学位論文要旨



No 114422
著者(漢字) 武山,健一
著者(英字)
著者(カナ) タケヤマ,ケンイチ
標題(和) 新規発現クローニング法による核内レセプターリガンド産生鍵酵素遺伝子の単離と機能解析
標題(洋)
報告番号 114422
報告番号 甲14422
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2030号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,茂明
 東京大学 教授 高木,正道
 東京大学 教授 福井,泰久
 東京大学 教授 秋山,徹
 東京大学 教授 吉田,稔
内容要旨 序論

 ステロイド/甲状腺ホルモンや脂溶性ビタミンAおよびD、多不飽和脂肪酸などを含めた低分子量脂溶性生理活性物質(以下脂溶性リガンドと略す)は発生、成長、生殖、免疫応答等を担う生命活動維持に必須な因子である。これら脂溶性リガンドの作用発現メカニズムは、リガンド分子情報を遺伝情報へと変換し伝達することである。すなわちリガンド誘導性転写制御因子である核内レセプターを介し、標的遺伝子群の転写を直接制御することである。従ってこれら標的遺伝子群の発現量を厳密に規定するのは活性型のリガンド分子の存在量であるといえる。一方核内レセプター群には生体内リガンドが不明である、いわゆるオーファンレセプターが近年数多く見出されている。しかしながらそのリガンドが不明であるため、オーファンレセプターの生理的意義は定かではない。これらのことから、リガンド産生を制御するリガンド代謝調節酵素の同定やオーファンレセプターのリガンド同定は、脂溶性リガンド群の作用発現機構を分子レベルで理解する上で非常に重要であると考えられた。そこで本研究ではリガンド代謝調節過程におけるリガンド産生鍵酵素の遺伝子cDNAの単離およびその性状解析を試みた。最初にリガンド産生鍵酵素遺伝子の効率高い単離を目的に、核内レセプターのリガンド依存的な転写促進能を利用した新規発現クローニング法を考案した。次にこの方法を用いることで、実際に活性型ビタミンD産生鍵酵素遺伝子cDNAの単離に成功した。さらに取得した遺伝子の機能解析及び遺伝子発現制御機構を解明した。

1.核内レセプターの転写促進能を利用した脂溶性リガンド産生鍵酵素遺伝子単離のための新規発現クローニング法の開発

 脂溶性リガンド産生代謝過程において活性型リガンドの産生を司る酵素は、リガンド作用発現に最も重要な因子の一つといえる。しかしながら通常これら産生鍵酵素は発現量や活性が低いことから精製さえも難しく、遺伝子のクローニングは極めて困難であった。そのためこれら酵素遺伝子の単離は、酵素の精製ではなく、酵素活性を他のシステムに置き換えた手法を用いた発現クローニング法が有益と考えられた。即ちリガンドの産生酵素を人工的に発現させ、リガンド前駆体を活性型リガンドに変換させることが可能であれば、産生したリガンドは核内レセプターの転写を誘導すると考えられた。そこで本研究ではまず核内レセプターを介した新規発現クローニング法を考案した。その原理は培地中でのリガンド前駆体存在下において、核内レセプターを動物細胞内へ発現させ、同時にcDNA発現ライブラリー由来のリガンド産生酵素遺伝子も発現させる。リガンド産生酵素発現細胞は活性型リガンドを産生し、これが核内レセプターの転写を促進することから、転写活性を指標としたリガンド産生酵素遺伝子の探索が可能である。本研究では核内レセプターに属するビタミンDレセプター及びクロフィブレート増殖剤活性化レセプター(PPAR)を利用した発現クローニング法の確立を試みた。

 まずVDR及びPPARのリガンド濃度依存的な転写誘導能を把握するため、リガンドおよびリガンド前駆体による転写活性能をCOS-1細胞を用いたCATアッセイにより検討した。その結果、VDRは活性型リガンドである1,25(OH)2D3(10-10M)により転写誘導が示され、リガンド前駆体である25(OH)D3(10-7M)では誘導されないことを確認した。従ってこの25(OH)D3濃度(10-7M)を発現クローニング法の条件に設定した。一方、PPARは、15-deoxy-12,14-prostaglandin J2(PGJ2)や9-hydroxyoctadecadienoic acid(9-HODE)をリガンドに、またリノール酸やアラキドン酸をリガンド前駆体に用いて転写誘導を検討し、転写誘導を示さないリガンド前駆体濃度(10-6M)を発現クローニング法の条件に設定した。

 以上、核内レセプターの転写誘導を示す培地中リガンド濃度を把握することで、発現クローニング法を構築した。

2.核内レセプターリガンド産生鍵酵素遺伝子のクローニング

 この手法を用いることにより、VDRリガンド産生鍵酵素(1水酸化酵素)遺伝子及びPPARリガンド産生鍵酵素遺伝子の単離が可能であると考えた。

2-1.活性型ビタミンD産生鍵酵素(1水酸化酵素)遺伝子のクローニング

 1水酸化酵素は腎臓にて25(OH)D3から活性型ビタミンD3[1,25(OH)2D3]を産生する活性型ビタミンD産生鍵酵素である。従って25(OH)D3から1,25(OH)2D3を直接産生する1水酸化酵素は、ビタミンD代謝過程において最も重要な産生鍵酵素であることが古くから知られていた。また本遺伝子はビタミンD依存性くる病I型における原因遺伝子とも推測されている。しかしその発現量が極端に低く、ミトコンドリア内膜に局在するため、本酵素の精製は長い間成功しなかった。そのため1水酸化酵素機能解明には、本遺伝子を単離することが必須であった。そこで今回確立した発現クローニング法を用い、本遺伝子の単離を試みた。

 当研究室の吉澤らが作出したVDR遺伝子欠損マウスは、血中1,25(OH)2D濃度が野生型に比べ顕著に高く、本酵素活性の異常亢進が考えられた。従ってこのVDR遺伝子欠損マウスの腎臓より発現cDNAライブラリーを構築した。そこでまずこの発現ライブラリーとVDR発現ベクター、lacZレポーター遺伝子を同時にCOS-1細胞に導入し、25(OH)D3存在下における転写誘導を指標に本酵素発現細胞の単離を行った。X-gal染色し青色を呈する酵素発現細胞を回収後、cDNAを抽出・精製し、PCRにより増幅した。取得したcDNAは同様の手法を更に繰り返すことで濃縮し、最終的にVDRリガンド産生活性を保持する単一なcDNAを同定した。

2-2.1水酸化酵素遺伝子の機能解析

 単離したcDNA配列を解析した結果、コードするタンパクはP450ファミリーに属すると示唆され、ミトコンドリア標的シグナル、ステロール結合ドメイン、ヘム結合領域をもつ約55kDaの新規タンパクであることが判明した。アミノ酸配列から、ビタミンD代謝酵素である25水酸化酵素や24水酸化酵素に対し、特に高い相同性を示した。更に単離したcDNAがコードするタンパクが実際に1水酸化酵素活性を示すかを検討するため、VDRリガンド産生活性の指標をVDRの転写活性に置換したCATアッセイを行った。本遺伝子を細胞に過剰に導入することで、本来転写活性を示さない25(OH)D3が、VDRのリガンドに変換され転写活性を誘導した。次にこの際生じたリガンド前駆体代謝物を回収し精製後、HPLC法で測定した。順層、逆層の両者ともに25(OH)D3の代謝産物が1,25(OH)2D3であることを見出した。これらのことより、本遺伝子が1水酸化酵素遺伝子であると判断した。

2-3.1水酸化酵素遺伝子の発現機構の解析

 本遺伝子発現の局在性ならびに1,25(OH)2D3による遺伝子発現制御機構を明らかにする目的で、野生型及びVDR遺伝子欠損マウスを用いたノザン解析を行った。マウス主要組織中顕著な発現を確認できた組織は腎臓のみであった。またVDR遺伝子欠損マウスにおいても腎臓以外の発現は確認できなかった。

 次に3週齢(授乳期)と7週齢(離乳後)のマウス腎臓のノザン解析により1水酸化酵素遺伝子の発現変動と、更に1,25(OH)2D3の効果を検討した。1水酸化酵素遺伝子発現量は3週齢では野生型とVDR遺伝子欠損マウスの間に差異は認められなかったが、VDR遺伝子欠損マウス7週齢では野生型に比べ約50倍程顕著に増加していた。一方、1,25(OH)2D3を投与した3週齢と7週齢の野生型の1水酸化酵素遺伝子発現量は抑制されるものの、VDR遺伝子欠損マウスでは両週齢とも発現量の変動は認められなかった。以上より、1水酸化酵素遺伝子発現は1,25(OH)2D3によりVDRを介して転写レベルで負に制御されることを証明した。またマウスによる個体レベルの血中1,25(OH)2D濃度の挙動は、本遺伝子発現量の解析結果と相関しており、血中1,25(OH)2D値の厳格な調節は本遺伝子の発現制御が重要であると示唆された。今後、1水酸化酵素遺伝子の性状解明は、1,25(OH)2D3の生理作用やその産生調節機構を理解する上で必須であると考えられた。

2-4.ペルオキシソーム増殖活性化因子(PPAR)のリガンド産生鍵酵素遺伝子検索の試み

 核内レセプターのリガンド依存的転写促進能を利用した発現クローニング法は、PPARをはじめとするリガンド未知なオーファンレセプターのリガンド同定にも有用と考えられる。PPARリガンドは、脂肪細胞やマクロファージの分化制御を担うPGJ2や9-HODE等、多不飽和脂肪酸を中心に数多く存在し、PPARに作用するリガンドが組織により異なることが示されている。しかし既知リガンド産生酵素は不明のものが多く、また組織特異的な新たなPPARリガンドの存在も考えられている。そこでPPARを介した発現クローニングにより新規PPARリガンド産生酵素遺伝子の単離を試みた。

 新規リガンド産生酵素遺伝子が強く示唆される血管組織を選定しcDNA発現ライブラリーを作製し発現クローニングを行った。しかし有望とされる酵素遺伝子は現在まで単離できていない。これはリガンド産生酵素遺伝子発現系によるリガンド産生量が低いため、PPARの転写促進を引き起こすことが困難であると考えられた。今後、リガンド特異性を向上させるPPAR分子構造や既知リガンド産生酵素の発現系を考慮した再検討が必要と考えられる。

まとめ

 脂溶性リガンドの作用機序解明の端緒としてリガンド産生調節機構に着目し、新規リガンド産生鍵酵素遺伝子の単離を試みた。まず核内レセプターを介した新たな発現クローニング法を開発し、長い間クローニングできなかったビタミンD産生鍵酵素cDNAの単離に成功した。取得した1水酸化酵素遺伝子の発現制御機構の解明により、VDRを介した負の転写制御メカニズムが明らかとなった。このことから血中1,25(OH)2D濃度調節機構の一端を分子レベルで明確することができた。一方PPAR作用発現過程におけるリガンド産生鍵酵素遺伝子は単離に至らなかったが、更なる改良により単離可能になると考えられた。また、本発現クローニング法は他の核内レセプターリガンド産生鍵酵素遺伝子の探索に汎用でき、また原理的にはオーファンレセプターのリガンド同定も可能である。今後、本発現クローニング法によるリガンド産生鍵酵素遺伝子の更なる同定により、リガンド産生調節の分子メカニズム全貌の一端が明確になるものと期待される。

発表論文

 1.Ken-ichi Takeyama,Sachiko Kitanaka,et al.;25-hydroxyvitamin D3 1-hydroxylase and vitamin D synthesis.Science,277,1827-1830(1997).

 2.Sachiko Kitanaka,Ken-ichi Takeyama,et al.;Inactivating mutations in the human 25-hydroxyvitamin D3 1-hydroxlase gene in patients with pseudovitamin D-deficient rickets.N.Engl.J.Med.,388,653-659(1998).

 3.Ken-ichi Takeyama,Yoshikazu Masuhiro,et al.;Selective interaction of vitamin D receptor with transcriptional coactivators by a vitamin D analog.Mol.Cell.Biol.,in press.

審査要旨

 ステロイド/甲状腺ホルモンや脂溶性ビタミンAおよびD、多不飽和脂肪酸などを含めた低分子量脂溶性生理活性物質(以下脂溶性リガンドと略す)は動物の生命活動維持に必須な因子である。これら脂溶性リガンドの作用発現メカニズムは、核内レセプターを介し、リガンド分子情報を遺伝情報へと変換し伝達することにある。そのためリガンド存在量及び質はこの情報伝達系を規定する要因の一つである。一方、核内レセプター群には生体内リガンドが不明である、いわゆるオーファンレセプターが近年数多く見出されているが、その多くは生理的意義が不明である。従って、リガンド産生を制御するリガンド代謝調節酵素の同定やオーファンレセプターリガンドの同定は、極めて興味深い課題である。本論文では新規発現クローニング法を開発し、リガンド代謝調節過程におけるリガンド産生鍵酵素遺伝子を単離し、更にその遺伝子の性状を調べたものである。以下、5章より構成されている。

 第1章序論では、本研究に至る背景及び意義を説明し、脂溶性リガンド産生制御を担う鍵酵素の重要性ならびに産生されたリガンドによる遺伝子発現制御機構について述べている。

 第2章では、核内レセプターリガンドを産生制御する新規リガンド産生鍵酵素遺伝子の単離を目的に考案した発現クローニング法を述べている。この手法はリガンド依存的な核内レセプターの転写活性能を指標として酵素活性を検討したものであり、リガンド前駆体をcDNA発現ライブラリーの導入により、活性型リガンドに変換させ、核内レセプターの転写を誘導させるものである。まず核内レセプターに属するVDR及びPPARを利用した発現クローニング法の確立を試み、これら両者の活性型リガンド及びリガンド前駆体の転写活性を示す濃度差の条件を見出し、発現クローニング法確立のための条件を設定した。

 第3章では実際にこの手法を用い、VDRリガンド産生鍵酵素(1水酸化酵素)遺伝子及びPPARリガンド産生鍵酵素遺伝子の単離を試みている。1水酸化酵素は腎臓にて活性型ビタミンDを産生する鍵酵素として、酵素活性は古くから確認されていた。しかしその活性が極端に低く、本酵素の精製は長い間成功しなかった。当研究室で作出されたVDR遺伝子欠損マウスは、血中活性型ビタミンD濃度が顕著に高く、本酵素遺伝子の過剰発現が考えられた。そこでVDR遺伝子欠損マウスの腎臓より発現cDNAライブラリーを構築し単離を試みた。その結果、VDRリガンド産生活性を保持した新規遺伝子の単離に成功した。実際に1水酸化酵素活性を示すかをVDRの転写活性能で検討し、この際生じる前駆体代謝物をHPLC法にて測定している。その結果、本来転写活性を示さない前駆体が、VDRリガンドに変換され転写活性を誘導すると共に、この際生じたリガンド前駆体代謝物が活性型ビタミンDであることを見出している。これらのことより、本遺伝子が1水酸化酵素遺伝子であると結論している。

 一方、本発現クローニング法は他の核内レセプター群への応用が可能であるため、PPARをはじめとするリガンド未知なオーファンレセプターのリガンド同定にも有用と考えられた。そこでPPARを介した発現クローニングにより、血管内皮における新規PPARリガンド産出酵素遺伝子の単離を試みている。

 第4章は1水酸化酵素遺伝子の発現機構の解析を行い、活性型ビタミシの産生制御のメカニズムに迫った。野生型及びVDR遺伝子欠損マウスを用いたノザン解析を行い、本遺伝子の局在性ならびに活性型ビタミシDによる遺伝子発現制御機構を検討した。本遺伝子発現は腎臓特異的であり、VDR遺伝子欠損マウスでは発現量が顕著に増加することより、活性型ビタミンDがVDRを介して転写レベルで負に制御することが判明した。またマウスによる個体レベルの血中活性型ビタミンD濃度の挙動は、本遺伝子発現量の解析結果と相関しており、血中活性型ビタミンD値の厳格な制御機構を強く示唆するものであった。

 第5章では論文全体を総括し、発現クローニング法の応用性ならびにビタミンD1水酸化酵素遺伝子の性状が判明した点を論じている。またオーファンレセプターリガンド同定の可能性が述べられている。更に核内レセプター転写共役因子を巧みに用いた改良法も考案している。本手法は他の核内レセプターリガンド産生鍵酵素遺伝子の探索に汎用でき、未だ不明なリガンド産生制御機構を解明できると期待される。

 以上、本論文は核内レセプターの転写促進能を利用した新たな発現クローニング法を確立することで、リガンド産生鍵酵素遺伝子同定の新たな道を招いた。本研究は低分子量脂溶性生理活性物質研究において、学術上応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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