学位論文要旨



No 114411
著者(漢字) 谷川,信江
著者(英字)
著者(カナ) タニガワ,ノブエ
標題(和) 木質湾曲部材のクリープおよびメカノソープティブ変形挙動
標題(洋)
報告番号 114411
報告番号 甲14411
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2019号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物材料科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 安藤,直人
 東京大学 教授 有馬,孝禮
 東京大学 教授 太田,正光
 東京大学 助教授 信田,聡
 東京大学 助教授 佐藤,雅俊
内容要旨

 生物材料である木質材料を構造部材として用いた大規模木質構造物が近年頻繁に建築されている。これらの大規模木質構造物では長期間の使用により,通常の弾性設計の許容範囲内で予測される変形よりもかなり大きな変形が観測されている例がある。それは,応力のかかった状態にある材が温湿度の変動に伴って大変形をする,Mechano-sorptive変形が原因と言われている。この木材の特質であるMechano-sorptive変形は,水分非定常状態における木材および木質材料のクリープ変形の一種であり,定常状態とは異なった変形挙動を示すことが認められている。建築の分野でも近年注目されているが,その機構が複雑であるために研究の蓄積が少ないのが現状である。なかでもシェルドームや大規模木質構造物における屋根等の湾曲梁の変形は特に注目されているが研究例はない。

 本研究では、Mechano-sorptive特性を考慮した設計を可能にすることを目的として曲げ変形を与えた梁の変形挙動のMechano-sorptive変形による影響を検討した。

 本論文で得られた知見を以下にまとめる。

 温湿度変動下における曲げ変形を与えた梁のクリープ変形挙動について検討した。その結果,本実験の湾曲部材は,各負荷条件において,たわみは湿度変化に伴って大きく増減を繰り返しながら変動した。250時間経過後に,たわみと相対湿度の変化に明確な対応が認められた。また,相対湿度が高くなるとたわみが回復し,相対湿度が低くなるとたわみが進行することが看取された。1000時間経過後はクリープは止まり,たわみは,湿度変化が主因となって変動したと推測された。POWER則を基にしたモデル式により,湾曲部材の温湿度変動下でのたわみの挙動を予測できることが示唆された。たわみと平衡含水率の変化量には,負の相関が認められ,脱湿過程時にたわみは大きく変化することが看取された。

 湾曲梁の力学性状を定性的に把握するために,材中央に鉛直下方向に荷重を加える静的加力試験を行った。また,温湿度を制御した室内と変動下において,湾曲梁を載荷しないで強制的な曲げ変形を固定した応力のみでクリープ試験を行った。力学試験において,湾曲梁は中央部の鉛直荷重の増加につれて,中央部のみが落ち込む形状で,曲げが進行していると考えることができる。強制的に曲げ変形を与えた湾曲梁は応力状態が複雑であるので,試験体の細部では場所によって軸方向の伸縮は,荷重に対して不定であると考えられる。温湿度制御下でのクリープ試験において,各試験体の曲げひずみは時間が経つにつれて減少し,約250時間よりその減少率は低下していった。よって,湾曲梁は強制的に与えられた曲げ変形を緩和していき,元の形状に戻ろうとする方向で安定する形で平衡状態となると考えられる。各試験体とも試験体長の4分の1の箇所よりも湾曲梁の中央部のほうが曲げひずみの緩和量は大きい傾向であった。各試験体の軸ひずみは,ある周期をもって小刻みに増減を繰り返しながら変化していった。軸ひずみは,試験体の場所によってほとんど差異は認められなかった。温湿度変動下におけるクリープ試験の湾曲梁は,木材の膨潤収縮特性のみでなく,Mechano-sorptive特性によって大きく変化していることが明らかになった。温湿度制御室内の小さな湿度変動下でもMechano-sorptive変形がおこっていることが判った。

 乾燥状態の梁材を水中に浸漬して湿潤状態とし,湿潤状態である梁材に強制的に曲げ変形を与えることによって,乾燥状態の湾曲梁と曲げ変形固定の条件を変えてクリープ試験を行った。温湿度制御下において,湿潤状態の湾曲梁の乾燥過程におけるひずみの挙動は,定量的にモデル化できることが示唆された。乾燥過程におけるMechano-sorptive変形をした湾曲梁の方が,RHの変化に伴う吸脱湿過程におけるMechano-sorptive変形が起こりやすいことが判明した。また吸脱湿過程でRHの変動に対して大きく変化した試験体の方がMechano-sorptiveセット量が大きくなることが判った。

 温度一定で湿度を吸脱湿のサイクルの条件下で,支持条件および試験体形状を変えてクリープ試験を行い,吸湿時と脱湿時の変形挙動を検討した。両端ピン支持とピンローラー支持の梁では,はRHの変化に対応して進行,回復を繰り返しながら変動していき,の総量はRHの変化による吸脱湿を繰り返しながら増加していく傾向にあった。応力のかかった材が,温湿度変動下において起こすMechano-sorptive変形の特徴であるように,そのRHとの対応は試験開始後約40時間から認められ,負の相関があり,RHが高くなるとは回復し,RHが低くなるとは進行する関係であった。各湿度ステージにおいて進行および回復したが,ほぼ一定となるまでのたわみの変化量は,両端ピン支持では脱湿のときたわみが進行する量の方が,吸湿のときたわみが回復する量より大きい傾向にあった。そして,第1回目の脱湿で最も大きな変化量を示した。ピンローラー支持では変化量は,脱湿と吸湿の過程およびRHの履歴であまり差異が認められなかった。両端ピン支持と比較すると,第1回目の脱湿時のは,両端ピン支持の方が大きかった。各湿度ステージでのRH1%あたりの瞬間変形量t/Htは,ピンローラー支持のほうが大きい傾向にある。よって,RHを変化させたとき,両端ピン支持はRHの変化に対して遅延的に反応し変化するが,ピンローラー支持は比較的即時に反応して変化すると言える。また,いずれの支持条件においてもたわみの進行は,第1回目の脱湿過程が支配的となることが判った。通直梁は,はRHの変化に対応して進行,回復を繰り返しながら変動していき,の総量はRHの変化による吸脱湿を繰り返しながら増加していく傾向にあった。湾曲梁は,はRHの変化に対応して進行,回復を繰り返しながら変動していき,の総量はRHの変化による吸脱湿を繰り返しながら減少していく傾向にあった。両試験体ともは試験開始後120時間以降は,RHが増加するとは減少し,RHが減少するとは増加する,RHとには負の相関が認められた。RHが高くなるとは回復し,RHが低くなるとは進行する関係であった。これは応力のかかった状態にある材が安定した形状に落ち着こうとするMechano-sorptive変形の特徴である。両端の支持が同じピン支持の場合,通直な状態に曲げ変形を与えることによって脱湿過程におけるたわみの進行が抑制されたことが判った。

 材が安定した後は,脱湿過程の時クリープたわみは進行し,吸湿過程の時クリープたわみは回復する方向に変動し,クリープたわみの進行は第1回目の大きな脱湿による影響が大きく,その後の吸放湿による影響は小さいことがわかった。しかし,湾曲させることにより,脱湿によるたわみの進行が抑えられた。

審査要旨

 大規模木質構造物においては,長期使用により,通常の弾性設計の許容範囲内で予測される変形よりもかなり大きな変形が観測されている例がある。それは,応力のかかった状態にある材が温湿度の変動に伴って大変形をする,Mechano-sorptive変形が原因と言われている。本論文は,軸方向に力を加えて強制的に変形させた湾曲部材の変形挙動のMechano-sorptive変形による影響を検討することにより,Mechano-sorptive特性を考慮した設計を可能にすることを目的としている。本論文は,7章からなっているが,以下に論文の内容の概要を示す。

1.温湿度変動下におけるクリープ変形挙動

 温湿度変動下における曲げ変形を与えた梁のクリープ変形挙動について検討した。その結果,本実験の湾曲部材は,各負荷条件において,たわみは湿度変化に伴って大きく増減を繰り返しながら変動した。250時間経過後に,たわみと相対湿度の変化に明確な対応が認められた。また,相対湿度が高くなるとたわみが回復し,相対湿度が低くなるとたわみが進行することが判明した。1000時間経過後はクリープは止まり,たわみは,湿度変化が主因となって変動したと推測された。POWER則を基にしたモデル式により,湾曲部材の温湿度変動下でのたわみの挙動を予測できるという結論を得た。

2.温湿度制御下におけるクリープ変形挙動

 強制的な座屈曲げ変形を与えた湾曲梁のクリープ変形挙動について検討した。本実験の湾曲梁は温湿度制御下において,曲げひずみは時間が経つにつれて,強制的に与えられた曲げ変形を緩和していき,元の形状に戻ろうとする方向で安定した。また,曲げひずみの挙動はlog t則による近似が適用できることが示唆された。温湿度の変化しない環境下では,軸方向よりも曲げ方向の変形が進むが,温湿度の変化する環境下では,曲げ方向の変形よりも軸方向の伸縮変形の方が大きく進むことが判った。すなわち,温湿度変動下における本実験の湾曲梁は,木材の膨潤収縮特性のみでなく,Mechano-sorptive特性によって大きく変化していると結論できる。

3.湿潤材と乾燥材の変形挙動

 Mechano-sorptive変形は温湿度変動下における変形であると同時に,乾燥過程において大きな変形がセットされる挙動でもある。そこで,温湿度を一定に制御した環境下および変動下において,湿潤材と気乾材の湾曲梁を載荷なしでクリープ試験を行い,クリープたわみ及び歪みを比較検討した。その結果,湾曲梁はその形状が故に生ずる特徴的なDrying setが確認でき,湿潤状態の湾曲梁の乾燥過程におけるひずみの挙動は定量的にモデル化できることが示唆された。また,湿潤材は乾燥過程終了後は乾燥材と同様に湿度変化に対応した変形挙動を示し,変化量はDrying setされた湿潤材の方が大きいことが認められた。よって,吸脱湿過程でRHの変動に対して大きく変化した試験体の方がMechano-sorptiveセット量が大きくなるという結論を得た。

4.吸脱湿サイクル下における湾曲部材のクリープ挙動

 Mechano-sorptive変形の定量化に向けて,温度一定で湿度を変化させる吸脱湿サイクルの環境下でクリープ試験を行い,ピン支持と自由端による比較,通直材と湾曲材による比較を行った。その結果,クリープ試験開始後,材が安定した後は,脱湿過程の時にクリープたわみは進行し,吸湿過程の時に回復することが判った。クリープたわみの進行は第一回目の大きな脱湿による影響が大きく,その後の吸脱湿による影響は比較的小さいことが認められた。また,通直材に比べて湾曲梁では脱湿によるたわみの進行が抑えられるという結論を得た。

 以上,要するに本論文は応力のかかった状態にある木質材料の温湿度変動下および長期の形状変動を明確にしようと試みたものであり,多種の測定実験を重ね,その結果をモデル化することによって,木質構造物のMechano-sorptive挙動を解明する道を開いたもので,木質材料を構造物に利用する今後の展開に学術上,応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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