学位論文要旨



No 114408
著者(漢字) サイード,アクター
著者(英字) Saeed,Akhtar
著者(カナ) サイード,アクター
標題(和) モモ、西洋ナシ、キウイフルーツの市場病害に対する温湯処理の効果に関する研究
標題(洋) Effect of hot water treatment on the control of market diseases of peach,pear and kiwifruit
報告番号 114408
報告番号 甲14408
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2016号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物・環境工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 瀬尾,康久
 東京大学 教授 日比,忠明
 東京大学 教授 蔵田,憲次
 東京大学 助教授 八巻,良和
 東京大学 助教授 大下,誠一
内容要旨

 灰星病はモモに一般的な病気である。収穫直前、収穫中、包装中、そして冷却中の感染が、輸送中および市場での損失の主な原因である。市場での果物の需要が増すにつれて、果物の生産は増大する傾向にある。輪紋病は西洋ナシの市場での重要な問題の一つであり、これによって西洋ナシは大きくダメージを受ける。B.berengerianaが病原体であるということが分かっている。キウィフルーツに関しては、軟腐症が問題となる。二酸化硫黄のように、薫蒸剤はこれら市場病害に有効であるが、残留物が安全性に問題があるため、その使用は禁止されている。本研究の目的は、温湯浸漬における温度と時間がモモやナシ、キウイフルーツの腐敗の進行に与える影響、および、温湯処理の前後における、果物の色および硬さから決まる品質変化を調べることである。

材料および方法

 モモの川中島、ナシのラ・フランスそしてキウイフルーツのへワードについて、大きさ、質量および熟度がほぼ同一のものを、1996年、1997年、1998年に、山形県および山梨県の果樹園から集めた。実験#1および#2によって、異なる温度と時間の組み合わせのもとで、M.fructicolaがみられる実験#3、#4および#5によって、異なる温度と時間の組み合わせの下で、B.berengerianaのナシへの反応を評価した。また同様にキウイフルーツについても3つの実験を行った。それぞれの胞子を傷んだモモ、ナシおよびキウイフルーツから分離し、Potato Dextrose Agar(PDA)上で培養した。1-2週間経った培養器に殺菌水を注ぎ、胞子懸濁液を、5×105spores/mlとした。菌の成長は、接種点近傍の病変部の直径をノギスで毎日計測し、記録した。実験は、それぞれの処理につき10個の果実を用いて処理した。病変部径のデータは、以下の式を用いて解釈されている。平均日数=Di/n(Eq.)(Di=病害発生までの日数、n=それぞれの処理における果実数)。色は,測色色差計を用いて、温湯処理の前後一日における果実の色を測定した。硬さは、ヒットカウンタを用いて測定した。果実は、針を用いて深さ1.5mmまでの傷を2カ所つけられた。傷つけられたそれぞれの側面に、胞子懸濁液25Lの菌を植え付けた。その後、果実は24時間、腐敗の進行を進めるべく放置した。高温耐性(thermo-tolerance)を与えるために、Water pretreatmentが行われた。その後、果実はホットウォーターバスの中にて浸漬された。温湯浸漬に続いて、果実は周囲と同じ条件まで風乾、冷却され、20℃のチャンバー内に置かれた。

実験#1の結果

 対照区の果実は、温湯処理後7日間は菌による影響を受けないままであったことが分かった。また、10個の対照区の処理果実のうち、6個はR.stoloniferに感染していた。実験は19日目にて終了した。処理区(50℃、10分)の果実は、19日目まで病害の兆候がみられなかった。処理区(50℃10分)では、もっとも病害感染までの日数を要したことが分かる。2番目は処理区(54℃、5分)で、貯蔵期間は15日間であった。すべての処理区において、R.stoloniferに感染した果実がみられた。果物種の違いは、すべてのパラメータに対して有意な傾向を示さなかった。浸漬は、L、a、そしてbに対して非常に有意であった。

実験#2の結果

 ここでも50℃、10分の処理区において、実験終了である19日目まで植え付けたM.fructicola胞子に冒されることがなかった。またすべての処理区において、R.stoloniferに感染した果実がみられた。この実験の結果が示していることは、温湯処理の前後において、処理区の違いが菌接種点における色の変化に有意な影響を与えなかったということである。一方Lは、処理区の変化と接種点、および果物種の変化と接種点の間の相互作用に対して有意であった。aについては、温湯処理の前後で変化はみられなかったが、一方相互作用では、非常に有意であった。このことは、モモ果実の赤みの変化を表している。Lとほぼ同様の傾向が、およびbにおいてもみられた。このことは、同じ接種点の場合、温湯処理の前後において処理区の違いが有意に影響することはないということを意味している。

実験#3の結果

 対照区の果実では、植え付けたB.berengerianaの胞子の成長は、実験2日目において直径0.5cmであった。40、42、そして46℃の温湯処理に対しても、同様に成長した。しかし、明らかな違いが46℃、40分浸漬に対してみられた。48℃での適用が有効であることが、病変部径の測定値が最小であったことから示された。

 同様の結果が、4日目,6日目,そして8日目にみられた。すなわち、対照区と40-46℃での温湯浸漬とで、菌の成長はほとんど同じであった。46℃までの温湯浸漬は、菌の成長抑制に有効であるとは言えないことがわかる。しかし、46℃で浸漬40分の処理区では、浸漬20分および浸漬30分の場合とは異なり、ある程度の効果があった。10日目に、病変部径は4cmを記録した。果実の径が5cmであるため、果実は完全に腐り、46℃で40分の浸漬もまた有効でなかったと考えられた。48℃での温湯浸漬処理は、20分および30分の浸漬の場合に8日目まで病変部径が0.1cmのまま、菌の成長が観察されなかったことから分かるように、著しい効果をみせたということである。10日目に病変部径は、20分浸漬で直径0.15cm、30分浸漬で直径0.13cmを記録した。一方、40分浸漬では直径0.10cmであった。結論として、40-46℃の温湯処理では植え付けられたB.berengerianaの殺菌効果はなく、48℃の温湯処理は有効であることが示された。48℃で20、30、そして40分の処理区は菌に対して有効であったが、40分の処理区の場合、果実の色は消費者にとっては受け入れがたいものであった。

実験#4(方法)

 B.berengerianaの培養は、8cm径のシャーレにPDA培地を用いて行った。約直径1cm径のMycelial plugsを培養7日目の表面から取り、温湯浸漬にさらした。温湯浸漬の後、これらのmycelial plugsは、新しく用意されたPDA培地に移植され、対照区も含めて20℃で保管した。その後2時間毎に、菌の成長がいつ現れるかをチェックした。ほかのについては、培養基上の菌のコロニー径を2日ごとに測定した。

実験#4の結果

 温湯処理を施さなかった対照区では、菌は8時間後に成長を始め、6日以内に直径8cm径のPDAシャーレを覆い尽くした。4日目および6日目において、菌の成長は48℃20分および50℃3分においてみられたが、その他の処理区では菌の成長はまだみられなかった。48℃20分および50℃3分では、菌の成長が始まった後、そのまま菌は成長を続けた。8日目に、48℃30分、50℃5分および50℃5分において菌の成長がみられるようになった。10日目に、48℃40分と54℃3分もほかに続いた。50℃7分と52℃5分が12日目に加わった。52℃7分と54℃5分は12日間良好な状態を維持し、14日目に菌が現れた。20日目で実験は終了したが、これは、13種類の処理のうち12種類に菌の成長がみられたためだった。処理区54℃7分は実験を続け、20日目になっても菌の成長は現れなかった。もっとも良好な結果は、54℃、7分において得られた。それに次いだ処理区は54℃、5分および52℃、7分であった。52℃、5分および50℃、7分がそれに続いた。よって、菌の成長抑制には、より高い温度かつより長い浸漬時間であるほど有効であることがわかった。我々が以前行った実験では、48℃の処理区がもっとも良好な結果となったが、本実験では52-54℃がもっとも良好な結果を示した。よって、48℃は却下される。結果をみると、結果の良好な順に、浸漬時間が5分もしくは7分の処理区が5つあり、それに浸漬時間3分の処理が続いた。

実験#5の結果

 この実験はナシ果実での菌の成長に関するものである。4日目に菌の成長が対照区においてみられた。すなわち、B.berengerianaを植え付けたが温湯処理は施さなかった対照区の果実は、1日目に菌の成長がみられ、9日目に完全に腐った。病変部径は9日目において5cmであった。菌はすべての処理区において成長したが、外観と病変部径の長さが異なっていた。48℃20分および48℃30分の場合、病変部径は3cmであったが、48℃40分、50℃7分、52℃5分の場合、直径2.2cmであった。50℃5分、52℃5分の場合、病変部径は直径2.6cmであった。最小の病変部径は54℃7分においてみられた。対照区においてわずかな色の変化が生じたことが分かる。一方、比較的小さな変化が52℃5分および52℃10分においてみられた。著しい色の変化がみられたのは、48℃40分および54℃5分においてであった。もっとも大きな色の変化は54℃7分においてみられ、それは消費者には受け入れがたいと考えられるものであった。これらの結果は、ある熱処理区によって色の変化が生じるものの、温湯処理によって洋ナシの腐敗が大きく減少することを示している。結論として、温湯の温度と、mycelial plugs上において殺菌をするのに十分な処理時間は、同じレベルの果実の病害を抑制することができないと言える。温湯処理は、特に54℃において、病害の抑制に著しい効果がある。48℃で20分および30分、そして54℃で5分は、病害の抑制に有効な温度と時間の組み合わせであった。一方、もし54℃よりも高い温度が7分与えられたならば、菌は完全に抑制される可能性がある。しかし、また一方でその処理により、果実の色に悪い影響が出る。

キウイフルーツ

 第一の実験として、病害を受けたキウイフルーツから隔離されたBotryosphaeria菌を、時間5、10分、温度55、57、59、62℃の組み合わせで温湯処理にさらした。第二の実験では、4つのキウイフルーツを実験に供した。洗浄後、TSS、pH、そしてかたさを測定した。そののち果実は、上に挙げた時間と温度の組み合わせおよび5℃で5、10分で温湯処理にさらした。果実は20℃で7日間、成熟のために高い湿度のもとで安置した。安置した後7日で、TSS、pHおよび硬さを、比較試験として再び測定した。同様の実験において、果実の個数を1つの処理につき、最大で18個まで増やした果実は、針を用いて側面部に2カ所穴をあけ、菌のmycelial plugsを植え付けた。接種後36時間で果実を温湯にさらした。TSS、pH、ビタミンC、色、硬さ、そして病害の発生のデータを、温湯処理の5日後および10日後に集めた。

結果

 最初の実験において、PDAプレート上のmycelial plugsを接種後8時間で、菌の成長開始が観察された。この菌は温湯処理を施されなかった。一方、異なる温度と時間の組み合わせの下で温湯処理を施された菌の場合は、わずかな成長さえもみられなかった。果実のTSSは、対照区、すなわち温湯処理を施さずに2℃で安置した後の果実の場合である、12.5°Brix以下の値となっている。値の低下がもっとも小さかったのは、53℃で5分および57℃で5分であった。一方、値の上昇がもっとも大きかったのは、55℃で10分であり、pHが上昇した。3.2から3.34のpHが、10分で53℃および10分で62℃の温湯処理においてみられた。この増加は無視できると考えられる。第三の実験では、温湯処理が、菌を植え付けた果実において、mycelial discsにおける効果と同様の効果を持つものかどうかを確かめた。53℃および55℃で、5分および10分の温湯処理は、病害の抑制に有効でなく、むしろ果実が病害を受けやすなることが分かった。57℃および59℃が病害の抑制にもっとも良好であったが、59℃の場合、両方の温湯浸漬時間に対して果実の色の変化がみられた。その他の品質基準は、第二の実験とほぼ同様であることが分かった。以上で議論された結果から、57℃で5分および10分が、キウイフルーツの軟腐病の抑制に対してもっとも良い処理であると結論づけることができる。

審査要旨

 本研究は収穫後流通過程で問題になる青果物の腐敗いわゆる市場病害(market disease)を防腐剤等の化学的手段に依らない安全な方法、即ち、温湯で防除すること考え、そのための操作条件を見い出すことを主な目的としている。市場病害は低温下では発生が抑制されており外観からは認識されないが、輸送中や店頭、消費者の手に渡ってから常温にさらされると発生が促され、しばしば問題となる。温湯による市場病害防除の考えは決して新しいものではなく一部の輸入果実も温湯処理されている。最近、薬剤防除が嫌われるようになり、安全で簡単な温湯処理による防除が外国で見直される機運が見られる。しかし、日本においては青果物の収穫後の防除は殆ど行われていないこともあり、青果物の温湯処理に関するデータは見当たらない。

 本研究では、市場病害がしばしば問題となる西洋ナシ(品種:ラ・フランス)、キウイフルーツ(品種:ヘイワード)、モモ(川中島白桃)を温湯処理対象試料として選んだ。ラ・フランスは最近普及してきた果実であるが、輪紋病とよばれる黒褐色の輪紋状の病斑が果面に発生し問題となる。キウイフルーツでは軟腐病が頻発し、防除の観点からは重要病害である。モモでは灰星病が重要な病害である。病徴は果面に灰褐色で粉状の小球形胞子塊が輪紋状に形成される。上述病害は出荷後に発病することが多く産地の評価を著しく低下させるばかりでなく、青果物の質・量および経済的な損失をもたらす。したがって、その防除には多大な効果が期待される。

 西洋ナシの輪紋病、キウイフルーツの軟腐病、モモの灰星病はそれぞれBotryosphaeria berengeriana,Botryosphaeria spp.,Monilinia fructicolaの菌類が病原体である。実験では罹病果実から分離した上記の病菌を入手しPDA培地で培養し果実に接種して実験に供試した。西洋ナシ、モモではピンで孔を2箇所にあけ、そこへ5×105個/mlの胞子懸濁水を果実により10lまたは25l滴下し菌を接種した。キウイフルーツは直径4mmの菌叢ディスクを果実表面に固定して接種した。菌を接種した果実は24時間室温に放置した後、温湯処理に供した。また、西洋ナシおよびキウイフルーツの病菌については、菌叢ディスクを試験管の中で直接温湯処理し、その結果から菌を接種した果実の温湯処理条件を判断した。

 果実の温湯処理は超音波洗浄(果実により30または40分間)、予備加熱(pre-heatig:果実により30または40℃で30分間)の前処理後、設定した温度、時間で行った。各果実に対する温湯処理条件は下記の通りである。

 1)西洋ナシ:温湯温度40,42,44,46,48℃に対しては20,30,40分の処理、50,52,54℃では3,5,7分および5,7.5,10分の処理を施した。

 2)キウイフルーツ:53,55,57,59℃の温度下で5分および10分の処理を行った。

 3)モモ:46,48,50,52,54℃の温度に対して5分および10分の処理を行った。

 これらの温湯処理後、対照区(無処理、無接種または無処理、接種)とともに20℃、相対湿度約95%の環境下で、病害部の大きさ(直径)、病害発生果実割合、処理後何日で病害発生があったかを調へ防除効果を検討するとともに、果皮色(キウイフルーツは果肉色)、硬度を測定し、果実品質への影響も含めて、温湯処理の効果を総合的に判断した。

 以下に実験結果を要約する。

1.西洋ナシ

 1)病菌Botryosphaeria berengerianaの菌叢ディスクの温湯処理では54℃、7分処理することにより菌の生育は完全に抑えられた。しかし、果実に接種した場合、同条件でも菌の生育は完全には抑えられなっかた。

 2)果実に菌を接種した場合、46℃以下の温度では40分間の処理でも菌の生育を抑えることはできなかった。

 3)今回の処理条件中に果実に接種した菌の生育を完全に抑える条件は見出されなかったが52℃、10分および54℃、5分処理にある程度の効果的な防除が認められた。

2.キウイフルーツ

 1)病菌Botryosphaeria spp.の菌叢ディスクの温湯処理では55-62℃、5分または10分の処理で菌の生育を完全に抑えられることが確認された。

 2)菌を接種した果実の57℃、10分処理にある程度の防除効果が認められた。

3.モモ

 50℃、10分処理が菌の生育を完全に抑制し、果実品質への影響も問題がなかったことから実用化への応用

 が期待された。

 以上、本研究は市場病害防除に温湯処理を応用するための新しい知見とその実用化への可能性を示した。このことは学術上、応用上寄与するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク