脂溶性ビタミンの1種であるビタミンDはカルシウム代謝、細胞の増殖・分化、免疫応答制御など多彩な生理作用を有する事が古くから知られている。ビタミンD活性本体は1,25(OH)2D3であり、その生理作用発現はビタミンDレセプター(VDR)を介した遺伝子発現により発揮されると考えられている。しかしながら動物個体のビタミンD作用は、ビタミンD欠乏動物を用いた観察によるため、動物個体でのVDRの機能は十分に明らかではなかった。又、in vivo、in vitro系から推察された個々のビタミンD生理作用は必ずしも一致したものではなく、高等動物でのビタミンDの生理学的意義についても不明な点が多く存在していた。本論文はこの様な背景のもとで、動物個体でのビタミンD作用の再評価およびVDRの高次機能を明確にする事を目的とし、VDR遺伝子欠損マウスを作出、その表現型を調べた。本論は以下四章より成る。 第一章の序論では、本研究の目的を説明しており、ビタミンDの作用、生合成、作用発現機構を述べている。 第二章は、さらに三つの節より成る。第一節では核内レセプターノックアウトマウスの作出の意義について述べている。第二節では、VDRノックアウトマウスの作製について述べている。マウスVDR遺伝子を取得し、翻訳開始点とDNA結合領域をコードするエクソンを欠損させたベクターを構築した。これを用いてVDRノックアウトマウスを作製した。第三節では、VDRノックアウトマウスの表現型の解析について述べている。VDRノックアウトマウスの解析から、個体レベルでのVDRを介したビタミンDは、離乳後の成長、生存、ビタミンD代謝、毛包の細胞の増殖・分化、卵巣での卵胞形成、骨形成、カルシウム代謝、軟骨細胞の分化の正常な制御に必須であることを明らかにし、ビタミンD作用発現においてVDRが中心的な役割を果たす事を動物個体で初めて明らかにする事ができた。しかし、VDRノックアウトマウスでは離乳後重篤なカルシウム濃度低下を引き起こすため、今回明確にできた作用がカルシウムを介した間接的なものなのか、標的細胞群へのビタミンDの直接的なものなのかは明らかにできなかった。そこで、ビタミンDの直接的作用を検討する目的で、VDRノックアウトマウスへの高カルシウム食投与による血中カルシウム濃度矯正時での各変異組織を調べた。その結果、軟骨細胞の分化と毛包の細胞の増殖・分化への効果がビタミンDの直接的な作用である事が強く示唆された。 第三章では、細胞種特異的VDRノックアウトマウスの作製について述べている。VDRノックアウトマウスを用いた解析では、ビタミンDのカルシウム代謝を介した間接的作用を明確にしたが、他の未知因子の作用の可能性排除には到っていない。そこで、より詳細にビタミンDの作用点を明確にする目的からCre-loxPシステムにより細胞種特異的VDRノックアウトマウス作製を試みた。本研究では、VDR遺伝子にloxP配列が組み込まれたマウスの作製を試みた。VDRの翻訳開始点とDNA結合領域を含むエクソンの前後にloxP配列を挿入したベクターを構築した。これをES細胞に導入し、相同的組換え体を二つ単離した。現在得られたES細胞からキメラマウスを作成している。今後これらマウスと細胞種特異的Cre組換え酵素発現マウスを掛け合わせ、細胞種特異的VDRノックアウトマウスを作製する予定である。 第四章では、VDRノックアウトマウスの表現型の解析からの考察について述べられている。ビタミンD欠乏動物に比べVDRノックアウトマウスでは新たな変異が見出されたため、これら両マウスの差異が何に起因するかについて考察している。更に第二のVDR存在の可能性や、膜レセプターからのビタミンD作用についても論じている。 以上、本論文はノックアウトマウスを用いた解析法により、ビタミンD作用におけるVDRの重要性を全動物で初めて明らかにすることができた。又、従来分離不可能であったビタミンDの間接的、直接的作用を明確にすることができた。更に、本知見を踏まえた研究の発展も試みており、本論文は学術上応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |