葉緑体に代表される植物細胞特有の細胞内小器官プラスチド(plastid)は、高等植物においては外部環境や器官・組織分化に対応してさまざまな構造、機能体に分化する。また、プラスチドは、独自のゲノムDNAと転写翻訳系を持つことが知られている。 本論文は、核コードのプラスチドRNAポリメラーゼシグマ因子(転写開始因子)遺伝子の発見と解析、及び光による発現制御について解析した結果について述べたものであり、6章よりなる。 序章では植物のプラスチドおよび光合成真正細菌ラン藻(シアノバクテリア)との系統的近縁性、およびプラスチドゲノムと真正細菌型遺伝情報発現システム、葉緑体の原始シアノバクテリアによる細胞内共生起原説などについて概括している。 第1章は、原始紅藻Cyanidium caldarium RK-1株の核ゲノムより、真正細菌のシグマ因子蛋白質に共通に保存されているアミノ酸配列を元にして葉緑体RNAポリメラーゼシグマ因子遺伝子群のクローン化に成功したこと、更にそれら遺伝子の塩基配列を決定した結果について述べている。得られた塩基配列から予想された蛋白質のN-末端領域には、プラスチドへの輸送シグナルと考えられるSerとThrに富むトランジットペプチドが存在した。また、C-末端領域の配列は、ラン藻を含む真正細菌の主要(型)シグマ因子と骨格構造を共有することが分かった。 第2章では、C.caldariumの3つのsig遺伝子(sigA,sigB,sigC)による大腸菌における過剰発現系の構築、それぞれの遺伝子産物を精製、更に精製Sig蛋白質と大腸菌のコア酵素によるホロ酵素の再構成などについて述べている。精製したSig蛋白質は、コア酵素に特異的な転写開始能を付与すること、すなわちsig遺伝子産物がシグマ因子であることが確認された。 第3章は、C.caldariumのsigA,sigB,sigCの転写発現に対する光の影響を調べた結果を述べている。sigB/sigC遺伝子が光誘導発現を行うことをノーザン解析により明らかにした。 第4章は、タバコ(Nicotinana tabacum)より、シグマ因子をコードするcDNAクローンの取得とそれらの塩基配列の決定について述べたものである。得られたタバコのプラスチドシグマ因子の配列について、紅藻類、シロイヌナズナ、イネ、カラシナなどのsig遺伝子産物との類縁関係について解析した結果、高等植物のsig遺伝子間の系統的関連が確認された。 第5章は、タバコにおけるプラスチドシグマ因子遺伝子sigA1,sigA2の発現について解析した結果を述べている。明暗周期条件下で培養したタバコ緑色培養細胞におけるsigA1/sigA2のmRNAの蓄積量は、概日様に周期変動している可能性が示唆された。また、シロイヌナズナのSigA蛋白質に対するモノクローナル抗体を用いて、タバコ芽生えにおけるSigA1/SigA2蛋白質の消長をウエスタン解析により調べた。その結果、播種後明所で2日目頃から、60kDの前駆体SigA1/SigA2が認められ、6日、9日と成長に伴って50kD(成熱型)へと移行することが分かった。 第6章は総合討論である。 以上要するに本論文は、原始紅藻Cyanidium caldarium RK-1株及び高等植物であるタバコより、世界に先駆けて核コードのプラスチドRNAポリメラーゼシグマ因子遺伝子を単離し、それらの構造と発現制御について解析を行ったものであり、学術上・応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |