1939年にMcClintookは、「染色体末端における連結や断片化が遺伝的なパターンに影響を及ぼす」ことを推測し、初めて真核生物の直鎖状染色体におけるテロメアの概念を提唱した。テロメアは、染色体末端に存在するDNA-タンパク質複合体で、染色体どうしの融合や染色体の分解を防ぐ等の重要な役割を担っている。テロメアの軸となるDNA部分は、最末端における1本鎖のTG-richな短い繰り返し配列(テロメリックリピート)と、それに隣接した2本鎖のテロメリックリピートからなっており、その近傍にはサブテロメアと呼ばれる領域が存在する。 テロメアDNAの複製には、一般的な複製機構とは異なり、テロメラーゼと呼ばれる一種の逆転写酵素が密接に関与している。本酵素は高次のタンパク質-リボ核酸複合体で、その活性中心であるコアの部分はRNAコンポーネント及び逆転写活性を持つタンパク質コンポーネント(Telomerase Reverse Transcriptase,TRT)からなっている。テロメラーゼはこのRNA分子中にあるテロメアDNAに相補的な領域を鋳型にして、TRTの逆転写反応により、1本鎖のテロメアDNA末端にテロメリックリピートを伸長・付加する。これら2つの分子については、いずれも酵母、繊毛虫類およびほ乳類において既に遺伝的解析が進んでいる。 高等植物においては、80年代からテロメアDNA領域の解析が行われ、多くの植物種ではT3AG3の反復配列からなることが明らかにされ、数種の植物種では機能未知ながらサブテロメア領域の存在が示唆されている。また近年、様々な植物組織からもテロメラーゼ活性が検出され、特に茎端分裂組織に高いテロメラーゼ活性が認められている。しかし、植物テロメラーゼのコア分子群に関する遺伝的情報は少なく、当該酵素の反応様式や制御機構については不明な点が多い。一方、全能性をもつ高等植物におけるテロメラーゼ活性の消長は、細胞の分化機構とテロメラーゼの発現制御との関連を考える上で興味深い。植物細胞は、分化制御が比較的容易であることから優れた実験系を提供するものと期待される。本研究では、モデル植物種であるシロイヌナズナにおけるテロメアおよびサブテロメアDNA領域の機能予測を目的として、当該領域の詳細な構造解析を行った。また、繊毛虫類やヒトなどのテロメラーゼ研究法と比較しながら、植物細胞におけるテロメラーゼの検出法の検討および本酵素によるテロメリックリピートの伸長反応の解明などを行った。 1、テロメア領域の解析 シロイヌナズナのテロメア近傍配列をクローン化するために、TSLP(Two-Step Ligation mediated PCR)法を用いた。この方法は、ゲノムDNAを制限酵素Sau3AlやHindIIIで切断した後、DNA断片を分子内または分子間で連結させ、その集合中からテロメアDNA末端を含む断片同士が連結した分子を、テロメリックリピートに相補的なオリゴヌクレオチド(C3TA3)3を単一のプライマーに用いたPCRにより増幅するものである。その結果、Sau3Alの切断断片から由来する2種類と、HindIIIの切断断片に由来する1種類の計3種類のPCR産物が得られた。それらの断片の塩基配列を決定したところ、断片の中央にそれぞれの制限酵素の部位が見い出され、その両側にテロメリックリピートが存在したことから、3つの断片とも染色体の末端近傍の配列に由来する可能性が高いものと考えられた。次に、制限酵素部位の近傍にある非テロメリックリピート配列をプライマーにしたPCR法により、セントロメア方向への染色体ウォーキングを行ったところ、約500bpの単位で逓増する約500bpから3.4kbの断片が得られ、そのうち1.3kbと1.8kbの断片の解析を行った。この2つの断片はいずれも450〜500bpのユニットからなり、各ユニットは約150bpのサテライトDNAと各々約300bpの変異したテロメリックリピート及び単純なテロメリックリピートの配列が含まれている領域とからなることが明らかとなり、これをTAU(Telomere-Associated Unit)と命名した。さらに、1.8kbの断片中に存在するテロメリックリピートを含まないユニークな配列をプローブに用いてBal31処理を介したサザンブロット解析を行ったところ、これらの断片がいずれもテロメア近傍に存在することが確認された。 特徴的な構造をもつサブテロメアとしては、テロメリックリピート配列を含んだX領域およびY’領域からなる酵母細胞のサブテロメアが知れらている。本研究で明らかにしたTAUを含むサブテロメア領域は、酵母細胞において想定されているように、テロメラーゼによるテロメア長の維持機構を補助する役割をもつ可能性が考えられる。また、TAU構造にサテライトDNA配列が含まれていたことから、ショウジョウバエにおける末端配列の伸長機構と類似して、転移などによりTAUがテロメア近傍に蓄積する機構が考えられる。 2、テロメラーゼ活性の同定 テロメラーゼの検出には、伸長反応法およびTRAP(Telomeric Repeat Amplification Protocol)法が用いられている。前者は、放射ラベルしたヌクレオチド基質の取込みに基づいて、テロメラーゼによるテロメリックリピートの付加合成活性に由来するラーダーバンドを同定するものである。一方、後者は非テロメリックDNA配列(TSプライマーなど)の3’末端からの伸長反応と、アンチテロメリックリピートを含むプライマー(CXなど)を用いたPCR増幅を組み合わせたもので、増幅産物である2本鎖のラーダーバンドを検出することによりテロメラーゼ活性を同定するものである。植物細胞を含む多くの真核細胞においては、比較的テロメラーゼ活性が低いため、主に後者の方法が用いられている。本研究では、シロイヌナズナの細胞抽出液をPEG-8000で濃縮したテロメラーゼ画分を用いて、改めてTRAP法の条件検討を行うととともに、伸長反応法によるテロメラーゼ活性の検出を試みた。 2.1、TRAP法の検討 一般に用いられているアニーリング温度が50℃あるいは55℃のPCR条件下では、テロメラーゼ活性によるものではなく、TSとCXからなるプライマー二量体に由来する増幅産物が認められた。したがって、従来のTRAP法には、定性分析に関して重大な欠陥が存在することが明かとなった。そこで、テロメラーゼ活性を忠実に検定できるようにTRAP法の改良・修正を行った。まず、伸長反応液中からPCRの鋳型になり得ないものを除去するために、フェノール処理及びエタノール沈澱を行った後、PCRを行った。次に、プライマー二量体の形成を防ぐため、PCR用にTris酢酸系のバッファーを用い、臨界アニーリング温度(62℃)条件下でPCRを行ったところ、プライマー二量体に由来すると考えられるラーダーバンドの形成を完全に抑制することができた。また、従来のTRAP法で見られる1リピートおきのラーダーバンドではなく、3リピートおきのラーダーバンドが認められた。さらに、5’末端にアダプターを付けたCXプライマーで1回目の増幅を行った後、S1ヌクレアーゼ処理により反応系に残された1本鎖のフリーなプライマーを除き、続いてTSとCXのアダプターとでPCRを行った場合にも、上述の3リピートおきのラーダーバンドが認められた。以上の結果から、改良TRAP法を用いることにより、テロメラーゼによる伸長産物を忠実かつ定量的に検定できることが明かとなった。また、3リピートおきのラーダーバンドが検出されたことから、三量体を単位として伸長反応が起こっている可能性が示唆された。 2.2、伸長反応法の検討 3’末端が2〜3個のテロメリックリピートになるようような数種のプライマーを用いて、伸長反応を行ったところ、それらの反応はRNaseAあるいはProteinaseKに感受性であることが認められた。また、反応系に加えたdATPやdTTPの濃度によって伸長産物と思われる各シグナルの強度に大きな影響が認められたこと、dCTP添加の有無や加えた濃度は各シグナル強度に影響しなかったこと、32P-dGTPの代わりに32P-dCTPを基質として用いた対照実験では明瞭なシグナルが認められなかったことなどから、伸長産物はT、A、Gを含み、Cを含まないことが示された。以上より、伸長反応法を用いて植物テロメラーゼ活性を検定できることが明かとなった。また、3’末端が(T3AG3)、(AG3T3)及び(G3T3A)になるような同じ長さのプライマーを用いた場合、テトラヒメナやヒトのテロメラーゼにおいて見られるように、それぞれのプライマーからの伸長反応がpausingしていることが認められた。さらに、伸長産物を用いて、32P-dCTP存在下でTaqポリメラーゼによる合成反応を行ったところ、テロメラーゼ活性により合成されたテロメリックリピートが認められた。改良TRAP法で認められた結果と同様に、伸長産物のラダーバンドのシグナル強度から、伸長産物のサイズが主に3リピートの単位で増加していることが示された。シロイヌナズナのテロメアDNAが3リピート単位で伸長していることを支持する。これらの結果から、シロイヌナズナのin vitroにおけるテロメラーゼ活性には、少なくとも1リピートと3リピートの2つの異なる伸長様式が存在していることが示された。高次の複合体であるテロメラーゼがその構成成分の組成や構造を変化させることで異なる伸長活性を発現し、種々の生理現象に対応した厳密なテロメア長の調節を行っている可能性が示唆された。 |