大腸菌tolZ変異株は、殺菌性蛋白質コリシンE2,E3,Dなどに対して、その殺菌作用を受けない耐性(Tol-)変異株である。tolZ21変異株UM21は、コハク酸などの非発酵性炭素源では生育できず(Nfc-)、電気化学的プロトン勾配の形成保持に欠陥がある。クローニングされたtolZ遺伝子はftsH遺伝子と同一であり、その産物のFtsH蛋白質は、N末端に2ケ所の膜貫通領域を持ち、ATPと亜鉛に依存性の膜内在性プロテアーゼで、ATPaseを含む酵素領域は細胞質側に存在する。tolZ21変異は亜鉛結合モチーフの変異である。本論文は、FtsHの構造と機能、ならびにtolZ変異株におけるTol-とNfc-の相関関係を解明することを目的として研究を行ったものであり、序論、4部と総合考察より構成されている。 序論において研究の背景を述べた後、第1部においては、既に取得されていた15株のtolZ変異の解析について述べている。tolZ変異株はftsH遺伝子に変異をもち、4株の変異ftsH遺伝子の塩基配列を調べた結果、一アミノ酸残基の置換、挿入、一塩基欠失によるフレームシフト、一塩基置換のサイレント変異と、それぞれから異なる変異が見い出された。 tolZ10変異株KHI10は、一塩基置換のサイレント変異により開始コドンから第8番目のロイシンのコドンCUAがCUCに変化していた。本変異株のFtsH量を抗FtsH抗体により調べたところ、野生株に比べて大幅に減少していた。ロイシンのコドンCUCはCUAに比べて、tRNA存在比と使用頻度が大きく上回っていることが知られており、この実験事実は矛盾しているように見えた。そこで、同じ位置における他のサイレント変異CUG,CUUを作成し、比較したところ、その位置の変異塩基がCである場合にのみFtsH量の減少が見られた。ノーザン解析により、翻訳レベルでの差異であることがわかった。mRNAの二次構造予測により、その塩基はSD配列を含むstem-loop構造の端に位置し、塩基がCになることで反対側の塩基Gと塩基対を形成すると考えられた。一塩基対合の増加により、リボソーム結合による翻訳開始効率が低下したと推定され、FtsHの変異だけでなく、FtsHの量の減少によってもTol-となることが明らかとなった。 第2部においては、Nfc-表現型の発現機構の解析について述べている。tolZ21変異株UM21はTol-,Nfc-であるが、Nfc-のみがNfc+に変化した自然復帰変異株が高頻度で得られた。その復帰変異株におけるサプレッサー変異遺伝子を解析した結果、10株中9株がlpxC(envA)遺伝子内に変異が検出された。既にLpxC蛋白質はFtsHの基質となることが報告されている。Nfc-のサプレッサー変異が基質蛋白質であることからも、FtsHが蛋白質分解による生育制御において重要な役割を担っていることが示唆された。 第3部においては、FtsHの膜貫通領域が蛋白質機能の発現において重要な役割を果たしていることが述べられている。膜貫通領域を欠失し、C末端側の細胞質領域のみを持つ水可溶性型FtsHでは基質蛋白質32分解活性が極めて低く、膜貫通領域がこの酵素の機能に大きく関わっていることが示唆された。そこで、N末端領域のそれぞれ異なる位置にマルトース結合蛋白質(MBP)を融合させ、5種類のMBP-FtsH融合蛋白質を作成し精製した。第2の膜貫通領域を持つものは32を分解したが、細胞質領域のみを持つものでは分解しなかった。ATPase活性はどの形でも保持していたが、細胞質領域のみを持つものでは約10分の1程度に活性が落ちていた。超遠心分析により、第2の膜貫通領域を持つものは多量体、細胞質領域のみを持つものは単量体で存在していると考えられた。以上より、FtsHの32分解、多量体形成において、第2の膜貫通領域を含めた領域が必須であることがわかった。 上記5種類のMBP-FtsH融合蛋白質をtolZ21変異株で発現させたところ、どの変異蛋白質でもNfc-は回復しなかったが、Tol-は第二の膜貫通領域を持つものでは回復した。このことから、Tol-の表現型回復には、Nfc-の回復に必要なFtsHの機能のうちの一部分だけで可能であると考えられる。 総合考察においては、本研究により得られた結果について総合的に討論している。 以上、本論文は、大腸菌細胞質膜に局在するATP依存性プロテアーゼFtsHの構造と機能について解析し、特にFtsHの多量体形成と酵素機能の発現における膜貫通領域の重要性を明らかにしたものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |