学位論文要旨



No 114419
著者(漢字) 工藤,信明
著者(英字)
著者(カナ) クドウ,ノブアキ
標題(和) レプトマイシンの標的分子CRM1蛋白質の機能に関する研究
標題(洋)
報告番号 114419
報告番号 甲14419
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2027号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀之内,末治
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 福井,泰久
 東京大学 教授 秋山,徹
 東京大学 助教授 吉田,稔
内容要旨

 レプトマイシンB(LMB)は、分裂酵母に形態異常を誘導する物質として我々の研究室で発見された放線菌代謝産物である。その後の解析によって、LMBはnMオーダーの低濃度で分裂酵母、ラット正常線維芽細胞3Y1に対しG1、G2期特異的な細胞周期の停止を、SV40形質転換細胞に対してはアポトーシス様細胞死を誘導するとともに実験動物がんに対する抗腫瘍活性を示すことが明らかにされた。本物質の標的分子は分裂酵母の遺伝学的解析によりcrm1+遺伝子産物であることが示されていたが、その機能は不明であった。本研究は、LMBの標的と考えられるCRM1蛋白質の機能を解明することを目的として、そのヒト・ホモログのクローン化、CRM1とLMBの相互作用の解明等を通じてCRM1が真核生物に共通の蛋白質核外移行の受容体であることを証明し、さらにそれがストレス応答などのシグナル伝達に重要な役割を果たしていることを明らかにしたものである。

1.ヒトCRM1の単離と発現、細胞内局在に関する解析(1)

 分裂酵母crm1+は必須遺伝子で、その低温感受性変異株では染色体の形態異常と後述する転写因子Pap1の異常な活性化が報告されていたが、分裂酵母野生株に対するLMBの添加によりそれと同様の形質が誘導されたことから、LMBはcrm1+遺伝子産物自体かあるいはその制御系に作用していることが予想された。一方、LMBは動物細胞に対しても分裂酵母と同様の細胞周期阻害を誘導すること、またヒト子宮頸癌細胞株HeLaには分裂酵母CRM1に対する抗血清と交叉反応する蛋白質が存在することから、高等動物にもCRM1に相当する蛋白質が存在すると予想された。そこで、分裂酵母、出芽酵母のアミノ酸配列に相同性を示すヒトEST(expressed sequences tags)配列を利用してヒトCRM1ホモログのcDNAのクローニングを行った。EST情報をもとにオリゴヌクレオチド・プライマーを合成し、ヒト骨随性白血病細胞株K562の全RNAに対するRT-PCRにより約4.1kbのDNA断片を取得し塩基配列を決定した。見出された1071アミノ酸からなる新規なORFは全長にわたり分裂酵母CRM1とは51.6%、出芽酵母CRM1とは45.8%のアミノ酸が一致するという極めて高い相同性を示した。このcDNAにより分裂酵母crm1低温感受性変異株の形質が相補されたことから、このORFはヒトにおけるCRM1の機能的なホモログ(hCRM1)であると考えられた。

 次に、hCRM1の細胞内局在を解析するためにgreen fluorescent protein(GFP)とhCRM1の融合蛋白質をマウス正常線維芽細胞株NIH3T3で一過性発現させ蛍光を観察した。その結果、hCRM1は主として核膜に局在し、一部は核内と細胞質にも存在することが明らかとなった。同様な観察は、Fornerodらも報告している。このことからCRM1は核膜機能と関連する蛋白質であることが予想された。また、CRM1はG1後期に転写が始まり、G2/M期にピークになるという細胞周期依存的な発現調節を受けることも明らかになった。

2.LMBはCRM1 Cys-529に共有結合する(2)

 ヒトCRM1とLMBが直接相互作用するかどうかを確かめるために、LMBのビオチン化誘導体とストレプトアビジン結合担体を用いHeLa細胞の抽出液からLMB結合蛋白質の同定を行った。その結果、分子量約102kDaの蛋白質がビオチンLMB依存的に検出され、この結合は過剰量のLMBの添加によって阻害された。抗hCRM1抗血清によるウェスタン・ブロッティングによりこの蛋白質がhCRM1であることが示され、hCRM1はLMB結合蛋白質であることが証明された。さらに、インタクトなHeLa細胞にビオチンLMBを加えたのち、細胞を可溶化して細胞内で結合したビオチンLMB-hCRM1をSDS-PAGEと抗ビオチン抗体によるウェスタン・ブロッティングで解析したところ、ビオチンLMB-hCRM1複合体が観察された。このことから、CRM1とLMBの結合は還元条件でのSDSによる変性に耐性であり、共有結合であることが示唆された。

 次に、以下に述べるような分裂酵母の変異株の解析からLMBの結合部位を明らかにした。LMBに対し高度感受性(MIC2.5ng/ml)を示す分裂酵母の低温感受性crm1変異株を親株にした抑圧変異株の中から、LMBの感受性を完全に失ったFN41株(MIC10g/ml)を取得した。同株のLMB高度耐性変異は遺伝解析によりcrm1変異と連鎖し、crm1遺伝子自身の変異であると予想された。そこでFN41株のcrm1遺伝子を単離し解析したところ、Cys-529のSerへの唯一の変異がLMB高度耐性化に十分であることが明らかになった。興味深いことに、分裂酵母同様LMB感受性のヒトCRM1では対応する残基はCysであるが、LMB非感受性である出芽酵母ではThrである。このことからもこのCys残基はLMBの共有結合部位であることが予想された。実際、マス・スペクトル解析の結果、該当するCys残基を含むhCRM1のペプチド(18アミノ酸残基)に対しLMBが不飽和ラクトン部分を介してマイケル付加されることが示されたことから、Cys-529がLMBと共有結合するアミノ酸残基であることが示唆された。

3.CRM1はシグナル配列依存的蛋白質核外移行の受容体である(1,2)

 ごく最近、後天性免疫不全症候群ウィルス(HIV-1)のコードするRNA核外輸送蛋白質Revの核外移行を阻害する微生物代謝産物としてLMBが再発見されたことから、CRM1が蛋白質核外移行に関与する可能性が考えられた。そこで、まず分裂酵母で核-細胞質間蛋白輸送を解析する系を構築しLMBの効果とCRM1の関与について解析を行った。分裂酵母野生株でRev核外移行シグナル配列(nuclear export signal,NES)を含むGFP融合蛋白質を発現させると細胞質にのみ局在した。ところが、この細胞を50ng/ml LMBで処理するとNES-GFP融合蛋白質は核にも移行し細胞全体に局在した。一方、通常核にのみ局在する核移行シグナル(nuclear localization signal,NLS)-GFPには変化を与えなかった。また、NESとNLSを両方有する融合蛋白質は細胞全体に局在するが、LMB処理により核に集積した。以上のことからLMBは分裂酵母においてNES依存的な蛋白質核外移行を特異的に阻害し、NLS依存的な核移行には全く影響を及ぼさないことが明らかとなった。同様の結果はCRM1の低温感受性変異株において上述の輸送基質を発現させ、低温下でCRM1を失活させることによっても観察されたことから、分裂酵母においてCRM1の機能は蛋白質の核外移行に必須であることが示された。

図1 核膜を介した能動的蛋白質輸送NE:核膜、NP:核膜孔

 次に動物細胞においてもCRM1が核外輸送に必須であるかを検討するために、GST-NES-GFP融合蛋白質を大腸菌で発現、精製し、HeLa細胞の核にマイクロ・インジェクションした後、その蛍光蛋白質の核外移行を観察した。通常の状態においてGST-NES-GFPはインジェクション後30分以内に細胞質に移行するが、1ng/ml LMBで1.5時間処理した細胞ではその核外移行は完全に阻害された。同様に、アフィニティ精製した抗CRM1抗体をGST-NES-GFPと混合しマイクロ・インジェクションした場合にも阻害効果が観察されたことから、動物細胞においてもCRM1はNES依存的な核外移行に必須であることが明らかとなった。さらに、HeLa細胞の抽出液とRev NESペプチドを固定したアフィニティ担体を用いた解析から、CRM1はNESに結合し、その結合はLMBの共存によって失われることが明らかとなった。NESはRevをはじめとする数種の蛋白質に見出され、これまでその受容体となる分子の同定が試みられていたが成功には至っていなかった。以上の結果から、CRM1は真核細胞全般に保存されたRevタイプのNESの受容体であり、LMBはCRM1とNESの結合を阻害することによって蛋白質核外移行を阻害すると結論された。

4.分裂酵母AP-1様転写因子Pap1の酸化ストレス応答性核外移行シグナルの発見(3,4)

 分裂酵母crm1低温感受性変異株ではAP-1様転写因子Pap1依存的転写が昂進していることが報告されており、Pap1の活性はCRM1によって負に制御されていることが予想されていた。CRM1が蛋白質核外移行受容体であることが明らかになったことから、Pap1はCRM1を介した核外移行を受けると予想し検証した。まず、GFP-Pap1融合タンパク質を発現させたところ細胞質だけに局在し、LMBの添加とcrm1温度感受性変異株の制限温度下において核移行したことから、Pap1はCRM1を介し核外移行され、通常は細胞質に局在することが明らかとなった。また、Pap1に依存したp25Ap〓1の発現は通常低く、LMBの添加、CRM1の失活によって活性化されることから、Pap1の活性制御は主として細胞内局在によってなされることが判明した。次にPap1の各種欠失変異蛋白質をGFPと融合して発現させ、NESとして機能する領域を同定したところ、C末端領域に19アミノ酸残基(PA11)の、Rev NESとはやや相同性の低い配列を見出した。そこで、この配列の中でNES機能に必須な残基を点変異の導入によって調べたところRev NESと同様に疎水性残基が必要であることが判明したが、それ以外に既知のNESでは知られていなかったCysも必須であることが明らかになった。

 最近、Pap1は酸化ストレスに応答し、ストレス応答遺伝子群の発現を誘導することが報告された。そこで、種々のストレスによってPap1の細胞内局在が変化するかどうかを観察したところ、2mMジエチルマレイン酸(DEM)の1時間処理でPap1の核移行が観察された。その応答にはPA11領域で十分であり、PA11をRev NESと置換したPap1ではDEMに応答した核移行が見られなかった。さらに、GFP-Pap1を動物細胞で一過性発現させたところ細胞質に局在し、LMBの添加によって核移行するだけでなく、DEMに応答した核移行も観察されたことから、Pap1のNESは高等真核細胞でも機能することが明らかになった。以上より、Pap1 NESは従来のNESとは異なり、真核細胞全般に保存された新たなストレス応答性のNESであると考えられる。

図2 Pap1の核外輸送と酸化ストレス応答PA11配列の下線はNES活性に重要な残基
6.まとめ

 本研究では、LMBの標的分子として分裂酵母の遺伝学的手法を用いて同定されていた機能不明の蛋白質CRM1が、これまで未同定だったNES依存的蛋白質核外移行の受容体、すなわち「exportin」であることを明らかにした。さらに、LMBはCRM1蛋白質に共有結合し、NESとの結合を阻害することによって蛋白質の核外移行を阻害することを示した。LMBが示す細胞周期阻害、アポトーシスの誘導、抗癌作用といった多様な生物活性は、細胞内の様々な制御が核-細胞質間の蛋白質輸送によって調節されているということを示唆している。その一例として分裂酵母の転写因子Pap1が酸化ストレスに応答するNESを介して活性制御を受けることを明らかにした。LMBは蛋白質核外移行の分子機構を明らかにする上で大きく貢献したが、今後、さらに多様な生命現象における核-細胞質間の物質輸送の関与を調べる上で有効なプローブとなると期待される。

文献(1)N.Kudo et al.,Molecular cloning and cell cycle-dependent expression of mammalian CRM1,a protein involved in nuclear export of proteins.J.Biol.Chem.272(47)29742-29751(1997)(2)N.Kudo et al.,Leptomycin B inhibition of signal-mediated nuclear export by direct binding to CRM1.Exp.Cell Res.242(2)540-547(1998)(3)N.Kudo et al.,Identification of a novel nuclear export signal sensitive to oxidative stress in yeast AP-1-like transcription factor.Ann N Y Acad Sci.in press(1999)(4)N.Kudo et al.A novel nuclear export signal sensitive to oxidative stress in the fission yeast transcription factor Pap1.(submitted)
審査要旨

 レプトマイシンB(LMB)はnMオーダーの低濃度で分裂酵母、ラット正常線維芽細胞3Y1に対しG1、G2期特異的な細胞周期の停止を、SV40形質転換細胞に対してはアポトーシス様細胞死を誘導するとともに実験動物がんに対する抗腫瘍活性を示す放線菌の代謝産物である。本物質の標的分子は以前の分裂酵母の遺伝学的解析によりcrm1+遺伝子産物であることが示唆されていたが、その機能は不明であった。レプトマイシンの標的分子CRM1蛋白質の機能に関する研究と題した本研究は、上に述べたようなユニークな活性を示すLMBの標的と考えられるCRM1蛋白質の機能を解明することを目的として、そのヒト・ホモログのクローン化、CRM1とLMBの相互作用の解明等を通じてCRM1が真核生物に共通の蛋白質核外移行の受容体であることを証明し、さらにそれがストレス応答に関与することを明らかにし、シグナル伝達の新たな分子機構を明らかにしたものであり、6章から構成される。

 研究の背景と意義を述べた第1章に続き、第2章ではヒトCRM1のcDNAを新たに単離し、発現、細胞内局在に関する解析を行った。取得したCRM1の機能的なヒトホモログ(hCRM1)は全長にわたり酵母CRM1と極めて高い相同性を示した。hCRM1の細胞内局在を解析し、主として核膜に局在することが明らかとなり核膜機能と関連する蛋白質であることが予想された。また、CRM1はG1後期に転写が始まり、G2/M期にピークになるという細胞周期依存的な発現調節を受けることも明らかになった。

 第3章では、LMBの標的分子が真にCRM1であるかを明らかにするために、生化学的に細胞からLMB結合蛋白質を同定した。細胞抽出液からLMBのビオチン化誘導体と結合する蛋白質を検出し、この蛋白質がhCRM1であることを示し、LMBの標的分子がCRM1であることを証明した。さらに、分裂酵母のLMB耐性化株の遺伝学的解析をもとにして、LMBがCRM1のCys-529を介し共有結合することが明らかになった。

 第4章では、CRM1蛋白質の機能を分裂酵母と動物細胞で解析し、CRM1がnuclear export signal(NES)依存的蛋白質核外移行の受容体であることを証明した。まず分裂酵母で核-細胞質間蛋白輸送を解析する系を構築しLMBの効果とCRM1の関与について解析を行った。その結果、LMB処理とCRM1の低温感受性変異株でNES依存的な蛋白質核外移行が特異的に阻害され、このことから、分裂酵母においてCRM1の機能は蛋白質の核外移行に必須であることが示された。動物細胞におけるマイクロ・インジェクションを用いた実験でも同様な結論が導かれた。さらに、NESとCRM1の結合を生化学的に示し、その結合はLMBによって阻害されることが明らかとなった。これらの結果から、CRM1は真核細胞全般に保存されたNESの受容体であり、LMBはCRM1とNESの結合を阻害することによって蛋白質核外移行を阻害することが非常に明確に示された。

 第5章では、分裂酵母AP-1様転写因子Pap1の酸化ストレス応答性核外移行シグナルの解析を通じ、細胞のストレス応答の新たな分子機構の発見について述べられている。分裂酵母の転写因子Pap1の活性はCRM1によって負に制御されていることが予想されていたことから、Pap1の細胞内局在を調べたところ、細胞質だけに局在しLMBの添加とCRM1の失活で核移行したことから、Pap1はCRM1を介し核外移行されることが明らかとなった。次にPap1のNESを同定したところ、C末端領域にPA11領域を見出した。さらに酸化ストレス条件に応答しPap1が核移行することを明らかにした。その応答は一般的なNESと異なりPap1 NESに独特な機能であった。さらに、Pap1のNESは高等真核細胞でも機能することが明らかになった。以上のPap1の解析から、真核細胞全般に保存された新たなストレス応答の分子機構を発見した。

 第6章の総括では、本研究のまとめと成果の意義、今後の研究への応用について論じている。

 以上、本論文では、LMBの標的分子が真にCRM1蛋白質であることを明らかにした上で、そのCRM1蛋白質がこれまで未同定だったNES依存的蛋白質核外移行の受容体、すなわち「exportin」であることを解明した。さらに、転写因子Pap1の制御機構の解析から、これまでに全く知られていなかった蛋白質の核外移行を介した酸化ストレス応答の分子機構の存在を発見したもので、学術上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値のあるものと認めた。

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