サイズ剤は親水性の高いセルロース繊維を主体とする紙に疎水性を付与し、液体の浸透を抑制する効果(サイズ効果)をもたらす製紙用薬品であり、筆記用紙などへのインキの滲みの抑制、段ボールなどへの水の浸透による強度低下の抑制など、用途に応じた機能を紙に付与し、紙の性質を決定する重要な役割を果たしている。サイズ剤として古くから松脂を原料とするロジンを,-不飽和カルボン酸とのDiels-alder反応により変性した強化ロジンを鹸化し、溶液状にしたロジン石鹸が使用されており、現在では界面活性剤により強化ロジンを乳化分散したロジンエマルションが主に用いられている。この2種のロジン系サイズ剤はいずれもパルプスラリーに添加される際にアラム(硫酸アルミニウム)を紙への定着剤として併用することで成紙にサイズ効果を与えている。ロジン系サイズ剤はその殆どがアニオン性の性状を持つため、アラム由来のAlカチオンを介してアニオン性のパルプ表面に定着すると考えられている。アラムの使用により抄紙系はpH4〜6の酸性となり、抄造された紙も酸性を示す。しかし、酸性紙には経年劣化の問題があるため、また安価で白色度が高い軽質炭酸カルシウムの填料としての使用を目的として、書籍用紙、筆記用紙を主として酸性抄紙から中性抄紙への移行が進みつつある。従来のロジン系サイズ剤の主成分である強化ロジンは酸基を有しているためにpHの上昇に伴って水相中に溶出することが知られており、中性抄紙においてサイズ効果、操業性の点で満足できるものではない。そのため、中性抄紙用サイズ剤としてはAKD(alkyl ketene dimer)、ASA(Alkenyl succinic anhydride)が現在では主流となっている。しかし、AKD、ASAにも操業性および紙質に種々の問題が生じているのが現状である。このような状況の中、中性ロジンエステル系サイズ剤が開発され、その応用が広がりつつある。 中性ロジンエステル系サイズ剤は、ロジン系サイズ剤の主成分である強化ロジンにロジン多価アルコールエステル(ロジンエステル)を混合しエマルション化したもので、中性領域においてロジンエマルションサイズよりサイズ効果が優れるという特徴を有する。ただし、サイズ効果の発現に対するロジンエステルの役割については解明されていない。また、中性ロジンエステル系サイズ剤をパルプスラリーに添加する際にも従来のロジン系サイズ剤と同様、アラムなどAlカチオンを生成するAl化合物を併用することが必要とされているが、中性の水溶液中でAlはイオン性を失い、凝集することが知られており、中性のパルプスラリーに添加されたAlイオンの挙動と中性ロジンエステル系サイズ剤のサイズ発現の関連についても解明されるまでには至っていない。 そこで本研究では、中性ロジンエステル系サイズ剤のサイズ発現機構の解明を目的として、中性のパルプスラリーにおけるAlイオンの挙動とサイズ剤のパルプへの定着機構、サイズ剤粒子に含まれる各成分のサイズ発現への役割、およびパルプ表面におけるサイズ剤の挙動として特にパルプ表面に存在するロジンの化学的構造がサイズ性能に及ぼす影響について検討を行った。 抄紙系のpH、アラム、サイズ剤およびカチオン性ポリマーのパルプ乾燥重量に対する添加率、および手すき紙に定着したAl量、ロジン量、手すき紙のサイズ度の関係を調べ、中性におけるロジンエステル系サイズ剤のサイズ特性について知見を得た。パルプは市販の広葉樹漂白クラフトパルプを使用した。なお本研究で用いた中性ロジンエステル系サイズ剤は強化ロジン/ロジンエステルの重量比約1/1の混合物をスチレン/アクリル酸系ポリマーで分散安定化したエマルションである。紙中のAl量は蛍光X線分析により、また紙中のロジン量はオンラインメチル化熱分解ガスクロマトグラフィーにより定量を行った。アラム添加率、サイズ剤添加率の増加に伴い紙中Al量、紙中ロジン量は増加し、サイズ度も向上した。これより、中性のパルプスラリーに添加されたアラム由来のカチオン性Alは速やかにパルプ表面に定着してカチオン性サイトを形成し、サイズ剤粒子はこのカチオン性サイトを介してパルプ表面に定着すると考えられる。また、紙中のロジン量と手すき紙のサイズ度には特定の関係がみられ、紙中ロジン量の増加に伴ってサイズ度が向上する傾向がみられた。ただしアラムの代わりにカチオン性ポリマーを使用した場合、サイズ剤の定着量が十分であっても低いサイズ効果しか示さない場合があった。これはパルプ表面におけるロジン成分の分布状態が不均一であることに由来する現象であり、紙のサイズ効果は紙中ロジン量のみではなく、紙中におけるロジンの分布状態にも関連することを示唆する結果である。 ロジンエステル、強化ロジンのそれぞれの役割について検証するため、ロジンエステルのみを含むエマルションを調製しサイズ性能の評価を行った。中性ロジンエステル系サイズ剤と比較すると、添加率に対する紙中のロジン定着量、サイズ効果はロジンエステルエマルションが大きく劣っていた。サイズ剤粒子に含まれる成分がロジンエステルのみである場合は粒子がパルプ表面に定着しにくいことから、中性ロジンエステル系サイズ剤においては粒子に含まれる強化ロジンがサイズ剤の定着に寄与していると推察される。ただし、ロジンエステルエマルションを使用した場合、紙中のロジンエステル量が十分であればサイズ効果も向上する結果が得られた。これより、ロジンエステルはサイズ効果の発現に貢献していることが確認できた。また、サイズ剤希薄分散液へのアルカリの添加による分散液の透過率とpHの変化から、ロジンエステルが中性において強化ロジンの水相への溶出を抑制する働きを持つことを確認した。 アラム由来のAlカチオンはパルプ表面のカルボキシル基に静電的な作用により定着し、カチオン性サイトを形成すると考えられる結果が得られている。そこでカルボキシル基をアミド化によって封鎖したパルプを使用して紙中Al量、紙中ロジン量、サイズ効果を調べ、通常のパルプとの比較を行った。アミド化パルプを使用した場合においても紙中にAlが十分に存在し、サイズ剤を紙中に定着させて手すき紙にサイズ効果を付与するという結果が得られた。これより、Alは単体のAl3+として定着するだけではなく、多核アルミニウム化合物などのカチオン性を有するAlとカチオン性を失ったAl凝集物の複合体としてパルプ表面に定着し、カチオン性サイトをパルプ表面に形成する可能性があることが示された。ただし、カチオン性サイトはアラム添加後の時間の経過によりカチオン性を徐々に失い、サイズ剤粒子の定着量を減少させると考えられる結果が得られた。パルプ表面におけるAlのカチオン性の消失は、AlとOHとの結合による電荷の中和によるものと考えられる。これより、効率的なサイジングを行う場合、Alがカチオン性を失う前にサイズ剤を添加する必要があると考えられる。また、パルプ表面に定着したサイズ剤粒子が剪断力により脱離しやすいのに対し、Alはパルプと強固に定着していることが示された。 紙の抄造では、ワイヤー上で形成された湿紙がプレスパートで搾水され、さらにドライヤーパートで熱を受けて乾燥されて成紙となる。熱によるサイズ剤粒子の形状の変化を走査型電子顕微鏡で観察し、サイズ剤粒子に含まれるロジン成分が約80℃以上の高温処理により溶融することを確認した。溶融したロジン成分が広がることで親水的なパルプ表面が疎水化され、サイズ性能が向上することを示唆する結果である。また、熱はサイズ剤粒子の溶融による物理的な変化だけでなく、パルプ表面に存在するAlと強化ロジンの反応によるロジンAl塩の形成という化学的な変化もサイズ剤にもたらしている可能性が考えられる。ロジンAl塩の形成に関してパルプのモデル物質としてカルボキシメチルセルロース(CMC)を用い、CMCのカルボキシル基にイオン交換したAlとロジンの相互作用について検討した。その結果、加熱によってロジンより疎水性が高いロジンAl塩の形成が示唆される結果が得られた。また、サイズ剤のモデル物質として脂肪酸とロジンエステルの混合物のエマルションを添加して手すき紙を作成し、セルラーゼ処理によりロジン成分を濃縮した手すき紙のCP/MAS13C NMRスペクトルの解析により、紙中のロジンの一部はAl塩を形成していることがわかった。ただし、紙中のロジンAl塩量とサイズ度に相関は無く、少量のロジンAl塩が効率的なサイズ効果の発現に寄与している可能性が示唆された。また、ロジンCa塩、遊離のロジン酸もサイズ発現に寄与していると考えられる結果が得られた。 以上より、中性ロジンエステル系サイズ剤のサイズ効果は下記のような機構により発現するという結論に至った。 中性のパルプスラリーに添加されたアラム由来のAl種がカチオン性を保持したままパルプ表面に定着し、サイズ剤粒子をパルプ表面に定着させる。サイズ剤粒子に含まれるロジンエステル、強化ロジンは熱により溶融して広がり、また強化ロジンがAl、Caと塩を形成することによりパルプ表面を疎水化する。 酸基を有する強化ロジンは水相中においてサイズ剤粒子が安定に存在するため、またパルプ表面に定着するために必要である他、パルプ表面で塩を形成して疎水性を高める効果を持つ。酸基を持たないロジンエステルは中性の水溶液中において強化ロジンの水相への溶出を抑制する役割、およびパルプ表面を疎水化する働きを有する。 |