大腸菌の細胞壁ペプチドグリカン生合成に関与するペニシリン結合タンパク質(PBP)のうち高分子量PBPと呼ばれるPBP1A、1B、2、3については、細胞分裂及び形態形成において、PBP1A、1Bが細胞伸長に、PBP2が桿菌形態形成に、PBP3が分裂時の隔壁形成に関与していると考えられている。PBP2は桿菌形態形成に関与するタンパク質RodAとの共存下でそのペプチドグリカン合成酵素(トランスペプチダーゼとトランスグリコシラーゼ)活性を発揮する。本論文はPBP2とRodAの構造と機能、両タンパク質の相互作用を解析することを目的として研究を行ったものであり、序論、3章と総合考察より構成されている。 序論において研究の背景を述べた後、第1章においては、PBP2とPBP3の間のキメラタンパク質の機能について述べている。PBP2とPBP3の細胞質領域、膜貫通領域、C末端ペリプラズム酵素領域の3ケ所で、キメラタンパク質を作成し、それぞれの活性を調べた。作成したキメラタンパク質はすべてペニシリン結合活性を保持していた。大腸菌のPBP2とPBP3の温度感受性変異株への相補活性を調べた結果、いずれのキメラタンパク質も活性を示さなかった。細胞質領域を欠失するPBP2とPBP3もその活性をなくしていた。これらの結果から、PBP2とPBP3のいずれにおいても、細胞質領域、膜貫通領域、C末端ペリプラズム領域の3ケ所それぞれがその特異的な機能を発揮する上で重要であることが分かった。 第2章においては、RodAタンパク質の細胞質膜上でのトポロジーについて述べている。RodAに存在する二つのシステインをアラニンに置換したRodA変異体を作成し、これを基にして種々の位置にシステインを一残基のみもつRodA変異体を合計16種類作成した。これら変異体はすべて大腸菌rodA温度感受性変異株を相補する活性を示した。N-ethylmaleimide(NEM)は膜内部にあるSH基との反応性は低く、ペリプラズム側と細胞質側のシステインのみを修飾する。上記RodA変異体を発現した大腸菌細胞を[14C]NEMで修飾したところ、82,116,266,307各位のシステインは[14C]NEMによって修飾されなかったことから、これらシステインは細胞質膜内にあることが明らかになった。さらに、膜不透過性試薬である4-acetamide-4’-maleimidylstilbene-2,2’-disulfonic acid(AMS)であらかじめシステインを修飾し、その後[14C]NEMで修飾したところ、44,91,156,211,340各位のシステインは[14C]NEMで修飾されなかったことから、これらシステインはペリプラズム側に存在することが明らかになった。そして、AMS処理後でも[14C]NEMで修飾された14,70,133,180,296,369各位のシステインは細胞質側に存在することが明らかになった。これらの結果から、RodAはN末端とC末端を細胞質側に配向し、細胞質膜を10回貫通して存在していることが分かった。 第3章においては、RodAタンパク質とPBP2の細胞質膜上での相互作用について述べている。RodA(約30kDa)とPBP2(約66kDa)を大腸菌で共発現し、膜画分を調整し、化学架橋剤Bis(sulfosuccinimidyl)suberateで処理すると、抗RodA抗体と抗PBP2抗体の両者でSDS-PAGE上約90kDaの位置にバンドが確認さらた。また、システインを一つもつRodA変異体とPBP2を大腸菌で共発現させ、その膜画分を化学架橋剤N-[4-(p-azidosalicylamido)butyl]-3’-(2’-pyridyldithio)propionamideで処理すると、細胞質領域にシステインをもつRodA変異体において、抗RodA抗体と抗PBP2抗体の両者で、約90kDaの位置にバンドが確認できた。これらの結果は、RodAとPBP2は複合体を形成しており、RodAの細胞質側領域がPBP2と相互作用していることから、PBP2の細胞質領域がその相互作用に重要であることが分かった。 総合考察においては、本研究により得られた結果に基づき総合的な討論を行っている。 以上、本論文は、PBP2とPBP3のC末端ペリプラズム酵素領域はもちろん、細胞質領域、膜貫通領域もまたその機能の特異性を現わすのに重要であること、そしてPBP2とRodAは細胞質膜上で複合体を形成し機能していることを明らかにしたものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |