学位論文要旨



No 114414
著者(漢字) 岡部,玉枝
著者(英字)
著者(カナ) オカベ,タマエ
標題(和) 大腸菌ペニシリン結合タンパク質とRodAタンパク質の構造と機能に関する研究
標題(洋)
報告番号 114414
報告番号 甲14414
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2022号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松澤,洋
 東京大学 教授 高木,正道
 東京大学 教授 魚住,武司
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 助教授 若木,高善
内容要旨

 ペニシリン結合タンパク質(PBP)は細菌の細胞壁ペプチドグリカン生合成に関与する酵素蛋白質である。大腸菌には、主に7種類のPBPが細胞質膜に存在しており、分子量の大きいものからPBP1A、1B、2、3、4、5、6と呼ばれている。このうち、生育に必須なPBP1A、1B、2、3は高分子量PBPと呼ばれ、PBP1A、1Bはペニシリン非感受性のトランスグリコシラーゼ活性とペニシリン感受性のトランスペプチダーゼ活性の二つの活性を持つが、PBP2、3は一次構造上トランスペプチダーゼ領域をもつものの、トランスグリコシラーゼ活性についてはまだ不確定である。低分子量PBPと呼ばれるPBP4、5、6はペニシリン感受性のDD-ペプチダーゼであり、生育に必須でない。高分子量PBPについては、細胞分裂及び形態形成において、PBP1A、1Bが生育伸長に、PBP2が桿菌形態の形成に、PBP3が分裂時の隔壁形成に関与していると考えられている。疎水性パターンをみると高分子量PBPはどれも非常に似ており、N末端に1個の疎水性の細胞質膜貫通領域をもち、C末端酵素領域はペリプラズムにある。PBP2は、桿菌形態形成に関与するタンパク質RodAとの共存下でそのペプチドグリカン合成酵素活性を発揮する。RodAタンパク質のN末端側と-ラクタマーゼとの融合タンパク質を用いた解析から、RodAはN末端とC末端を細胞質側に配向し、細胞質膜を10回貫通して存在すると推定されている。そして、PBP2とRodAは細胞質膜上で複合体を形成していると想像されている。

 本研究ではPBPとRodAの構造と機能を解析することを目的として、まず第1に、PBP2とPBP3のキメラプロテインを作成しその解析を行うことにより、それぞれの特異性を決定する領域を調べた。第2に、RodAのシステイン変異体を作成し、システイン修飾試薬を用いて、RodAタンパク質の細胞質膜上でのトポロジーを調べた。第3に、PBP2とRodAシステイン変異体を同時に大量発現させ架橋剤を用いて、PBP2とRodAの相互作用を調べた。

1.PBP2とPBP3のキメラプロテインの特異性(1)キメラプロテインの構築

 PBP2とPBP3の構造はN末端から、約25アミノ酸残基からなる細胞質領域、約25アミノ酸残基からなる膜貫通領域、そして残りの約600アミノ酸残基からなるC末端ペリプラズム酵素領域の順で並んでいる。PBP2とPBP3がそれぞれに特異的な機能をもつこと、PBP3が細胞質領域、膜貫通領域で、FtsA、FtsZ等の他のタンパク質と相互作用すること、そしてこれらPBPが切断されないシグナルペプチドを持つことから、C末端だけでなく短いN末端の重要性にも注目した。そして、3ケ所の領域にわけ、キメラプロテインを作成しそれぞれの機能を調べた。まずはじめにPBP2とPBP3のアミノ酸のアラインメントから細胞質領域、膜貫通領域、C末端ペリプラズム領域を推定し、膜貫通領域の前後にユニークサイトを導入し、キメラプロテインを構築した(図1)。はじめの数字は細胞質領域を、中央の数字は膜貫通領域を、最後の数字はC末端ペリプラズム領域を、それぞれ由来としたPBP2とPBP3の数字で示している。

図1 PBP2とPBP3のキメラプロテイン

 大腸菌での誘導発現系により、キメラプロテインが細胞内に発現し、ペニシリン結合活性を持つかどうかを、ウェスタンブロッティングと、PBPアッセイにより調べた。その結果、発現量に差があるものの、作成したキメラプロテインはすべて発現し、ペニシリン結合活性を保持していた。

(2)温度感受性変異株と野生株に対する影響

 PBP2の温度感受性変異株への影響を調べた結果、いずれのキメラプロテインも相補活性を示さなかった。PBP2の細胞質領域を欠失、または3に置き換えたキメラプロテインである022と322は桿菌でも球菌でもない形態を示した。また、C末端にPBP3を持つキメラプロテインのうち、PBP2の膜貫通領域をもつ223と023は、30度で球菌形態を示した。

 次にPBP3の温度感受性変異株への影響を調べた。その結果、いずれのキメラプロテインも相補活性を示さなかった。C末端ペリプラズム領域にPBP2をもつキメラプロテインは影響が強く、桿菌にもフィラメントにもならず、表面に凸凹がみられた。さらに022は30度で球菌にするような影響をもつことがわかった。

 野生株への影響を調べた結果、野生株DH5では、PBP2の細胞質領域を欠失、または3に置き換えたキメラプロテインである022と322のみが球菌になり、それ以外は影響がなく桿菌のままであった。30度での野性株に対するキメラプロテインの影響を生育曲線から比較したところ、032と033が、プラスミドを持たないコントロールとほぼ同じくらい生育することと、PBP2の細胞質領域をもつ野生型と3種類のキメラプロテインが生育を抑えることがわかった。

 以上をまとめると、いずれのキメラプロテインもPBP2とPBP3の温度感受性変異株に対する相補性を失っていたことから、細胞質領域、膜貫通領域、C末端ペリプラズム領域の3ケ所の領域それぞれがその特異性を決めるうえで重要であることが明らかになった。また、PBP2に関しては、PBP2の膜貫通領域を持つキメラプロテイン、022、322、223、023が、野性株と温度感受性変異株に対してドミナントネガティブな表現型を示したこと、また、PBP2の細胞質領域をもつ野生型222とキメラプロテイン、232、223、233が野生株の生育を阻害したことから、膜貫通領域と細胞質領域の重要性が示唆された。

2.RodAタンパク質の細胞質膜上でのトポロジー(1)RodA変異体の構築

 370アミノ酸残基からなるRodAには82番目と133番目にCysが存在する。そこで、まずこれらのCysを一つずつ(82Cと133C)、ならびに二つともAlaに置換した変異体を作成した。そして、CysをもたないRodA変異体を基にしてCysを一残基のみもつRodA変異体を14種類(合計16種類)構築した(図2)。

図2 RodAの細胞質膜上でのトポロジーとCysに関する変異部位

 野生株JM109をこれらのプラスミドで形質転換し、IPTGで誘導することによりRodA変異体が大量発現していることを確認した。これらの変異体はすべてrodA温度感受性変異株を相補した。即ちすべての変異体がRodAとしての機能を保持していた。

(2)RodAのトポロジー解析

 N-ethylmaleimide(NEM)は膜内部にあるSH基との反応性が低いため、膜外と膜表面のCysのみ修飾す。そこで、上記RodA変異体を大量発現した大腸菌細胞を[14C]NEMで修飾したところ、82C、A116C、A266C、A307Cを除く他のCysはNEMによって修飾され、これらのCysは膜外にあることが明らかになった。さらに、膜透過性の低いSH基修飾試薬4-acetamide-4’-maleimidylstilbene-2,2’-disulfonic acid(AMS)であらかじめCysを修飾し、その後[14C]NEMで修飾した。その結果、G44C、A91C、A156C、V211C、A234C、S340Cは[14C]NEMで修飾されなかったことから、これらはAMSによって修飾されたことが分かった。従って、これらのCysはペリプラズム側に存在することが明らかになった。以上の結果は、RodAタンパク質のN末端側と-ラクタマーゼとの融合タンパク質を用いた解析から推定されたRodAのトポロジーと一致した。

 RodA変異体に存在するCysによるジスルフィド結合の形成を調べるため、-メルカプトエタノール非存在下でSDS-PAGEを行った。その結果、G44C、V211C、A234Cの変異体で、約55kDaの位置にジスルフィド結合による二量体形成と思われるバンドを確認した(RodAはSDS-PAGEで約30kDa)。大腸菌のペリプラズム空間は酸化的な条件下であることから、これらのCysはペリプラズムに存在し、この部分が比較的長いループであるため、ジスルフィド結合を形成しやすいと思われる。

3.RodAタンパク質とPBP2の細胞質膜上での相互作用

 RodAとPBP2をIPTGにより同時に大量発現させ、その膜画分を用いて化学架橋実験を行った。化学架橋剤としてBis(sulfosuccinimidyl)suberate(BS3)を用いた。BS3は第一級アミン(N末端アミノ基とLysの-アミノ基)に反応する架橋剤である。その結果、抗RodA抗体と抗PBP2抗体の両方の抗体で、SDS-PAGE上約90kDaの位置にバンドを確認することができた。RodAのバンドが約30kDaであり、約PBP2が約66kDaであるので、この約90kDaの架橋産物はPBP2とRodAの複合体であると考えられる。

 次にCysを一つもつRodA変異体とPBP2をIPTGにより同時に大量発現させ、その膜画分を用いて化学架橋実験を行った。化学架橋剤としてN-[4-(p-azidosalicylamido)butyl]-3’-(2’-pyridyldithio)propionamide)(APDP)を用いた。APDPはチオピリジル基の解離によりSH基と特異的に反応し、アジド基は紫外線照射により反応性に富んだラジカルとなり、非特異的に他のタンパク質に結合する。APDPによる化学架橋は、チオール等還元剤により開裂させることができる。従って、架橋産物であるバンドは、-メルカプトエタノール非存在下で検出され、その添加によって消失することになる。実験の結果、細胞質領域にCysをもつ変異体(133C、S180C、A296C、S369C)を用いると、抗RodA抗体と抗PBP2抗体の両方で、約90kDaの位置にバンドを確認できた。即ち、RodAの細胞質領域がPBP2と相互作用する領域であることがわかり、従ってPBP2の細胞質領域がその相互作用に重要であることがわかった。これは、キメラプロテインを用いた実験結果から明らかになったPBP2の細胞質領域の重要性を裏付ける結果である。

 以上、本研究により、PBP2とPBP3はその特異性を表すのに、それぞれの全領域が重要であること、そしてPBP2とRodAが細胞質側で相互作用することが明らかになった。これらの結果は、大腸菌に必須であるPBP2、PBP3、RodAそれぞれのタンパク質の各領域がいかに重要であるかを示している。

審査要旨

 大腸菌の細胞壁ペプチドグリカン生合成に関与するペニシリン結合タンパク質(PBP)のうち高分子量PBPと呼ばれるPBP1A、1B、2、3については、細胞分裂及び形態形成において、PBP1A、1Bが細胞伸長に、PBP2が桿菌形態形成に、PBP3が分裂時の隔壁形成に関与していると考えられている。PBP2は桿菌形態形成に関与するタンパク質RodAとの共存下でそのペプチドグリカン合成酵素(トランスペプチダーゼとトランスグリコシラーゼ)活性を発揮する。本論文はPBP2とRodAの構造と機能、両タンパク質の相互作用を解析することを目的として研究を行ったものであり、序論、3章と総合考察より構成されている。

 序論において研究の背景を述べた後、第1章においては、PBP2とPBP3の間のキメラタンパク質の機能について述べている。PBP2とPBP3の細胞質領域、膜貫通領域、C末端ペリプラズム酵素領域の3ケ所で、キメラタンパク質を作成し、それぞれの活性を調べた。作成したキメラタンパク質はすべてペニシリン結合活性を保持していた。大腸菌のPBP2とPBP3の温度感受性変異株への相補活性を調べた結果、いずれのキメラタンパク質も活性を示さなかった。細胞質領域を欠失するPBP2とPBP3もその活性をなくしていた。これらの結果から、PBP2とPBP3のいずれにおいても、細胞質領域、膜貫通領域、C末端ペリプラズム領域の3ケ所それぞれがその特異的な機能を発揮する上で重要であることが分かった。

 第2章においては、RodAタンパク質の細胞質膜上でのトポロジーについて述べている。RodAに存在する二つのシステインをアラニンに置換したRodA変異体を作成し、これを基にして種々の位置にシステインを一残基のみもつRodA変異体を合計16種類作成した。これら変異体はすべて大腸菌rodA温度感受性変異株を相補する活性を示した。N-ethylmaleimide(NEM)は膜内部にあるSH基との反応性は低く、ペリプラズム側と細胞質側のシステインのみを修飾する。上記RodA変異体を発現した大腸菌細胞を[14C]NEMで修飾したところ、82,116,266,307各位のシステインは[14C]NEMによって修飾されなかったことから、これらシステインは細胞質膜内にあることが明らかになった。さらに、膜不透過性試薬である4-acetamide-4’-maleimidylstilbene-2,2’-disulfonic acid(AMS)であらかじめシステインを修飾し、その後[14C]NEMで修飾したところ、44,91,156,211,340各位のシステインは[14C]NEMで修飾されなかったことから、これらシステインはペリプラズム側に存在することが明らかになった。そして、AMS処理後でも[14C]NEMで修飾された14,70,133,180,296,369各位のシステインは細胞質側に存在することが明らかになった。これらの結果から、RodAはN末端とC末端を細胞質側に配向し、細胞質膜を10回貫通して存在していることが分かった。

 第3章においては、RodAタンパク質とPBP2の細胞質膜上での相互作用について述べている。RodA(約30kDa)とPBP2(約66kDa)を大腸菌で共発現し、膜画分を調整し、化学架橋剤Bis(sulfosuccinimidyl)suberateで処理すると、抗RodA抗体と抗PBP2抗体の両者でSDS-PAGE上約90kDaの位置にバンドが確認さらた。また、システインを一つもつRodA変異体とPBP2を大腸菌で共発現させ、その膜画分を化学架橋剤N-[4-(p-azidosalicylamido)butyl]-3’-(2’-pyridyldithio)propionamideで処理すると、細胞質領域にシステインをもつRodA変異体において、抗RodA抗体と抗PBP2抗体の両者で、約90kDaの位置にバンドが確認できた。これらの結果は、RodAとPBP2は複合体を形成しており、RodAの細胞質側領域がPBP2と相互作用していることから、PBP2の細胞質領域がその相互作用に重要であることが分かった。

 総合考察においては、本研究により得られた結果に基づき総合的な討論を行っている。

 以上、本論文は、PBP2とPBP3のC末端ペリプラズム酵素領域はもちろん、細胞質領域、膜貫通領域もまたその機能の特異性を現わすのに重要であること、そしてPBP2とRodAは細胞質膜上で複合体を形成し機能していることを明らかにしたものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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