微生物によるセルロースの分解は、一般にセルラーゼによる加水分解反応を中心に議論されてきた。しかし一方で、多くのセルロース分解性糸状菌がセルロース分解時にセロビオース脱水素酵素(CDH)を生産することが知られていることから、セルロース生分解過程において酸化還元反応も重要な役割を担っていると考えられる。 白色腐朽菌Phanerochaete chrysosporiumがセルロースを唯一の炭素源として成長する時、一連のセルロース加水分解酵素セルラーゼと共にCDHを菌体外に生産する。CDHは補欠分子族としてフラビンとヘムを含むフラボヘモ蛋白質で、セロビオースおよびセロオリゴ糖の還元末端を酸化してラクトンにし、その際の電子受容体として様々なキノンや鉄化合物を利用することが知られているが、その生理的機能に関しては複数の可能性が示唆されており、依然不明な点が多い。 そこで本論文ではP.chrysosporiumが生産するCDHのセルロース分解過程における機能を解明するために種々の観点から検討を加えたものである。 論文は6章より構成され、1章は緒言、6章は総括で、2章から5章が本文である。 2章では本菌によるセルロース分解過程におけるCDHの局在性について考察した。すなわち、CDHの機能を考える上でセルロース生分解過程における局在性を明らかにすることは非常に重要であり、本菌が通気静置培養系で成長するとき、菌糸がセルロースと複合体を形成しておりCDH活性がこの複合体のみに検出されることを見出した。さらにCDHの局在性を免疫共焦点レーザー顕微鏡で観察した結果、CDHは複合体中のセルロース表面に吸着しており、特にセルラーゼの作用によって形成された「ひび割れ」付近に局在していたことから、CDHはセルラーゼと共役してセルロース分解に関与している可能性を明らかにした。 3章では、CDHの研究を進める上で大量の酵素を生産し、効率よく精製することの重要性を考慮し、CDHの生産方法ならびに精製方法を確立した。本研究過程で、仔牛血清の培地への添加がCDH生産を著しく増大することを見出し、添加培養系を最適化した。また、得られた菌体外液から強陰イオン交換、弱陰イオン交換、疎水の3段のカラムクロマトグラフィーによってCDHを分離・精製する方法を確立し、以後の実験に用いている。 4章では、CDHとセルラーゼの関係を明らかにするために、本菌由来のセロビオヒドラーゼ(CBHI)も分離・精製し、本酵素によるバクテリアセルロース(BC)およびセロビオースp-ニトロフェノール誘導体(pNPC)の分解に与えるCDH酸化還元系の効果を考察した。その結果、CBHIによるBCおよびpNPCの分解は、CDHとその電子受容体であるferricyanideの存在下でのみ促進することを見出した。さらに、pNPCの系に対して酵素学的パラメータを比較し、CDH酸化還元系の存在によってkm値が小さくなるのに対してkcatは全く変化のないこと、また、CBHIはセロビースによって生成物阻害を受けるが、セロビースをCDHによって酸化した生成物では阻害がないことから、CDHはCBHIの加水分解生成物を酸化することでCBHIの生成物阻害を解除し、活性を促進することで分解過程に寄与していることを明らかにした。 5章では、CDHの酸化還元酵素としての性質を明らかにするために、タンパク質分解酵素を作用させ、フラビンとヘムを含むドメインを各々分離・精製し、それぞれの酸化還元電位のpH依存性を検討している。その結果、ヘムの電位はフラビンの電位と比較して測定したすべてのpHの範囲で電子伝達可能なことを見出し、pH上昇に伴う補欠分子族間の電子伝達阻害は、電位の変化ではなく、タンパク質の構造がpHの上昇によって変化することが原因であることを明らかにした。 以上要するに、本論文はセルロース生分解において、加水分解酵素系であるセルラーゼの作用を、酸化還元酵素であるCDHの機能を詳細に検討、考察することにより明らかにしたもので、学術上、応用上価値の高い論文であり、よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |