の生育を抑えることはできなかった。 3)今回の処理条件中に果実に接種した菌の生育を完全に抑える条件は見出されなかったが52℃、10分および54℃、5分処理にある程度の効果的な防除が認められた。 2.キウイフルーツ 1)病菌Botryosphaeria spp.の菌叢ディスクの温湯処理では55-62℃、5分または10分の処理で菌の生育を完全に抑えられることが確認された。 2)菌を接種した果実の57℃、10分処理にある程度の防除効果が認められた。 3.モモ 50℃、10分処理が菌の生育を完全に抑制し、果実品質への影響も問題がなかったことから実用化への応用 が期待された。 以上、本研究は市場病害防除に温湯処理を応用するための新しい知見とその実用化への可能性を示した。このことは学術上、応用上寄与するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |