本論文は、麹菌Aspergillus oryzaeの菌体内の新規なヌクレアーゼを精製してその性質を明らかにするとともに、2種の菌体内ヌクレアーゼの遺伝子をクローン化して解析し、遺伝子破壊等によってそれらの生理的意義を探求したものであり、6章より成っている。 第1章序論では、麹菌の自己消化とヌクレアーゼとの関連などについて論じている。 第2章では、既報の菌体内のヌクレアーゼOとその特異的阻害蛋白を新しい方法で改めて精製し、その諸性質を再確認するとともに、液体培養の経過に伴うヌクレアーゼO活性と阻害蛋白含量の変化を観察した。また、ヌクレアーゼOの部分アミノ酸配列を決定した。 第3章では、上記の部分アミノ酸配列をもとにして作成した数種のプライマーを組み合わせたPCRによってA.oryzaeのゲノムから増幅されるDNA断片をプローブとして、ヌクレアーゼO遺伝子をクローン化し、塩基配列を決定するとともに、mRNAからRT-PCRによって作成したcDNAとの比較により、4個のイントロンを同定した。スプライシング後のヌクレアーゼO遺伝子(nucO)のORFは、990bpからなり、コードする蛋白質の推定分子量35,004は、SDS-PAGE上での精製酵素の分子量約3万とよい一致を示した。また、プロモーター領域にはCAATモチーフとTATAモチーフが存在し、終始コドンの下流域には典型的なpoly A付加シグナルが存在することを見だした。次に、nucO遺伝子でA.nidulansを形質転換して、ヌクレアーゼO活性の発現を確認した。 第4章では、ヌクレアーゼOの機能を解析するために、A.oryzaeのプロトプラスを作成した後これを破壊して密度勾配遠心などで分画し、菌体内でヌクレアーゼOは主としてミトコンドリアに存在し、阻害蛋白は主としてて可溶性画分に存在することを明らかにした。 さらに、nucO遺伝子のコード領域内のXho I部位にargB遺伝子を挿入してnucO遺伝子を破壊したプラスミドを作製し、この断片を用いてA.oryzaeのアルギニン要求株を形質転換して、アルギニシ非要求株20株を得、サザンハイブリダイゼーションによって、そのうち6株において計画通りにnucO遺伝子が破壊されたことを示すバンドを確認した。 これらの遺伝子破壊株では、ヌクレアーゼO活性はほぼなくなっていたが、阻害蛋白含量は野生株と比べてほとんど差はなかった。これらの内2株についてミトコンドリア画分を分画しヌクレアーゼOに対する抗体でウエスタンブロッテイングを行い、ヌクレアーゼO蛋白が存在しないことを確認した。 これらのnucO遺伝子破壊株が野性株と同様の生育を示すことから、ヌクレアーゼOは細胞の生育に必須のヌクレアーゼではないと判断した。また、液体震盪培養の経過に伴う自己消化過程と、紫外線やメチルメタンスルホネートなど突然変異誘発物質によるDNA障害の修復に対する、ヌクレアーゼO遺伝子破壊の影響をほとんど認めなかった。 第5章では、A.oryzaeの菌体内に存在する新規なヌクレアーゼに着目し、これを精製して、ヌクレアーゼQと命名した。本酵素の分子量はSDS-PAGE上44,000であり、その至適pHは9.0、至適温度は30℃であり、活性にMg++あるいはMn++イオンを要求し、RNA、熱変成DNA、2本鎖DNAのいずれをも塩基非特異的に分解し、3’末端に燐酸基のついた産物を生じた。また、ヌクレアーゼOの阻害蛋白は、ヌクレアーゼQには全く作用しなかった。 つぎに、ヌクレアーゼQの部分アミノ酸配列を決定し、これを元に作成したプライマーを用いてPCRにより増幅されるDNA断片をプローブとし、A.oryzaeのゲノムからヌクレアーゼQ遺伝子(nucQ)をクローン化して塩基配列を決定した。その結果、本酵素は1146塩基からなるORFによってコードされる382アミノ酸からなると判定され、その分子量(41909)は、精製酵素のSDSゲル電気泳動による分子量44000と一致していた。また、nucQ遺伝子によってA.nidulansを形質転換し、形質転換株中のヌクレアーゼ活性の上昇とヌクレアーゼQに相当する蛋白バンドの生成をSDSゲル電気泳動で認めた。 第6章は、A.oryzaeの菌体内ヌクレアーゼに関する総括と今後の研究の展望である。 以上、本論文は麹菌のヌクレアーゼOと、新規な菌体内ヌクレアーゼQの遺伝子をクローン化して解析し、ヌクレアーゼOとその阻害蛋白質の菌体内分布の解明、ヌクレアーゼO遺伝子の破壊株の作成などを通じて菌体内ヌクレアーゼの生理的役割について探求して新たな知見を得たものであり、学術上貢献するところが少ない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |