学位論文要旨



No 114417
著者(漢字) 梅山,隆
著者(英字)
著者(カナ) ウメヤマ,タカシ
標題(和) 放線菌におけるタンパク質のリン酸化を介した二次代謝制御機構の解析
標題(洋)
報告番号 114417
報告番号 甲14417
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2025号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀之内,末治
 東京大学 教授 魚住,武司
 東京大学 教授 松澤,洋
 東京大学 助教授 太田,明徳
 東京大学 助教授 吉田,稔
内容要旨

 グラム陽性細菌である放線菌は固体培地上で基底菌糸から気菌糸・胞子への形態分化を行うという原核生物のなかで最も複雑な形態分化を示し、それが生物分化に関する基礎的な研究上でも興味深い材料であることを示している。また、抗生物質をはじめとする多種多様な二次代謝産物を生産する点で、工業的・医学的にも有用な菌群であり、二次代謝制御に関して分子レベルで解析することは非常に重要である。一方、動物、酵母等の真核生物において、蛋白質のリン酸化及び脱リン酸化がその増殖、分化に重要な役割を果たしていることが明らかにされている。我々の研究室において原核生物である放線菌においても、その二次代謝及び形態分化に真核生物型の蛋白質リン酸化による制御が働いていることが明らかにされ、現在その詳細な解析が進行中である。本研究は、放線菌の中で最も遺伝学的に解析が進行しており、青色を示す色素性抗生物質アクチノロージンなど様々な抗生物質を生産する菌であるS.coelicolor A3(2)およびストレプトマイシン生産菌であるS.griseusにおいて、以下に述べるようなリン酸化によるシグナル伝達経路の一端を担う様々な因子について解析を行ったものである。

1.S.coelicolor A3(2)における真核生物型Ser/ThrキナーゼをコードするafsK遺伝子の解析

 我々の研究室においてS.coelicolor A3(2)のSer/ThrキナーゼをコードするafsK遺伝子およびそのターゲットとなるafsR遺伝子が既に取得されており、遺伝子破壊を行うと本菌の色素生産能が顕著に低下することが示されている。しかし、このafsK遺伝子破壊の方法では、プロテインキナーゼの活性領域が完全に破壊されていなかったので、今回新たに、afsK遺伝子破壊株の取得を試みた。カナマイシン耐性遺伝子をafsKのN末端側に位置するキナーゼドメインをコードする領域の中に挿入したプラスミドを構築し、2回組換えによって遺伝子破壊株を取得した。遺伝子破壊株は親株と比較して色素性抗生物質アクチノロージンおよびウンデシルプロディギオシンの生産量が低下していた。また、afsR遺伝子破壊株も同様の方法で作製し、親株と比較したところ、afsK遺伝子破壊株よりもさらに色素生産能が低下していた。また、afsK遺伝子破壊株の菌体抽出液を用いてin vitroリン酸化アッセイを行ったところ、染色体上でキナーゼドメインを破壊しているにもかかわらず、AfsR蛋白のリン酸化が確認された。このことから、AfsR蛋白をリン酸化する酵素はAfsK以外にも存在していることが示唆された。

 また、AfsKおよびAfsRを大腸菌において大量に発現させ、その活性を調べた。AfsRは封入体になりやすいため、glutathione S-transferase(GST)との融合蛋白として発現させたところ、可溶化画分に確認されたため、glutathione Sepharose 4Bを用いて精製を行った。AfsKについても封入体になりやすいため、GSTもしくはthioredoxin(TRX)との融合蛋白として発現させたが、可溶化画分に検出されず封入体として発現されたので、この封入体を尿素で可溶化後、徐々に尿素濃度を低くさせていくことによって再生させた。[-32P]ATPを用いたin vitroリン酸化アッセイの結果、TRX-AfsKはSerとThr残基に自己リン酸化を引き起こし、さらに、GST-AfsRのSerとThr残基をリン酸化した。以上の結果から、in vivo、in vitro両方においてAfsKとAfsRが同一のカスケード内で機能しており、二次代謝を調節していることが明らかとなった。

2.S.griseusにおけるafsK相同遺伝子の解析

 A-ファクターはS.griseusにおける気中菌糸形成およびストレプトマイシン生産に必須な低分子化合物である。S.coelicolor A3(2)において二次代謝産物を制御しているafsK遺伝子を低コピープラスミド上で、気中菌糸形成を行わないA-ファクター欠損株S.griseusHH1に導入したところ、A-ファクター生産、ストレプトマイシン生産とは無関係に胞子形成を誘導した。これらのデータより、A-ファクターによる制御ネットワーク、もしくはそれとは独立したネットワークにおいて、S.coelicolor A3(2)のAfsKに類似したセリン/スレオニンキナーゼが、S.griseusの気中菌糸形成を制御する役割を果たしていることが予想された。サザン解析により、S.griseusの染色体上にafsKと相同性を有する配列が確認されたので、コロニーハイブリダイゼーション法により、afsK相同遺伝子(以下、afsK-g)をクローン化した。その塩基配列を決定したところ、S.griseusのAfsK-g蛋白はS.coelicolor A3(2)のAfsKと全長にわたって非常に高い相同性を示した。また、S.coelicolor A3(2)のAfsK蛋白のターゲットであり、二次代謝産物の生産をグローバルに制御する蛋白AfsRの遺伝子配列を基に、S.griseusの染色体を用いてコロニーハイブリダイゼーションを行い、afsR相同遺伝子についてもクローニングを行った。塩基配列決定によりafsR相同遺伝子がコードする蛋白(以下、afsR-g)はS.coelicolor A3(2)のAfsRと非常に高い相同性を示した。S.coelicolor A3(2)と同様の方法で大腸菌において発現させ、in vitroにおいてリン酸化アッセイを行ったところ、TRX-AfsK-gはそのセリンとスレオニン残基において自己リン酸化を引き起こし、GST-AfsR蛋白のセリン・スレオニン残基をリン酸化したことが確認された。また、afsK-g遺伝子のキナーゼ活性領域の中にネオマイシン耐性遺伝子が挿入されたE.coliのプラスミドを1本鎖に変性し、2回組み換えにより染色体上に組み込むことによりafsK-gの遺伝子破壊を行った。破壊株は通常の培地では正常な生育を行うが、気中菌糸および胞子形成の効率が高濃度のグルコース存在下において顕著に低下していた。なお、マンニトールやグリセロールなどの他の炭素源存在下では、破壊株と野生株の胞子形成に差は認められなかった。したがって、afsK-gは高濃度のグルコース存在下の形態形成に関与することが結論された。afsK-gと同様の方法でafsR-gについても遺伝子破壊株を作製し、野生株と比較したところ、afsK-g遺伝子破壊株とよく似た表現型を示し、高濃度のグルコース存在下において胞子形成の効率が顕著に低下していた。これらの結果から、in vivo、in vitroの両方においてafsR-gはafsK-gのターゲットとなっており、S.coelicolor A3(2)のAfsK/AfsRのような二次代謝制御に関わる蛋白質のリン酸化経路がS.griseusにおいては炭素源に応答した形態形成制御に関与していることが明らかになった。

3.afsK遺伝子の上流にコードされる蛋白の解析

 同一のシグナル伝達経路の一員であるafsR遺伝子とafsK遺伝子が染色体上で非常に近接した位置に存在しており、その周辺にもAfsK-AfsR経路の因子が存在していると予想される。このような理由から、afsKの上流の塩基配列を決定した。afsK遺伝子の上流には252アミノ酸から成る蛋白(OrfD)が存在し、機能が判明している蛋白とは相同性は有しなかったが、S.griseusのafsK-gの上流にコードされている蛋白をはじめとしてMycobacterium等に相同性を持つ蛋白が存在していた。orfD遺伝子をチオストレプトン誘導性プロモーターの下流に連結してS.coelicolor A3(2)に導入するとチオストレプトン存在下では色素生産の低下が観察された。また、afsK遺伝子のみをafsK遺伝子破壊株に導入すると、色素生産の回復が確認されたが、afsKおよびorfD遺伝子の両方を含むDNA断片をを導入すると、色素生産は回復しなかった。これらの遺伝学的解析の結果から、OrfDはS.coelicolor A3(2)における二次代謝制御の抑制因子として機能し、特にafsKと何らかの関係を持つことが予想された。AfsKとの関係を調べるために、OrfDとAfsKそれぞれをGSTもしくはTRX-S-tagとの融合蛋白として大腸菌において発現させ、それぞれの発現蛋白を混合し、glutathione Sepharose 4Bによって沈降後、抗S-tag抗体を用いてWestern解析を行った結果、OrfDとAfsKの相互作用が確認された。in vitroリン酸化アッセイにおいては、組換えOrfD蛋白はAfsKの自己リン酸化およびAfsRのリン酸化を阻害しなかったことから、OrfDはAfsKと相互作用することにより二次代謝に対して何らかの抑制制御を行っていることが示唆された。

4.afsR遺伝子破壊株の色素生産の低下を相補する遺伝子の取得と解析

 afsR遺伝子破壊株は親株と比較して色素生産が低下するという表現型を示す。AfsK-AfsRシグナル伝達経路におけるAfsRの下流の因子を同定するために、afsR遺伝子破壊株の色素生産の低下をマルチコピー効果によって回復させる遺伝子の取得を試みた。放線菌のマルチコピーベクターpIJ486にS.coelicolor A3(2)M130の染色体DNAをBglIIで消化したものを連結し、S.coelicolor A3(2)afsR遺伝子破壊株にランダムに形質転換することによって、色素生産の回復を指標に形質転換株を取得した。再形質転換を繰り返すことによって、最終的に4種類の形質転換株が得られ、それぞれをpMSR(Multicopy Supressor of afsR disruptant)7、10、12、18と命名した。まず、そのうち最も色素生産量の多かったpMSR10のDNA断片についてサブクローニングを行った。通常の培地においては色素生産を行わないS.lividansにおいても色素生産能を賦与したので、サブクローニングにはS.lividansを用いた。色素生産誘導活性をもつ領域を1.2kbにまで縮め、その断片の塩基配列を決定したところ、1.2kbの断片中には1個のアミノ酸数493の蛋白がコードされており、rapA(regulation of actinorhodin production)と命名した。この蛋白は数種類のDNA結合制御蛋白と相同性を示した。C末端側にはDNA結合部位と予想されるhelix-turn-helixモチーフが2カ所存在し、どちらかの部位を欠失させた変異遺伝子は両方とも色素生産回復能が顕著に減少し、両方の部位が二次代謝の制御に重要な役割を担っていると考えられる。また、rapAのプロモーター領域にAfsR蛋白が結合するかどうかを調べるために、ゲルシフトアッセイを行ったが、シフトバンドが検出されず、rapAはafsRの直接の制御下にはないことが示唆された。さらに、rapAの遺伝子破壊を行ったが、親株と比べて色素生産量が低下するという現象は観察されず、rapAはafsRとは異なった経路において二次代謝を制御していることが考えられる。その他のpMSR7、12、18についてはそれぞれ遺伝子破壊等の遺伝学的解析およびAfsRとの関連を遺伝的・生化学的に解析を行っている。

 以上の結果から、放線菌が持つ二大特徴である二次代謝制御および形態形成制御に真核生物型の蛋白質リン酸化が関与していることが明らかとなった。放線菌において二次代謝の開始にはppGppやA-factorのような低分子物質等、様々な因子が関与しているとされており、さらに、AfsK-AfsRの経路についても他に多くの因子が関わっていると考えられ、AfsKにシグナルを伝達する因子、AfsRをリン酸化するAfsK以外のプロテインキナーゼ、AfsRから抗生物質生合成遺伝子へとシグナルを伝達する蛋白、AfsK、AfsRに対する脱リン酸化酵素等の取得・解析をすることが蛋白質リン酸化を介した二次代謝制御機構の解明に必要である。

審査要旨

 グラム陽性細菌である放線菌は原核生物のなかで最も複雑な形態分化を示し、それが生物分化に関する基礎的な研究上でも興味深い材料であることを示している。また、抗生物質をはじめとする多種多様な二次代謝産物を生産する点で、工業的・医学的にも有用な菌群であり、二次代謝制御に関して分子レベルで解析することは非常に重要である。本研究は、Streptomyces coelicolor A3(2)およびS.griseusにおいて、リン酸化によるシグナル伝達経路の一端を担う様々な因子について解析を行ったものである。

1.S.coelicolor A3(2)における真核生物型Ser/ThrキナーゼをコードするafsK遺伝子の解析

 S.coelicolor A3(2)のSer/ThrキナーゼをコードするafsK遺伝子およびそのターゲットとなるafsR遺伝子が既に取得されており、遺伝子破壊を行うと本菌の色素生産能が顕著に低下することが示されていた。しかし、このafsK遺伝子破壊の方法では、プロテインキナーゼの活性領域が完全に破壊されていなかったので、新たにafsK遺伝子破壊株の取得を試みた。遺伝子破壊株は親株と比較して色素性抗生物質の生産量が低下していた。AfsKは封入体になりやすいため、thioredoxin(TRX)との融合蛋白として封入体として発現させ、尿素で可溶化後、徐々に尿素を除くことによって再生させた。AfsRはglutathione S-transferase(GST)との融合蛋白として発現させたところ、可溶化画分に確認されたため、glutathione Sepharose 4Bを用いて精製を行った。両蛋白を用いたin vitroリン酸化アッセイの結果、TRX-AfsKはSerとThr残基に自己リン酸化を引き起こし、さらに、GST-AfsRのSerとThr残基をリン酸化した。以上の結果から、in vivo、in vitro両方においてAfsKとAfsRが二次代謝を調節していることが再確認された。

2.S.griseusにおけるafsK相同遺伝子の解析

 S.coelicolor A3(2)のAfsKに類似したSer/Thrキナーゼが、S.griseusにおいて何らかの役割を果たしていることが予想されたので、afsKおよびafsR相同遺伝子(以下、afsK-g、afsR-g)の取得を行った。その塩基配列を決定したところ、S.griseusのAfsK-g、AfsR-g蛋白はS.coelicolor A3(2)のAfsK、AfsRと全長にわたって非常に高い相同性を示した。S.coelicolor A3(2)と同様の方法で大腸菌において発現させ、in vitroにおいてリン酸化アッセイを行ったところ、TRX-AfsK-gはそのSerとThr残基において自己リン酸化を引き起こし、GST-AfsR蛋白のSer・Thr残基をリン酸化したことが確認された。また、S.coelicolor A3(2)と同様の方法を用いてafsK-g、afsR-gの遺伝子破壊を行った。破壊株は通常の培地では正常な生育を行うが、気中菌糸および胞子形成の効率が高濃度のグルコース存在下において顕著に低下していた。したがって、afsK-g、afsR-gは高濃度のグルコース存在下の形態形成に関与することが結論され、S.coelicolor A3(2)のAfsK/AfsRのような二次代謝制御に関わる蛋白質のリン酸化経路がS.griseusにおいては炭素源に応答した形態形成制御に関与していることが明らかになった。

3.afsK遺伝子の上流にコードされる蛋白の解析

 S.coelicolor A3(2)の染色体DNA上でafsKの上流には252アミノ酸から成る蛋白(OrfD)が存在し、S.griseusのafsK-gの上流にコードされている蛋白と相同性を有しており、AfsKとの何らかの機能関係が示唆された。orfD遺伝子をS.coelicolor A3(2)において過剰発現すると色素生産の低下が観察されたことから、OrfDはS.coelicolor A3(2)における二次代謝制御の抑制因子として機能することが予想された。AfsKとの関係を調べるために、OrfDとAfsKそれぞれをGSTもしくはTRX-S-tagとの融合蛋白として大腸菌において発現させ、それぞれの発現蛋白を混合し、glutathione Sepharose 4Bによって沈降後、抗S-tag抗体を用いてWestern解析を行った結果、OrfDとAfsKの相互作用が確認された。また、同様の実験においてOrfDは自己リン酸化していない状態のAfsKと相互作用することが判明した。以上の結果から、OrfDはAfsKと相互作用することによって、自己リン酸化状態への進行を阻害し、二次代謝を負に制御することが示唆された。

4.afsR遺伝子破壊株の色素生産の低下を相補する遺伝子の取得と解析

 AfsK-AfsRシグナル伝達経路におけるAfsRの下流の因子を同定するために、afsR遺伝子破壊株の色素生産の低下をマルチコピー効果によって回復させる遺伝子の取得を試みた。最終的に4種類の形質転換株が得られ、得られたプラスミドにおいて色素生産を誘導する領域をサブクローニングによって切り縮め、塩基配列を決定することにより遺伝子を特定した。そのうち最も色素生産量の多かったpMSR10のDNA断片については、C末端側にDNA結合部位と予想されるhelix-turn-helixモチーフが2ヵ所存在する蛋白をコードしており、どちらかの部位を欠失させた変異遺伝子は両方とも色素生産回復能が顕著に減少し、両方の部位が二次代謝の制御に重要な役割を担っていると考えられた。

 以上の結果から、放線菌が持つ二大特徴である二次代謝制御および形態形成制御に真核生物型の蛋白質リン酸化が関与していることが明らかとなった。AfsK-AfsRの経路については多くの因子が関わっていると考えられ、その取得・解析をすることが蛋白質リン酸化を介した二次代謝制御機構の解明に必要であるが、本論文の成果はその端緒を開くものである。よって審査委員一同は、本論文が博士1(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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